学位論文要旨



No 216300
著者(漢字) 石井,雄三
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ユウゾウ
標題(和) インクジェットによるマイクロレンズの作製と光実装への応用
標題(洋)
報告番号 216300
報告番号 乙16300
学位授与日 2005.07.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16300号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 伊藤,寿浩
 東京大学 助教授 日暮,栄治
内容要旨 要旨を表示する

光実装技術の課題

光インタコネクション技術は、電子デバイス間の配線を光化することによって、広帯域・高密度な信号伝送を可能とする接続技術であるが、LSIの高速化・高集積化に伴って、今後ますます適用範囲が拡がると予想される。本研究は、光インタコネクション技術の展開において、鍵となる光実装技術の経済化を目指すものである。光軸アライメント(調芯)工程は、光実装技術に特有の課題であり、ボード実装の自動化を阻んできた。そこで、マイクロレンズ技術を用いて、この光軸アライメント問題を解決し、電気実装と同じように無調芯でボード実装を行うことができる「光バンプ実装」を提案する。光バンプ実装とは、光/電気変換デバイスを内蔵したLSIパッケージと、光導波路を内蔵したボード(プリント配線板)との間の光学的及び電気的接続を実現する実装方式であり、パッケージとボードの対向する位置にはそれぞれマイクロレンズアレイが形成される。パッケージ内にある光デバイスから出射された光ビームは、マイクロレンズによってコリメート(平行)光ビームに変換され、ボードに対して垂直に入射する。ボード上の別のマイクロレンズによって、光ビームは集光され、ボードに内蔵された光導波路へ結合する。ボード実装精度は、シリコン基板を用いた従来の光実装精度と比べて、一桁以上低いため、通常ならば光軸アライメントが不可欠である。光バンプ実装は、コリメート光学系を用いて位置ずれトレランスを拡大するため、ボード実装の無調芯化が可能となる。

インクジェットによるマイクロレンズ作製法の提案とその課題

光バンプ実装の実現の鍵は、実装性に優れたマイクロレンズアレイの作製技術にある。従来のマイクロレンズ作製技術の多くは、フォトリソグラフィ技術を用いており、作製工程と実装工程の両方において、アライメントが必要であった。そこで、両工程を同時に行うことができる作製法として、微小量の液滴を吐出する技術であるインクジェット技術に着目した。

平坦面に吐出された液滴が作り出す球面形状が、レンズとして利用できるのは明らかであるが、そのレンズの基本光学特性(焦点距離やNAなど)を定量的に制御する術はこれまで報告されていない。また、インクジェット法によるレンズ作製技術には、特有の大きな問題点が二つある。一つは、レンズ表面の凹凸の存在であり、レンズ材料の硬化収縮が大きいことに起因している。インクジェット法は、吐出液の粘度に対して厳しい制約を与えるため、この問題の解決は困難と思われていた。二つ目の課題は、レンズアレイの均一性である。レンズを一つずつ繰返し吐出して作製するため、フォトリソグラフィ技術では問題とならなかったレンズアレイの均一性が強く懸念される。

課題に対する著者のアプローチと成果

これらの課題を解決するために、著者は以下に述べる種々の提案と検討を行った。

【レンズ特性の制御技術】

インクジェット法をはじめとして、液滴の球面形状を利用して作製されるマイクロレンズでは、レンズのNA(開口数)は、液滴と平坦基板がなす接触角θとレンズ用材料の屈折率nの2つの因子によって決定される。そこで、レンズを形成する基板の表面自由エネルギを調節して、液滴の接触角を制御することを試みた。平坦基板表面にフッ素化処理を行い、表面のフッ素原子含有量を10〜30%の範囲で制御することで、レンズNAを0.25〜0.40の範囲で制御できることを実験的に示した。また、表面自由エネルギ論(γ論)に基づいた理論考察を行い、フッ素化エポキシ樹脂接着系における界面自由エネルギが、同一の補正係数をもつGood-Girifalco式で記述できることを明らかにし、接触角制御によるレンズNA制御を可能にした。

【インクジェットレンズの高性能化】

従来のインクジェットレンズにおいて見られた表面凹凸の問題を解決するために、100%硬化成分からなる低粘度なレンズ用樹脂材料の開発を試みた。透明性と耐熱性に優れる基本エポキシ樹脂を主成分として、反応性希釈剤の混合によって、65℃で15 mPa・sの低粘度化を実現した。本樹脂の優れたインクジェット適性を実験により確認し、14 pL/shotの安定吐出を実証した。本樹脂で作製したマイクロレンズの形状精度は、ガラスモールドレンズと同等の0.23 μmを示し、硬化レンズ表面の凹凸の問題を解決することができた。

【レンズアレイの高均一化・稠密化】

インクジェットにより作製したレンズアレイの均一性は、10×10アレイ(N=100)の実験から、直径均一性が±1%、焦点距離均一性が±3%であることが明らかになり、フォトリソグラフィ技術に匹敵する高い均一性が得られることを実証した。これにより、インクジェット吐出量の高均一性と、接触角の高安定性が示された。また、それぞれのマイクロレンズの形成(着弾)位置精度は、±3 μmを得、これは用いたステージの移動精度に制限される。さらに、フォトリソグラフィ技術を併用することで、マイクロレンズアレイを稠密に配列させることが可能になり、96 %のフィルファクタを実現した。

