学位論文要旨



No 216306
著者(漢字) 石橋,圭介
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,ケイスケ
標題(和) 簡易測定情報に基づくTCP/IP網性能評価に関する研究
標題(洋) Performance Evaluation Methods for TCP/IP Networks Based on Light-weight Measurement
報告番号 216306
報告番号 乙16306
学位授与日 2005.07.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16306号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 助教授 中山,雅哉
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 松浦,幹太
内容要旨 要旨を表示する

TCP/IP網のトラヒックは依然として増加を続けており、網接続サービス提供事業者はこの増加に対応する必要がある。一方で事業者間の競争はますます厳しくなっており、トラヒック増加に対する網の設計、運用に際しては、ユーザのQoS劣化を防ぎつつ、コスト効率的に行う必要性がある。このためには、網性能を担保するリソース量の算出が必要であり、網の性能評価手法が不可欠である。

本論文では、このような環境下におけるTCP/IP網設計、運用に資する性能評価手法確立に向けた検討を行った。この場合の性能評価の目的はコスト効率的な網設計運用であり、性能評価自体のためにコストをかけることは不可である。したがって本論文では、簡易な測定に基づいて得られた情報から、如何に必要な網設計・運用に性能を得るかという観点から、TCP/IP網の性能評価手法を検討した。

ただし、TCP/IP網の性能評価手法は対象とするレベル、評価対象の網のフェーズによって、要求条件、適切な手法が異なる。対象レベルは下記のように、パケットレベル、フローレベルの二つに大別され、網のフェーズは設計フェーズ、運用フェーズに大別される。

パケットレベルの性能は特にUDPを用いたアプリケーションの品質に影響が大きく、そのための性能評価が求められる。しかしパケットレベルのトラヒック特性に影響を与える要因は多様であり、結果としてトラヒック特性の把握、モデル化が困難であり、従来の待ち行列で用いられているトラヒック、システムのモデル化、及びモデルを入力とした待ち行列理論に基づく性能評価手法の適用が困難である。そのため、トラヒック特性を仮定しない性能測定手法の検討、および普遍的に成立するトラヒック特性の分析とその性能への影響の分析が求められる。一方、フローレベルの性能はTCPを用いたアプリケーションの性能に直接影響を及ぼす。フローレベルのトラヒック特性は比較的ユーザ・アプリケーションの挙動を反映するため、そのモデル化が可能と考えられ、従来の待ち行列における性能評価手法の適用がある程度可能であると考えられる。したがってフローレベルの性能評価においては、トラヒックのモデル化、およびモデルを利用して如何に性能評価のための測定負荷を軽減するか、もしくはより精度の高い性能評価を行うかという検討のアプローチが可能である。

設計フェーズにおいては、実際のトラヒックが網上に存在せず,入手可能な情報が限られるため,事前の詳細な性能評価は困難である。したがって、まずは事前入手可能な情報とトラヒック特性、および性能との関連を明確化する必要がある。また、運用フェーズにおいては網上にユーザの実トラヒックが転送されているため、実トラヒックの性能を直接測定するといった性能評価手法が可能である。しかしながら、従来の測定手法はコストがかかるか、もしくはユーザの実トラヒックの性能を劣化させる危険性があるものであった。従って実トラヒックへの影響を最小限にした性能評価手法が求められる。また、運用時における性能評価の目的のひとつは、ユーザのQoS管理であるため、長時間平均の定常的な網の性能のみならず、短時間で変動する性能を把握可能な性能評価手法が求められる。

本論文では、この分類に即して、パケット、フローレベルそれぞれについて、設計、運用フェーズにおける簡易測定情報に基づく性能評価手法についての研究結果をまとめたものである。前半の第二章から第四章が設計時の性能評価手法、後半の第五章から第七章が運用時の性能評価手法をまとめたものである。

各章での具体的な内容は以下の通りである.

第一章では、研究の背景と課題、および本論文におけるアプローチをしめした。

第二章では、パケットレベルの設計時性能評価にむけて、実トラヒック測定結果を通じてパケットトラヒック特性分析を行った。特に事前に推定可能なパラメータであるトラヒック多重度とトラヒック特性、および性能との関係を用いたシミュレーションにより検証した。

第三章では、フローレベルの設計時性能評価に向けて、フローレベルトラヒック特性モデル化を行った。多重化されたトラヒックではなく、個別ユーザのトラヒックをモデル化することにより、トラヒック多重度をパラメータとしたトラヒック生成および性能評価が可能となった。

第四章では、フローレベルのモデル化を前提とした、フローレベル性能評価手法、および設計手法を提案した。本章においては近年研究が進められている単一ボトルネックリンクネットワークにおけるプロセッサシェアリングモデルによるTCPフローのモデル化を拡張し、複数ボトルネックリンクネットワークにおけるTCPフローのMax-Min帯域配分モデルの性能を推定する手法を提案した。

第五章では、パケットレベルの運用時性能評価手法として、ユーザパケット品質推定方式を提案した。測定が容易なアクティブ測定結果では、実際のユーザパケットの品質と異なる可能性があること、アクティブ測定結果と簡易なパッシブ測定結果を連携させることにより、実際のユーザパケット品質が推定可能であることを示し、シミュレーションによる有効性検証を行った。

