学位論文要旨



No 216305
著者(漢字) 横山,壽治
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,トシハル
標題(和) カルボン酸のアルデヒドへの選択的水素化反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 216305
報告番号 乙16305
学位授与日 2005.07.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16305号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 水野,哲孝
内容要旨 要旨を表示する

本論文は分子状水素を用いるカルボン酸の直接水素化反応(Eq.(1))によるアルデヒド合成に関する研究成果をまとめたものである。アルデヒド類は、医薬、農薬、香料等を合成するにあたり、炭素骨格を形成するためのbuilding blockとして広く用いられる基幹中間体である。従来それらはハロゲン化法を中心とする有機合成的手法で製造されてきたが、収率、廃棄物処理の面で問題があった。カルボン酸の水素化反応によって選択的にアルデヒドを得るための触媒開発を目的として研究を開始し、芳香族カルボン酸を高活性かつ高選択的に水素化する触媒としてCr/ZrO2触媒を新規に開発し、さらに不飽和脂肪族カルボン酸の水素化触媒として、高純度Cr2O3触媒の開発に成功した。本論文は、芳香族、脂肪族、不飽和脂肪族のカルボン酸を選択的にアルデヒドに転化する新規水素化触媒の開発と触媒解析、およびそれらの酸化物触媒を用いたカルボン酸やエステルの水素化反応の反応解析に関して詳述したものであり、8章から構成される。 RCOOH + H2 →RCHO + H2O (1)

第1章では、カルボン酸の直接水素化反応に関して、過去に提案されている水素化触媒、および反応解析に関する特許ならびに学術論文情報を整理し、カルボン酸の直接水素化プロセスは直接的で適用範囲が広く、環境保護の関点からも望ましい方法であること、および本反応を工業プロセス化する上での水素化触媒開発の重要性を述べた。

第2章では、芳香族カルボン酸の水素化反応に関して、金属酸化物触媒を中心とした触媒探索を行った結果と、各種芳香族カルボン酸に広汎に適用可能な、高性能Cr-ZrO2触媒の開発についてまとめた。触媒の基本成分選定を目的とした安息香酸の水素化反応において、表面が中性に近くかつ比表面積の大きなZrO2が、活性およびアルデヒド選択性とも優れていることを見出した。ZrO2をCr3+、Pb2+等の金属イオンで修飾することにより、活性、および触媒寿命が大幅に改善され、実用に値する性能を有する触媒となった。Cr3+等の添加成分は、ZrO2の相転移抑制と比表面積の増大に寄与するとともに、水素化反応中の炭素質析出を抑制する効果を示し、結果として触媒活性が長期に維持されることを明らかにした。Cr-ZrO2が各種の芳香族カルボン酸、脂肪族カルボン酸、複素環式カルボン酸の水素化において高い水素化活性を示すこと、およびそれらの水素化反応によって対応するアルデヒドが選択的に得られることを確認し、Cr-ZrO2触媒の適用範囲が広いことを明らかにした。

第3章では、芳香族カルボン酸の水素化反応に対し、ZrO2およびCr-ZrO2触媒が高選択性を示す理由を明らかにするため、反応条件下での生成物の反応性を調べて反応ネットワークを解明するとともに、速度論的な検討を加えた。カルボン酸の水素化により生成したアルデヒドは、反応条件下でアルコール体に逐次水素化されるが、アルコールとアルデヒドの間に平衡が存在し、反応条件下において平衡がアルデヒド側に有利であることが高選択性を示す一因と推論した。FT-IRを用いた表面吸着種の解析により、表面カルボキシレート種と触媒表面で活性化された水素との反応によりアルデヒドが生成する機構を提案した。反応速度式を決定し、反応の律速段階は水素の解離吸着であると結論した。

第4章では、ふたつのα-水素を有する脂肪族カルボン酸の水素化反応に関して述べた。ZrO2は脂肪族カルボン酸に対しケトン化触媒として作用するが、Cr2O3成分導入によりケトン化能が抑制されるとともに水素化活性が増大し、Cr:Zr=15:100原子比において水素化活性は極大値を示した。次にCr2O3/担体系触媒を検討し、担体との組み合わせにおいて、γ-Al2O3、SiO2やTiO2担体ではアルデヒド選択率は著しく低いが、α-Al2O3担体の使用により90%以上の高いアルデヒド選択率が得られることを明らかにした。10wt%Cr2O3/α-Al2O3触媒は、安息香酸やニコチン酸メチルなどに対し高い水素化活性を示し、アルデヒド製造触媒としてその適応範囲が広いことが確認された。

第5章では、不飽和アルデヒドを高選択的に製造可能な高純度Cr2O3触媒の開発について詳述した。不飽和脂肪酸原料として10-UDEA(10-ウンデシレン酸)を用いて、選択水素化触媒の探索を行い、高純度Cr2O3が高いアルデヒド選択性を示すことを見い出した。Cr2O3中のアルカリ金属やアルカリ土類金属酸化物不純物は、Cr2O3上の強塩基点を発現させケトン化反応を促進した。触媒上の酸点は、C=C結合の異性化反応を促進していると推定した。反応後の触媒表面の分析おいて表面カルボキシレート種の存在を確認したことより芳香族カルボン酸の水素化反応と同様に、表面カルボキシレート種を経てアルデヒドに転化されていると推論した。高純度Cr2O3は、10-UDEA以外にもステアリン酸、オレイン酸等の各種の脂肪族、さらには芳香族カルボン酸の水素化反応に対して高選択性を示すことを確認した。

