学位論文要旨



No 216329
著者(漢字) 上半,文昭
著者(英字)
著者(カナ) ウエハン,フミアキ
標題(和) 応用要素法と微動測定を利用した鉄道高架橋の総合的な地震被害評価
標題(洋)
報告番号 216329
報告番号 乙16329
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16329号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 前川,宏一
内容要旨 要旨を表示する

1995年兵庫県南部地震では,数多くの鉄道高架橋が倒壊した.軌道を支える高架橋などの構造物が倒壊すれば,その上を走行する鉄道車両および乗客,乗員に甚大な被害が生じる.また,構造物の被害が深刻になれば地震後に必要な復旧作業量が増え,膨大な復旧対策費と運休期間の収入減によって鉄道事業者に深刻な経済的損失が生じる.

そこで本研究では,鉄道の主要構造物でありながら,近年の地震による被害発生頻度の高い鉄道高架橋を対象として,その地震被害を未然に防ぎ,また地震被害発生時には早期復旧を支援するための地震被害の評価技術の開発に取り組んだ.次に示す,平時(地震前),地震直後,および復旧対策時(地震後)に実施される様々な対策,検討作業全体を「総合的な地震被害評価」と位置づけ,新しい非線形構造解析手法である「応用要素法」と平時の極微小な地盤の振動である「常時微動」を利用して地震被害評価作業の改善に供するツールを開発し,それらのツールを効果的に用いた鉄道の地震被害のトータルマネジメント戦略を提案した.

(1) 平時に行う地震被害の評価・・・・・・地震被害を未然に防ぐために必要な評価

耐震性能の照査

耐震補強工法の評価・最適な耐震補強法の決定

健全度の検査

保守や地震時対応に活用される構造物データの整理

(2) 地震直後に行う地震被害の評価・・・・迅速な初動体制整備や避難誘導に必要な評価

地震被害の即時推定(地震動指標と被害関数に基づく予測)

地震被害の即時把握(実被害の検出による把握)

(3) 復旧対策時に行う地震被害の評価・・・大地震後の復旧作業の迅速化に必要な評価

地震による損傷度の検査

復旧工法の決定

復旧効果の確認検査

本論文は,全10章で構成されている.第1章は論文全体の導入部である.第2章から第5章は応用要素法による鉄道高架橋の破壊シミュレーション技術による地震被害の評価,第6章から第9章は常時微動測定技術を用いた地震被害の評価を取り扱っている.第10章は論文全体のまとめである.各章の検討内容の概要は次の通りである.

第1章では,本研究を実施するに至った背景と研究目的および本論文の構成についてまとめて示した.兵庫県南部地震による鉄道の被害を踏まえ,鉄道構造物の耐震性能把握と耐震補強対策,耐震補強されたRC構造物の破壊現象の解明,大地震直後の早期被害把握,および構造物の損傷度検査や復旧後確認検査の効率化が,今後の地震対策の重要な課題であることを示した.

第2章では,鉄道高架橋の破壊現象の数値シミュレーション技術による地震被害の評価に関する研究の導入として,鉄道RC高架橋の歴史,鉄道RC高架橋の地震被害,鉄道高架橋の耐震対策の現状を調査し,兵庫県南部地震の際に多くの鉄道高架橋が被災するに至った背景と今後取り組むべき対策について著者の考えをまとめた.また,RC構造物の破壊シミュレーション手法の現状を調査し,鉄道高架橋の地震被害の分析に適用する数値シミュレーション手法が有すべき機能について考察した.

第3章では,鉄道RC高架橋の破壊シミュレーション手法として応用要素法を適用し,その選択理由と基礎理論について説明するとともに,実鉄道高架橋の地震時の破壊挙動シミュレーションを実施した.応用要素法による鉄道RCラーメン高架橋の数値解析モデル化方法を検討して,兵庫県南部地震時に柱の破壊により倒壊した2層ラーメン高架橋および芸予地震時に中層梁が破壊した2層ラーメン高架橋の破壊シミュレーションに適用し,両高架橋の破壊挙動を精度良く解析できることを確認した.また,仮想境界における波動の逸散を考慮するための境界処理方法を応用要素法プログラムに導入し,地盤や基礎を伴う鉄道RC高架橋の地震応答解析も実施した.これらの解析結果から,応用要素法は鉄道RC高架橋の耐震性能の照査ツールへの十分な適用性を有していることを確認した.

