学位論文要旨



No 216323
著者(漢字) 佐々木,裕一
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ユウイチ
標題(和) 造船生産システムの高度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 216323
報告番号 乙16323
学位授与日 2005.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第16323号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 助教授 青山,和浩
 東京大学 助教授 増田,宏
 東京大学 助教授 安藤,英幸
内容要旨 要旨を表示する

背景

造船業においては、各社で造船CIMの開発を行ってきた結果、設計上流から下流まで、一貫したシステムを構築し、造船の生産性向上に寄与してきた。一方、近年、3次元のデジタルモックアップ等の技術を用いた工場の生産シミュレーション技術は、自動車産業などの量産品工場において生産性の事前検討に用いられ、生産性向上の効果を発揮している。造船においても、生産性の事前検討は建造コストと直結する重要な要素であるが、造船は一品受注生産であるため、下記課題があり、シミュレーションによる事前検討機能が実現できていない。

船主要求などから、シミュレーション結果を設計へ反映できない。

設計期間が短いため、シミュレーションによる検討時間がとれない。

シミュレーションの妥当性を確認することが難しい。

さらに、現場の改善活動に関しても、造船は一品受注であり年間建造数が少ないため、精度良い作業観測が困難であり、改善案の定量的な評価が難しく、実現が難しい。

本研究では、これらの課題について検討を行い、造船における生産性向上を実現するための生産システムの高度化に関する検討を行う。

造船における生産システムの高度化

シミュレーションによる事前検討を造船へ適用するために、造船の業務分析を行った結果、船主要求に影響されずにコストを左右する項目は、工法検討、生産計画であり、これらは、造船CADに定義された製品情報を有効に活用することによって、シミュレーションを行うことが可能である。本研究では、これらの業務へのシミュレーションの適用を検討するとともに、シミュレーションによる検討を実現するための、各業務の効率化のための検討も行った。また、シミュレーションの妥当性を確認するとともに、現場の作業改善を実現するため、現場の作業計測を効率化する仕組みについても検討した。さらに、これらの生産システムを統合して、造船全体として生産性を向上させる仕組みについても検討した。図1に本研究の全体システムのコンセプトを示す。

本研究で検討した生産システムは、以下のようにまとめられる。

(1)シミュレーションを行うことによる生産性向上を実現するための生産システム

工法検討業務の支援システム

生産計画・管理業務の支援システム

(2)現場の計測を行い、作業改善を実現するための生産システム

(3)(1)項のシステムを統合し、全体の効率化を実現するための生産システム

工法検討業務の支援システム

本研究では、工法検討業務を支援するためのシステムとして、"シミュレーションによる最適化"を実現する工程設計システムと、造船デジタルモックアップシステムを構築した。また、さらに、"工作図作成業務の効率化"のために、工程設計システムに自動工程設計機能を追加することとした。開発したシステムの概要を図2に示す。

このように、工程設計システムの開発においては、造船CADの形状情報を活用し、工法として組立手順の定義・編集を行い、評価を行うことが可能なシステムを構築した。その結果、組立手順を定量的に評価することが可能になり、3次元形状を確認しながら、工法検討が可能なシステムを実現することができた。このことにより、検討ケース増大による組立手順の最適化が期待できる。

また、デジタルモックアップシステム開発においては、造船CADから組立シミュレーションソフトへの変換機能を開発し、設計段階における組立時の干渉チェック機能を実現した。これにより、不具合の早期発見及び対策が期待できる。

さらに、工程設計システムに自動工程設計機能を追加した。ここでは、標準的な工程設計知識に基づく自動生成機能に加えて、自動生成された組立ツリーの修正操作履歴から、ブロックカテゴリー別組立ツリー修正ルールを抽出し、類似ブロックへ適用可能な倣い工程設計ルールを定義できる機能を開発した。これらの自動工程設計機能の実現により、工程設計業務の効率化を図ることができた。

生産計画・管理業務の支援システム

生産計画・管理業務を効率化するとともに、工場全体の生産性向上を実現するためには、"柔軟な生産管理ができ、かつ工程全体を統合して管理することができる工程管理システムの実現"と"平準化機能の実現"が重要である。ここでは、これらを実現するための生産システムについて検討した。

