学位論文要旨



No 216302
著者(漢字) 武田,裕
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ユウ
標題(和) 船体構造の防振設計法の開発と防振装置に関する研究
標題(洋)
報告番号 216302
報告番号 乙16302
学位授与日 2005.07.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16302号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 教授 鈴木,克幸
内容要旨 要旨を表示する

「船体構造の振動は造船技術者にとって永久の課題である」と言われている。これは船を取り巻く社会的環境が時代とともに変化し、振動発生の態様が変化するので、従来の予想を越えた振動現象を生じたり、またかつては有効であった防振手法も効力を減じたりして、新たな振動問題を生じるためである。したがって船体構造の振動は時代とともに変化するので、これに適した防振設計法や防振装置は変化せざるを得ず、不断の進歩と開発を要求される。

さて近年の経済競争の激化により燃費改善の要請が強まったが、このため大型コンテナ船やVLCCでは船体上部構造の振動や機関室内タンク構造の振動問題が発生した。このうち上部構造の振動問題は、過去にも発生してきており種々の対策により解消していたものであるが、ここ最近様相を変えて再発している。船体上部構造で万一振動が発生すると、乗組員の居住性や機器の正常な保全を損なうものであるが、その一方で大がかりな補強を実施しても振動を止めることが困難であるため、ひとたび発生すると大きな問題となる。

また機関室内タンク構造の振動は、従来は大きな問題とならなかったものであるが、新たな問題として近年発生している。タンク構造で振動が発生した場合、タンク構造の亀裂損傷につながり、これにより内部の油や水が漏洩し大きな事故となるため、タンク構造の振動は重要である。

さらにはレジャー時代の到来とともに客船や高速フェリーなどの建造が盛んに行われるようになったが、このような船舶では局部振動に対する乗客の厳しい要求に応えるという技術上の問題が発生した。

さて船舶で発生する有害な振動を初期設計段階で未然に防止するためには、精度良い予測にもとづく防振設計技術と、万一振動が発生した際に適切に防振できる防振装置の2つが不可欠である。

このうち船舶の防振設計手法には大別して、船体構造と起振外力との共振を防ぐ共振回避設計法と、たとえ共振したとしても応答値を許容値以下に抑えるという振動応答許容値設計法の2種類があるので、最初に振動現象を等価な数値モデルに置き換えることにより固有振動数を予測して、共振を回避する設計を行うのが通常である。

しかしながら共振回避設計法が成立するためには、例え回避する振動モードの固有振動数が精度良く解析できたとしても、設計により対象構造の固有振動数が共振回避域に設定できることが必要であり、種々の制約からこの条件が満たせない場合には、共振回避設計法は有効に機能しない。したがってその場合には振動応答解析にもとづく設計法を適用するというステップに移行することになるので、次の段階では振動応答解析設計を実施することになる。

この振動応答解析設計を実施して予測された応答レベルが許容レベルを超える場合には、応答レベルを減少させる手段を検討することになる。しかしながら設計的に有効な手だてを打つことができなければ、次の手段として適切な防振装置を開発してそれを設置することが必要となる。

上記の事情から、振動の少ない船を実現するためには、共振回避設計法、応答解析設計法ならびに防振装置開発の3つの分野でバランス良く研究し、その時代に即した総合的な防振システムを実現することが重要である。

船体構造の振動は古くから取り扱われた技術分野であるが、本論文でとりあげたのは、環境の変化によりここ10年ほどの間に損傷を生じたつぎの振動問題である。

(a)機関室内タンク構造の共振回避設計法(第2章)

(b)船体振動の応答解析設計法(第3章)

(c)上部構造用能動型制振装置の開発(第4章)

(d)主機弾性支持方式の設計法(第5章)

最初に第2章では、機関室内タンク構造の共振回避設計法を研究した。近年機関室や船体後部のタンクでは振動に起因する損傷が発生しているが、設計段階では各構造部材の固有振動数を検討し、起振力との共振を回避するように部材寸法を決定しているので、このような損傷を生じるのは予想外のことである。

このような損傷の発生原因としては、機関室内のタンク配置の制約からタンク形状がいびつなものとなりがちであり、このためタンクの対向壁面をなす壁が相互に干渉し合って、タンク内部の付加水を増大させているものと考えられる。

したがって損傷防止を目的として機関室内タンク構造の共振回避設計法を実現するために、最初にパターン別に固有振動数低下のメカニズムを分類し、次に矩形タンク囲壁を構成する防撓平板の接水時固有振動数の算定式を導いた。さらに本算定式の解析精度を検証したのち、これを使用してシリーズ計算を行い、タンク形状が最低次固有振動モードの発生に与える影響を検討して、防振設計上の留意点を得ることができた。

第3章では、主として船体上部構造のように大型の局部構造に対する応答解析設計法の研究結果について述べた。

第3.2節では、高精度な応答解析を実現するために実施した、高精度計測データの取得方法について記述する。すなわちVLCCを供試船として、上部構造頂部に設置した電磁式アクティブ制振装置(以下AMD と略記)を起振機として使用してスイープ加振試験を行い、上部構造の応答特性を計測した。これにより高精度な伝達関数を取得した。

