学位論文要旨



No 216313
著者(漢字) 宮﨑,淳子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ジュンコ
標題(和) 屋外で使用される構造用集成材の接着性能
標題(洋)
報告番号 216313
報告番号 乙16313
学位授与日 2005.09.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16313号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 東京大学 助教授 信田,聡
 島根大学 教授 中野,隆人
 森林総合研究所 複合化研究室長 秦野,恭典
内容要旨 要旨を表示する

近年、構造用集成材を外構用部材として用いる事例が増加している。外部にさらされた集成材を劣化させる主な因子は腐朽と水であることから、屋外で集成材を使用する場合には高い耐朽性と耐水性を付与することが不可欠である。そのためには、ラミナを防腐処理した後に耐水性の高い接着剤で集成接着するとよいが、このような集成材を実用に供するには接着性能を検討する必要がある。外構用集成材の接着性能に関するこれまでの報告は、ラミナを接着してその接着強度や耐水性能を調べたものが多く、防腐処理によるラミナの性状変化や水の存在下における接着剤の物性のような接着に関与する因子と接着性能との関連から接着性能を検討した報告はほとんどない。そこで、本研究は、屋外で使用される構造用集成材の接着性能を明らかにすることを目的とし、防腐処理されたラミナの表面における物理的・化学的性質が接着性能に及ぼす影響(第2章)、 接着剤の耐水接着性能に関わる性質である吸湿性および水による力学特性への影響(第3章)を検討した。

第1章では、集成材を構造用部材として利用することの利点を述べ、建築部材としての利用実績について外構用途を中心に取りまとめた。このような背景から、構造用集成材を屋外で利用する際に求められる性能と問題点を明らかにし、接着性能の視点から検討すべき事柄を本研究の目的として述べた。

第2章では、防腐処理がラミナの接着性能に及ぼす影響を検討した。防腐薬剤は市販のAAC(アルキルアンモニウム化合物系)、ACQ(銅・アルキルアンモニウム化合物系)、CuAz(銅・ホウ酸・アゾール)を、また接着剤は一般に構造用集成材に使用されているRF(レゾルシノール樹脂接着剤)、PRF(フェノール‐レゾルシノール共縮合樹脂接着剤)、API(水性高分子イソシアネート系接着剤)を用いた。結果は以下の通りである。

インサイジング処理および防腐薬剤を加圧注入したラミナの接着性能を構造用集成材の日本農林規格に従って評価した。インサイジングによってラミナのせん断強度は低下した。接着面に占めるインサイジング傷痕の面積が大きく、ラミナ表面の強度が低下する場合にせん断強度は低下したが、接着面に占めるインサイジング傷痕の面積を減らすことによって接着性能は向上し、無処理材と同等の接着強度にまで回復することが示された。他方、防腐処理によってラミナの接着性能は低下することが示された。接着面を切削することによって接着性能は回復したことから、防腐処理によるラミナの表面性状の変化が接着性能を低下させる原因であると考えられた。そこで、防腐処理によるぬれ性や表面粗さの変化、およびラミナに付着した薬剤成分が接着剤の硬化に及ぼす影響を調べ、ラミナの接着性能との関連を検討した。

まず、防腐処理による表面のぬれ性と粗さの変化が接着性能に及ぼす影響を検討した。AAC、ACQ、CuAzで処理されたラミナのぬれ性は無処理材よりも良好であったことから、防腐処理によるぬれ性の変化は接着性能を低下させる原因ではないことが示された。また、防腐処理されたラミナの表面には落ち込みによる凹凸が観察され、接着不良の原因になると考えられた。カラマツでは防腐処理ラミナの表面を切削せずに接着するとせん断強度が低下し、はく離率が増大したが、表面を切削して凹凸を軽減すると接着性能は向上し、凹凸を除けば無処理材と同程度の接着性能が得られた。トドマツでは防腐処理後の材面に落ち込みが観察されたにもかかわらず、表面切削を行わなくても無処理材と同程度の接着性能を得ることができた。このように樹種によって表面粗さによる接着性能への影響が異なる理由は次のように考えられた。トドマツは早晩材の比重差が小さく、落ち込みによる凹凸は接着操作における圧締時に軽減されるため、接着性能が低下しなかったが、カラマツでは晩材が堅く早晩材の比重差が大きいため、落ち込みが圧締によって軽減されず、接着不良の原因になったと推察された。

次にAAC、ACQ、CuAzがRF、PRF、APIの硬化に及ぼす影響を検討した。AAC、ACQ、CuAzを添加して硬化させた各接着剤の硬化物について、化学構造、分子構造をそれぞれ分光学的手法、力学測定で解析した。以下、接着剤ごとに結果を述べる。

