学位論文要旨



No 216314
著者(漢字) 小野,哲也
著者(英字)
著者(カナ) オノ,テツヤ
標題(和) アレルゲン特異的 IgE 抗体簡易・迅速測定法の開発とその製品化 : 全血1滴・20分アレルゲン測定
標題(洋)
報告番号 216314
報告番号 乙16314
学位授与日 2005.09.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16314号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 吉村,悦郎
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

本研究の背景と目的

現代医療にとって今や必要不可欠となった臨床検査医学は現在3つの方向に進化を続けている。具体的には「自動測定化・高精度化」、「DNAチップに代表される遺伝子検査」、そして「迅速化・簡易化」へ流れである。

従来は医師の指導の下、血液等ヒト由来材料を採取し、それを専門の検査室にて臨床検査技師等の専門職員が専用機器を用いて分析を行うことがほとんどだったが、近年はポイントオブケアテスト(Point of Care Testing)と呼ばれる迅速簡易検査に注目が集まるようになってきた。特別なトレーニングや機器を必要とせず、医師や看護婦が患者診察時にすぐに行うことができるのが特徴で、妊娠娠検査薬や糖尿病における血糖検査、そしてインフルエンザ、アデノ、B型及びC型肝炎ウイルス、梅毒、A群β溶血性レンサ球菌、ロタウイルス、HIV等の各種感染症検査、そして心筋梗塞マーカーであるトロポニンT 、H-FABP等枚挙に暇がない。ポイントオブケアテストは迅速・簡易、そして低コストにて検査を行うことが出来る為、医療費増大に悩む先進国のみならず、多額の医療コストをかけられない発展途上国においても医療の質の向上に寄与すると考えられる。

一方、喘息、アトピー性皮膚炎、花粉症に代表されるアレルギー疾患の原因アレルゲン検査として最も普及しているアレルゲン特異的IgE抗体価検査は現在専用自動機器で精度良く測定出来るようになっている。しかしながら、高額機器と専門技術者が必要で、検査室を持たない一般開業医にとって導入は難しく、外部の検査センターに測定委託するのが一般的であった。外部測定委託の場合、約1週間後に患者が結果を聞く為に再通院する必要があり、その間の治療は検査結果を待たずに見込みで進められる事も多々あった。よって花粉症等アレルギー疾患医療においてアレルゲン特異的IgE抗体価検査の簡易・迅速検査化の潜在需要は高かった。

しかしながら最先端機器を用いても測定に数時間必要であったアレルゲン特異的IgE抗体価検査の時間短縮は測定感度等技術的な面で難しく、かつ遠心機を用いた血清分離を要することから、開業医でも測定可能な簡易・迅速測定方法はその製品化はもちろん、論文化もなされていなかった。

本研究は妊娠検査薬やインフルエンザ検査薬で普及してきたイムノクロマトグラフ法を応用し、世界中で増加しているアレルギー疾患の診断に有用なアレルゲン特異的IgE抗体測定を迅速・簡易化するための技術開発検討とその製品化、そしてその応用に関するものである。

第1章 血清を用いた迅速・簡便高感度測定法の開発

まずは第1章において、従来測定に数時間必要であったアレルゲン特異的IgE抗体をより短時間で測定可能にするため、より高感度の測定系の開発検討を行った。部分精製スギアレルゲン蛋白(SBP)をイムノクロマトグラフ膜に塗布し、アルカリフォスファターゼ標識抗ヒトIgEマウスモノクローナルIgG抗体(ALP-anti-IgE)と酵素発色基質(BCIP)を用い、血清中にスギ特異的IgE抗体が存在する場合はSBP塗布ラインが20分で青色染色される仕組みの酵素イムノクロマトグラフ測定(EICA)法を開発した。測定検出限界は0.2U/mlという、一般に広く普及しているELISA法(アラスタット法)と同等の測定感度を達成した。青色染色度はスギ特異的IgE抗体濃度依存的に増加し、定量性を持つことが確認された。上記ELISA法との相関も良好でスピアマン順位相関係数は0.95であった。測定内及び測定間再現性はそれぞれCV8%〜12%、4〜7%であり、臨床現場での使用に耐えうるレベルと考えられた。

本EICA法はイムノクロマトグラフ測定法として広く使用される金コロイド法と比較して約20倍の感度を有するとともに、理論的にも複数アレルゲン同時測定可能な測定方法である。また、測定方法は極めて簡便で、第3章に述べるような色見本を付帯することで専用測定機器を必要としない全く新しいアレルゲン特異的IgE抗体価測定のポイントオブケアテストとなる可能性を示した。

第2章 血清分離不要の新規血液処理法の開発

しかしながら、患者より採血した血液から血清を得るには遠心分離操作が必要で、これは検査室を持たない小規模病院においては実際的ではなかった。また検査室があっても、血液の運搬や血清分離作業そのもので少なくとも30分程度は余計に必要である。そこで医療現場で実際的に迅速・簡便化する為に全血(採血した血液そのまま)を使用できることが重要である。そこで本章では界面活性剤により血球を溶解する方法を検討・開発した。