第4章では,兵庫県南部地震以降,鋼板などの補強材料を巻き立てて補強されたRCラーメン高架橋が主要な鉄道構造物となったことを鑑み,耐震補強されたRC柱の破壊挙動を高精度かつ短い演算時間でシミュレーションできる数値解析モデルの開発に取り組んだ.まず,鉄道RC高架橋の耐震補強に多用されている鋼板巻き立て工法で補強されたRC柱の数値解析モデルを開発した.鋼板巻き立て工法で補強されたRC柱の構成要素を,鋼板内部のRC柱,柱の左右両端に位置する鋼板,および柱の前後に位置する鋼板の役割の異なる3種類の要素に分けてモデル化してそれらを組み合わせることにより,補強鋼板による内部RC柱の拘束を取り扱うことのできる2次元モデルを構築し,同モデルで鋼板巻き立て補強によるRC柱の破壊形態の変化や変形性能の向上をシミュレーションできることを確認した.また,同数値解析モデルの応用検討として,山陽新幹線高架橋の耐震補強に適用された外部スパイラル鋼線巻き立て工法で耐震補強されたRC柱の破壊挙動の解析も実施した.

第5章では,第3章および第4章で検討した鉄道RC高架橋の破壊シミュレーション技術を,高架橋の最適な耐震補強方法の決定支援に応用した.まず,軸方向鉄筋の段落とし部を有するRC柱および段落とし部を鋼板補強したRC柱の詳細な破壊実験結果の数値シミュレーションを実施して,応用要素法によるシミュレーションが鉄道RC高架橋の耐震補強方法の決定支援作業に適用するのに十分な精度を有していることを確認した.次に2層ラーメン高架橋のプッシュオーバ解析と地震応答解析を実施し,補強部材の違いによる高架橋の耐力や破壊形態などの変化を調査して最適な補強方法を検討した.最後に数値シミュレーションによる高架橋の耐震性能の照査および耐震補強法の選択の流れを示し,同作業に応用要素法を適用する利点をまとめた.

第6章では,常時微動測定技術を用いた地震被害の評価に関する研究の導入として,鉄道分野で古くから実施されてきた振動測定による構造物検査と,常時微動の地震防災への利用に関する研究の調査を実施した.また,地震後の復旧対応,地震時運転規制方法,および地震被害の推定方法などの,鉄道システムのダウンタイム短縮にむけた対策の現状も調査し,本論文で検討すべき課題を明確にした.

第7章では,第2章から第5章にかけて検討した応用要素法による数値シミュレーションを利用して地震後に実施する構造物の損傷度検査の精度を高める手法を検討した.常時微動などの振動測定結果から構造物の損傷度を精度良く求めるために,構造物の破壊の進展を倒壊に至るまで追跡可能な応用要素法を用いて構造物の損傷に伴う振動特性の変化を調べ,損傷度の判定基準を作成する手法を提案した.RC柱供試体および実際の鉄道RC高架橋の損傷に伴う固有振動数の変化を調べた実験の数値シミュレーションを実施し,応用要素法の解析精度を確認した.さらに,高架橋の損傷部位毎の詳細な損傷度検査を行うための新たなアイディアを提案し,数値シミュレーションと模型実験により提案手法の妥当性を検証した.また,提案する損傷度検査手法の免震支承を有する構造物への適用可能性についても考察した.

第8章では,損傷度検査のための微動測定をより安全かつ効率的に実施するための常時微動の非接触測定技術および装置を開発した.レーザドップラ速度計(LDV)を用いて屋外で構造物の常時微動を測定する際には,風や各種地盤振動の影響で生じるLDVセンサの振動がノイズとなり十分な測定精度を確保できなかった.そこで,LDVセンサに別途微動センサを取り付け,その記録を用いて先の測定ノイズを除去する技術を提案し,構造物の常時微動を数mから数10m離れた場所から非接触で精度よく測定できるようにした.模型実験や実構造物の測定を実施して,常時微動の非接触測定結果から構造物の固有振動数や振動モードを十分な精度で求められることを確認した.

