学位論文要旨



No 216331
著者(漢字) 前田,英寿
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ヒデトシ
標題(和) 市街地型街区と街区型建築の実現手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216331
報告番号 乙16331
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16331号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 北沢,猛
 東京大学 教授 内藤,廣
 東京大学 教授 大野,秀敏
内容要旨 要旨を表示する

本論文は都市の基盤及び建築のプロトタイプとして市街地型街区と街区型建築に着目し、その実現手法について空間デザインと事業システムの両面から考察することを目的とする。

ここでいう「市街地型街区」とは適度な規模と形状をもって街路を介して面的に展開する街区形式をさす。自然環境やプライバシーを優先する「郊外型街区」、大型で内部に自律的な空間を構成する「団地型街区」と対比的に捉えられる。「街区型建築」は街区形状に合わせて建築空間を形づくる建築形式をいう。建築空間の奥行きが小さい住宅の場合、街路沿いに住棟を配置し中庭を設けることから「沿道囲み型住宅」とする。

「1章 市街地型街区における街区型建築のデザイン」では幕張ベイタウンの沿道囲み型住宅を分析した。

幕張ベイタウンは千葉県幕張新都心の一角で整備が進む面積84ha、計画戸数8100戸の住宅地である。従来の郊外型住宅地と異なり格子状街路と沿道囲み型住宅すなわち市街地型街区と街区型建築によって都市型住宅地として計画された。沿道囲み型住宅は都市デザインガイドラインで形態規定された。中層住棟の沿道配置、中庭の確保、スリットの制限、街路と壁面後退部の一体化など街並形成に重点が置かれたと同時に、街路と中庭両面の日照・採光、街路を中心とした公私区分、位置に応じた多様な住戸タイプなど、建築と基盤を関係づける中で都市的住環境の成立が図られた。

実際の沿道囲み型住宅の分析から以下の特徴が明らかとなった。住棟構成について、囲み型入隅部のスリットにより採光や通風が確保され、沿道壁面の連続は損なわれるものの見通しや奥行きのある街並が形成された。住戸配列について、垂直動線の集約化や昇降機停止階の限定により片廊下が節約され、複数面開放の住戸が増えて沿道壁面の表情が豊かとなった。地上階構成について、賑わい創出に貢献する店舗や接地型住戸など居室系床利用の規模と配置には駐車場計画が決定因子となった。

以上により沿道囲み型住宅について、都市デザインガイドラインを根拠として建築・基盤の連携により街並形成と居住環境が両立され、実例においては方位、立地、隣接条件などから多様な形態をみせて街並を豊かにしているとした。

「2章 市街地型街区と街区型建築の実現システム」では、1章で述べた格子状市街地型街区と沿道囲み型住宅を実現した幕張ベイタウンの事業システムを分析した。

まず計画の連動性に特徴があった。格子状街路と沿道囲み型住宅は基本構想で総体的な空間構成として提案された。続くマスタープランで部門別計画に分割されたものの、横断的な都市デザイン計画により総体性は保持された。さらに都市デザインガイドラインで具体的な設計指針が示され建築設計へ橋渡しされた。これら計画策定には建築基本設計レベルの検討が併行され実効性が検証された。

事業推進にあたっては千葉県企業庁が計画策定、基盤整備、住宅事業者の選定、専門家登用によるデザイン調整、土地転貸借権付分譲による事業参画というように多角的な主導と関与を継続している。住宅事業は県公社と都市公団に民間企業を加えた計8グループが行なった。事業参画に際しては住宅地事業への協力を与件とした公募、実施計画にもとづく基本協定、都市デザインを担保する街区協定、事業推進協議会における調整協議など、企業庁との段階的な計画と契約の交換が必要とされ、各住宅事業が住宅地全体事業に直結するよう仕組まれた。

デザイン調整は計画デザイン会議において、千葉県企業庁の承認により住宅事業者ごと委託された7人の計画設計調整者の協議で行なわれた。計画デザイン会議は各事業の都市デザイン方針を審議・承認する場であり、その作業部会である都市デザインワークショップとともに都市デザインの推進母体となった。

以上により周到な計画体系、公的な主導、住宅事業と住宅地事業を結ぶ事業参画手続き、協議型デザイン調整などが相互連係した事業システムにより、格子状市街地型街区と沿道囲み型住宅が実現されたことを明らかにした。

「3章 住宅団地にみる街区型建築への進化と郊外型街区の限界」では幕張ベイタウンより数年早く沿道囲み型住宅を実現した多摩ニュータウン・ベルコリーヌ南大沢を比較事例としてとりあげ、市街地型街区と郊外型街区の差異を明らかにした。また、比較事例に至る団地構成の変遷分析から配置計画における沿道囲み型への進化を明らかにした