図3に工程管理システムの構想を示す。これまでの工程管理は、全体の中日程表をもとに各課、職種が個別に管理を行っていた。そこで、本研究では、予め各課で計画した職種別の工程表を統合して管理する仕組みを構築した。このことで、各課の計画、状況の横通しを行うことができ、工程混乱を防止し、工程確保/生産性向上に寄与することができた。

また、造船は、未確定要素が大きいため、状況に応じた柔軟な生産計画、を実現する必要があり、計画した作業能力や作業量について、実績をフィードバックさせることができる機能の検討を行った。開発したシステムの機能を実船のデータを用いて検証した。その結果、機能の有効性を確認することができた。

また、平準化機能の開発においては、下記3つの平準化機能について検討し、それぞれの有効性を確認した。

i ヒアリングによる平準化機能

ii 作業履歴から抽出した工程前後関係の知識を用いた平準化機能

iii GAを用いた平準化機能

現場の作業改善を実現するためのシステム

3章で述べた工法検討システムや、4章で述べた生産計画・管理システムは、どちらも、作業の順序を変更することで、生産性を向上させる仕組みである。これらのシステムは、作業の生産性を直接向上させるものではないため、今後も継続的に生産性を向上させていくためには、現場の作業を計測し、改善案の定量的な評価が可能なシステムが有効である。そこで、本研究では、造船における現場改善を支援するためのシステムについて検討した。システムの概要を図4に示す。

ここに示すように、本システムは、下記3つのサブシステムに分けられる。

(1)Wearable PCを用いた作業計測システム…現場の作業を、Wearable PCを用いて計測するシステムである。このシステムによる計測結果を、(2)の動作データベースへ定義する。

(2)動作データベース…計測結果を動作ごとに、作業内容と作業時間、姿勢を組み合わせてデータベース化したものである。計測結果そのものではなくて、MOSTなどの手法を用いて定義することも考えられる。

(3)作業シミュレーションシステム…施工要領情報から作業手順を作成し、動作データベースの動作情報を基に作業のシミュレーションを行う。シミュレーション結果は、施工要領や作業手順へ反映され、現場の生産性向上を実現することができる。

これらのサブシステムの開発により、現場の作業能力をベースにした定量的な作業検討を行うことができ、造船現場の作業改善を実現することができた。

全体の効率化を実現するための生産システム

全体における生産性向上のコンセプト

ここでは、これまでに述べたシステムを統合した、造船生産全体における生産性向上の実現について述べる。全体の生産性向上を実現するためには、下記に示す2通りの方法が考えられる。本研究ではこれらの全体最適化を実現するためのコンセプトについて、プロトタイプによる試行を行った。

原単の向上による全体最適化

(1)WPCを用いた作業計測システムで作業計測を行った結果をもとに、作業能率の推定が可能な原単推定機能を開発した。これにより、作業時間を正しく見積もることが可能になり、生産計画の精度向上による生産性向上が期待できる。また、作業改善案を作業計測することにより、作業改善による原単の変化を推定することができる。これにより、作業改善効果を定量的に評価することが可能になり、改善による生産性向上にも有効である。

工法検討・生産計画統合機能

(2)工法検討時に現場の生産計画を考慮可能な工法検討・生産計画統合機能を開発した。これにより、現場の作業負荷を考慮した工法の最適化実現することができる。また、これらの検討作業を簡素化するため、GAを用いた自動化機能について検討を行った。その結果、膨大な検討ケースが想定されるこれらの最適化を実現できる目処を得た。

結論

本研究では、船舶の建造における生産性向上を実現するために、シミュレーションを行うことで生産性向上を実現する生産システムの構築を目的として、下記を行った。

(1)従来の業務を効率化するための、シミュレーションを用いた生産システムの構築(工法検討業務の支援システム、生産計画・管理業務の支援システム)、

(2)現場の計測を行い、作業改善を実現するための生産システム

(3)全体最適化を実現可能なシステムの検討

ここでは、業務効率化のための自動化システムを構築することで、従来は実運用が困難であった、シミュレーションの造船への適用を可能にした。また、開発したシステムについて、実際に建造される船のデータを用いて検証を行い、有効性を確認し、造船業の生産性向上によるコスト競争力強化へとつながる展望を得ることができた。

