学位論文要旨



No 216330
著者(漢字) 安宅,勇二
著者(英字)
著者(カナ) アタカ,ユウジ
標題(和) パッシブ吸着建材による室内空気中の化学物質濃度低減対策に関する研究
標題(洋)
報告番号 216330
報告番号 乙16330
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16330号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、パッシブ吸着建材の濃度低減性能試験法を開発し、横並びの性能評価ができる試験法を実験ならびに計算流体力学(Computational Fluid Dynamics:CFD)により検証する。また、パッシブ吸着建材の持続性能を評価する方法として吸着等温線を測定し、実際の室内濃度付近での吸着量を評価する。さらに、CFD解析を行なう際に必要なパラメーターである有効拡散係数の測定法について検討を行なう。

「シックハウス問題」が大きな社会問題としてクローズアップされ始めたのが、1996年頃である。それ以来、特に建材などから放散されるホルムアルデヒドやトルエンなどの揮発性有機化合物(VOCs:Volatile Organic Compounds)による室内空気汚染が大きな問題とされてきた。このシックハウス問題がクローズアップされて以来、約8年の間にとれられてきたシックハウス問題への対応は、過去に例をみないほど積極的かつ迅速なものである。厚生労働省(当時厚生省)が1997年にホルムアルデヒドに関する室内の濃度指針値100 μg/m3を示し、現在まで13物質のVOCsに関する濃度指針値を示している。さらに2002年には建築基準法が改正され、翌2003年7月に施行されている。この改正建築基準法では、クロルピリホスの使用を禁止し、ホルムアルデヒドに関しては内装仕上げの制限や機械換気設備の設置義務化などが始まった。また、それに伴い2003年1月に建築材料などから放散される化学物質濃度測定のためのJIS A 1901 -小形チャンバー法-が制定されている。化学物質は、その便利さのために我々の日常生活の中で極めて広く利用されている。化学物質を全く使用せずに住宅やビルなどを建てることは、ほとんど不可能となっている。この化学物質の使用は、建物の品質を大きく向上させ、居住環境の大幅な改善にも大きく貢献している。現在のシックハウス問題は、便利さゆえに多用された化学物質がもたらした副作用ともいえる。また、シックハウス問題の背景には、地球環境問題の観点から省エネルギーが強く求められていることも挙げられる。この要求を満たすために、建物の高気密化、高断熱化が急速に進められてきた。しかし、室内空気質を考慮しなかったため、換気量の大幅な低下を招き、室内空気汚染を進行させることになってしまった。

国土交通省では、2000年度に全国約4,600戸の住宅を対象にして室内空気環境の実態調査を行なっている。その結果、ホルムアルデヒドの室内濃度が厚生労働省の指針値を超える住宅が、実に27.3%もあることが明らかにされた。トルエンに関しても、指針値を超える住宅は、12.3%もあった。その後の継続調査では、室内化学物質濃度は低下傾向にある。しかしながら、化学物質濃度は夏季の気温の上昇と共に濃度が上昇することや依然として住まい手の意識が低いことなども影響し、持込み家具などにより室内化学物質濃度が高濃度となるケースもある。また、ホルムアルデヒドの場合、木質系建材に使用されている接着剤(ユリア樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂など)が加水分解することにより、非常に長期間にわたりホルムアルデヒドを放散し続けることがある。このようなことから、特にホルムアルデヒドに関しての対策が必要である。

シックハウス問題への対策としては、化学物質の放散を極力少なくすることや換気により発生した汚染物質を速やかに室外へ排出することである。さらに、吸着材を用いて室内濃度を低減させるといった方法がある。本研究では、この吸着材を利用して室内ホルムアルデヒド濃度を低減させる方法について検討する。

現在、市場には多数の室内濃度を低減すると謳った空気清浄機や吸着建材が流通している。ここで、空気清浄機は動力を使って室内濃度をアクティブに低減する方法である。これに対し、吸着建材はパッシブにその室内濃度を低減する方法ということで、本研究では「パッシブ吸着建材」と定義する。空気清浄機に関しては日本電機工業会(JEMA)がその濃度低減性能について規格化しており、性能評価がなされてている。しかしながら、パッシブ吸着建材に関しては、製造・販売メーカー独自の試験法で性能評価が行われている。そのため、統一された試験法で横並びの性能評価が行われていないのが現状である。このため、市場にはあたかも室内濃度低減性能があるかのようにみせかけた製品が多く流通している。

