学位論文要旨



No 216325
著者(漢字) 久保,信明
著者(英字)
著者(カナ) クボ,ノブアキ
標題(和) GPS測位におけるマルチパス誤差の低減化と高精度測位の可能性について
標題(洋)
報告番号 216325
報告番号 乙16325
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16325号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

GPSを中心にして利用されている衛星測位システムは、2010年度あたりを目標にした近代化により、現在大きく変化しようとしている。世界的な変更点としては2点あり、欧州を中心に打ち上げ予定のガリレオ衛星の出現と第3周波数の追加である。また日本国内に目を向けると、GPSと同様の機能を持つ準天頂衛星(Quasi Zenith Satellite System)の開発が進行している。これらの近代化により、衛星測位システムのサービス対象分野は、拡大することが予想される。特に、航空、農業、船舶そして自動車の分野において、精度と利便性が伴うほど、その利用頻度は高まるであろう。また携帯電話においても、緊急時の通報等において、自身の位置を知らせることが必要になることが予想され、そのときに衛星測位システムは、位置特定のための1つの選択肢となる。約20年前に初めてグローバルに開発されたGPSを中心とする衛星測位システムは、その中身と利用分野ともに、大きく変化し、さらなる発展を試みている状況である。

上記の流れを踏まえて、現在の衛星測位システムによる測位精度と利便性に目を向けると、上空の視界が十分に開けた場所であれば、世界中で精度と利便性ともに満足のいくサービスを受けることが可能であるが、上空の視界が十分に確保できない場所では、そのサービスは状況に応じて著しく低下することが知られている。サービスが低下する主な原因は2つ存在する。1つは、衛星の可視率の低下である。単独測位を行うには、最低4個の可視衛星が必要であり、4個未満になると、数十mの精度を単独で達成することは困難である。多くの都市部で、主要幹線道路においても、可視衛星数が4個未満になる状況は頻繁に見受けられる。2つ目は、マルチパスによる測位誤差の増加である。現在、最高性能のGPS受信機を用いても、遅延距離の短い(30m未満程度)マルチパス波に対して、擬似距離に対するマルチパス誤差の影響を1−2m程度に抑制することは困難であり、状況によっては、5mから10m程度に達することがしばしばある。ゆえに、擬似距離(コード)をベースにしたDGPS測位において、その精度はアンテナ周囲の環境に応じて大きく変化するものである。搬送波位相をベースにした数cmで位置を特定する高精度測位においても同様である。

本研究では、サービス低下の主な原因となっているコードのマルチパス誤差の低減化を図ることを第1の目標とした。さらに、マルチパス誤差を低減し、近代化による恩恵を受けた場合に、どの程度測位サービスが向上するかのシミュレーションも行った。近代化による恩恵は、QZSSの追加と第3周波数の追加を考慮した。

コードのマルチパス誤差を低減化する手法を説明する前に、GPSによる測定値と位置計算手法の概観を説明し、マルチパス誤差の発生メカニズムや現在広く使用されているマルチパス誤差低減技術についても紹介した。本研究で提案したマルチパス誤差低減技術は、受信機内部で生成される相関波形を直接利用したものである。相関波形を用いた最尤推定法によるマルチパス誤差の低減は、すでにシミュレーションでは実施されているが、生のデータを用いた評価はほとんどなされていない状態である。唯一、最尤推定を用いた手法で市販されている受信機の性能は、最新のGPS受信機と比較すると、それと同等かやや劣る性能ではあることが確認されている。提案した手法では、相関波形の情報を最大限に利用して、最尤推定法の初期値をできるだけ正解に近い値で開始することが可能となった。それにより、現在最もマルチパス誤差を低減しているGPS受信機と比較すると、遅延距離の短い領域においても、約30%程度のマルチパス誤差の低減化を実現することができた。

GPS近代化による測位サービス向上のシミュレーションは、搬送波位相測位をベースにしたアルゴリズムを用いて行った。現在、QZSSの信号や第3周波数の信号を生で取得することができないので、擬似距離と搬送波位相のノイズと誤差を生成するソフトを開発し、そのデータを生データとして利用することにより、精密測位サービスの解析を行った。生データを生成する際に、精密測位サービスに最も影響を与える要因となる、衛星の可視率とマルチパス誤差の生成をできるだけ実データに近づくように工夫した。シミュレーションの妥当性をチェックするために、現存のL1とL2の周波数を利用した場合について、マルチパスの強い環境の生データとシミュレーションで生成した生データを用いて、その測位結果の比較を行った。その結果、測位精度に大きな差はみられないことを確認することができた。実際の都市部を想定した精密測位サービスの評価では、QZSSと第3周波数の追加により、大幅にサービスが向上することを確認することができた。さらに、本研究で提案したマルチパス誤差低減技術を利用した場合に、さらにサービスが向上することを確認することができた。

本研究により、(1)マルチパス誤差を現在の最高性能の受信機よりもさらに低減することが可能であることを、シミュレーションだけでなく実データを用いて示すことができた。低減化の手法において最尤推定法を用いたが、最尤推定における初期値を工夫して算出することにより、実用的なマルチパス誤差低減技術を示すことができた。(2)精密測位のサービス向上には、衛星の可視率が最も重要であることがわかった。QZSSの追加と第3周波数の追加が、いずれも大幅に精密測位サービスを改善することを示すことができた。また、更なるマルチパス誤差の低減も、精密測位サービス向上に寄与していることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