まず全血とTriton4%溶液の比率を検討し、4:6比率で混和することで安定的にイムノクロマトグラフ展開、及びライン染色が行われることを確認した。全血中のヘマトクリット値は30%〜60%において、またTotal IgE値20000IU/mlまで染色度に影響を与えないことから、例外的な患者を除いてほぼ全ての患者血液を測定に用いることができることがわかった。採血に用いる抗凝固剤(ヘパリン,EDTA)の影響は見られなかった。アラスタット法と全血EICA法の相関は良好で、陰陽性一致率97.8%、スピアマン順位相関係数は0.956であった。またEICA法における全血と血清の相関性も良好であった。

本全血前処理法の開発により、従来の全てのアレルゲン特異的IgE抗体価検査に必須であった血清分離操作を省ける為、第1章で開発した迅速・簡易高感度EICA法との組み合わせにより、医療機関に採用されうるポイントオブケアテストとして、実現可能性が高まった。

第3章 製品化検討

第3章では、第1章、第2章で開発した技術を応用し、実際の医療の現場にて容易に使用可能な製品開発を行った。熟練した技術者や測定、判定機器を必要としない製品化を目指し、始めて使用するユーザーでも問題なく使用できるよう多くの工夫をこらした。

まずスギ以外にダニ、ネコアレルゲンを加え、3項目のアレルゲン特異的IgE抗体価を同時に測定可能とした。また正常測定を確認する為のコントロールライン、安全かつ簡便使用の為の反応カセット、ALP-anti-IgE及び血球溶解用界面活性剤を含んだ「検体処理液」の調製と定量滴下可能な滴下瓶の採用、固相化した発色基質を展開させる「展開液」の調製、そして、測定機器なしにクラススコア判定する為の色見本などの開発・工夫を行った。

12ヶ月におよぶ保存安定性試験では試薬の劣化及び性能低下は確認されず、血中の代表的干渉物質(ビリルビン,乳び,ヘモグロビン)の影響は観察されなかった。測定温度は20℃未満で染色低下傾向が見られたが、20℃〜37℃では同等の染色結果が得られたことから、一般医療施設において安定的に結果を出せることが示された。実際開業医にて測定した141例は問題なく測定でき、その結果は現在世界及び日本市場で最も広く使用されているCAP法と良好に相関(スピアマン順位相関係数スギ0.927,ダニ0.966,ネコ0.937)するものだった。

この世界初の迅速・簡易アレルゲン特異的IgE抗体価検査は、測定機器は一切必要とせず、かつ多忙を極める臨床現場にて使用可能な製品とすることができた。2004年7月に厚生労働省より医薬品として認可され、2004年11月より日本国内で発売を開始した。

第4章 涙液サンプルへの応用

第4章では血液の代わりに涙液からアレルゲン特異的IgE抗体価を測定する意義を検討した。アレルギー性結膜炎等において眼はアレルギー炎症の主要な場であるが、これまで涙液中特異的IgE抗体価は「花粉飛散」、「臨床症状」、そして「血中特異的IgE抗体価」と定量的に比較評価されたことがなかった。シルマー試験紙を用いて非侵襲的に涙を採取し、スギ花粉特異的IgE抗体価の変動を11ヶ月の長期に渡り調査した。

スギ花粉の大部分が飛散した2002年2月7日〜4月7日を花粉飛散期と定義し、4名の花粉症患者の涙液と血液からスギ特異的IgE抗体価を測定し、その臨床症状と比較解析したところ、涙液中スギ花粉特異的IgE抗体価は臨床症状及び血中特異的IgE抗体価が増大する前から上昇を始め、そのピークは血中特異的IgE抗体価と同様、花粉飛散期後期からその後2ヶ月までの間に見られた。スギ花粉「非」飛散期になると多くの血中特異的IgE抗体価が陽性であり続けるのに対し、涙液中特異的IgE抗体価は大幅に減少し、陰性化する検体が多く見られた。花粉飛散期には血中と涙液中特異的IgE抗体価の相関は良好だが、非飛散期には涙液中スギ花粉特異的IgE抗体価が大幅に低下するため、相関性は大きく低下した。

シルマー試験紙を用い涙液中スギ花粉特異的IgE抗体価を測定することで、スギ花粉飛散期では非侵襲的方法として血清の代替が可能であり、非飛散期にはアレルギー性結膜炎などの眼疾患の原因アレルゲンを、血中特異的IgE抗体価測定よりも効率的に絞り込める可能性が示唆された。第3章で開発したEICA法と組み合わせることで涙液中アレルゲン特異的IgE抗体価測定という新たなポイントオブケアテストとして臨床に役立つ可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

