学位論文要旨



No 216326
著者(漢字) 半井,健一郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカライ,ケンイチロウ
標題(和) セメント系複合材料 : 地盤連成系を対象とする多相物理化学モデル
標題(洋)
報告番号 216326
報告番号 乙16326
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16326号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京理科大学 教授 龍岡,文夫
 東京工業大学 助教授 坂井,悦郎
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 助教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

セメント系無機硬化体によって自然骨材を固結したコンクリートは,多くの社会基盤施設を構成する主要建設材料であるとともに,適切な材料設計と製造・施工によって100年以上の耐久性を保有することが実証されている.一方で,高度経済成長期において短時間に整備された多くのコンクリート構造物の一部が,早期に劣化する事例も報告されている.主として,不十分な施工管理と材料設計の不備が原因と考えられている.これら,必ずしも十分な耐久性を有しないストック資源でも,少子高齢化社会と維持管理の財源が減る状況においては,有効に維持しつつ社会サービス水準を落とさない管理を実行することが不可欠である.既存の劣化構造物の補修補強,既存構造物の維持管理,新設構造物の設計に関して,信頼性向上と合理化が強く求められている.このためには,様々に異なる自然環境条件下でのコンクリート構造物に対して,材料・構造の非線形な応答特性を考慮した時間軸上での性能評価が維持管理の戦略作りにおいて不可欠となる.日本では,1960年代以降に多くの社会基盤構造物が建設されており,今後数年のうちに,建設後50年以上を経て補修補強が必要とされる構造物が急速に増大することが予測されている.限られた予算を新設構造物建設および維持管理に戦略的に分配することが強く求められる.新規構造物建設計画におけるライフサイクルコスト算定および維持管理戦略における残存性能,劣化進行,補修補強効果の定量的な評価手法の確立は,必要不可欠な急務なのである.

このような時代要請の中で,最新の技術や近未来に開発が期待できる技術も視野にいれた上で,社会基盤ストックの建設および維持管理戦略を立てることが必要である.近年のセメント系複合材料の適用範囲拡大や新たに付加された高度な性能は,より広範なセメント系複合材料の性能評価手法の構築を要請している.放射性廃棄物処分施設における人工バリア材としてのコンクリート材料の活用に関する検討は,従来の経験の延長では予測できないような,数万年という超長期の安定性を要求している.ここでは,一般の構造物では問題とならないセメント硬化体から周辺地盤地下水中へのカルシウム溶脱劣化現象が重要な検討項目のひとつとなる.促進劣化試験や既往の実験的検討に加えて数値解析手法を有効に活用することで,実験では再現できない時間と空間スケールを克服し,信頼性を高めた長期性能評価手法の構築が必要である.

新たなセメント系複合材料であるセメント改良土は,地盤改良工法のみならず,汚染土壌の固化処理技術あるいは高耐震性土構造物の建設へと貢献の場を広げつつある.しかし,セメント改良土の実績は浅く,耐久性の評価手法の開発は緒についた段階である.あらゆる技術と同様,今後の供用期間中に問題が顕在化する可能性は棄却できず,謙虚に監視を続け,周辺地盤環境の安全性を含め,早期の環境負荷評価手法の確立が求められる.セメント系結合材に含まれる六価クロムなどの重金属やカルシウムイオンの溶出,固定が,地盤との連成に関わる問題である.

本研究では,既存のセメント系複合材料の材料品質と構造の統合解析システムを基盤技術とし,セメント硬化体の組織構造形成に関して熱力学連成解析システムの一層の高度化を図るとともに,カルシウム溶脱劣化現象に関して新たにモデルを構築することで,システムの高度化と拡張を行うものである.同時に,熱力学システムの解析対象を,連結空隙を有する地盤材料に拡張し,中間材料であるセメント改良土および周辺地盤を含めた構造物の耐久性評価を実現可能なものとすることを,目的とする.

カルシウム溶脱劣化現象のモデル化は,これまでの解析システムの時間軸(およそ数十年)を千年単位に拡張することを意味する.放射性廃棄物処分施設においては,数千年から数万年のスパンでコンクリート材料の変質劣化現象を予測することが求められている.物理化学現象に立脚した理論的なモデルを構築することにより,現時点での材料設計のための将来予測とともに,将来の計測結果との整合性の確認を随時行い,一層,確度の高い予測への改良が可能になるものと考えられる.

地盤材料への拡張は,解析システムの空間スケール軸の拡張を意味する.これまで,熱力学システムではナノ〜マイクロスケールにおけるセメント硬化体の微細空隙構造を対象とし,構造解析システムではミリ〜メートルスケールにおける鉄筋コンクリート構造物を対象としてきた.ここでは,従来の微細孔構造の分類の中で空白領域であったマイクロ〜ミリスケールに存在する土粒子間空隙を,セメント硬化体の微細空隙と一元的に取り扱い,熱力学理論を展開して空隙中の状態量を記述することとした.これにより,中長期にわたる材料特性の変化,地盤環境の変動予測を可能とする多相マルチスケール解析システムの構築を目指すものである.コンクリート工学と地盤工学の知見の融合を意図しているが,分野融合の意義は,既に構造性能照査において強く認識されている.

