学位論文要旨



No 216304
著者(漢字) 山下,雅之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,マサユキ
標題(和) 長尺さく孔による切羽前方探査に関する研究
標題(洋)
報告番号 216304
報告番号 乙16304
学位授与日 2005.07.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16304号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

我が国の山岳トンネル特有の立地環境下において,地表面からの事前地質調査のみではトンネル建設プロジェクトに係る地山リスクを十分に低減するだけの地質情報が得られていないのが現状である。こうした背景から,地山リスクがトンネル掘削時に集約される傾向にあり,そのリスクを低減する手段として掘削段階における調査(切羽前方探査)が広く適用されてきた。掘削段階で実施する切羽前方探査には,施工サイクルへの影響を最小限に抑え,かつ,事前調査以上の探査精度の確保が要求されており,その有力な手法として定量的な岩盤特性を直接得ることが可能なさく孔探査が知られている。しかし従来の手法では,長尺さく孔データを効率的に取得するための計測装置,計測方法およびデータ処理といった一連の探査システムの整備が不十分であるとともに,さく孔の長尺化に伴うさく孔深さの影響がさく孔データによる地山評価に十分考慮されていない等,多くの課題が残されていた。

本研究は,本探査手法が抱えるこれら諸問題を解決すべく,効率的な探査システムの構築および長尺さく孔時におけるさく孔深さの影響を定量的に明らかにし,長尺さく孔データによる岩盤特性評価の信頼性を向上させることを目的とした。

第2章では,山岳トンネルの建設プロジェクトにおいて切羽前方探査が必要とされる背景について詳述し,従来の探査手法についての技術の内容・原理や実施事例,技術の現状等を整理し,切羽前方探査の現状と問題点についてまとめた。

さく孔データから岩盤特性を精度良く評価するためには,いかに質の高いさく孔データを収集するかが重要となる。第3章では,さく孔探査のハード・ソフトのシステム整備を目的に探査装置,さく孔部材およびさく孔データ整理・評価ソフトから構成される一連の探査システムを構築した。データ収録装置や計測装置からなる探査装置については,さく岩機を搭載したドリルジャンボやTBM等の掘削機械に常設することにより,計測準備作業の簡便化・迅速化を確保した。また,探査装置の坑内常設にあたり,粉塵,湧水,振動等の過酷な環境に耐え得る処置も施した。これについては,鈴鹿トンネルにおける約3,600 m区間の連続探査実績により,その耐久性を確認することができた。さく孔部材については,ロッドとスリーブ継ぎ手を一体化させたロッドを採用することによりロッドの脱着作業の効率化を図るとともに,先頭ロッドに従来のものと比して径が大きく剛性の高い部材を使用することにより長尺さく孔時の直進性を向上させた。さく孔データの処理・整理については,作業の簡便化・迅速化を目指してさく孔データ処理ソフトを開発した。これを使用することにより,計測データの処理過程で最も時間・経験を要するさく孔データの抽出作業を半自動化して,データ処理時間を大幅に短縮させることができた。また,処理データのファイルフォーマットをCSV形式に変換する機能を付加し,市販の表計算ソフト上での複数の処理データの整理・解析作業を可能とする等,データとその処理の汎用化を実現した。

第4章では,開発したさく孔探査システムを鈴鹿トンネル(TBM先進導坑)に導入し,打撃圧,スラスト,さく孔部材等の条件を一定にしたとき,さく孔深さが長尺さく孔データに与える影響の評価を行った。評価手法としては,同じさく孔深さでのさく孔速度データを平均化することにより岩盤特性の影響を除去したさく孔速度の変動曲線を求め,その変動傾向からさく孔深さによるさく孔データの影響を定量的に評価した。鈴鹿トンネルでは鈴鹿花崗岩および鮎川層群(砂岩,泥岩層)を対象としたさく孔速度の変動曲線を得た.検討したところ,以下に示す2つの現象(ロッドでの弾性波の反射・減衰現象,ビットからの反射波の干渉現象)が関与して,さく孔深さによってさく孔速度が変化することが認められた。

ロッド継ぎ手(連結部)での弾性波の反射・減衰:スリーブ一体型のロッドを使用した場合,ロッド継ぎ手1個あたりの弾性波は約1.5 %減衰する

反射波との干渉:弾性波のビットからの反射波の往復走時(特に弾性波の1往復および2往復に相当する時間)が打撃間隔とほぼ一致する区間においてさく孔速度の増加傾向が認められる

さらに,さく岩機の機種や打撃圧(打撃数)を変えた三坂トンネル,タニイソトンネルの事例においてもこれらが現れることを確認した。ロッドでの弾性波の反射減衰現象は,室内試験や原位置計測で指摘されていた事項であるが,原位置のさく孔で定量的に評価したのは本研究の成果の一つと考える。また,従来指摘されていなかった弾性波の干渉の影響も本研究で新たに指摘した。

