学位論文要旨



No 216307
著者(漢字) 柳本,裕
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギモト,ユタカ
標題(和) 日本の油ガス田貯留岩中のローモンタイトの起源およびその二次孔隙生成との関係
標題(洋) Laumontite in reservoir rocks and its relation to secondany pore formation in Japanese oil and gas fields
報告番号 216307
報告番号 乙16307
学位授与日 2005.07.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16307号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 多田,隆治
 東京大学 助教授 池田,安隆
 産業技術総合研究所 地貭標本館館長 青木,正博
 慶応義塾大学 教授 鹿園,直建
内容要旨 要旨を表示する

石油・天然ガスの貯留岩や周辺にゼオライト鉱物の一つであるローモンタイトがみられることがある。日本の油ガス田では秋田県の由利原油・ガス田の火山岩貯留岩の周辺で熱水変質によりローモンタイトが生じている。また、北海道の勇払油・ガス田の貯留岩である花崗岩や石狩層群礫岩のフラクチャーにも熱水性のローモンタイトが生成し、貯留岩の発達に影響を与えている。一方、基礎試錐「三陸沖」、「相馬沖」など東北日本の太平洋側に分布する上部白亜系から古第三系の含夾炭層堆積盆に掘削された坑井では、マトリックスの少ない砂岩に二次孔隙が発達するとともにローモンタイトを産出することが知られている。本論では、このローモンタイトがどのように生成し、貯留岩である砂岩の二次孔隙生成とどう関係しているかについて検討を行った。

基礎試錐「三陸沖」は平成11年に三陸沖構造において古第三系〜白亜系の石油地質学的な評価を目的として掘削された。その掘削深度は4500mであり、それらはA層(Upper Cretaceous), B層(Upper Paleocene to Middle Eocene), C層(Middle Eocene), D層(Upper Oligocene to Lower Miocene ), E層(Pliocene to Quaternary)に分けられる。夾炭層が発達するA層、B層に夾在する砂岩はカルサイトセメントや砕屑粒子が溶解して生じた二次孔隙に富み、良好な貯留岩性状を示す。油ガス徴も頻繁にみられ、テストが実施されたB層では相当量のガスの産出が確認された。本地域ではC層とD層の間には大規模な不整合が存在することが知られており、本坑井を通る震探測線でもC層とD層の間には傾斜不整合の存在が認められている。

本坑井の各地層中に挟まれる凝灰岩には埋没続成により生成した沸石が含まれる。この埋没続成分帯はC層とD層の間の不整合が生じる前の最大埋没時に形成されたと考えられ、続成分帯と過去の地温勾配の推定に基づき、不整合時の削剥量は約1.8kmと推定された。また最大埋没時の地下温度も有機物が熟成し、有機酸を生成する程度まで上昇したと推定された。A層およびB層砂岩のセメント鉱物としてクロライト、石英、カルサイト、ローモンタイト、カオリナイトなどが同定され、鏡下の観察から以下のことが分かった。クロライトセメントはリムセメント、ポアセメントとして産し、部分的にカルサイトに交代される。カルサイトセメントは粒子間孔隙を埋めるとともに、斜長石や変質したガラス質岩片を交代する。鏡下でみられるセメント鉱物の関係から、リムセメントクロライト、石英、ポアセメントクロライト、カルサイト、ローモンタイト(またはカオリナイト)の順で生成したと思われる。またマイナスセメントポロシテイの考えを適用してその生成時期を検討したところ、クロライトセメントは1840-2200mの深度で、カルサイトセメントは2520mの深度で生じたと推定される。これらの砂岩にはカルサイトセメントや粒子を交代したカルサイトの溶解によりできた二次孔隙が広く発達している。そしてこの二次孔隙にローモンタイト、カオリナイトが生成している。これらの事実から、二次孔隙を生じた鉱物粒子やセメントの溶解は、最大埋没時に夾炭層中の有機物の熟成にともない生じた有機酸を溶かした酸性地層水がUpper Oligoceneの隆起運動にともない上昇してきて引き起こしたと考えられる。また、この酸性地層水からカオリナイトが、カオリナイトや鉱物粒子を溶かしてアルカリ性に変化した地層水からローモンタイトが出来たと考えられる。これらの鉱物生成のタイミング、過去の地史や推定地温などから、ローモンタイト生成時の温度条件は60℃程度と考えられる。