第3.3節では高精度の大型FEM構造モデル化手法を検討するために、上部構造の振動特性に影響を与える可能性のある局部構造を忠実にモデル化したFEMモデルを使用してシリーズ計算を行い、精度良いFEMモデルを作成するためのモデル化指針を検討した。

第3.4節では、減衰がいわゆるRayleigh減衰、すなわち に従うものと仮定して、直接マトリクス演算することによりモード解析を利用せずに応答を計算する方法を利用した減衰同定法を開発し、模型架台による起振機試験結果にて本法の有効性を確認した。

第3.5節では、従来の振動応答解析では無視していた流体非圧縮性の仮定を検証した。すなわち流体の圧縮性の影響度を検討し、流体力は付加水質量として作用するのみならず、圧縮性により減衰力としても作用するので、振動応答解析では流体圧縮性を考慮する必要がある場合が存在することを確認した。

第3.6節では減衰の推定をさらに高度化するために、Rayleigh減衰の仮定を拡張して付加水質量の影響を分離して取り扱うために、減衰を として表すものと仮定した。この分離の仮定を検証するため、最初に箱形模型による起振機試験を、空中および水中にて実施し計測データを得た。次にこの計測データに対して第3.4節の同定法を適用し模型実験による結果から同定法が適用できることを示した。さらに第3.2節で得られたVLCCの高精度起振機試験結果と第3.3節および第3.5節で求めた高精度モデルに対して本同定法を適用することにより、減衰係数の組み合わせを求めることができることを実験的に示した。最後にVLCC上部構造の応答を解析して、十分実用的な精度で推定できることを確認した。

第4章では、万一大きな上部構造振動が発生した場合、これを効果的に抑制するための防振装置の開発について記述した。

船舶の上部構造の振動は、複数の起振源があるため、一般的に複数の振動数成分の重ね合わせとなっている。またこれらの起振力は、大きさや位相が船の運航状態によって変動する。したがって、このような振動に対しては、振幅変動や位相変動に追随でき、なおかつ複数の振動成分に対応できる制振装置の開発が必要となる。

これに対し、本論文では電磁アクチュエータとアクティブ制御方式を組み合わせた電磁式アクティブ制振装置を開発したことを述べる。本装置では構造物の振動数をセンサーにより検知し、その信号をもとに制御則を用いて可動マスの動きを最適にコントロールして制振する能動制御方式であり、振幅変動や振動数変化に追随できるだけでなく、複数の起振成分の低減に効果があるものである。

開発に際しては最初に枠組み架台を用いた陸上での起振試験と制振試験により装置が正常に作動することを確認し、つぎに制振装置実用機を製作しVLCCおよび大型撒積貨物船に搭載し、これらの航走試験を実施して実船の上部構造振動に対しても、良好な制振効果が得られることが確認できた。

第5章では、船体への起振力伝達を低減するための主機弾性支持支持方式の開発について記述する。大型客船や大型フェリーなどでは多数の乗客が乗船し、船上で長期間にわたり生活を送ることになるので、快適な居住性や静粛性を実現することが必要なるが、そのためには起振力を減少させる手法が振動防止に有効である。

船の振動起振源には、大別して主機とプロペラの2つがあるが、プロペラ起振力の減少には変動圧力の低減を狙ってハイスキュー・プロペラが採用されている。

一方主機による起振力減少方法として主機弾性支持方式の設計法を開発し、これを客船としては初めて中速ディーゼル主機関に適用した。

大型客船への主機弾性支持方式の適用に当たっては、最初に中速ディーゼル主機関の起振次数を検討して、低減対象とする起振周波数帯を決定した。つぎにこの次数の主機起振力の伝達率を検討するために主機応答計算法を考察し、これを用いて最適弾性要素配置を決定した。さらに客船建造時に弾性要素を鋼製要素に入れ替えることにより弾性支持方式の作動と非作動を実現して、主機起振力の伝達率、構造の振動を計測し、本防振方式の有効性を確認した。

審査要旨 要旨を表示する

船体構造の振動は時代とともに変化するので、これに適した防振設計法や防振装置は変化せざるを得ず、不断の進歩と開発を要求される。

1990年代以降、世界的な経済競争の激化により燃費改善の要請が強まったが、このため超大型コンテナ船やVLCCでは、特に大きな振動問題として船体上部構造の振動や機関室内タンク構造の振動問題が発生した。

船舶で発生する有害な振動を初期設計段階で未然に防止するためには、精度良い予測にもとづく防振設計技術と、万一振動が発生した際に適切に防振できる防振装置の2つが不可欠である。 船舶の防振設計手法には大別して、船体構造と起振外力との共振を防ぐ共振回避設計法と、たとえ共振したとしても応答値を許容値以下に抑えるという振動応答許容値設計法の2種類がある。しかし、さらに設計的に有効な手だてを打つ手段として適切な防振装置を開発してそれを設置することが必要となる。