鈴鹿トンネルにおけるさく孔探査で得られたさく孔速度を統計的に検討した結果,以下の知見が得られた。同じさく孔深さのさく孔速度の平均値で除して求められたさく孔速度 の各さく孔深さにおける累積確率分布はほぼ一致し,その変動係数は0.25であった。これは,さく孔速度に及ぼす岩盤特性の影響とさく孔深さの影響を分離できることを示唆している。

第5章では,同じさく孔深さのさく孔速度の平均値からなる変動曲線(マスターカーブ)でさく孔速度を正規化することにより,実測データからさく孔深さの影響を除去することにした。また,正規化して得られた の逆数(1/ )が機械掘削時の岩盤評価の指標として広く用いられている掘削体積比エネルギー(単位掘削体積あたりの消費エネルギー)に比例することを示し,長尺さく孔データから岩盤特性を評価する指標として1/ を提案した。1/ と,トンネル掘削時の岩盤調査結果やTBMの掘削抵抗で得られた岩盤強度との比較検討から,1/ が岩盤特性を比較的よく表していることを示し,1/ による岩盤特性の評価手法の有効性を確認した。さらに,1/ を求めることにより,断層や弱面等の不連続面の性状およびその出現位置の推定も可能であることを,本トンネルに出現した幾つかの断層出現区間における探査結果から明らかにした。

さく孔探査システムで使用するさく孔部材については,スリーブ一体型のロッドを使用することによる作業性の向上およびさく岩機からビットに伝達される弾性波の反射・減衰の低減をはかった。しかし,さく孔時に形成された孔壁が不安定となるようなぜい弱地山においては,ビット後方における孔壁崩壊の頻発により長尺さく孔が困難となる場合がある。この問題を克服するために,第6章では,通常のさく孔が困難な湧水の多いぜい弱地山におけるさく孔探査の適用に際し,孔壁を保持しながら安定して長尺さく孔を行う手法として,さく孔ロッドとケーシング鋼管を組み合わせた2重管さく孔を提案した.実施結果をまとめると次のようになる。

2重管さく孔の採用により,通常のさく孔が困難なぜい弱地山においても約30 mの長尺さく孔が可能

今回使用したインピーダンスの変化が大きいロッド継ぎ手を用いた場合,ロッド継ぎ手1個あたりのさく孔速度減衰率はスリーブ一体型ロッドの4倍の6.0 %を示す

さく孔速度の減衰率が大きいロッド継ぎ手を用いた場合,スリーブ一体型ロッドの使用時に特徴的に認められた弾性波の反射波と打撃の干渉は認められない

通常のさく孔部材を使用した場合と同様に,掘削体積比エネルギーに比例する1/V* による岩盤特性の評価が可能である

1/ V*に探査区間の平均的な掘削体積比エネルギーを乗じて求めた掘削体積エネルギー( )による定量評価が可能である

このように,通常のさく孔が困難なぜい弱な地山においても,さく孔部材を工夫することにより約30 mの長尺さく孔が可能であることを示すとともに,本研究で示したさく孔深さの影響除去および岩盤特性の評価手法が2重管を使用した場合にも適用可能であることを示した。

本研究で確立した,長尺さく孔による切羽前方探査手法は,今後トンネル建設プロジェクトに広く用いられ,事前地質調査における調査不足に係る地山リスクを低減していくものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

山下雅之氏により提出された論文では,さく岩機を用いて長尺さく孔をおこない,その結果を用いて切羽前方の岩盤状況を正確に把握する手法の確立を目指した研究成果が述べられている.

掘削段階で実施する切羽前方探査には,施工サイクルへの影響を最小限に抑え,かつ,事前調査以上の探査精度の確保が要求されており,その有力な手法として定量的な岩盤特性を直接得ることが可能なさく孔探査が知られている.しかし従来の手法では,長尺さく孔データを効率的に取得するための計測装置,計測方法およびデータ処理といった一連の探査システムの整備が不十分であるとともに,さく孔の長尺化に伴うさく孔深さの影響が十分考慮されていない等の課題が残されていた.

本研究は,本探査手法が抱えるこれら諸問題を解決して,長尺さく孔データによる岩盤特性評価の信頼性を向上させることを目的としている.本論文に示されている成果は下記のとおりである.

原位置測定(探査)システムの開発

さく孔データから岩盤特性を精度良く評価するためには,いかに質の高いさく孔データを収集するかが重要となる.従来のさく孔探査はさぐりさく孔の延長として位置づけられ,単なるさく孔データの数値化を定量化と称して安易に地山評価がなされる傾向にあり,使用するさく岩機の挙動,さく孔条件やさく孔部材等の影響を念頭に置いた探査手法のシステム化が十分とは言えなかった.本研究では,探査装置,さく孔部材およびさく孔データ整理・評価ソフトから構成される一連の探査システムの開発を行った.