以下に,本論文における研究内容および得られた成果について,概要を示す.

まず,基盤技術となる既存の熱力学解析システムについて,一層の高度化を実現した.第一に,温度に関するモデルの高度化を対象とした.数値解析システムにおいて,既往のセメント科学の知見に基づき,養生温度に応じて材料パラメータを変化させ,断熱温度上昇量,常温養生供試体の結合水量,内部相対湿度変化に与える影響を感度分析した.感度分析結果をもとに,水和生成物の保有空隙率ならび生成ゲルの析出可能空間寸法の温度依存性に着目した高度化モデルを構築し,妥当性を実験結果から検討した.断熱試験および常温封緘試験における水和進行度,ならびに細孔空隙構造の計測結果との比較検討の結果,種々の養生温度条件と広範な水セメント比に対して,セメント水和挙動を矛盾なく高精度に予測できることを示した.特に,高温履歴を受ける場合と自己乾燥を伴う低水セメント比配合のコンクリートにおいて,従来解析モデルの高精度化が図られた.第二に,混和材に関するモデルの高度化を対象とした.フライアッシュおよび高炉スラグ微粉末を混入することによる空隙構造の変化を適切に表現するため,空隙構造形成モデルの高度化を行った.生成する水酸化カルシウムとC-S-Hゲルの空隙特性の違いを考慮し,個別に保有空隙率を設定した.これにより,空隙構造の緻密化が良好に予測可能となった.

解析システムの高度化と並行し,解析対象を,従来のコンクリートから地盤材料へと拡張し,解析システムの空間スケール上での拡張を行った.マイクロ〜ミリスケールの土粒子間の連結空隙構造と,ナノ〜マイクロスケールのセメント系複合材料の微細空隙構造とを一元化し,個々の空隙中の物質平衡状態を熱力学モデルで統一して記述する,多相マルチスケール物理化学モデルの構築を目的とした.セメント系複合材料と未改良地盤材料の両者を対象とし,地盤材料内の粗大土粒子間空隙に関する空隙構造モデルを定式化した.土粒子間粗大空隙は,セメント硬化体中の毛細管およびゲル空隙と同様に,細孔分布密度関数により表現し,空隙率および空隙ピーク径に関しては,材料に対応する値を入力することとした.水分の移動および保持に関しては,空隙寸法を考慮した上で,セメント系多孔体に関する従来モデルと整合性を有するものとした.提案手法の妥当性は,セメント改良土の水和発熱および空隙内の相対湿度変化,地盤材料の透水係数に関する実験結果との比較により確認された.

セメント硬化体からのカルシウム溶脱による劣化現象の予測モデルの開発を行い,熱力学連成解析システムの時間軸の拡張を行った.コンクリートやセメント改良土を構成するセメント硬化体からのカルシウム溶脱と,固体の長期的な変質劣化を時空間で追跡可能な数値解析システムの確立を目指した.溶脱モデルは,カルシウムの固液平衡関係モデルおよびイオンの移動モデルからなる.既存の熱力学システムで算出される水和進行,温度,細孔組織形成,細孔内塩化物イオン濃度の各状態量と,カルシウム溶出現象を強相関関係に結び,時々刻々と変化する水和生成物量,空隙構造,水分およびイオン移動を統括する熱力学連成解析システムとした.これにより,カルシウム溶脱解析の適用範囲を拡張することが可能になった.また,空隙寸法に着目したイオン移動モデルの構築により,土粒子間粗大空隙を有するセメント改良土や周辺地盤の影響を含めたコンクリートの劣化予測が可能となった.浸漬試験結果による検証を通じてモデルの適用性を定量的に確認するとともに,条件温度変動,塩化物イオンの混入による影響,混和材料の混入に伴う溶出特性の変化,溶脱と再水和の連成について分析を行った.セメント改良土の溶出試験結果の考察と提案モデルによる解析検討により,改良土では空隙構造がコンクリートと比較して粗大であるために,水の移動によりカルシウムの溶出量が鋭敏に,かつ大きく増加することが示された.たとえ微小であっても移流の観点から,実験条件をより厳格に検討する必要性があるとともに,実環境下では,地下水流れの場に着目して改良土の耐久性を論ずることが肝要であることが確認された.