図1 造船における生産性向上を実現するためのシステムコンセプト

図2 工法検討業務の支援システム

図3 統合工程管理システム

図4 造船現場の作業改善システム

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、全体が9章からなっている。

第1章では、序論として、本研究の必要性、実施内容の概要が述べられている。造船業が一品受注生産型の産業で、それ故に設計製造の効率化をシミュレーションによる事前検討など情報技術を使って行うことの意義を述べている。

第2章では、本研究を行う上での背景として造船におけるCIMの現状と造船へのシミュレーションシステム適用の課題について述べられている。ここでは、課題として、短い設計期間に起因する検討時間不足としており、解決方法として、業務の自動化によって短縮された期間でシミュレーションによる検討を行う業務フローとするという本研究のアプローチが示されている。また、本研究の目的として、造船の生産性向上を実現するために、シミュレーション技術を用いた生産システムを開発するということが述べられている。シミュレーションによる事前検討の妥当性の確認や、そのためのコスト増に関して十分配慮する必要があることを述べている。

第3章では、造船の業務分析についてまとめ、シミュレーション技術の適用が有効な造船業務の検討を行っている。その結果、造船における生産性向上を実現するために、以下の5機能から構成されるシステムコンセプトを提案している。

(1):工法検討支援システム

(2):生産計画・管理支援システム

(3):現場作業改善システム

(4):原単の向上による生産性向上を実現するシステム

(5):日程を考慮した工法の最適化を実現するための全体最適化システム

第4章〜第7章では、第3章で述べたコンセプトを検証するために開発したシステムについて述べられている。

第4章では、(1)の工法検討支援システムとして、工程設計システム、組立シミュレーションシステムについて述べられている。さらに、工法検討業務の効率化を目的とした自動工程設計機能について示されている。工程のパターンをデータベースとして、それを範として工法を検討する。開発した機能については、実船の建造データを用いて検証を行い、有効性を確認している。

第5章では、(2)の生産計画・管理支援システムとして開発した統合工程管理システムについて述べられている。さらに、生産計画業務の効率化を目的とした日程の平準化手法について、船殻、艤装、ガス船タンク内工程という3つの対象業務それぞれに適した手法の検討・評価が行われている。遺伝アルゴリズムを用いた最適化システムを構築している。工程の遺伝子表現などに工夫を凝らしている。開発したシステムは、実際の建造船へ適用することで、有効性を確認している。

第6章では、(3)の現場作業改善システムとして、建造段階における現場の作業改善を実現するためのWearable PCを用いた作業観測システムと、人間モデルを用いた作業シミュレーションシステムについて述べられている。Wearable PCにより作業時間計測を行い、シミュレーションでこの時間を用いている。これにより作業計測自体も効率化されている。ここでは、小組ステージの作業を対象に志向し、システムの有効性を確認している。

第7章では、全体の最適化を実現するためのシステムとして、(4)原単の向上による全体最適化を実現するシステムと、(5)工法検討から生産計画までを業務を統合することによる全体最適化を実現するシステムについて述べられている。ここでは、テストデータによる試行が行われている。

第8章では、全体の考察として一連の研究を下記視点でまとめている。

従来の業務へのシミュレーション適用による生産性向上

現場の作業改善へのシミュレーションシステム適用による生産性向上

生産システムによる全体最適化

他製品への展開

第9章では結論として、(1)事前検討機能、(2)現場の作業改善支援機能、(3)全体最適化を実現する機能についての本研究の着目点と成果について示し、構築したシステムを実船に適用した結果得られたシステムの評価とそれによる将来展望について述べられている。また、今後の課題として下記3点が示されている。

全体の最適化の実現

設計上流段階における事前検討の実現

生産性向上以外へのシミュレーション技術の適用

以上、論文提出者のこれまでの造船現場での経験をふまえ、工程計画や全体最適化の数理的個別課題、Wearable PCによる現場作業の計測、そしてこれらを統合してのシミュレーションによる事前検討により、造船生産システムの高度化が図れることを示した。また、本論文の内容は、一般性ももっており造船以外の分野にも適用できることも示しており、製造技術・製造環境の進展に寄与するところ大である。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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