学位論文要旨



No 216324
著者(漢字) 大嶋,拓也
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,タクヤ
標題(和) 流れ中の柱状物体列から発生する空力音の数値予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 216324
報告番号 乙16324
学位授与日 2005.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第16324号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐久間,哲哉
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 黄,光偉
 東京大学 助教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

研究の背景

近年の急速な建築物の高層化,または住民・建物利用者の生活意識向上に伴い,バルコニー手摺子やルーバのような外気流に晒される建築付帯物から発生する「ヒュー」「ゴー」という空力騒音(風切り音)が問題となっている.風が吹き続ける限り空力騒音は持続的に発生するため,建物利用者のみならず近隣住民にとっても負担が大きく,まさにクオリティ・オブ・ライフにかかわる問題となる.そのため設計段階での確実な空力騒音の発生機構の把握,低減手法の開発が不可欠である.そのような研究は主に風洞実験による多数の研究が存在するものの,いずれも個別事例的な対処にとどまっており,一般的に適用できる成果を得るには至っていないのが現状である.

一方で近年進展の著しい計算空力音響学(CAA)手法によれば,実験条件の任意な設定および詳細な音源性状の取得が原理的に容易であるから,実験的手法の限界を克服可能と期待される.しかしながらCAAのための数値流体解析(CFD)は現在の計算機をもってしても過大な解析負荷を要求する.

研究の目的

そこでベランダ手摺子,ルーバフィンなど,空力騒音が問題となる屋外建築付帯物の形状にあらためて目を向けると,典型的には断面寸法に比してスパンの大きな柱状物体,または柱状物体が等間隔に並んだ形状の柱状物体列である.本研究ではこの点に着目し,解析対象の物体形状が柱状物体ないし柱状物体列であることを前提とした空力音数値予測における数値流体解析負荷低減手法を提案し,実証を図る(Fig. 1).

第2章

空力音数値解析の基礎理論

本研究では空力音数値解析手法としてLighthill-Curleの空力音理論に基づく非圧縮性流体解析およびCurleの式を組み合わせた手法を使用する.流体解析手法はRANS系手法と比較して非定常解析に適したLESとし,LESにおけるSGSモデルは工学的な問題への適用実績豊富な標準Smagorinskyモデルとする.本研究のLES解析では,LESにおける空間フィルタリングによる音源周波数特性への影響は軽微であり,人間の可聴域を概ねカバーするフィルタ特性が確保される.

物体表面変動圧は表面近傍1または2格子点の圧力から補外によって求める.境界条件は流入側を一様流,流出側を対流境界条件,側方は周期境界条件または滑り壁,スパン方向は滑り壁とした.第4章以降で使用する最小二乗推定法はLevenberg-Marquardt法とする.

第3章

Curleの式の簡略化および実スケール解析に関する検討

負荷低減法提案の前段階として,以下3点の検討を行った.ただし以下の項目1.,2.のみ,乱流モデルを導入しない一般座標系数値流体解析手法によった.

実スケールの約1/10であるレイノルズ数500および103における円柱周り流れの二次元解析により,Curleの式において音源として扱われる物体表面圧力および物体表面摩擦応力それぞれの寄与を調べた.結果として,物体表面摩擦応力は実用上無視して差支えないことが明らかとなった.

レイノルズ数103における円柱周り流れについて,同一解析手法および解析条件での二次元および三次元流体解析を行った.両者の結果の比較から,正確な音源周波数特性の把握には三次元流体解析が不可欠であることが明らかとなった.

標準SmagorinskyモデルLESによる実スケール(レイノルズ数1.6×104)の正方形断面角柱型ベランダ手摺子周り流体解析を行い,既往の実験結果と比較して概ね妥当な放射音のピーク周波数が得られた.ただし本解析において全物体で同相の変動圧力を仮定した点には疑問が残り,第5章における検討課題となる.

