学位論文要旨



No 216334
著者(漢字) 西條,謹二
著者(英字)
著者(カナ) サイジョウ,キンジ
標題(和) 低歪み常温接合によるクラッド材製造技術の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 216334
報告番号 乙16334
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16334号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 助教授 伊藤,寿浩
内容要旨 要旨を表示する

クラッド材は異種金属を積層した複合材料で、古くから多用されてきた。クラッド材の種類用途は多岐にわたり、工業的にも多用されている。21世紀になり、情報産業を支える電子機器や自動車の環境対策など技術革新が強く求められている。このため素材に、新たな機能が要求され従来の材料では対応できなくなっている。

従来、クラッド材は、熱間圧延法、冷間圧延法、拡散接合法、溶接肉盛り法、爆着法等、様々な方法で製造されている。それぞれ特徴と課題があり、材料組合せ(材種、厚み)に応じた製造方法が採用されているが課題も多い。これは、接合に大きな熱エネルギーか大きな塑性変形を必要とするからである。

近年、超高真空中での金属同士、セラミック同士あるいは金属とセラミックとの接合に、表面活性化接合法を適用した研究が行われており、金属表面をArイオンなどで活性化処理することで、低歪み接合が可能であることが報告されている。

クラッド材は金属と金属を積層したものであるため、それぞれの金属の特性を最適化したものを、特性を変化させず平坦で合金層のない接合界面で積層する技術が開発できれば、従来製造困難であったクラッド材ができ、従来にない機能を付与することが可能になり、更に、クラッド材の接合界面の利用も可能になる。このような背景から本研究は表面活性化接合法をクラッド材製造プロセスに適用し、低歪み常温接合によるクラッド材製造技術を開発し、従来に無い高機能クラッド材を供給しようとしてなされ研究成果をまとめたものである。本研究は表面活性化接合のクラッド材製造プロセスへの適用を目的として行われたもので、実用製造プロセスに適用可能と思われた、10−3Pa程度の真空度における実用材料の表面活性化常温接合の研究を行い、有用な知見を得ることができ、低歪み常温接合によるクラッド材製造技術の開発ができた。この論文は主にAl、Cuと鋼の接合についてまとめたものである。

まず、基礎研究を行うために、表面活性化常温接合装置を試作し、金属の表面活性化接合に及ぼすプラズマイオンエッチングによる表面活性化処理の影響を調査した。この装置は油拡散ポンプにより排気され、10−3〜10−4Pa 程度の真空度である。表面活性化処理として、大型化、高速化が可能な高周波(RF)プラズマイオンエッチングを採用した。真空排気直後の残留ガス組成は、通常の油拡散ポンプ排気と同様の組成であるが、イオンエッチング直後の残留ガス組成はイオンポンプ排気の組成に近い組成であった。接合試片は水冷電極に装着することで、イオンエッチングによる温度上昇は抑えられ、エッチング速度を低くすることで、試片の温度をおよそ335K程度に抑えることができ、常温と見なせる実験が可能となった。Arプラズマイオンエッチングによる表面活性化常温接合試験を市販の圧延材料を用いて行った結果、Arプラズマイオンエッチングにより表面を清浄にすることにより、10−3〜10−4Paの真空レベルでも実用材料の表面活性化常温圧接が可能であることが明らかになった。Al、Cuの接合では、表面の吸着層および酸化物層を完全に除去すると常温圧接でAl、Cuの破断に至る接合強度が得られる。この場合、Alと鋼の接合で120MPa、Cuと鋼の接合で180MPaの剪断強度が得られ、ほぼ、Al、Cuの強度に相当する値である。表面を活性化処理すると、接合強度は加圧力の増加に伴い高くなる。この実験ではAlで約500MPa、Cuで750MPaの加圧力で接合すると、Al、Cuが破断する接合力となる。Alでは降伏強度のおよそ2倍の加圧力で接合しても、剥離面に材料の凹凸が残留しており、接合面が完全に密着していない。500MPaの加圧では剥離面には材料の凹凸は認められないことから、この加圧では接合面が完全に密着しているものと推測される。このことから、常温圧接には材料の降伏強度の2〜4倍の加圧が必要であることが明らかとなった。表面活性化処理のイオンエッチング量の増加に伴い、接合強度は高くなり、表面酸化物が完全に消失すると、材料の破断に至る接合強度が得られることが明らかとなった。