このようなことから、振動の少ない船を実現するためには、共振回避設計法、応答解析設計法ならびに防振装置開発の3つの分野でバランス良く研究し、その時代に即した総合的な防振システムを実現することが重要である。

本論文では、ここ10年間ほどの間に損傷を生じた振動問題を対象に、次の防振設計手法および防振装置に関する研究成果をまとめた。

(a)機関室内タンク構造の共振回避設計法(第2章)

(b)船体振動の応答解析設計法(第3章)

(c)上部構造用能動型制振装置の開発(第4章)

(d)主機弾性支持方式の設計法(第5章)

第2章では、機関室内タンク構造の共振回避設計法を研究した。損傷防止を目的として機関室内タンク構造の共振回避設計法を実現するために、最初にパターン別に固有振動数低下のメカニズムを分類し、次に矩形タンク囲壁を構成する防撓平板の接水時固有振動数の算定式を導いた。さらに本算定式の解析精度を検証したのち、これを使用してシリーズ計算を行い、タンク形状が最低次固有振動モードの発生に与える影響を検討して、防振設計上の留意点を得た。

第3章では、主として船体上部構造のように大型の局部構造に対する応答解析設計法の開発について述べた。船のような大規模構造物の振動応答推定精度を向上して応答解析にもとづく設計法を確立するために、つぎの研究を行った。

供試船による高精度の伝達関数の計測:次章で開発した上部構造頂部に設置した電磁式アクティブ制振装置(以下AMD と略記)を起振機として使用し、上部構造の前後方向のスイープ加振試験を行い、既知の起振力に対する上部構造の応答特性を計測した。

高精度の大型FEMモデル作成要領の検討:高精度の大型FEM構造モデルをどう表現するかを検討するために、上部構造の振動特性に影響を与える可能性のある局部構造を忠実にモデル化したFEMモデルを使用してシリーズ計算を行い、それぞれが上部構造の固有振動数に与える影響を検討し、精度良いFEMモデルを作成するためのモデル化指針を検討した。

減衰同定係数法の開発:モード解析を利用せずに応答を計算する方法を利用した減衰同定法を開発し、模型架台による起振機試験結果にて本法の有効性を確認した。

流体圧縮性による減衰が振動応答に与える影響の検討:従来の振動応答解析では無視していた流体非圧縮性の仮定を検証した。すなわち流体の圧縮性の影響度を検討し、流体力は付加水質量として作用するのみならず、圧縮性により減衰力としても作用するので、振動応答解析では流体圧縮性を考慮する必要がある場合が存在することを確認した。

流体と構造の分離による減衰要因の分離の検討:減衰の推定をさらに高度化するために、Rayleigh減衰の仮定を拡張して付加水質量の影響を分離して取り扱う。この分離の仮定箱形模型による起振機試験を実施し、この計測データに対して同定法を適用し模型実験による結果から同定法が適用できることを示した。VLCCの高精度起振機試験結果と高精度モデルに対して本同定法を適用することにより、減衰係数の組み合わせを求めることができることを実験的に示した。最終的にVLCC上部構造の応答を解析して、十分実用的な精度で推定できることを確認した。

第4章では、万一大きな上部構造振動が発生した場合、これを効果的に抑制するための防振装置の開発について記述した。電磁アクチュエータとアクティブ制御方式を組み合わせた電磁式アクティブ制振装置を開発した。本アクティブ制振装置では構造物の振動数をセンサーにより検知し、その信号をもとに制御則を用いて可動マスの動きを最適にコントロールして制振する能動制御方式であり、振幅変動や振動数変化に追随できるだけでなく、複数の起振成分の低減に効果があるものである。最初に小型の制振装置試作機を製作し、枠組み架台を用いた陸上での起振試験と制振試験により装置が正常に作動することを確認し、つぎに制振装置実用機を製作しVLCCおよび大型撒積貨物船に搭載し、これらの航走試験を実施して実船の上部構造振動に対しても、良好な制振効果が得られることが確認した。

第5章では、船体への起振力伝達を低減するための主機弾性支持支持方式の開発について研究した。最初に中速ディーゼル主機関の起振次数を検討して、低減対象とする起振周波数帯を決定し、つぎにこの次数の主機起振力の伝達率を検討するために主機応答計算法を考察し、これを用いて最適弾性要素配置を決定した。さらに裸殻運転と呼ばれる試験に際しては弾性要素を鋼製要素に入れ替えることにより弾性支持方式の作動と非作動の検証試験を実施して本弾性支持方式の有効性を検証した。主機起振力の伝達率、構造の振動ともに大きく減少したことが確認され、本防振方式の有効性が検証された

以上のように、船体振動の重要課題をここ10年に亘って、実験には現象解析、高度な数値解析によるシミュレーション、そのモデル化の開発等を行い、設計並びに振動回避に有効な手段を開発したと評価する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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