RFの硬化はAACの添加による影響を受けなかったが、ACQ、CuAzによる影響を受けることが示唆された。これは、ACQ、CuAzに共通する成分である銅が関与していると考え、銅を添加して硬化させたRFの架橋構造をIR分析とTBA法による動的粘弾性測定で調べた。IR分析の結果から、銅の添加によって架橋結合であるメチレン基が減少することが示された。メチレン基の減少に伴いレゾルシノール核にある3つの反応点のうち、1つあるいは2つが置換された構造が増加することが示された。動的粘弾性測定の結果から、銅の添加によってRFの分子の易動性が増大することが示された。IR分析と粘弾性測定の結果から、RFは、銅によって架橋結合の生成とレゾルシノール核の反応活性点における結合が阻害され、架橋構造の形成が阻害されると考えられた。

PRFに対してAACを添加した場合、架橋結合であるメチレン基とジメチレンエーテル基が増加し、これに対応して分子運動の拘束が示されたことから、AACによってPRFの硬化反応は促進されると考えられた。ACQ、CuAzについては、添加量が少量の場合に架橋結合の増大と分子の運動性の低下が示され、硬化反応の促進が示された。多量に添加した場合、粘弾性測定の結果から分子の易動性は増大することが示唆された。IR分析によってACQ、CuAzはPRFの架橋結合の生成を阻害しないことが示されたことを合わせて考察すると、多量の防腐薬剤によって可塑化効果が発現したものと推察された。

APIにAACを添加した場合、APIの架橋の生成が阻害されることが示唆された。他方、ACQ、CuAzを添加することでウレタン結合が減少し、PVAとSBRの相互作用が低下することが示された。これはPVAの水酸基がACQ、CuAzに含まれる銅と錯体を形成し、ウレタン結合の生成に関与する水酸基が減少したためと推測された。これらの結果、AAC、ACQ、CuAzはAPIの架橋構造の形成を阻害することが明らかとなった。

これまで述べてきた防腐薬剤によるRF、PRF、APIの硬化への影響が防腐処理ラミナの接着性能を低下させるかどうかを検討するために、防腐処理されたラミナの接着性能を調べた。なお、表面粗さによる接着性能の低下を避けるために、防腐処理されたラミナ表面はプレーナーで切削した。その結果、RFで接着した場合、いずれの防腐薬剤で処理されたラミナについても接着性能は低下しなかった。同様にPRF、APIで接着した場合においても、防腐処理ラミナの接着性能は低下しなかった。防腐処理ラミナに接着剤を塗布したときに接着剤中に溶け込む薬剤成分の量が微量であったために、接着剤の硬化がほとんど阻害されなかったと推察された。

以上の結果から、AAC、ACQ、CuAzで処理されたラミナの接着性能を低下させる原因は、防腐処理で生じる落ち込みによる表面粗さの増大であることがわかった。接着面をプレーナーで平滑に整えることで防腐処理ラミナの接着性能は無処理材と同程度にまで改善できるが、防腐処理後に表面を切削することは防腐薬剤が多量に含浸されている部分を除去することでもあるため、表面の落ち込みを抑制するような防腐処理を施すことが望ましい。トドマツのような比重が低く、早晩材の比重差が小さい樹種を選ぶことは、落ち込みの影響を軽減できる有効な方法のひとつであった。いずれにしても、防腐処理による表面粗さの増大を除くことができれば、防腐処理ラミナの集成接着に問題はないと考えられた。

第3章では、RFとAPIの耐水接着性能の違いを明らかにするために、RFとAPIの架橋構造の違いに基づき、それぞれの吸湿性および吸湿による力学特性の変化を比較した。RFとAPIはいずれも架橋の程度が増大すると吸湿性は低下した。RFは、硬化を進めると架橋点間が短く緻密な網目構造を形成されるために膨潤が抑制されて、吸湿性が低下すると考えられた。APIは、硬化剤を十分に加えて硬化させても架橋構造は比較的緩く、膨潤は強く抑制されないために、RFのように架橋の増大が吸湿性を低下させる原因であるとは考えにくく、硬化反応によって水酸基が減少するために吸湿性が低下すると考えられた。RFとAPIにおけるこうした違いは、水の存在下における力学特性の違いを示唆するものであった。十分に硬化を進めたRFは比較的多量の水を吸着するが、水によってセグメント間の相互作用が低下しても、緻密な網目構造によって分子鎖は拘束されているために収着水はRFの力学的性質にはほとんど影響しない。他方、APIは十分に硬化を進めても架橋点間が比較的長く、未反応の水酸基が残存して水素結合を形成しているために収着水によって水素結合が切断されると分子鎖の運動性が増大すると考えられ、このことがわずかな含水率の増大によって弾性を低下させ相対的に粘性を増大させる原因であると考えられた。こうしたことから、RFとAPIの耐水性能は全く異なることがわかる。とりわけAPIの場合、常態と高湿度下および湿潤下とではその力学的性質が大きく変化することを考慮して使用する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