近年、ポイントオブケアテスト(POCT)と呼ばれる迅速簡易検査に注目が集まるようになってきており、医療費増大に悩む先進国のみならず、多額の医療コストをかけられない発展途上国においても医療の質の向上に寄与すると考えられている。

一方、喘息、アトピー性皮膚炎、花粉症に代表されるアレルギー疾患の原因アレルゲン検査として最も普及しているアレルゲン特異的IgE抗体価検査は、現在専用自動機器で精度良く測定出来るようになっているが、検査室を持たない一般開業医にとって導入は不可能であった。

本研究は妊娠検査薬やインフルエンザ検査薬で普及してきたイムノクロマトグラフ法を応用し、世界中で増加しているアレルギー疾患の診断に有用なアレルゲン特異的IgE抗体測定を迅速・簡易化するための技術開発検討とその製品化に関するものである。

第1章では、従来測定に数時間必要であったアレルゲン特異的IgE抗体をより短時間で測定可能にするため、より高感度の測定系の開発検討を行った。部分精製スギアレルゲン蛋白(SBP)をイムノクロマトグラフ膜に塗布し、アルカリフォスファターゼ標識抗ヒトIgEマウスモノクローナル抗体と酵素発色基質を用い、血清中にスギ特異的IgE抗体が存在する場合はSBP塗布ラインが20分で青色染色される仕組みの酵素イムノクロマトグラフ測定(EICA)法を開発した。測定検出限界は0.2U/mlであり、ELISA法と同等の測定感度を達成した。青色染色度はスギ特異的IgE抗体濃度依存的に増加し、定量性を持つことが確認された。従来法との相関も良好でスピアマン順位相関係数は0.95であった。測定内及び測定間再現性はそれぞれCV8%〜12%、4〜7%であり、臨床現場での使用に耐えうるレベルと考えられた。

一方従来法においては、患者より採血した血液から血清を得るには遠心分離操作が必要であった。第2章ではこれに換わる方法として界面活性剤により血球を溶解する方法を開発した。全血とTriton4%溶液を4:6比率で混和することで安定的にイムノクロマトグラフ展開、及びライン染色が行われることを発見した。この方法は、全血中のヘマトクリット値30%〜60%、またTotal IgE値20000IU/mlまで染色度に影響を与えないことから、ほぼ全ての患者血液を測定に用いることができることがわかった。採血に用いる抗凝固剤の影響は見られなかった。

第3章では、第1、2章で開発した技術を応用し、実際の医療の現場にて容易に使用可能な製品開発を行った。スギ以外にダニ、ネコアレルゲンを加え、3項目のアレルゲン特異的IgE抗体価を同時に測定可能とした。また正常測定を確認する為のコントロールライン、安全かつ簡便使用の為の反応カセット、そして界面活性剤を含んだ「検体処理液」や固相化した発色基質を展開させる「展開液」、そして、測定機器なしにクラススコア判定する為の色見本などの開発を行った。12ヶ月におよぶ保存安定性試験では試薬の劣化及び性能低下は確認されず、血中の代表的干渉物質(ビリルビン,乳び,ヘモグロビン)の影響は観察されなかった。測定温度は20℃〜37℃では同等の染色結果が得られ、141例に及ぶ開業医における測定でも問題は生じなかった。また測定値は高精度測定法と良好に相関(スピアマン順位相関係数スギ0.927,ダニ0.966,ネコ0.937)するものだった。この製品は、2004年7月に厚生労働省より医薬品として認可され、2004年11月より日本国内で発売を開始した。

アレルギー性結膜炎等において眼はアレルギー炎症の主要な場である。第4章では血液の代わりに涙液からアレルゲン特異的IgE抗体価を測定する意義を検討した。シルマー試験紙を用いて非侵襲的に涙を採取し、スギ花粉特異的IgE抗体価の変動を11ヶ月の長期に渡り調査した。涙液中スギ花粉特異的IgE抗体価は臨床症状及び血中特異的IgE抗体価が増大する前から上昇を始め、そのピークは血中特異的IgE抗体価と同様、花粉飛散期後期からその後2ヶ月までの間に見られた。スギ花粉「非」飛散期になると多くの血中特異的IgE抗体価が陽性であり続けるのに対し、涙液中特異的IgE抗体価は大幅に減少し、陰性化する検体が多く見られた。シルマー試験紙を用い涙液中スギ花粉特異的IgE抗体価を測定することで、スギ花粉飛散期では非侵襲的方法として血清の代替が可能であり、非飛散期にはアレルギー性結膜炎などの眼疾患の原因アレルゲンを、血中特異的IgE抗体価測定よりも効率的に絞り込める可能性が示唆された。

以上、本論文は、アレルギー疾患の診断に有用なアレルゲン特異的IgE抗体測定を迅速・簡易化するための技術開発検討とその製品化に関するものであり、学術的および産業応用的に貢献するところが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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