第4章

部分スパン解析結果からの全体放射音圧推定法

推定手法構築

第3章で三次元解析の必要性を示したものの,柱状物体全スパンの直接的な数値流体解析は非効率である.ゆえに,物体表面変動流体力のスパン方向コヒーレンスを利用して,部分スパンの数値流体解析結果から全スパンからの放射音を推定する手法を定式化した.本推定手法に必要なスパン方向2点間のコヒーレンス実部のモデル関数は,既往文献で提案されていた(ただし未実証)Gauss分布型の関数exp(〓)とした.ここでζは2点間距離,liはモデル係数で相関長さと呼ぶ.このときスパンaからの放射音強度Isは

となる.上式を用いて,具体的な推定手順をFig. 2のように構築した.

実証

風洞実験を通した実験解析により,モデル関数および本推定手法の実証を試みた.その結果,Gauss分布型のモデル関数の妥当性が示され(Fig. 3),本推定手法による推定結果は全スパンからの放射音実測値とよく合致した.さらに既往の類似手法との比較では,特に解析スパンに対して実スパンの大きな状況において,本推定手法の推定精度の優位性が示された.

一方,数値解析においても同様に,短スパン解析結果を利用した受音点音圧推定結果および全スパン解析による音圧算出結果の比較による実証を試みた.その結果,両者が良く合致した(Fig.4).さらに両解析における負荷の比較から,本解析例では解析負荷が約1/5に低減されることが示された.

第5章

音源物体間相関を利用した柱列からの全体放射音圧推定法

推定手法定式化

第3章での柱状物体列解析において全物体同相の圧力変動の仮定に疑問が残ったものの,全物体同時の数値流体解析によって物体間位相差を考慮するには非現実的な計算機負荷が要求される.そこで第4章で提案した手法と同様に,各物体にかかる変動流体力の物体間コヒーレンスを利用して,柱状物体列の一部の解析結果を使用して全物体列からの放射音を推定する手法を構築した.

モデル関数の検討および推定手法構築

本手法において必要となる物体間コヒーレンスのモデル関数の妥当な関数形が未知であることから,数値流体解析によって検討した.その結果,正負交互のコヒーレンスが指数関数的に減衰する形の関数〓が適当との結論を得た(Fig.5).ここでkは物体間隔, liはモデル係数で相関距離と呼ぶ.さらに,本モデル式による具体的な推定手順の構築を行った.

実証

本手法による推定結果と,全物体の数値流体解析を行いCurleの式から直接算出した受音点音圧,および物体数を超える部分について無相関を仮定した簡易推定式の三者を比較し,本手法の妥当性および簡易式に対する推定精度の優位性を示した.

第6章

スパン方向および柱列方向音圧推定法の同時適用

第4章および第5章で提案した両推定手法の同時適用に関する検討を行った.推定結果における位相情報の欠落の問題から前2章で提案した手法の順次適用が不可能であるため,新たな定式化を行い,推定手順を構築した.スパン方向および物体間コヒーレンスのモデル関数は前2章と共通の関数が使用可能であることを示し,また本定式化において仮定した他物体との音源コヒーレンスに対する性質について,その妥当性を示した.さらに全物体の数値解析を行った場合,本手法による推定結果,および簡易推定式の比較により,本推定手法の妥当性および簡易式に対する推定手法の優位性を示した(Fig.6).

第7章

総括

第1章から第6章の検討によって,柱状物体ないし柱状物体列周り流れによって発生する空力音の数値予測における,数値流体解析負荷低減手法を構築および実証した.従来の空力音数値解析はベクトル型計算機のような大規模な計算機資源が事実上不可欠であり,またそのような資源が確実に措置可能な状況で行われていた.今後は空力音数値解析の裾野が拡がることで,比較的小規模な計算機資源においても柱状物体列のような複雑形状物体の解析に対するニーズが高まると予想され,そのような解析対象に対して本手法は有効である.

Fig.1: Schematic description of the aim of the dissertation.

Fig.2: Procedure of sound pressure estimation.

Fig.3: Comparison of measured coherences and their curve-fitted model functions.

Fig.4: Comparison of 1/3-octave band averaged sound pressure.

Fig.5: Comparison of computed coherence and its curve-fitted model function.

Fig.6: Comparison of sound pressure by full computation,estimation by the technique and by incoherent assumption.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,屋外建築付帯物などの柱状物体列周り流れによる空力音の数値解析における過大な解析所要負荷に対し,空力音源の空間的なコヒーレンスに着目して柱状物体形状解析対象の一部の解析結果から全物体の放射音圧を推定することにより流体音源解析負荷低減を図る手法を提案している.さらに同手法の妥当性を実験および数値解析の両面から立証し,解析負荷低減に対する有効性を確認している.