ベルコリーヌ南大沢は多摩ニュータウンで住宅・都市整備公団が建設した第15住区の総称である。街区単位を越えた住区全体の景観形成を目標に掲げ、マスターアーキテクトやデザインコードにより沿道囲み型住宅の街並を実現した。幕張ベイタウンと多くを共有したが、既定の基盤整備計画が郊外型のため街区相互の関係が希薄で密実な街路空間とはならなかった。また、公団1社による短期事業の構造的理由から街並の多様性に欠ける面がある。

沿道囲み型住宅の導入経緯は多摩ニュータウンにおける配置計画の変遷にみることができる。中層住宅の系譜をたどると、前半期の大規模な平行配置型団地は住棟の南面配置と歩車分離により周囲から自律した構成とされた。その後、団地のコンパクト化が進むと南面平行を崩した囲み配置が登場した。1980年前後に導入されたタウンハウスの系譜をたどると、戸建指向に呼応して外部空間の個性化や接地性の向上が図られ、高密化との相乗効果から街区外と住棟の関係が密接になり沿道配置に至った。ベルコリーヌ南大沢は両系統の合流点に位置づけられる。

4章 団地型基盤における市街地型街区と街区型建築の導入」では団地型の区画整理において市街地型街区と街区型建築をどのように導入しどれだけ実現したか事業プロセスを追って論じた。

研究事例はさいたま市北部拠点宮原地区で進む富士重工業大宮製作所跡地再開発事業である。当地区はJR大宮駅北方2.5kmに位置し、前身の中島飛行場が操業開始した戦時中は周囲が農地だったが、戦後高度成長期をへて住宅市街地に飲み込まれる形となった。既成市街地周縁部に位置する典型的な内陸型工場跡地といえる。

再開発事業は大宮市(当時)の副都心整備構想を前提に地権者の跡地再開発構想で起案された。副都心にふさわしいシンボリックな骨格構成とヒューマンスケールの街並形成を目標とし、格子状街路を基盤とする市街地型街区と街区型建築による都市デザインが提案された。しかし、大規模な地権分割を反映して団地型の基盤整備計画となり、格子状街路は継承されず市街地型街区は棄却された。一方、地権者はまちづくり協議会を結成し、自主的な建築誘導計画を策定した。地区計画と連動して沿道空間の整備に重点を置いたものの、建築計画の自由度を担保する理由から街区の内側や建築本体に関する整備指針に欠け、市街地型街区及び街区型建築の実現を担保できなかった。

副都心としての位置づけと再開発事業の有効化から都市デザインに対する期待は官民双方で強く、当地区指定の市景観条例が地権者の建築誘導計画を下敷きに策定された。運用には地権者の景観協議が組込まれ、民間主導の協議型デザイン調整が条例で公定化された。こうして市街地型街区と街区型建築の導入は基盤整備計画と建築誘導計画で棄却・希釈されたものの、その復活が官民連携のデザイン調整に委ねられた。公団の賃貸住宅は条例策定前の設計だったが、当初の都市デザイン構想を汲み取って街区内通路を確保しながら街区型住棟配置を一部適用した。民間の分譲集合住宅は区画整理の街区形状が沿道囲み型住宅の制約となり高層板状化を余儀なくされたが街区内通路は確保した。大規模商業施設については事業収益優先が支配的であった上、施設特性から来る巨大な壁面や膨大な駐車場が街並形成の阻害要因となり、事業経済性に対するデザイン調整の限界を露呈した。

以上により当初の市街地型街区と街区型建築による都市デザイン構想は団地型の基盤整備計画と担保性に欠ける建築誘導計画の過程で後退したが、デザイン調整における官民連携の協議の中に構想復元の可能性がみられるとした。

「結章」では本論文の総括として研究事例を引きながら市街地型街区と街区型建築の導入について空間デザインと事業システムのあり方を展望した。

空間デザインについて3点述べた。第一に都市空間のデザインとして、市街地型街区の実現には基盤整備計画や街区整備指針の担保が不可欠であり、街区型建築には公私の段階構成、場所の個性化、屋外環境の快適化が求められるとした。第二に都市活動の活性化として、市街地型街区における街区型建築では建築空間と市街地が直接接続され、多様な都市活動が誘発される空間構造となるとした。第三に建築性能の向上として、郊外型または団地型街区が内部に自律的環境を構成するのに対し、市街地型街区と街区型建築は建築即ち私空間と外部即ち公空間が相互依存して都市的住環境を形成するとした。