本研究の目的は、パッシブ吸着建材の濃度低減性能試験法を開発し、横並びの性能評価ができる試験法を実験ならびに計算流体力学(Computational Fluid Dynamics:CFD)により開発することである。また、CFD解析を行なう際に必要なパラメーター、特に有効拡散係数の測定法について検討を行なう。さらに、パッシブ吸着建材の持続性能を評価する方法として吸着等温線を測定し、実際の室内濃度付近での吸着量を評価することが有効と考え、吸着量測定法について検討を行なう。本研究での対象化学物質は、ホルムアルデヒドとする。

本論文は以下のように構成されている。

第1章では、化学物質による室内空気汚染の背景と現状を概観した。室内濃度低減手段の一つとしてパッシブ建材があることを示し、その性能試験法の必要性を説明し、本研究の目的・方向性を示す。

第2章では、室内空気汚染化学物質と室内空気汚染問題に対する取組みを概観する。次に室内空気汚染化学物質の放散量の測定法および分析法について説明する。建材からの化学物質放散量測定法である各種チャンバー法やデシケーター法に関して概説する。既往の研究について概観する。

第3章では、本研究の基礎となる物質伝達に関する基礎事項ならびに流体の数値シミュレーション手法に関して概説する。本研究では、数値解析手法を用いた化学物質放散量予測で用いる低Re型k-ε model(Abe-Nagano model)と数値解析時の境界条件に関して解説を行う。揮発性有機化合物等のスカラー量の輸送方程式による室内汚染質濃度分布予測法を述べる。第4章、第5章で行う数値解析は本章で示した乱流モデルを用いて行う。

第4章では、パッシブ吸着建材のホルムアルデヒド濃度低減性能試験法を開発する。パッシブ吸着建材の試験法としては、実現象に近い試験を行なう必要性があることから、換気のある状態で一定濃度の汚染ガス(ホルムアルデヒド)を流通させる定常法試験を提案する。パッシブ吸着建材は、建材表面の物質伝達性状が非常に重要であることから、建材表面の気流性状を制御できる境界層型小形テストチャンバーを用いて試験を行なう。また、CFD解析により本試験法の有用性を検証し、さらに建材内部で生じる吸着現象のモデル化を行なう。

第5章では、建材からの化学物質の放散や拡散過程の数値モデリングを行なう際、建材・施工材中の化学物質輸送現象を支配するパラメーターである有効拡散係数の同定やデータベース化を行うことが必要となる。そのため、建材中の有効拡散係数を三つの方法「Cup法・Chamber法・水銀圧入法より算出する方法」を用いて測定した結果を示す。

第6章では、パッシブ吸着建材の濃度低減性能試験法として、新たにホルムアルデヒド放散抑制性能試験法を考案し、その試験法の有用性を検証する。また、第4章で提案している定常法試験との対応を確認する。

第7章では、各種建築材料および吸着材の水蒸気ならびにホルムアルデヒド吸着等温線の測定を行なう。パッシブ吸着建材の持続性能を評価する上で第4章、第6章の試験を継続的に行なうことが望ましい。しかし、非常に長期間にわたる試験となることも十分考えられる。そのため、吸着等温線の測定を行なうことによって、持続性能の評価が可能と考えられる。まず、吸着現象を概説する。吸着現象を把握する上で水蒸気吸着の影響を確認することが非常に重要である。このため、始めに磁気浮遊天秤を用いて水蒸気吸着等温線の測定を行なう。その後、ホルムアルデヒド吸着等温線の測定を行なう。この際、磁気浮遊天秤を用いる方法以外に簡易的な方法として、吸着破過試験法を提案する。

第8章では、全体のまとめを行ない、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、建材などから放散される揮発性の化学物質の空気汚染対策の一環として室内空気中の化学物質を吸着する性能を持つパッシブ吸着建材の濃度低減性能試験法を開発し、その一般的な能力を代表的な建材に関して明らかにしたものである。論文は室内空気中に放散される汚染物質として特にホルムアルデヒドを対象として検討している。種々のパッシブ吸着建材の室内空気汚染濃度低減性能の横並びの性能評価を行うための基礎となるパッシブ吸着建材の濃度低減性状を実験ならびに計算流体力学(Computational Fluid Dynamics:CFD)により解析し、提案している性能試験法の有効性を実証している。本論文はまたパッシブ吸着建材の性能として重要となる長期的な持続性能を評価する方法として、汚染物質に対する吸着建材の吸着等温線を測定する実用的な方法を検討し、実際の室内濃度付近での飽和吸着量を評価している。さらに、室内の汚染物質のCFD解析を行なう際に必要となるパラメーターである、建材内部での汚染物質の拡散係数の測定法について検討を行い、種々の建材に関してその拡散係数を測定している。