近年、構造用集成材を外構部材として用いる事例が増加している。このような屋外使用では、集成材は高い耐久性を付与されることが不可欠である。このためには、ラミナを防腐処理した後に接着して集成材とすることが実用的な手段である。しかし、従来の屋外用集成材の接着性能に関する研究は、無処理ラミナを対象としたものが多く、防腐処理を対象とした報告はほとんど無い。そこで、本研究は、屋外使用集成材の製造に関する知見を集積することを目的とし、防腐処理されたラミナ表面の物理・化学的変化が接着性能に及ぼす影響、処理薬剤が接着剤硬化性に及ぼす影響、並びに接着剤の吸湿性が接着性能に及ぼす影響について検討したものである。本論文は5章より構成されている。

第1章は序論であり、集成材の現状を分析し屋外で利用するために要求される性能と問題点を明らかにし、接着の観点から検討すべき事項を洗い出している。

第2章では、防腐薬剤として市販のアルキルアンモニウム系化合物(AAC)、銅・アルキルアンモニウム系化合物(AQC)、銅・ホウ酸・アゾール系(CuAz)を、接着剤としては構造用集成材に一般使用されているレゾルシノール樹脂接着剤(RF)、フェノール・レゾルシノール共縮合接着剤(PRF)、水性高分子-イソシアネート系接着剤(API)を選択して、防腐処理がラミナの接着性能に及ぼす影響を検討している。インサイジング処理後防腐薬剤を注入したラミナの接着性能を日本農林規格に従って評価した結果、処理によりせん断強さが低下した。この結果を解析するために、防腐処理がラミナの表面粗さに及ぼす影響、並びに表面張力に及ぼす影響について検討している。

処理後のラミナの表面粗さと表面張力を検討した結果、防腐剤は木材表面の春材を侵し、夏材の比重差が大きいもの程顕著であった。また、薬剤が注入された木材の表面張力は低下し、接着剤に対する濡れ性は未処理のものに比べて改良されることを見出した。以上から、防腐処理は表面張力の観点からは接着に不利にはならず、木材表面を"あらす"ことで接着効果を低下させるという結論に達している。

第3章では、防腐薬剤が接着剤の硬化反応に及ぼす影響について検討している。各防腐処理剤を3種の接着剤に添加して硬化させた樹脂について赤外分光法(IR)により化学構造を、ねじり振動法(TBA)により動的粘弾性を検討し架橋反応の挙動を観察した。その結果、RFの硬化はAACの添加により影響を受けないが、ACQ、CuAzにより影響を受けることが確認された。これは、ACQ、CuAzに共通する成分である銅が関与していることを示唆した。確認のため、RFに銅を添加して硬化させた接着剤の架橋構造をIRで検討して、架橋結合に由来する官能基が減少するとともにレゾルシノール核中の反応点が銅と相互作用していることを見出した。また、TBAによりレゾルシノールセグメントの易動性が銅の添加によって高まることを確認した。以上のことは、銅イオンがレゾルシノール核の反応点と相互作用し、架橋形成を難しくすることに由来すると説明される。

同様の手法をPRFに用いて検討した結果、AACによって硬化反応は促進された。しかし、ACQ、CuAzでは銅のフェノール核への相互作用は観察されず、添加量が増えるとセグメントの移動性が増大することから、多量に添加した上記防腐剤による接着剤の可塑化に由来すると考えられた。

APIでは、各防腐剤の添加で架橋阻害があった。そして、ウレタン結合の生成に関与するポリビニルアルコールは銅と錯体を形成し架橋を阻害することを見出した。

以上のことから、防腐剤は架橋反応を阻害する場合もあるが、逆に促進する場合もある。しかし、どの接着剤においても防腐処理により接着性能は低下する。これらを勘案すると、この接着性能低下の大きな要因は防腐処理によるラミナ表面粗さの増加にあると結論づけている。

第4章では、RFとAPIによる集成材の耐水性の相違を硬化樹脂の吸湿性および吸湿による力学的変化から説明することを試みている。膨潤度の測定から両者とも架橋に伴い吸湿性が低下することを確認した。しかし、吸湿機構の違いがあり、RFでは架橋密度の増加で説明されるが、APIではTBAの結果から接着剤中の水酸基の減少よるものであると推論した。APIでは状態試験と湿潤試験間の結果は大きく変化するが、これはAPI接着剤の架橋点がRPFに比べ比較的長いことによると結論づけている。

第5章はまとめである。

以上、本論文は、防腐処理により屋外用途へと展開されつつある集成材において未だ検証されていない接着性能を防腐剤の影響と水分吸収の影響から検討し、その基礎資料を提供している。これは、木材の有効利用に必須な屋外用集成材の接着に関して多大の基礎的知見を与え、今後の接着設計のために大きく貢献することが明らかである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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