GPSを中心にして利用されている衛星測位システムは、2010年に革新的な進歩を遂げると期待されている。一つはGPSの近代化であり、新たな第3周波数の追加はリアルタイムな高精度測位の利用可能性を大きく改善できると言われている。また、欧州を中心に打ち上げ予定のガリレオ衛星は、利用可能な測位衛星の総数を飛躍的に増加させる。さらに日本国内に目を向けると、GPSと同様の機能を持つ準天頂衛星(Quasi Zenith Satellite System)の開発が進行している。こうした測位衛星システム群の拡充により、衛星測位の性能は飛躍的に向上する。

しかしながら、こうした測位衛星システムの整備が測位精度や信頼性の向上に直結するのは、上空視界が十分開けている場合であり、大都市部のように上空の視界が十分に確保できない場所では、そのサービスは状況に応じて著しく低下する。サービスが低下する主な原因の一つは、衛星の可視率の低下である。単独測位を行うには、最低4個の可視衛星が必要であり、4個未満になると、数十mの精度を単独で達成することは困難である。多くの都市部で、主要幹線道路においても、可視衛星数が4個未満になる状況は頻繁に見受けられる。もう一つは、マルチパスによる測位誤差の増加である。現在、最高性能のGPS受信機を用いても、遅延距離の短い(30m未満程度)マルチパス波に対して、擬似距離に対するマルチパス誤差の影響を1−2m程度に抑制することは非常に困難であり、状況によっては、5mから10m程度に達することがしばしばある。ゆえに、擬似距離(コード)をベースにしたDGPS測位において、その精度はアンテナ周囲の環境に応じて大きく変化するものである。搬送波位相をベースにした高精度測位は位相を利用することから本質的に影響は受けにくいとされているが、計測に際しての初期値推定に疑似距離を利用していることから、高精度計測値を得るまでの時間が大幅にかかるようになるという意味で大きな影響を受ける。

そこで、サービス低下の主な原因となっているコードのマルチパス誤差を低減化することが非常に重要である。さらにマルチパス誤差の低減が、疑似距離による測位の精度向上のみならず、搬送波測位を利用した高精度測位の性能向上にどのくらい役に立つのかを明らかにすることも重要である。久保氏による提出論文はまさにこうした課題を解決することを目標としている。論文は全部で9章からなっている。第1章は序論であり研究の背景と目的を述べている。第2章はGPSによる測定の原理と誤差要因について、特にGPS衛星を観測して得られる観測値に着目して整理している。第3章ではさらに観測値を用いた測位アルゴリズムに焦点をあてている。第4章はGPS信号の反射(マルチパス)の特性とそれによる疑似距離の誤差の発生プロセスをモデル化している。また搬送位相を用いた高精度測位への影響についても述べている。第5章はマルチパスが疑似距離の観測に与える悪影響を軽減する既存手法をレビューしている。

第6章はマルチパスによる疑似距離誤差の軽減手法を提案している。軽減手法はまず、マルチパスを特に強く含んだ衛星信号を除去する。その際、信号強度とデルタ疑似距離の変化率を利用する。残された衛星信号にはまったく反射波が含まれていないか、弱い反射が含まれていることになる。しかし弱い反射波でも疑似距離に誤差を生じさせるには十分であり、その影響を軽減することが重要になる。提案手法では反射波の遅れ、位相差、直達波に対する振幅比を推定し、反射波による相関波形の変形とそれによる疑似距離の誤差を推定することで、誤差を含んだ疑似距離の観測値を補正する。反射波の遅れ、位相差、直達波に対する振幅比を推定する際には、強い反射波は一つしかないという前提の下に、観測された相関波形から初期値の推定を行い、その後、最小自乗法を適用してより精密な推定を行う手法とした。さらに誤差の軽減効果を実データにより検証した。

第7章は搬送波位相を利用する高精度測位方法を記述しており、第8章ではその方法を前提にマルチパスの誤差軽減が高精度測位に与える影響を、将来の近代化された衛星測位環境のもとでシミュレーションにより定量的に評価した。第9章は結論である。

マルチパスの軽減手法については、相関波形を用いた最尤推定法によるマルチパス誤差の低減は、すでにシミュレーションでは実施されているが、生のデータを用いた評価はほとんどなされていない状態である。しかも唯一、最小自乗推定を用いた手法で市販されている受信機の性能は、最新のGPS受信機と比較すると、それと同等かやや劣る性能ではあることが確認されている。提案した手法では、相関波形の情報を最大限に利用して、最尤推定法の初期値をできるだけ正解に近い値で開始することが可能となったため、より確実に推定値を得ることができる。しかも実データにより検証され、現在最もマルチパス誤差を低減しているGPS受信機と比較しても、遅延距離の短い領域においても、約30%程度のマルチパス誤差の低減化を実現していることが明らかになった。また、精密測位のシミュレーションについては、実際の都市部を想定した精密測位サービスの評価において、QZSSと第3周波数の追加により、大幅にサービスが向上することを確認することができた。さらに、本研究で提案したマルチパス誤差低減技術を利用した場合に、さらにサービスが向上することを確認することができた。

このように、本論文は新しく実用性に富んだ手法を開発し、衛星測位のサービス水準を大きく引きあげることを可能にしており、社会的なインパクトも大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42871