基礎試錐「相馬沖」は平成2年に相馬沖構造において古第三系〜白亜系の石油地質学的な評価を目的として掘削された。その掘削深度は3500mであり、それらはA層(Cretaceous)、B層(Eocene to Oligocene)、 C層(Lower to Middle Miocene)、 D層(Upper Miocene)、 E層(Pliocene)、F層(Pliocene to Quaternary)に分けられる。A層は海成砂岩泥岩互層、B層は夾炭層や泥岩などからなる。夾在するA層、B層の砂岩は二次孔隙に富み、良好な貯留岩性状を示す。しかしながら炭化水素を含まず、水層と判断された。5層準で不整合がみられるが、大規模な削剥は考えられず、現在が最大埋没と推定される。

本坑井でもA層およびB層砂岩には石英、カルサイト、ローモンタイト、カオリナイトなどのセメント鉱物や二次孔隙がみられる。これらの産状や地下深くまで炭層が埋没し、有機酸が生成したと考えられることが「三陸沖」と共通することから、セメント鉱物や二次孔隙は「三陸沖」と同様なメカニズム、順序で生じたと推定され、このような現象は「常磐沖」を含むこの夾炭層堆積盆に普遍的に起きていたと考えられる。

「相馬沖」坑井の各地層中に挟まれる凝灰岩には埋没続成により沸石が生成している。それらはZone I (volcanic glass)、Zone II (clinoptilolite)、ZoneIII (analcime/heulandite)に分けられるが、Zone II からZoneIIIへの変化は約40℃と通常の埋没続成よりかなり低温でおきていると推定された。これは有機酸を含む酸性地層水が岩石と反応しアルカリ性になり、凝灰岩と反応した結果、より低温での続成変化をもたらしたと解釈される。

基礎試錐「三陸沖」、「相馬沖」の白亜紀、古第三紀砂岩の薄片観察の結果、ローモンタイトを含む岩石でも、全岩に対するローモンタイトの割合は0.6-4.6%で、19-22%の二次孔隙が残されている。一方カオリナイトを含む岩石では、カオリナイトが0.6-9.8%を占めるのに対し、4-16%の二次孔隙が残される。このようにローモンタイトあるいはカオリナイトセメントの生成は、二次孔隙を埋めるには至らず、良好な貯留岩性状は保持され、その後移動してきた炭化水素をトラップすることが可能となった。

勇払油ガス田のローモンタイトがフラクチャーを埋めて大量に生成していること、流体包有物から100℃以上の高温でできたと推定されることから熱水性と考えられるのに対して、「三陸沖」、あるいは「相馬沖」のローモンタイトはその産状や生成のタイミングから、低温で、また有機酸を溶かした地層水が上昇して来た時にのみ形成されたことが特徴である。本論により、有機酸を含む酸性地層水による二次孔隙生成に引き続く過程で、低温でローモンタイトが生じることを初めて明らかにすることができた。

東北日本太平洋側海域地下に発達する上部白亜系〜古第三系夾炭層堆積盆の砂岩は、埋没後の圧密があまり進まない段階で広範囲にカルサイトのセメンテーションを被った。その後、有機物の熟成により生じた有機酸によりカルサイトが溶解し、大規模に二次孔隙が発達した。上記したように、本地域のローモンタイトはこの二次孔隙生成にともなう地層水組成の変化により孔隙の一部のみを埋めて産出したことが特徴である。したがって、本堆積盆におけるローモンタイトの分布は大規模な二次孔隙の発達、それにともなう良好な貯留岩の存在などを示唆しており、探鉱上の重要な指針を示すといえる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第I章は、イントロダクションであり、石油探鉱の対象となる堆積盆に産するゼオライトとして最も普遍的であるローモンタイトが、貯留岩の砂岩粒間の孔隙をセメントすることによって、貯留岩の性状に影響を与えていること、石油鉱床の成立には石油根源岩の存在が必要であるが、そこに含まれる有機物は熟成の過程で有機酸、炭酸ガスなどを放出し、ローモンタイトなどの二次鉱物の消長に関係することなど、本研究実施に至る科学的動機が述べられている。本研究では、二次孔隙に起因する良好な貯留岩が発達している、東北日本太平洋側海域に掘削された基礎試錐「三陸沖」、「相馬沖」を取り上げ、続成作用の過程でのローモンタイト生成と有機物の熟成変化の関係を明らかにすることが述べられている。

