学位論文要旨



No 216318
著者(漢字) 佐藤,佳代子
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,カヨコ
標題(和) 抗原により誘導された組織新生過程におけるマクロファージガラクトース型C型レクチンの役割
標題(洋) Role of macrophage galactose-type C-type lectin in antigen-induced granulation tissue formation
報告番号 216318
報告番号 乙16318
学位授与日 2005.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16318号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 紺谷,圏二
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

序論

マクロファージガラクトース型C型レクチン(MGL、CD301)はガラクトース型の糖認識部位を持つ分子量約42 kDaのII型膜貫通タンパク質である。近年Mgl遺伝子の類似遺伝子のクローニングによりマウスにおいて二種類のMGLがあることが明らかになり、MGL1、MGL2と命名されている。これまでの研究により、MGL1及び2は正常マウスの組織レベルにおいて皮膚、胸腺、牌臓などで高発現していること、細胞レベルにおいてはマクロファージや未成熟樹状細胞に発現していることなどが明らかにされてきた。Mgl1遺伝子欠損マウスが作成されたがMGL1欠損に基づく表現形の違いはこれまで確認されていなかった。遅延型過敏症(DTH)は感作、惹起、組織新生の各段階でT細胞とマクロファージ及びその類縁細胞が主要な細胞として機能している。DTH感作時にMGL1/2陽性細胞がリンパ節に集積することが見いだされ、この過程にMGL1/2が関与していることを明らかにしてきた。しかし、抗原によって誘導される組織新生をマウス皮膚に形成するモデルが確立されていなかった為、感作過程以外、特にDTH後期の組織新生過程におけるMGL1/2陽性細胞やMGL1分子の役割については明らかになっていなかった。そこで、本研究ではマウスを用いた抗原により誘導される組織新生モデルを確立し、その新生組織中のMGL1/2陽性細胞の分布と性状を解析し、この細胞の特徴的な機能がIL-1αの産生であることを示した。さらに、Mgl1遺伝子欠損マウスでは抗原により誘導される新生組織が形成されず、その過程にMGL1が必須であることを見いだした。

抗原により誘導される組織新生モデルの確立及びMGL1/2陽性細胞の分布とサイトカイン産生

<背景>DTHの後期には組織新生が誘導される場合がある。この過程は抗原により誘導され、T細胞が引き金を引くと考えられる。その後、マクロファージがサイトカインを産生して繊維芽細胞の集積及び活性化を促し、結合組織性マトリックスの新生及び再構築を引き起こすことが知られている。一般にマクロファージの分布や細胞相互作用はレクチンを含む様々な細胞表面分子により制御されていると考えられていることから、組織新生過程におけるMGL1/2陽性細胞の役割を明らかにすることを本研究の目的とした。そのためにまず抗原により組織新生を誘導するマウスDTHモデルを確立した。さらに、MGL1/2陽性細胞の機能を探る事を目的に、この細胞のサイトカイン産生能を解析した。

<方法>BSAを化学修飾して作製したAzobenzene-arsonated acetylated BSA (ABA-AcBSA)は高い抗原性を持つと考えられる。ABA-AcBSAを完全フロイントアジュバントと共に免疫したC57BL/6マウスに対し、空気を背部皮下注し空気嚢を形成させ翌日空気嚢内に抗原を投与し、DTHを誘発した。惹起5日目に空気嚢内に抗原を投与することで再惹起し、炎症を再燃させることで持続的な組織破壊及びそれに伴う組織修復を誘導した。炎症局所の皮膚を採取し凍結切片を作製し、MGL1/2やCD11bなどに対する抗体を用いて免疫組織染色を行いその分布を経時的に観察した。同時に新生組織から表面マーカーの異なる細胞を回収し、フローサイトメトリーにより解析した。また、新生組織の細胞をMGL1/2陽性細胞と陰性細胞に分け、RT-PCRによりMGL1/2の発現とサイトカイン産生の関係について調べた。

<結果及び考察>炎症惹起後皮下組織のさらに下部に4日をピークとする抗原依存的細胞浸潤、結合組織新生が起こった。再度の惹起により炎症を慢性化させると組織新生が持続的に認められ、マウスを用いた抗原依存的組織新生を誘導するモデルを確立できた。また新生組織内にMGL1/2陽性細胞が存在し、MGL1/2陽性細胞数と新生組織の厚さには相関があったことから、この細胞が組織新生に関与していると考えられた。