第6章では、ZrO2およびCr-ZrO2触媒を用いた二塩基酸エステルの水素化反応について、原料の適用範囲を研究した結果をまとめた。ZrO2触媒を用いたフタル酸ジメチル類の水素化反応において、反応性の序列はp->m-置換体の順であり、それぞれモノおよびジアルデヒドが生成した。しかし、o-置換体ではアルデヒドの生成は認められなかった。モノアルデヒドであるp-PDM(テレフタルアルデヒド酸メチル)の水素化においてジアルデヒドが生成したことより、モノアルデヒドはジアルデヒドへの反応中間体であると推定した。一方、脂環式ジエステルである1,4-シクロヘキサンジカルボン酸ジメチルの水素化反応における反応性を調べたところ、テレフタル酸ジメチルとほぼ同等であった。このことより、ベンゼン環と触媒表面との相互作用は殆ど無いか、あるいはあったとしても水素化反応に影響しないと推論した。しかし、グルタル酸ジメチルやアジピン酸ジメチルの様な脂肪族二塩基酸エステルを水素化しても、対応するアルデヒドには変換されなかった。これらの二塩基酸エステルは2つのα-水素を有するため、分子間脱炭酸反応が進行しているものと推定した。テレフタルアルデヒド酸メチルの水素化において、ZrO2触媒をCr、InあるいはZnで修飾することにより、水素化活性が向上することを見出した。特にZn修飾の場合に、Zn/Zr=5/100モル組成において高いジアルデヒド選択率を得た。

第7章では、FT-IRおよびCP/MAS 13C-NMRを用いる触媒上の吸着種の解析結果と、それに基づく芳香族ジカルボン酸ジエステルの水素化反応の推定反応機構について述べた。FT-IRスペクトルの解析より、p-置換体原料ではモノカルボキシレート種が、m-置換体では、モノおよびジカルボキシレート種が、そしてo-置換体原料ではジカルボキシレート種のみが触媒表面上に存在することがわかった。また、p-置換体のモノアルデヒドであるテレフタルアルデヒド酸メチルを用いた検討では、水素化反応においてジアルデヒドが得られること、FT-IRを用いた解析において、p-位にアルデヒド基を有するモノカルボキシレート種として触媒表面上に存在することを確認した。以上の結果から、芳香族ジカルボン酸ジエステルの水素化反応において、モノカルボキシレート種が表面中間体であり、ジカルボン酸ジエステルは一段で水素化されるのではなく、段階的に水素化される反応機構を提案した。さらに、CP/MAS 13C-NMRを用い、安息香酸およびテレフタル酸ジメチル吸着種の測定を行い、吸着種の電子状態について考察した。

第8章では、カルボン酸の水素化反応機構を明らかにする目的で、逆反応であるアルデヒドと水からカルボン酸と水素を生成する反応を検討した結果を述べた。ZrO2, Cr2O3およびCr-ZrO2を用い、芳香族アルデヒドおよび脂肪族アルデヒドと水蒸気との反応を行い、アルデヒドと水の反応でカルボン酸と水素が生成すること、すなわち、カルボン酸と水素との反応は可逆反応であることを明らかにした。さら反応機構について、アルデヒドの吸着により生成した表面カルボキシレート種と触媒表面により活性化された水が反応していると推定した。脂肪族アルデヒドについても、芳香族アルデヒドと同様に水と反応して、対応するカルボン酸と水素ガスを与えることを確認した。

Appendixでは、修飾ZrO2触媒の開発研究で得られた知見をもとに、触媒成形を中心とする触媒の実用化検討およびベンチスケールプラントを使用したプロセス化検討について詳述した。

以上、本論文は芳香族、脂肪族、不飽和脂肪族のカルボン酸を選択的にアルデヒドに転化する新規水素化触媒の開発と触媒解析、およびそれらの金属酸化物触媒を用いたカルボン酸やエステルの水素化反応の反応解析に関して述したものである。アルデヒドの製造法に関して、金属酸化物触媒を用いたカルボン酸の直接水素化法という、環境負荷が低くより合理的な製造法を提案するとともに、高活性、高選択性を示す新規な金属酸化物触媒を開発し、求められる触媒の機能や特性を明らかにした。さらには、金属酸化物触媒およびそれを用いた有機合成反応とそのプロセスに関しても、新規な学術的知見を提出した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「カルボン酸のアルデヒドへの選択的水素化反応に関する研究」と題し、新しいアルデヒド合成用水素化触媒の開発と水素化反応機構の解明を目的とし、9章よりなっている。