審査要旨 要旨を表示する

セメント系無機多孔体は,社会基盤施設を構成するコンクリートの主要結合材であるとともに,放射性廃棄物処分施設における人工バリア材やセメント改良土,汚染土壌の固化処理技術,高耐震性土構造物などへと貢献の場を広げつつある.セメント系硬化体の物理化学的特性は構造物の耐久性や安全性を支配するのみならず,地下水を伴う地中環境のもとで活用される場合には,百年を超える長期性能や環境負荷にも関わる.特にセメント改良地盤や環境バリアの長期耐久性能については,対象とする時間スケールが陸上構造物のそれと比較して相当に長い.そのため,過去の経験や実証結果のみで構造寿命の評価を下すには無理があり,長期性能の確保には事前の理論的な劣化に至るシナリオの構築と検証が重要な役割を果たすこととなる.

本研究では,既存のセメント系複合材料の材料品質と構造の統合解析システムを基盤技術とし,セメント硬化体の組織構造形成に関して熱力学連成解析システムの一層の高度化を図ることを目的とする.さらにセメント硬化体からのカルシウム溶脱と,それに伴う材料内部構造の劣化現象を取り入れることで,解析システムの適用範囲の拡張を行うものである.粗大な連結空隙を有する地盤材料まで内部構造モデルを拡張し,中間材料であるセメント改良土および周辺地盤を含めた構造物の耐久性評価を実現可能なものとすることを,工学上の眼目とするものである.

第1章は序論であり,コンクリート系社会基盤施設の性能照査設計体系と,それを支える性能評価技術並びに構造挙動の経時変化と周辺気象環境との相互作用に関する技術を概観し,本研究の社会的背景について述べている.そして,本研究の基本フレームを成す熱力学連成解析システムと微細孔内部構造を統計力学的に扱うための多重スケール構造モデルについての研究の動向と現況を考察し,本研究が目指す機能と適用範囲の拡張の方向と開発項目の明確化を行っている。

第2章では,地盤材料を包含する一般化多相物理化学モデルの構築に先立ち,温度に依存するセメント水和生成物の細孔組織構造モデルと熱力学連成解析の高度化を図っている。断熱温度上昇試験から求められる水和反応速度と既往の複合水和発熱モデルとの詳細な比較検討から,ゲル粒子が形成される過程で保有空隙率が温度によって変化すること,及びゲル粒子が析出できる空間寸法が温度によって変化することを示し,その両者を複合して整合性を与えることが数量化モデル構築には不可欠であることを見出している。ゲル粒子保有空隙率と水和析出限界寸法を温度に依存する相互連成モデルによって,断熱・定熱条件の差に関わらず,水和発熱過程と構成微細構造の両者を精度よくシミュレーションすることに成功している.

第3章では,セメント改良土および自然地盤材料への熱力学連成解析システムの拡張を図るとともに,室内実験による多角的な検証を行ったものである.層間空隙,ゲル空隙,毛細管空隙から構成される既往のマルチスケール内部構造モデルに,新たにマイクロメートル以上の寸法を有する連結粗大空隙相を新たに導入した.新設空隙内の水分平衡とイオン移動経路を新たな機構として追加することで,セメントコンクリートと地盤材料,およびその中間材料であるセメント改良地盤の三者を包括する材料内部微細構造および熱力学平衡・移動モデルに一般化することに成功した.さらに,単独地盤での透水係数の予測,セメント改良砂の断熱温度上昇量,改良地盤空隙内の湿度変化,地盤構成粒子内に貯留する水分との平衡特性を通じて,提案した一般化モデルの適用性を検証している.

第4章では,セメント系多孔体の組織形成とイオン平衡を考慮したカルシウム溶脱連成解析について論じている.地上構造物では問題となることの少ないカルシウムの溶脱も,粗大空隙を多く含むセメント改良地盤が流動地下水下にある場合には,耐久性の検討を要する場合も想定される.ここでは,カルシウムの溶出に伴う組織構造の変化,ポラン反応による水酸化カルシウムの消費,塩化物イオンの侵入に関連する溶解度の変化を統一的に扱うことを念頭において,固体中に存在する全カルシウムを対象とする固液平衡モデルに立脚した平衡移動に関する支配方程式を与えている.前節で構築したマルチスケール材料内部構造モデルと連立することで,任意の構造形状と境界条件に対するイオン溶脱・再沈殿過程の解析を可能とした.セメント改良土とコンクリートを用いた促進浸漬試験,および地中構造物の長期劣化事例による検証を行い,地盤−構造−地下水系でのカルシウムイオン溶出過程の感度解析から,地盤改良システムの綜合的な耐久性能の検討を行った.

第5章では結論であり、知見の適用範囲と今後の展開方向について概括している。

本研究の主たる対象はセメント改良地盤およびコンクリート構造の長期耐久性であるが,同時にセメント系多孔体を主たる構成要素とする無機複合材料の内部構造,水分平衡,イオン移動の一般化支配方程式を与え,建設材料と構造の熱物理化学的知見の体系化を図った視座に、本研究の大きな特徴がある.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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