MGL1/2陽性細胞の分布は一過性の新生組織が誘導される際には新生組織全体に分布しているのに対し、再惹起により組織新生が持続した場合には、新生組織の上部に局在していることが分かった。この再惹起後の新生組織において、MGL1/2陽性細胞はCD14、CD68、 F4/80、MHC class IIなどのマクロファージの細胞表面マーカーを発現しているにもかかわらず、別のマクロファージのマーカーであるCD11bは陰性という特徴を持つ細胞群である事が判明し、これまでに報告されていないマクロファージの亜集団である可能性が示された。

さらにMGL1/2陽性細胞ではIL-1αmRNAが検出できたのに対し、MGL1/2陰性細胞ではほとんど確認されなかった。IL-1αは真皮と新生組織のMGL1/2陽性細胞にも発現していることを免疫組織染色により確認した。以上の結果からMGL1/2陽性細胞はCD11b陽性細胞と異なる役割をもつマクロファージであり、組織修復に対しIL-1α産生を通して関与していることが示唆された。一般に抗原依存的組織新生はマウスでは誘導されにくいとされているが、本研究で化学修飾により抗原性を高めた抗原を用い、再惹起を行うことで持続する新生組織を誘導することができた。また、マンノース型レクチンを発現している細胞の免疫応答制御における役割に関しては多数の報告があるが、細胞表面にガラクトース型レクチンを発現している細胞集団に特異的な機能が発見されたのはこれが初めてである。

抗原依存的組織新生過程におけるMGL1の役割

<背景>新たに確立した抗原依存的な新生過程にMGL1/2陽性細胞が存在していること及びMGL1/2陽性細胞はIL-1α産生を介して組織新生に寄与している可能性が示された。この組織新生に関与しているのは主としてMGL1だけを発現している細胞であり、MGL1と2を両方発現している細胞は存在しているものの数は少なかった。そこで、組織新生過程におけるMGL1分子の役割を明らかにするため、MGL1遺伝子欠損マウス及び抗MGL1抗体を用いて検討した。同時に、空気嚢内に浸潤した細胞の解析により、新生組織形成過程を解明するために重要な細胞の動態を明らかにすることができると考えた。さらに、MGL1/2陽性細胞によって産生されるIL-1αがこの過程においてどのような役割を果たしているかを、抗IL-1α抗体及びリコンビナントIL-1α(rIL-1α)を用いて解析した。

<方法>抗原ABA-AcBSAを用いて抗原感作・空気嚢作製・惹起を行い、Mgl1遺伝子欠損状態、抗MGL1抗体LOM-8.7及び抗IL-1α抗体の抗原依存的組織新生に対する効果を検討した。また、惹起後の空気嚢内に浸潤してきた細胞を回収し、フローサイトメトリーにより細胞表面分子の解析を行った。

<結果及び考察>Mgl1遺伝子欠損マウスではABA-AcBSAを抗原とする組織新生は誘導されず、抗原依存的組織新生過程にMGL1は必須であることが示された(図)。さらに抗MGL1活性阻害抗体であるLOM-8.7投与によっても同様に組織新生形成抑制が見られたため、MGL1がレクチンとして機能することが組織新生において重要であると確認された。惹起後経時的に空気嚢内に浸潤する細胞を回収したところ、Mgl1遺伝子欠損マウスの空気嚢内にはCD45陰性/CD11b陰性という特徴を持つ細胞が野生型マウスよりもはるかに多く検出された。一方、Mgl1遺伝子欠損マウスを用いたこれまでの報告同様このモデルにおいても、Mgl1遺伝子を欠損することは抗原特異的なT細胞反応性や抗体産生能などには影響を与えなかった。抗原依存的組織新生はDTHの最終段階と考えられるため、このMgl1遺伝子欠損による組織新生抑制は惹起以降の段階によると考えられた。さらに抗原非依存的な組織新生に対するMgl1遺伝子欠損の影響を検討するため、同じ空気嚢型モデルにcarrageenanを投与して組織新生を誘導したところ、carrageenanによる組織新生にはMGL1は関与していないことが分かった。したがって、繊維芽細胞が活性化して組織新生を誘導する過程にはMGL1は関与しておらず、MGL1は惹起時以降で繊維芽細胞が活性化する前の限られた過程で必須な役割を果たしていると推測された。