第六章では、パケットレベルの運用時性能評価手法として、パケット損失率推定手法を提案した。現在のネットワークでは、パケット損失は発生確率が非常に低いものの、発生した場合、ユーザ品質への影響は高い。このような環境下で高精度にパケット損失率を測定するためには膨大なプローブパケットが必要になる。本章では、損失しなかったプローブパケットの遅延情報も用いることによって、少量のプローブパケットで高精度に損失率を推定する手法を提案し、シミュレーションおよび実ネットワークにおける測定によって手法の有効性を検証した。

第七章では、フローレベルの運用時性能評価手法として、フローレベル性能劣化検出手法を提案した。フローレベル性能として平均フロー持続時間を対象とし、平均フロー持続時間とアクティブフロー数、およびリンク使用率の関係を利用し、測定が簡易な後者二測定量をもちいてフローレベル性能劣化を簡易に検出する手法を示した。

第八章では、本論文で述べた内容をまとめるとともに、簡易測定情報を用いた性能評価手法についての展望を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Performance Evaluation Methods for TCP/IP Networks Based on Light-weight Measurement(簡易測定情報に基づくTCP/IP網性能評価に関する研究)」と題し、情報通信の主要部分を担いつつあるTCP/IP網を一層経済的に構成し運用するために、現実に活用することを主眼に、性能を測定し評価する手法を論じたものであり、全八章で構成され英文で書かれている。

第一章は「Introduction(序論)」であり、本論文において主題となるTCP/IP網の性能評価を概観すると共に、性能評価手法が「パケットレベル」と「フローレベル」に大別され、またその適用が「網設計フェーズ」と「網運用フェーズ」とで異なることを述べた上で、本論文の構成を示している。

第二章は「Characteristics of Aggregate Traffic at Packet Level(パケットレベル性能評価における多重化されたトラヒックの特性)」と題し、近年観測されるバースト性及び自己相似性を有するトラヒックに対しても多重化効果が存在することを明らかにした上で、トラヒック多重度、トラヒック特性並びに品質との関係を分析し、シミュレーションと実トラヒック測定結果を用いて検証することにより、パケットレベルの設計時性能評価に適用できることを明らかにしている。

第三章は「Application Level Traffic Modeling(アプリケーションレベルのトラヒックのモデル化)」と題し、個別ユーザのアプリケーションにより生じるトラヒックをモデル化し、モデルを最適化する確率分布とパラメータを求めることにより、多重度を変えたトラヒックを生成することで性能評価を行う手法を考案し、フローレベルの設計時性能評価に使用できることを明らかにしている。

第四章は「Evaluation of Performance at Flow Level(フローレベルの性能評価)」と題し、近年研究が進められている単一ボトルネックリンクネットワークにおけるプロセッサシェアリングモデルによるTCPフローのモデルを、現実のネットワークに近い複数のボトルネックリンクがあるネットワークに拡張して、TCPフローのMax-Min帯域配分モデルの性能を推定することでTCP性能評価を可能とする手法を提案し、これによるネットワーク設計を併せて提案している。

第五章は「Packet-Level Performance Estimation Method(パケットレベルの性能推定手法)」と題し、運用時のパケットレベル性能評価手法として測定が容易なアクティブ測定によると実際とは異なる品質を測定することがあることを指摘した上で、アクティブ測定による結果と簡易なパッシブ測定結果を連携させることにより現実に近いユーザパケットの品質を推定することが可能となる手法を提案し、その有効性を確認している。

第六章は「Packet Loss-rate Estimation Method(パケット損失率推定手法)」と題し、低確率で発生するパケット損失がアプリケーション品質に与える影響が大きいことを考慮して、少量のプローブパケットを用い、同時にプローブパケットの遅延時間情報を活用することで、パケット損失率を高精度で推定する手法を提案しており、シミュレーション結果と実ネットワークにおける測定を比較することで手法の有効性を検証した上で、パケットレベル運用時性能評価手法として用いるユーザパケット品質推定方式を論じている。

第七章は「Flow-level Performance Degradation Detection Method(フローレベルパケット性能劣化検出手法)」と題し、運用時の性能評価手法として、平均フロー持続時間、アクティブフロー数、及びリンク使用率の関係を利用しつつ、アクティブフロー数とリンク使用率を測定することで、フローレベルの性能劣化を簡易に検出できる手法を提案している。

第八章は「Conclusion(結論)」であり、論文の成果と今後の展開をまとめている。

以上これを要するに、本論文では、TCP/IP網の設計がパケットレベルとフローレベルに加えて、網設計時と網運用時においても性能と品質の評価を行っていることを認識し、それらに用いる現実的な評価手法の確立を目指す検討を行っており、一連の性能評価及び品質評価手法を新たに提案することにより、経済的な網設計と運用品質の維持を達成しようとしたものであり、電子情報学に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(情報理工学)の学位論文として合格と認められる。

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