本論文は以下のように構成されている。

第1章では、化学物質による室内空気汚染の背景と現状を概観しており、室内濃度低減手段の一つとしてパッシブ建材があることを示し、その性能試験法の必要性を説明し、本研究の目的・方向性を示している。

第2章では、室内空気汚染化学物質と室内空気汚染問題に対する取組みをまとめている。その後で室内空気汚染化学物質の放散量の測定法および分析法について説明している。また、建材からの化学物質放散量測定法である各種チャンバー法やデシケーター法に関して触れて、既往の研究について概観している。

第3章では、本研究の基礎となる物質伝達に関する基礎事項ならびに流体の数値シミュレーション手法に関して概説している。本研究では、数値解析手法を用いた化学物質放散量予測で用いる低Re型k-ε model(Abe-Nagano model)と数値解析時の境界条件に関して解説を行い、揮発性有機化合物等のスカラー量の輸送方程式による室内汚染質濃度分布予測法を述べている。

第4章では、パッシブ吸着建材のホルムアルデヒド濃度低減性能試験法を開発し、測定法の有用性を検討している。パッシブ吸着建材の試験法としては、実現象に近い試験を行なう必要性があることから、換気のある状態で一定濃度の汚染ガス(ホルムアルデヒド)を流通させる定常法試験を提案している。パッシブ吸着建材の濃度低減性能試験法では、建材表面の物質伝達性状が非常に重要であることから、建材表面の気流性状を制御できる境界層型小形テストチャンバーを用いて試験を行なっている。また、CFD解析により本試験法の有用性を検証し、さらに建材内部で生じる吸着現象のモデル化を行なっている。

第5章では、建材からの化学物質の放散や拡散過程の数値モデリングを行なう際、建材・施工材中の化学物質輸送現象を支配するパラメーターである拡散係数の同定やデータベース化を行うことの必要性を説明し、建材中の拡散係数を三つの方法「Cup法・Chamber法・水銀圧入法より算出する方法」を用いて検討した結果を示している。

第6章では、パッシブ吸着建材の濃度低減性能試験法として、新たにホルムアルデヒド放散抑制性能試験法を考案し、その試験法の有用性を検証している。また、第4章で提案している定常法試験との結果の対応を確認している。

第7章では、各種建築材料および吸着材の水蒸気ならびにホルムアルデヒド吸着等温線の測定に関する検討を行なっている。パッシブ吸着建材の持続性能を評価する上で第4章、第6章の試験を継続的に行なうことが望ましい。しかし、非常に長期間にわたる試験となることも十分考えられる。そのため、吸着等温線の測定を行なうことによって、持続性能の評価が可能と考えられる。吸着現象を把握する上で水蒸気吸着の影響を確認することが非常に重要であり、始めに磁気浮遊天秤を用いて水蒸気吸着等温線の測定を行ない、その後ホルムアルデヒド吸着等温線の測定を行なっている。その結果、重量変化から化学物質吸着量を求めるには、水蒸気吸着の影響が大きいことを示している。また、簡易的で実用的な方法として、吸着破過試験法による測定を提案している。

最後に第8章では、全体のまとめを行ない、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

以上を要約するに、本論文は、パッシブ吸着建材の性能評価法として二つの試験方法を開発し、その性能評価指標として換気量換算値を提案している。これらの試験法の開発によって、居住状態に対応する条件でパッシブ吸着建材の室内空気汚染濃度低減性能を、相応の信頼性と精度を確保して評価することがはじめて可能となった。また、Chamber法による建材内の汚染物質の拡散係数測定法の検討においては、既往の研究では考慮されなかった建材表面での対流物質伝達率の影響をCFD解析の併用により排除する方法を示しており、今後の計測に大きな影響を与えるものと考えられる。本研究は、建築環境工学の発展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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