抗原感作を行った野生型マウスに空気嚢を作成し、組織新生誘導時に抗IL-1α抗体を投与すると、抗MGL1抗体投与時と同様、抗原依存的組織新生が抑制された。IL-1αは繊維芽細胞の増殖を促進するサイトカインであり、組織新生時に重要な役割を果たしている。IL-1αは新生組織内でMGL1/2陽性細胞に発現していたことから、Mgl1遺伝子欠損状態における組織新生の抑制はIL-1αの産生と分泌の低下が原因であると考えられた。そこで、Mgl1遺伝子欠損マウスに惹起後IL-1αを投与したところ、組織新生が誘導されることが分かった。さらにrIL-1αを投与したMgl1遺伝子欠損マウスから惹起時に回収された浸潤細胞は、数と細胞表面マーカーのどちらにおいても野生型マウスと同様の結果を示し、Mgl1遺伝子欠損に基づく組織新生抑制はIL-1αレベルの低下が主要な原因であると考えられた。

IL-1αに応答して組織新生を誘導する細胞またはその前駆細胞がMgl1遺伝子欠損マウスにおいては空気嚢内に浸潤細胞として浮遊状態で存在していると考えられた。そこでMgl1遺伝子欠損マウスから空気嚢内浸潤細胞を回収し、蛍光標識後IL-1αと共に空気嚢内に投与した。その結果、新生した組織に浸潤細胞の存在が確認でき、さらに新生組織内の蛍光標識された細胞は繊維芽細胞のマーカーであるER/TR-7を発現していた。以上の結果から、Mgl1遺伝子欠損状態における組織新生形成抑制は、炎症に伴って空気嚢内に浸潤してきた細胞が、本来はMGL1を発現する細胞が産生するIL-1αにより繊維芽細胞に分化し組織新生を誘導するはずであるのにIL-1αのレベルが低下しているために浮遊状態で存在していることが原因であると考えられた。これはMgl1遺伝子欠損に基づく表現形の違いを明らかにした最初の報告である。繊維芽細胞は形態、増殖率、サイトカイン産生、コラーゲン合成などで組織特異性があり組織新生を理解する上で重要な細胞であるが、その定義が暖昧であり機能も未知の部分の多い細胞である。本研究によりMgl1遺伝子欠損マウスから繊維芽細胞の前駆体と期待される細胞が確認されたことは、繊維芽細胞の多分化能を理解する上で重要な発見であると考えられる。

結論

本研究において、マウスを用いた抗原依存的組織新生モデルを確立した。組織新生過程においてMGL1/2を発現している細胞が新たなマクロファージの亜集団として存在していること及びその亜集団がIL-1αを産生分泌するという特徴を有していることが示された。抗MGL1抗体投与やMgl1遺伝子欠損状態において抗原依存的組織新生が抑制されること、Mgl1遺伝子欠損マウスにIL-1αを投与することでこの抑制が解除されることなどから、Mgl1遺伝子欠損は抗原依存的組織新生を抑制するが、これはMGL1/2陽性細胞から産生されるIL-1αレベルの低下により繊維芽細胞の活性化が誘導されないことが原因と考えられた。以上の結果から、マクロファージ細胞表面に発現しているMGL1は細胞の組織内分布の制御を介して局所的なサイトカインレベルを調節することで抗原依存的な細胞性免疫反応の後期の病態形成をコントロールする分子のひとつであることが示された。

本研究の成果は、細胞性免疫応答後期における病態形成の過程を理解する上で重要な発見であり、マクロファージ細胞表面に発現しているレクチンがこの過程に必須であることを示した初めての例である。