第II章では研究対象とした坑井の記載がなされている。特に坑井の層序や岩相、その周辺の地史、砂岩の岩石学的な記載、凝灰岩の埋没続成、砂岩のセメント鉱物の種類や生成順序などの詳細なデータは今回初めて提示されたものが多い。

第III章では上記坑井にみられる続成作用の変遷について考察している。まず、二次孔隙の成因を議論するなかで、セメント鉱物の生成深度をマイナスセメントポロシテイの考えを適用して推定した。これは論文提出者らによる論文Yanagimoto and Iijima (2004)で既に使われているが、圧密曲線について再検討しており、推定された生成深度は既報より精度の高いものになっている。また「三陸沖」坑井の堆積史についても、堆積時の層厚を復元するなど、より精密な議論を展開している。古地温の推定に関するRoデータを加味しての検討も既報になかったものである。

さらに堆積盆シミュレータを用いて「三陸沖」坑井の堆積史を復元し、続成作用の各イベントが起きた時期、深度、温度などについて考察している。同様に「相馬沖」の続成史について考察し、二次孔隙やローモンタイト、カオリナイトの成因、生成のタイミングなどがこれらの二坑井に共通することを示した。さらに「相馬沖」のゼオライトIII帯が通常より低温で出現する原因がアルカリ性に変質した地層水の関与であるとの可能性を示唆している。

第IV章では第III章で述べた二次孔隙やローモンタイト、カオリナイト生成のモデルに関して議論している。まず岩石・流体の化学平衡シミュレーションコードを利用して、2次鉱物としてカオリナイトではなくローモンタイトが晶出するという観察事実が、流体のpHが高くなったと考えると説明できることを示した。

対象坑井では二次孔隙の一部がローモンタイトに埋められているのみで、良好な貯留岩性状が維持されている。東北日本太平洋側海域下の上部白亜系〜古第三系における貯留岩にみられるこの良好な二次孔隙の発達は、埋没途中でカルサイトセメンテーションがあったために圧密の進行が妨げられたこと、その後の有機酸や炭酸ガスが関与してのカルサイトや砂岩粒子が溶脱したこと、その結果できたCaに富むアルカリ性地層水によりローモンタイトが晶出したという一連のプロセスに起因していることを示した。

第V章では結論として、地層水に溶存する有機酸や炭酸ガスにより、カルサイトや砂岩粒子が溶脱され、二次孔隙が形成され、それに引き続き酸性流体からはカオリナイトが、岩石との反応でアルカリ性に変化した流体からはローモンタイトが晶出したという一連のプロセスが、取りまとめられている。その結果、二次鉱物は孔隙の一部を埋めるだけで二次孔隙の大部分は保持され、本地域は十分な探鉱ポテンシャルが期待できることが明らかになったと結論した。この結果は、類似の地質条件を持つ他の堆積盆における石油探鉱にも重要な探鉱指針を与えるものである。

全体を通してみると、議論の論拠とした薄片観察データや、続成作用の主要なイベントの解釈などは既報と共通するが、新たに堆積盆シミュレーション、化学平衡シミュレーション、古地温データの解釈、マイナスセメントポロシテイの考えにもとづいて議論が進められており、内容が格段と緻密になったと判断される。

なお、本論文の主要データについてはすでにResource Geology誌に掲載されたYanagimoto and Iijima (2004) Laumontization and secondary pores of sandstones in the Paleogene and Upper Cretaceous coal measures, off Northeast Honshu, Japanで報告されている。しかし共同研究者のA.Iijimaは故人であり、以前薄片観察の一部を実施したものの、本研究は論文提出者が主体となって実施したものであると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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