学位論文要旨



No 216312
著者(漢字) 高畑,義啓
著者(英字)
著者(カナ) タカハタ,ヨシヒロ
標題(和) ナラ類集団枯損に関与する菌類Raffaelea quercivoraがコナラの水分生理に与える影響
標題(洋)
報告番号 216312
報告番号 乙16312
学位授与日 2005.09.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16312号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寳月,岱造
 東京大学 教授 富樫,一巳
 東京大学 講師 益守,眞也
 東京大学 講師 松下,範久
 日本大学 教授 鈴木,和夫
内容要旨 要旨を表示する

近年日本各地で問題となっているナラ類集団枯損において,ミズナラやコナラを始めとするナラ類樹木を枯死させている直接の原因はカシノナガキクイムシの穿孔そのものではなく,カシノナガキクイムシと共生している糸状菌Raffaelea quercivoraであることが明らかになってきた.しかしこの菌自身の形質については不明な点が多い.

また,ナラ類集団枯損における樹木の枯死は萎凋病としての特徴を持っているにも関わらず,R. quercivora感染後のナラ類樹木の病徴伸展過程について,水分状態の変化から特徴づけた研究はほとんどないのが現状である.そこで本論文では,R. quercivoraの生理的性質を明らかにすると同時に,コナラ樹木の水分状態から,R. quercivora感染後の病徴伸展過程とを特徴づけることを試みた.

複数の菌株を用いた培養試験の結果から,R. quercivoraはいわゆる中温菌であり,菌糸伸長の速さを指標とした場合,成長適温は25〜30℃であり,菌糸体重量を指標とした場合には成長適温は20〜25℃であると推測された.

また,菌株によって成長適温における成長の速さには大きな変異が認められ,R. quercivoraの生理的性質は菌株ごとに大きく異なっている可能性が示唆された.寒天培地による本菌の培養にあたっては,ポテトデキストロース寒天培地が最も適当な培地であると考えられた.また,健全なミズナラ苗木の辺材または樹皮の熱水抽出物にはR. quercivoraの成長を阻害する物質は含有されておらず,この菌の成長は抽出物にはおおむね影響されないか,むしろ促進されると考えられる.

ミズナラ組織内でのR. quercivoraの成長の速さは25℃で最大8.3~mm/day程度で,PDA平板上での速さよりも大幅に低下するが,R. quercivoraに感染したナラ類樹木の辺材部における変色の拡大の速さから考えて,おおむね妥当な値であると考えられる.

R. quercivoraを接種したコナラ苗木は,感染当初は気孔を閉鎖することで感染や負傷の影響による水分通導阻害を補償し,樹体の水分バランスを維持するように反応する.その結果として,R. quercivoraに感染した苗木では,シュートの木部圧ポテンシャルは健全なコナラ苗木よりも高い値を示すようになる.しかしR. quercivoraが辺材部に与える影響によって,コナラ苗木の樹幹の水分通導は,速い場合で感染後1週間程度で完全に停止し,シュートの木部圧ポテンシャルが急激に低下すると同時に葉の萎凋が生じ,木部圧ポテンシャルの低下が始まってから数日で葉の完全な変色に至り,枯死する.この萎凋過程では,気孔の閉鎖によって光合成もほとんど行われなくなっており,樹体のR. quercivoraに対する抵抗反応も充分に発揮できない状態になっている可能性がある.