図:抗原により誘導される新生組織を示す。右のMGL1遺伝子欠損マウスでは組織新生が誘導されない。

審査要旨 要旨を表示する

「Role of macrophage galactose-type C-type lectin in antigen-induced granulation tissue formation (抗原により誘導された組織新生過程におけるマクロファージガラクトース型C型レクチンの役割に関する研究)」と題する本研究では、マクロファージガラクトース型C型レクチン(MGL:CD301或いはClecSF14と呼ばれるものは同一の分子である)及びそれを発現する細胞の細胞性免疫応答の制御における機能を、主に遺伝子破壊マウスを用いた実験によって追求した結果が述べられている。MGLはガラクトース型の糖認識部位を持つ分子量約42kDaのII型膜貫通タンパク質である。Mglに類似する遺伝子のクローニングによりマウスにおいては二種類のMGLがあることが明らかになり、MGL1、MGL2と命名された。MGL1は正常マウスの組織レベルにおいて皮膚、胸腺、牌臓などで高発現していること、細胞レベルにおいてはマクロファージや未成熟樹状細胞に発現していることなどが明らかにされてきた。Mgl1遺伝子欠損マウスが作成されたが、MGL1欠損に基づく表現系の違いはこれまで確認されていなかった。遅延型過敏症などに見られる細胞性免疫応答は感作、惹起、組織新生の各段階でT細胞とマクロファージ及びその類縁細胞がこの過程をになう主要な細胞として機能していることは古くから知られていた。細胞性免疫応答の最終段階に起こる組織リモデリングに関しては、マクロファージの集積と分化を伴う過程と考えられて来たが、この現象の細胞及び分子レベルでのメカニズムの解明は遅れていた。感染症による組織の破壊、移植の慢性拒絶、創傷治癒後の瘢痕形成などのコントロールという治療上の重要な問題を解決する民にぜひとも明らかにする必要があった。そこで、本研究ではマウスを用いた抗原依存的組織新生モデルを確立し、マクロファージ及びその類縁細胞の表面に発現するレクチンであるMGLの重要性について検証した。全体は五章からなり、第一章では本研究の背景とこの研究の枠組みを形成するに至った着想が述べられている。第二章では抗原による組織新生モデルを確立した経過が述べられ、新生組織中のMGL1または2を発現する細胞の分布と性状を解析した結果が述べられている。この細胞のユニークな機能がIL-1αの産生であることが示された。第三章では、Mgl1遺伝子欠損マウスにおいて、抗原により誘導される新生組織が形成されず、そのプロセスにMGL1が必須であることを見いだした結果が述べられている。MGL1はこれを発現している細胞の分布を制御することを通して微小環境におけるIL-1αの濃度を調節し、これが線維芽細胞による組織新生を制御することが強く示唆された。第四章では、非特異的な炎症惹起物質による組織リモデリングについて述べられている、第五章では、全体を通してのまとめ、結論および展望が述べられている。

第二章では、学位申請者は牛血清アルブミン(BSA)を化学修飾して作製した抗原(ABA-AcBSA)を用いて感作したマウスに空気嚢を形成させ翌日空気嚢内に抗原を投与し組織新生を誘発するという実験を行った。惹起5日目に空気嚢内に抗原を投与することで再惹起し、炎症を再燃させることで持続的な組織リモデリングを誘導した。炎症惹起後皮下組織のさらに下部に抗原依存的な細胞浸潤、結合組織新生が起こることが判明した。再惹起により炎症を慢性化させると組織新生が持続的に認められ、血管新生が見られた。新生組織内にはMGL1/2陽性細胞が存在し、陽性細胞数と新生組織の厚さには相関があった。この再惹起後の新生組織において、MGL1/2陽性細胞はCD14、CD68、F4/80、MHC class IIなどのマクロファージの細胞表面マーカーを発現しているにもかかわらず、別のマクロファージのマーカーであるCD11bは陰性というユニークな細胞群である事を見い出し、これまでに報告されていないマクロファージの亜集団である可能性が示した。さらにMGL1/2陽性細胞と陰性細胞のサイトカイン産生能を検討したところMGL1/2陽性細胞ではIL-1αmRNAが検出できたのに対し、MGL1/2陰性細胞ではこれが確認されなかった。IL-1αは真皮と新生組織のMGL1/2陽性細胞にも発現していることを免疫組織染色により確認した。以上の結果からMGL1/2陽性細胞は組織修復と新生にIL-1α産生を通して関与していることが示唆された。一般に抗原依存的組織新生はマウスでは誘導されにくいとされているが、化学修飾により抗原性を高めた抗原を用い、再惹起を行うことで持続する新生組織を誘導することができたことは大きなブレークスルーであった。この組織にMGL1/2を発現している細胞集団が集積すること、この集団に特異的な機能がIL-1α産生であることが初めてin vivoにおいて示された。これらの点でも、意義の大きい研究成果である。