第1章は序論であり、カルボン酸の直接水素化法が従来のアルデヒド製造法の欠点を解決する望ましい方法であること、および実用プロセス化における水素化触媒の開発の重要性を記述している。

第2章は本論文の中核をなす部分であり、安息香酸のベンズアルデヒドへの水素化反応に関して金属酸化物触媒を中心とした触媒探索を行った結果と、各種芳香族カルボン酸に適用可能な高性能Cr-ZrO2触媒の開発経緯について述べている。安息香酸の水素化反応において、表面が中性に近くかつ比表面積の大きなZrO2が、低活性であるもののアルデヒド選択性に優れていることを見出している。ZrO2をCr3+、Pb2+等の金属イオンで修飾することにより、活性および触媒寿命が大幅に改善され、実用レベルに値する性能を示すことを初めて見出している。Cr3+等の添加成分は、ZrO2の相転移抑制と比表面積の増大に寄与するとともに、水素化反応中の炭素質析出を抑制する効果があることを述べている。さらに、Cr-ZrO2は各種の芳香族カルボン酸のみならず、脂肪族カルボン酸、複素環式カルボン酸の水素化にも適用可能な汎用性の高い触媒であると述べている。

第3章では、芳香族カルボン酸の水素化反応においてCr-ZrO2触媒が高選択性を示す理由を明らかにするため、副生成物の同定・定量並びに速度論的な検討に基づき、本水素化反応全体の反応機構を考察している。カルボン酸の水素化により生成したアルデヒドは反応条件下でアルコールまで逐次的に水素化されるが、このとき、アルコールとアルデヒドの間に平衡が存在すること、およびこの平衡が反応条件下においてアルデヒド生成に有利であることが高選択性を示す一因であると推論している。さらに、FT-IRを用いて反応中の触媒表面の吸着種を解析することにより、カルボキシレート吸着種と触媒表面で活性化された水素との反応によりアルデヒドが生成する機構を提案している。

第4章では、脂肪族カルボン酸の水素化触媒として、Cr-ZrO2、Cr2O3、および担持型Cr2O3に関して検討を加え、触媒組成、触媒調製条件と、触媒活性およびアルデヒド選択性の関係を論じている。

第5章は本論文のもう一つの中核をなす章であり、高純度Cr2O3触媒が不飽和アルデヒドを高選択的に合成可能であること、並びに、表面特性やカルボン酸吸着種と触媒性能の相関について論じている。高純度Cr2O3は10−ウンデシレン酸に対して高いアルデヒド選択性を示す。しかし、アルカリ金属などの不純物はCr2O3上に強塩基点を発現させケトン化反応が併発すること、触媒上の酸点はC=C結合の異性化反応を促進すると述べている。さらに、不飽和脂肪酸の水素化反応における触媒表面の酸塩基特性の重要性を指摘している。

第6章では、ZrO2およびCr-ZrO2触媒を用いた二塩基酸ジエステルの水素化反応について、反応基質の適用範囲を研究した結果をまとめている。

第7章では、FT-IRおよびCP/MAS 13C-NMRによる触媒上の吸着種の解析結果と、それに基づく芳香族ジカルボン酸ジエステルの水素化反応の推定反応機構について論じている。FT-IRを用いる吸着種の測定により、p-置換体原料ではモノカルボキシレート種が、m-置換体ではモノおよびジカルボキシレート種が、o-置換体原料ではジカルボキシレート種のみがそれぞれ触媒表面上に存在することを述べている。p-置換体のモノアルデヒドであるテレフタルアルデヒド酸メチルは本水素化反応によりジアルデヒドに変換され、反応中間体としてp-位にアルデヒド基を有するモノカルボキシレート種が存在することを見出している。これより、芳香族ジカルボン酸ジエステルの水素化反応は、モノカルボキシレート吸着種が中間体であり、逐次的な水素化でジアルデヒドが生成する反応機構を提案している。さらに、CP/MAS 13C-NMRを用いた安息香酸とテレフタル酸ジメチル吸着種に関する解析を行い、吸着種の電子状態を考察している。

第8章では、カルボン酸の水素化反応の可逆性を調べることを目的とし、アルデヒドと水からカルボン酸と水素を生成する反応を検討した結果について述べている。水素化反応と同様の条件下でアルデヒドと水を反応させるとカルボン酸と水素が生成することを確認している。すなわち、本水素化反応が可逆反応であると述べている。

第9章はまとめの章であり、カルボン酸の直接水素化プロセスの工業的な意義、および工業化実績について述べている。

また、Appendixには修飾ZrO2触媒の工業触媒化検討ならびにプロセス化検討の内容を付記している。

以上、要するに本論文は、芳香族、脂肪族および不飽和脂肪族カルボン酸を選択的にアルデヒドに転換する新しい水素化触媒の開発に成功し、本知見をもとにアルデヒド新製造法としてカルボン酸の直接水素化プロセスを世界で初めて確立し、さらに、触媒解析によりカルボン酸やジエステルの水素化反応の反応機構を明らかにしており、触媒における新規分野を開拓したもので触媒化学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50268