審査要旨 要旨を表示する

近年,ミズナラやコナラを中心とするナラ類樹木が集団で枯死する現象が日本各地で問題となっている。この集団枯死の顕著な特徴は,樹木の枯死に先立って,養菌性のカシノナガキクイムシによる多数の穿孔が見られることである。最近になって,ナラ類樹木を枯死させる原因が、カシノナガキクイムシの穿孔そのものではなく,この昆虫と共存している糸状菌Raffaelea quercivora(以下ナラ枯れ菌)であることが明らかになってきた。ナラ類集団枯損における樹木の枯死は萎凋病としての特徴を持っており,野外において枯死した樹木個体の樹幹には水分通道阻害が生じていることが指摘されている。しかし、ナラ枯れ菌と通洞阻害との因果関係や菌感染か通道阻害に至る具体的病徴進展過程についてはこれまで不明であった。本論文は,ナラ枯れ菌の感染によってナラ類樹木の水分通道や水分状態にどのような変化が起るかを解析したもので、4章からなっている。

第1章では、ナラ類集団枯損の発生状況、媒介昆虫、ナラ枯れ菌に関する既往の報告をレビューし、本研究の意義を説いている。

第2章では、培養培地および木部組織における、ナラ枯れ菌の様々な基本的成長特性を明らかにしている。

第3章では、ナラ枯れ菌を接種した苗の水分生理反応を詳細に解析している。具体的には以下のようなことが明らかになった。ミズナラおよびコナラ苗木の露出した木部に、培養したナラ枯れ菌菌糸体を接種したところ,いずれの樹種においても半数の苗木が枯死した。これは、枯死を引き起こしている直接の原因がナラ枯れ菌であることを示している。接種したコナラ苗木の接種部近くの木部組織には暗色の変色部が生じていた。また、コナラ苗木に酸性フクシン水溶液を給水させ通水経路を調べると,接種部近くの変色部の下方では通水が見られたが,上方では通水が見られず、この変色部において通水阻害が発生していることが明らかになった。対照苗木でも,疑似穿孔によって変色部や通水阻害は発生したがその範囲は接種苗に比べ遥かに小さかったことから,ナラ枯れ菌の感染によって木部の変色や通水阻害が誘導されることが明らかになった。

さらに、コナラ苗木にナラ枯れ菌を接種し,シュートの日中および夜明け前の木部圧ポテンシャル,蒸散速度,純光合成速度を3ヶ月にわたって測定し、接種による水分生理特性の変化を追った。その結果、枯死しつつあるもの以外では、夜明け前の水ポテンシャルには接種の影響が見られないにも関わらず、日中のシュートの木部圧ポテンシャルが対照苗木よりも高くなっていた。この現象は滅菌培地を接種した対照苗木や剥皮のみを行った対照苗木でも観察されたが,高い日中の木部圧ポテンシャルが観測された期間は,ナラ枯れ菌を接種した苗木が最も長かった。ナラ枯れ菌接種で枯死した苗木では,ひとたび日中の木部圧ポテンシャルが対照苗木より低くなると,ほぼ直線的に木部圧ポテンシャルが低下し,数日のうちに全ての葉が萎凋して枯死に至った。木部圧ポテンシャルの急激な低下と枯死が生じるまでの期間は個体によって大きく異なり,最短で接種後1週間,最長で接種後6週間であった。一方接種した苗木の蒸散速度と光合成速度は接種後急激に低下し,対照より低い値のまま推移した。

第4章では、以上の結果を総括し、ナラ枯れ菌感染後のコナラ苗木の病徴進展のメカニズムを次のように推察している。(1)まず、菌感染により樹幹の通水性が低下する。(2)このため気孔が閉鎖し蒸散および光合成が抑制される。(3)その結果,感染個体のシュートの木部圧ポテンシャルは比較的高い状態で推移する。(4)感染個体にはこの状態のまま生存するものもあるが,萎凋枯死する個体も現れる。(5)枯死する個体では,感染後1〜6週間で樹幹の水分通道が完全に停止し,その後数日以内に完全に葉が萎凋変色して枯死する。(6)感染個体では光合成もほとんど行われないため,抗菌反応や成長量も減少する。以上の推察は、今後ナラ類集団枯死のメカニズムの全体像を、細部にわたって解明する上で基本的コンセプトとなるものである。

以上、本研究の成果は、学術上応用上重要な知見である。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文としてふさわしいものであると判断した。

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