第三章では、抗原依存的組織新生過程におけるMGL1の役割を確実に証明するために、MGL1遺伝子破壊マウスを用いた研究結果が記載されている。学位申請者の行った実験により、Mgl1遺伝子欠損マウスではABA-AcBSAを抗原とする組織新生は誘導されず、抗原依存的な組織新生過程にMGL1が必須であることが示された。さらに抗MGL1活性阻害抗体投与によっても同様に組織新生形成抑制が見られたため、MGL1がレクチンとして機能することが組織新生において重要であると確認された。さらに学位申請者は、空気嚢内に浸潤した細胞の解析により、新生組織形成過程を解明するために重要な細胞の動態を明らかにすることができると考え、惹起後経時的に空気嚢内に浸潤する細胞を回収したところ、Mgl1遺伝子欠損マウスの空気嚢内にはCD45陰性/CD11b陰性という特徴を持つ細胞が野生型マウスよりもはるかに多く検出されることを見い出した。そこで、MGL1陽性細胞によって産生されるIL-1αがこの過程においてどのような役割を果たしているかを解析した。そこで、Mgl1遺伝子欠損マウスに惹起後-1αを投与したところ、組織新生が誘導された。さらにrIL-1αを投与したMgl1遺伝子欠損マウスから惹起時に回収された浸潤細胞は、数と細胞表面マーカーのどちらにおいても野生型マウスと同様の結果を示したことから、Mgl1遺伝子欠損に基づく組織新生抑制はIL-1αレベルの低下が主要な原因であると結論した。以上の結果から、学位申請者はIL-1αに応答して組織新生を誘導する細胞またはその前駆細胞がMgl1遺伝子欠損マウスにおいては空気嚢内の浸潤細胞の主要な集団として浮遊状態で存在していると考え、Mgl1遺伝子欠損マウスから空気嚢内浸潤細胞を回収し、PKH26にて蛍光標識した後IL-1αと共に空気嚢内に投与した。その結果、新生組織が形成し、そこに存在する蛍光標識された細胞は繊維芽細胞のマーカーであるER/TR-7を発現していることを発見した。以上の結果から、本来はMGL1を発現する細胞が産生するIL-1αにより繊維芽細胞に分化し組織新生を誘導するはずであるのに、ガラクトース型レクチンであるMgl1の遺伝子を欠損したことによって、本来MGL1を発現して炎症部位に集積する細胞の分布に異常がおこり、IL-1αの局所的な欠乏がおくると考えられた。本研究は内在性C型レクチンの遺伝子欠損に基づく表現形の違いを明らかにした最初の報告である。繊維芽細胞は組織新生を理解する上で重要な細胞であるが、本研究によりMgl1遺伝子欠損マウスから繊維芽細胞の前駆体と期待される細胞が確認されたことは、繊維芽細胞の免疫応答とそれに引き続いておこる病態形成過程における役割を理解する上でも必要な発見でとなった。

抗原依存的組織新生は細胞性免疫応答の最終段階であるが、抗原非依存的な炎症惹起物質による組織新生に対するMgl1遺伝子欠損の影響を検討するため、第四章では、非感作マウスの空気嚢内にcarrageenanを投与して組織新生を誘導した。carrageenanによる組織新生にはMGL1は関与していないことが分かり、繊維芽細胞が活性化して組織新生を誘導する過程にはMGL1は関与しておらず、MGL1は惹起時以降で繊維芽細胞が活性化する前の限られた過程で必須な役割を果たしていると推測した。

本研究の成果は、数多くの異なる側面から見て重要なであるが、最大のポイントは、マクロファージおよび類縁細胞の表面に発現しているレクチンが、細胞性免疫応答後期における病態形成必須であるという発見である。糖鎖生物学に新しい概念を打ち立て、細胞性免疫による病態制御の謎を解くために重要なマイルストーンとなった。よって、本研究を行なった佐藤佳代子は博士(薬学)の学位を受けるにふさわしいと判断した。

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