【光バンプ実装の実証】

以上のマイクロレンズ技術を用いて、光バンプ実装の基本要素であるBGA形光パッケージを開発した。光源には、今後の普及が確実視されている面発光レーザ(VCSEL)を用い、従来の樹脂パッケージと同様に製造でき、リフローによるボード実装も可能であることを実証した。パッケージ製造精度とボード実装精度を明らかにするとともに、それを許容できる太径の光ビームパタンが適切なアレイピッチで得られていることを確認した。また、透明樹脂で封止されたVCSELの発光パタンが強いバイアス電流依存性をもつことを発見し、これが、封止面による反射戻り光が引き起こす複合共振作用に起因する現象であることを明らかにした。VCSELを用いた経済的な光実装技術が展開してゆく上で、これは重要な知見である。さらに、光バンプ実装を用いたチップ間光インタコネクションを実現し、超Gbit/s/chのエラーフリー動作を実証した。また、光バンプ実装における光損失要因を明らかにし、光導波路結合効率に大きく影響を及ぼすVCSELの多モード性がポイントとなることを示した。

以上から、本研究の成果は、インクジェットによるマイクロレンズ作製法の従来の問題点を解決し、作製と実装を同時に行うことができる、経済的なマイクロレンズ実装技術の創出に貢献した。さらに、光バンプ実装の広トレランス特性を実証することによって、光実装特有の課題である光軸アライメント問題を解決し、電気実装と同等の経済化を期待できる、光インタコネクション技術の展開に貢献した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、光インタコネクション技術の展開において、鍵となる光実装技術の経済化を目指したものである。光バンプ実装の実現の鍵は、実装性に優れたマイクロレンズアレイの作製技術にある。従来のマイクロレンズ作製技術の多くは、フォトリソグラフィ技術を用いており、作製工程と実装工程の両方において、アライメントが必要であった。そこで、両工程を同時に行うことができる作製法として、微小量の液滴を吐出する技術であるインクジェット技術に着目した。

平坦面に吐出された液滴が作り出す球面形状が、レンズとして利用できるのは明らかであるが、そのレンズの基本光学特性(焦点距離やNAなど)を定量的に制御する術はこれまで報告されていない。また、インクジェット法によるレンズ作製技術には、特有の大きな問題点が二つある。一つは、レンズ表面の凹凸の存在であり、レンズ材料の硬化収縮が大きいことに起因している。インクジェット法は、吐出液の粘度に対して厳しい制約を与えるため、この問題の解決は困難と思われていた。二つ目の課題は、レンズアレイの均一性である。レンズを一つずつ繰返し吐出して作製するため、フォトリソグラフィ技術では問題とならなかったレンズアレイの均一性が強く懸念される。

これらの課題を解決するために、本研究では以下に述べる種々の提案と検討を行った。

レンズ特性の制御技術:レンズを形成する基板の表面自由エネルギを調節して、液滴の接触角を制御することを試みた。平坦基板表面にフッ素化処理を行い、表面のフッ素原子含有量を10〜30%の範囲で制御することで、レンズNAを0.25〜0.40の範囲で制御できることを実験的に示した。また、表面自由エネルギ論(γ論)に基づいた理論考察を行い、フッ素化エポキシ樹脂接着系における界面自由エネルギが、同一の補正係数をもつGood-Girifalco式で記述できることを明らかにし、接触角制御によるレンズNA制御を可能にした。

インクジェットレンズの高性能化:従来のインクジェットレンズにおいて見られた表面凹凸の問題を解決するために、100%硬化成分からなる低粘度なレンズ用樹脂材料を開発した。透明性と耐熱性に優れる基本エポキシ樹脂を主成分として、反応性希釈剤の混合によって、65℃で15mPa-sの低粘度化を実現した。本樹脂で作製したマイクロレンズの形状精度は、ガラスモールドレンズと同等の0.23μmを示し、硬化レンズ表面の凹凸の問題を解決することができた。

レンズアレイの高均一化・稠密化:インクジェットにより作製したレンズアレイの均一性は、10×10アレイ(N=100)の実験から、直径均一性が±1%、焦点距離均一性が±3%であることが明らかになり、フォトリソグラフィ技術に匹敵する高い均一性が得られることを実証した。これにより、インクジェット吐出量の高均一性と、接触角の高安定性が示された。また、それぞれのマイクロレンズの形成(着弾)位置精度は、±3μmを得、さらに、フォトリソグラフィ技術を併用することで、マイクロレンズアレイを稠密に配列させることが可能になり、96%のフィルファクタを実現した。

以上のマイクロレンズ技術を用いて、光バンプ実装の基本要素であるBGA形光パッケージを開発した。光源には、今後の普及が確実視されている面発光レーザ(VCSEL)を用い、従来の樹脂パッケージと同様に製造でき、リフローによるボード実装も可能であることを実証した。パッケージ製造精度とボード実装精度を明らかにするとともに、それを許容できる太径の光ビームパタンが適切なアレイピッチで得られていることを確認した。

本審査会では、以上の内容の詳細が、論文提出者により適切な発表資料を用いて、制限時間内に明確に行われた。予備審査の際に指摘されたいくつかの問題点、すなわち、接合面のバブル発生のメカニズムとその抑制方法、実装プロセスの詳細等について、新たな考察がされており、本論文および発表がその結果を踏まえて適切に修正されていることを確認した。

論文提出者の発表に対する質疑応答では、主に、レンズ特性の制御技術の統合設計に関する議論が行われた。この過程で、本研究の成果は、インクジェットによるマイクロレンズ作製法の従来の問題点を解決し、作製と実装を同時に行うことができる、経済的なマイクロレンズ実装技術の創出に貢献したことが明らかとなった。さらに、光バンプ実装の広トレランス特性を実証することによって、光実装特有の課題である光軸アライメント問題を解決し、電気実装と同等の経済化を期待できる、光インタコネクション技術の展開に貢献するなど産業界への波及効果も大きいことから、本研究で得られた工学的知見は極めて大きく、また、工学の発展に寄与するところは多大である。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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