事業システムについて5点述べた。第一に建築と基盤を区別せず都市空間総体を構想し、実施計画には構想の総合性を減じない枠組みが必要とした。また、計画の実効のためには設計レベルの検討や指針策定が必須とした。第二に多様な主体が関与する中で専門的技術支援を受けた公的主導の積極的継続が成功の鍵を握るとした。第三にデザイン調整には審議・承認する会議とともにそれを支える作業部会が必要とした。第四に都市デザインに関する職能確立と意識向上が急務とした。最後に民間事業者の参画契約にはデザインの担保が必要で、これを欠くと事業収益性追求によりデザイン調整は水泡に化すとした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は筆者のいう市街地型街区と街区型建築について、これらを高度かつ良好な都市空間を形成する原型と捉え、その理論を考察し、さらにこれらの原理を適用して実現した幕張ベイタウンを対象に、その実現手法を計画、事業及び設計の各側面から明らかにし、その実現手法を一般化することを目的としている。ここでいう「市街地型街区」とは、適度な規模と形状を持ち、外周道路と空間上機能上連続し、街区どうし隣接して連担し、面的市街地を形成する街区形式を指す。また、「街区型建築」とは、街区形状をなぞるように道路沿いに一定高さの建築を連続配置し、閉鎖型街区を形成する建築様式を指す。後者は通常認知されている建築様式であり、特に新規性はないが、前者はこれまで論じられたことのない、筆者独自の概念及び定義であり、こうした街区の視点から良好な都市空間形成のための実践的な手法を明らかにしようとした点に本論文の独自性がある。

論文は5つの章と序章、結論を述べた結章、そして補章の合計8つの章から成っている。

序章では、研究の位置づけと研究の構成、並びに用語の定義が行われている。とりわけ前述したように「市街地型街区」の定義は、「郊外型街区」や「団地型街区」と比較して新たに本論文において意識的に命名された街区の一様式として注目に値する。

主要な5つの章は以下の構成である。第1,2章は計画論である。第3章は事業論である。第4,5章は設計論である。

第1章では、幕張ベイタウンを対象に、マスタープランがどのような意図のもとに立案されたのかを明らかにしている。その結果、約80m角の標準街区と16mないし18mから成る道路幅員を単位として住宅地全体を構成し、大街区もこの倍数で割り付けるという空間の単位性を明確にし、同時にヒューマンスケールを担保することに成功している点を明らかにしている。

第2章では、街区型建築の典型である中層沿道囲み型住宅の設計指針の策定プロセスとその構成を論じている。その結果、基本形態・外観意匠・構成要素を規定しつつ、実施設計レベルのモデル設計を行うことによって実施可能性を詳細に検討し、同時にガイドラインを具体的な運用と連動することによって柔軟かつ効果的な実施を可能にしている点を明らかにしている。

第3章では、前2章において考察したマスタープランとガイドラインが計画した市街地型街区と街区型建築の実現に向けて、開発者と事業者と計画設計技術者がいかに協働して事業を実現に向かわせたかに関してその仕組みを明らかにしている。とりわけ事業構成及び計画設計調整者の双方において多層性と多次元性を確保する仕組みを明らかにし、これによって実際の市街地の状況に近似した事業状況を生みだし、都市的な空間の実現を可能にするための方策を明らかにしている。

第4章は、中層囲み型住宅の設計技法を論じている。とりわけモデル設計の重要性とこれを超越した計画に対する柔軟な調整のあり方、道路主体の地区空間設計のあり方、日照重視及び接地階処理の独自の手法、街区の規模形状の法則性を明らかにしている。

第5章は、第4章と同様の分析を超高層及び高層住宅に関しておこなっている。なかで、中層街区と協調することによって大空間を分節し、段階的に構成することを可能とする手法が明らかにされている。また、計画調整のプロセスを重視し、また開発者と事業者の応答を可能とすることによって現実的な設計が実現することを明示的に示している。

以上をまとめることにより、結章において、空間の分節・計画の連動性とモデル設計の裏付け・協働検討体制・事業の段階的組立て・設計調整の類型・地区設計・計画設計調整業務の7点に関して、新規の提案を行うことに成功している。

補章では、市街地型街区と街区型建築に至る住宅団地設計の変遷について総括的にまとめている。

これらの成果によって、市街地型街区と街区型建築の実現に関する実証的かつ現実的な手法が初めて明らかにされている。同知見は今後の我が国における都市設計に重要な示唆を与えるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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