データ収録装置や計測装置からなる探査装置を,さく岩機を搭載したドリルジャンボやTBM等の掘削機械に常設することにより,計測準備作業の簡便化・迅速化を確保した.また,探査装置の坑内常設にあたり,粉塵,湧水,振動等の過酷な環境に耐え得る処置も施した.これについては,鈴鹿トンネルにおける約3,600 m区間の連続探査実績により,その耐久性を確認した.さらに,ロッドとスリーブ継ぎ手を一体化させたロッドを採用することで作業効率の向上を図り,数多くの適用事例からその有効性を確認した.また,通常使用されるφ32〜38 mmのロッドに対して径がより大きく剛性の高い部材(φ45 mmチューブロッド)を先頭ロッドとして使用することにより,長尺さく孔時の直進性を向上させた.

坑内で記録した計測データの処理および整理の簡便化・迅速化を図るため,さく孔データ処理ソフトを開発した.これを使用することにより,計測データの処理過程で最も時間・経験を要するさく孔データの抽出作業を半自動化し,データ処理時間を大幅に短縮した.また,市販の表計算ソフト上での複数の処理データの整理・解析作業が可能とする等,データの汎用化を実現した.

さく孔深さの影響の解明

開発したさく孔探査システムを鈴鹿トンネルに導入し,打撃圧,スラスト,さく孔部材等の条件を一定にしたとき,さく孔深さが長尺さく孔データに与える影響の評価をした.評価手法としては,同じさく孔深さでのさく孔速度データを平均化することにより岩盤特性の影響を除去したさく孔速度の変動曲線を求め,その変動傾向からさく孔深さによるさく孔データの影響を定量的に評価した.

鈴鹿トンネルでは鈴鹿花崗岩および鮎川層群を対象としたさく孔速度の変動曲線を得た.検討したところ,ロッドでの弾性波の反射・減衰現象,ビットからの反射波の干渉現象が関与して,さく孔深さによってさく孔速度が変化することを明らかにした.さらに,さく岩機の機種や打撃圧を変えた三坂トンネル,タニイソトンネルの事例においてもこれらが現れることを確認した.

ロッドでの弾性波の反射減衰現象は,室内試験に基づく研究で指摘されていた事項であるが,原位置のさく孔で定量的に評価したのは本研究の成果の一つである.また,従来指摘されていなかった弾性波の干渉の影響も新たに指摘した.

岩盤特性の評価手法の開発

同じさく孔深さのさく孔速度の平均値からなる変動曲線でさく孔速度を正規化することにより,実測データからさく孔深さの影響を除去する手法を提案した.また,正規化さく孔速度の逆数が,機械掘削時の岩盤評価パラメータとして広く用いられている掘削体積比エネルギーに比例することを理論的に示し,これを長尺さく孔データから岩盤特性を評価する際の指標として提案した.

提案した指標と,トンネル掘削時の岩盤調査結果やTBMの掘削抵抗で得られた岩盤強度との比較検討から,この指標が岩盤特性を比較的よく表していることを示し,岩盤特性の評価手法の有効性を確認した.さらに,指標を求めることにより,断層や弱面等の不連続面の性状およびその出現位置の推定も可能であることを本トンネルに出現した幾つかの断層出現区間における探査結果から明らかにした.

ぜい弱地山への適用

さく孔探査システムで使用するさく孔部材については,スリーブ一体型のロッドを使用することによる作業性の向上およびさく岩機からビットに伝達される弾性波の反射・減衰の低減をはかった.しかし,さく孔時に形成された孔壁が不安定となるようなぜい弱地山においては,ビット後方における孔壁崩壊の頻発により長尺さく孔が困難となる場合がある.この問題を克服するために,通常のさく孔が困難な湧水の多いぜい弱地山におけるさく孔探査の適用に際し,孔壁を保持しながら安定して長尺さく孔を行う手法として,さく孔ロッドとケーシング鋼管を組み合わせた二重管さく孔を提案した.

提案した手法により,通常のさく孔が困難なぜい弱な地山においても,さく孔部材を工夫することにより約30 mの長尺さく孔が可能であることを示すとともに,さく孔深さの影響除去および岩盤特性の評価手法が2重管を使用した場合にも適用可能であることを示した.

山下雅之氏は,長尺さく孔データを効率的に収集・整理するための探査システムを構築するとともに,さく孔の長尺化に伴うさく孔深さの影響を考慮した評価手法を確立し,多くの適用実績からその有効性を示した.本研究の最大の成果は,さく孔深さによるさく孔データへの影響をマスターカーブの作成という手法を用いて検討した結果,その要因が主としてロッドでの弾性波の反射・減衰および弾性波の干渉現象にあることを,数多くの実測データから示したことであろう.また,実測データをこのマスターカーブで正規化することで,さく孔データからさく孔深さの影響を除去することが可能であることも示した.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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