第9章では,鉄道構造物の即時地震被害把握システムの開発に向けた基礎的な検討を実施するとともに,第6章から本章にかけて検討した常時微動測定技術の地震被害評価手法の活用方法をまとめた.即時地震被害把握システムは,構造物に取り付けた地震被害検出センサの情報を遠隔地で即時集約できるシステムであり,同システムがあれば,中央指令や構造物管理事務所で地震直後に鉄道構造物の被害状況を把握でき,大地震直後に必要となる乗客乗員の避難誘導や応急復旧資材の準備などの意思決定を早められる.本研究では,地震被害の検出に第7章で検討した損傷度検査法を用いる手法を提案した.即時地震被害把握システムのプロトタイプとして,構造物の振動状態を無人監視して地震発生時などに記録データを遠隔地のPCに無線送信する機能を持った構造物振動の無人観測システムを開発し,自然エネルギによる連続稼動試験を実施してその機能を確認し,即時地震被害把握システムへの応用方法を示した.また,常時微動測定技術の具体的な使用方法を,平時→地震直後→復旧対策時の流れに沿ってまとめた.

第10章は,すべての章のまとめである.第3章から第5章で開発された破壊シミュレーションツール,第7章と第8章で開発された損傷度検査手法と装置,第9章で開発された地震被害の即時把握システムなどを利用した,平時,地震直後,および復旧対策時にわたる総合的な地震被害評価の流れをまとめ,結論とした.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「応用要素法と微動測定を利用した鉄道高架橋の総合的な地震被害評価」と題し,鉄道の主要構造物でありながら,近年の地震による被害発生頻度の高い鉄道高架橋を対象として,その地震被害を未然に防ぎ,また地震被害発生時には早期復旧を支援するための地震被害の評価技術の開発に取り組んでいる.平時(地震前),地震直後,および復旧対策時(地震後)に実施される様々な対策,検討作業全体を「総合的な地震被害評価」と位置づけ,新しい非線形構造解析手法である「応用要素法」と平時の極微小な地盤の振動である「常時微動」,ならびに走行車両が誘発する振動を利用して地震被害評価作業の改善に供する様々な新技術を開発し,それらを効果的に用いた鉄道の地震被害のトータルマネジメント戦略を提案している.

第1章では,研究の背景と目的および論文の構成についてまとめている.兵庫県南部地震による鉄道の被害を踏まえ,鉄道構造物の耐震性能把握と耐震補強対策,大地震直後の早期被害把握,および構造物の損傷度検査や復旧後確認検査の効率化が,今後の地震対策の重要な課題であると指摘し,それらの課題解決に必要な各種作業全体を「総合的な地震被害評価」と定義している.

第2章では,破壊シミュレーション技術による鉄道高架橋の地震被害評価に関する研究の導入として,鉄道RC高架橋の歴史,鉄道RC高架橋の地震被害,鉄道高架橋の耐震対策の現状を調査し,兵庫県南部地震で多くの鉄道高架橋が被災するに至った背景と今後取り組むべき対策についてまとめている.また,鉄道高架橋の地震被害の分析に適用する数値シミュレーション手法が有すべき機能についてまとめている.

第3章では,鉄道RC高架橋の破壊シミュレーション手法として応用要素法を適用し,その選択理由と基礎理論について説明するとともに,鉄道RCラーメン高架橋の数値解析モデル化方法を検討している.応用要素法の適用性と解析精度を確認し,実地震で被災した高架橋の破壊メカニズムを明らかにしている.

第4章では,兵庫県南部地震以降,鋼板などの補強材料を巻き立てて補強されたRCラーメン高架橋が主要な鉄道構造物となったことを鑑み,耐震補強されたRC柱の破壊挙動を高精度かつ短い演算時間で解析できる2次元数値解析モデルを開発し,同モデルで鋼板巻き立て補強によるRC柱の破壊形態や変形性能の変化をシミュレーションできることを確認している.また,同解析モデルを山陽新幹線高架橋の耐震補強に適用された外部スパイラル鋼線巻き立て工法で耐震補強されたRC柱の破壊挙動の解析にも応用可能であることを示している.その結果は,現在鉄道高架橋の耐震補強に適用されている鋼板巻き立て工法以外の各種工法で補強された高架橋の数値解析に提案モデルを応用できることを示唆しており,耐震補強された鉄道高架橋の耐震性能の評価に有効なツールが開発された.