第1章では本研究の背景として,本研究の端緒となった屋外建築付帯物から発生する空力騒音の対策に関する現状,当該騒音問題に対する空力音数値予測手法導入における問題点を指摘し,空力音に関する既往研究についてまとめている.

第2章ではLighthill-Curleの空力音理論,および非圧縮性流体解析(LES)およびCurleの式を組み合わせた空力音数値予測手法について述べている.また,本研究のLES解析では,LESにおける空間フィルタは人間の可聴域をほぼカバーすることを述べている.

第3章では,負荷低減法提案の前段階としての諸検討を行い,数値流体解析結果からCurleの式における物体表面摩擦応力の寄与は無視できること,正確な音源周波数特性の把握には三次元流体解析が不可欠であること,さらにLESによるベランダ手摺子周り流体解析結果から,既往の実験結果と比較して妥当な放射音のピーク周波数が得られていることを示している.

第4章では,物体表面変動流体力のスパン方向コヒーレンスを利用して部分スパン数値流体解析結果から全スパンの放射音を推定する手法を構築している.本手法において必要となるコヒーレンス実部のモデル関数にはGauss分布型の関数を使用して定式化を行い,具体的な推定手順を示している.ついで実験解析により,モデル関数が妥当であること,本推定手法による推定結果が全スパンからの放射音実測値とよく合致することを確認している.さらに既往の類似手法との比較を行い,提案手法が解析スパンに対して実スパンの大きな状況において特に推定精度に優れることを示している.一方,数値解析においても同様に短スパン解析結果を利用した推定結果と全スパン解析結果の比較を行い,両者が良く合致することを示している.さらに両解析における負荷の比較から,解析負荷がおよそ1/5に低減されることを示している.

第5章では,第4章で構築した手法と同様な考え方によって,柱状物体列の一部の解析結果を使用して全物体列からの放射音を推定する手法を構築している.本手法において必要となる物体間のコヒーレンスモデル関数の妥当な関数形を数値流体解析によって検討し,正負交互のコヒーレンスが指数関数的に減衰する形が適当との結論を得て,定式化および具体的な推定手順の構築を行っている.さらに本手法による推定結果,物体間のコヒーレンスが非常に小さい場合を仮定した簡易推定式,および全物体の数値解析を行った場合の三者の比較から,本推定手法の妥当性および簡易推定式に対する優位性を示している.

第6章では,第4章および第5章で提案した両推定手法の同時適用に関する検討を行っている.位相情報の欠落の問題から前2章で提案した手法の順次適用が不可能であるため,新たな定式化を行い,推定手順を構築している.スパン方向および物体間のコヒーレンスモデル関数は前2章と共通の関数が使用可能であることを示し,また本定式化において仮定した他物体との音源コヒーレンスに対する性質について,その妥当性を示している.さらに本手法による推定結果および全物体の数値解析を行った場合の比較により,本推定手法の妥当性が示され,解析負荷に関しては推定法適用により約1/6に低減されている.また,物体間のコヒーレンスが非常に小さい場合を仮定した簡易推定式との比較から,本推定手法の妥当性および優位性を示している.

第7章では,各章で得られた成果をまとめ,本研究の意義,課題について述べている.

以上本論文は,流れ中の柱状物体列からの空力音数値予測における負荷低減法の実証との直接的成果のみならず,そのプロセスを通して,柱状物体および柱状物体列における空力音源の空間的コヒーレンスの性状の詳細な解明,推定式の導出による空力音源コヒーレンスと放射音強度の関係の定量化など,流体力学および空力音響学全般への貢献となる非常に有用な成果を得ている.

さらに本論文の成果は屋外建築付帯物のみならず,高速鉄道車両のパンタグラフ,送電線からの空力音問題など,良好な音環境を築く上で近年急速に騒音低減のニーズが高まりつつある,低マッハ数流れとの干渉によって発生する空力音問題全般に対して広範に適用可能であり,本論文の成果は環境学の発展に対する大きな貢献といえる.

よって本論文は,博士(環境学)の学位申請論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/150