第5章では,第3章および第4章で検討した高架橋の破壊シミュレーション技術を用いた,高架橋の耐震性能照査および最適補強方法決定支援ツールが開発された.まず,軸方向鉄筋の段落とし部を有するRC柱および段落とし部を鋼板補強したRC柱の破壊実験結果の数値シミュレーションにより,開発ツールで部材の破壊形態や変形性能を十分な精度で評価できることを明らかにしている.次にプッシュオーバ解析と地震応答解析により,2層ラーメン高架橋の最適な補強方法を検討し,中層梁のみの耐震補強が非常に危険であることなどを明らかにしている.その成果は,山陽新幹線高架橋の耐震補強方針決定に役立てられた.

第6章では,常時微動測定技術を用いた地震被害の評価に関する研究の導入として,鉄道分野で実施されてきた振動測定による構造物検査手法,常時微動の地震防災への利用に関する研究,地震後の復旧対応,地震時運転規制方法,および地震被害の推定方法などの現状を調査している.その結果を踏まえ,振動測定による構造物検査手法の精度向上,振動測定作業の効率性および安全性の向上,地震直後の早期被害把握が重要な課題であることを指摘している.

第7章では,応用要素法による数値シミュレーションを利用して地震後に実施する構造物の損傷度検査の精度を高める手法を検討している.振動測定結果から構造物の損傷度を精度良く求めるために,数値解析で高架橋の損傷度の判定基準を作成する手法を提案し,RC柱供試体および実高架橋の損傷に伴う固有振動数の変化の数値シミュレーションを実施して,損傷度判定基準の作成に応用要素法を適用できることを明らかにしている.また,高架橋の損傷部位毎の損傷度を検査する手法も提案し,数値シミュレーションと模型実験により,その妥当性を検証している.提案手法は,構造物の損傷度を客観的な数値情報として与えることができ,また,目視検査の難しい鋼板などの補強材巻き立てで補強された高架橋の損傷度も検査できるなど,非常に有用である.

第8章では,構造物検査を目的とした振動測定をより安全かつ効率的に実施するための常時微動の非接触測定技術および装置を開発している.レーザドップラ速度計(LDV)を用いて屋外で構造物の常時微動を測定する際に問題となる,風や各種地盤振動の影響で生じるLDVセンサの振動に起因するノイズを,LDVセンサに取り付けた微動センサの記録を用いて除去する技術を提案し,構造物の常時微動を数mから数10m離れた場所から非接触で高精度に測定可能にしている.提案手法は,鉄道構造物の振動測定による検査技術から,構造物の加振,および,センサ類の構造物への取り付けと撤去を不要にするので,検査作業の効率性や安全性に大きく寄与すると考えられる.

第9章では,地震直後の鉄道の早期復旧支援への応用を目的とした鉄道構造物の即時地震被害把握システムの開発に向けた基礎的な検討を実施している.即時地震被害把握システムのプロトタイプとして,構造物の振動状態を無人監視して地震発生時などに記録データを遠隔地のPCに無線送信する機能を持った構造物振動の無人観測システムを開発し,自然エネルギによる連続稼動試験を実施してその機能を確認し,即時地震被害把握システムへの応用方法を示している.運用が容易でまた,高架橋の振動特性に基づいて平時の維持管理,地震直後の即時被害把握,および復旧対策時の損傷度や復旧効果の確認検査を行う新しい構造物管理体系を提案し,常時微動測定技術を利用した地震被害評価についてまとめている.

第10章は,本論文各章で開発した新技術を活用した,平時,地震直後,および復旧対策時にわたる総合的な地震被害評価の流れをまとめ,結論としている.

以上のように,本論文は, 鉄道の主要構造物であるRCラーメン高架橋に着目し,その地震被害を未然に防ぎ,また地震被害発生時には早期復旧を支援するために非常に有用な,地震被害評価のための新技術,および,それら技術を利用した新しい鉄道の地震対策体系を提案している.提案技術の一部については既に実用に供せられ,実務の面からも高い評価を得ており,その他についても鉄道事業者等から早期の実用化を望まれているものである.鉄道高架橋の耐震性の向上,および,地震後の被害状況の早期把握や各種検査の効率化を実現可能にする多くの新技術を開発,検証し,それらを体系化した本成果は,わが国の鉄道の地震対策における重要課題の解決に向けた重要な研究成果と評価できる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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