市販の圧延材料を用いて接合性に及ぼす表面粗さの影響を調査した結果、市販の圧延材で表面粗さが0.1〜0.3μmRaのAl、Cuの接合では、表面の吸着層および酸化物層を完全に除去するとAlで約500MPa、Cuで750MPaの加圧で材料破断に至る接合強度が得られる。この場合、接合材料が薄く、加圧が平面歪み的に作用すると、材料の降伏強度の2倍以上の加圧でも、材料内部には大きな歪みは導入されず、接合界面に表面粗さと同じ程度の大きさの領域に歪みが集中する。表面を粗くすると密着に要する荷重は高くなり、Alでは1.7μmRaでは0.3μmRaの2倍の荷重が必要となる。Cuでは0.066μmRaの表面を0.38 μmRaに粗くしても密着に要する荷重は殆ど変化しないが1.47 μmRaになると密着に要する荷重は3割程度増加することが確認された。 市販の金属材料表面は、多結晶体で、化合物など異相も含まれるため、Arイオンエッチングにより表面の粗さは変化し、Alでは0.05μmRaの粗さから0.1μmRa、Cuでは0.01μmRaが0.15μmRaと粗くなる。このため、接合前処理としての特別な平滑化処理は必要がないことが明らかとなった。

本研究で行った表面活性化常温接合は1.3×10−3Pa程度の真空度であるため、イオンエッチングにより表面の清浄化処理を行っても、残留ガスにより表面は直ちに汚染されることが予想されるため、イオンエッチングにより表面活性化処理を施した後に大気を導入し所定の真空度に保持した雰囲気へ暴露し接合強度の変化および表面の変化を調査した。Arイオンエッチングにより表面を清浄にしたAl表面は真空槽内で雰囲気に曝すと直ちに、酸化が進行する。しかし、Alの場合、雰囲気曝露量が10Pa・sまでは残留ガス中の水蒸気により表面の酸化は進むがAl材の破断強度に至る接合強度が得られる。さらに曝露量を増すと接合強度は急激に低下する。

一方、Cuの場合、イオンエッチング後、雰囲気曝露しても表面吸着は認められるが表面の酸化はほとんど進まない。しかし、雰囲気曝露量が増加し10−1Pa・sを越えると接合強度は急激に低下した。こ雰囲気曝露による接合強度の急激な低下はAlとCuでは異なり、接合材料の組合せにより異なるしきい値があることを示唆している。

また、本実験で接合した接合界面にはC、O、Hが検出され、接合界面には吸着あるいは酸化膜が接合時に取り込まれていることが確認されたことに基づいて、低真空下における表面活性化接合の場合表面吸着層存在下における接合モデルを提案した。

しかし市販の凹凸のある材料を接合のために材料表面同士を完全に密着させるためには材料の降伏強度の2〜4倍の加圧が必要となる。クラッド材の製造には、ロール加圧が必須となり、ロール加圧の場合は平面歪み的な加圧と異なり、材料に剪断応力が作用するため材料に塑性変形が導入され易い。このため、材料の降伏強度の2〜4倍の加圧力でロール加圧した場合に導入される塑性変形量の把握が必要となる。そこで、表面活性化によるクラッド材試作試験装置を作製し市販の圧延材料の接合試験を行い、試作クラッド材として主にAlクラッド鋼板を用いて特性を評価した。Arイオンエッチングによる表面活性化処理を適用することにより、高真空レベルで市販材のロール圧接が可能である。この方法によると接合に要する圧延率は1%以下となり接合による材料特性の変化は極めて少なく、従来法では製造困難であった軟質で加工性の良いAlクラッド鋼板の製造が可能であることが明らかとなった。この方法は、Cu、Alなど軟質な金属であれば殆どの金属に接合可能であり、極薄箔同士の接合も可能で材料組合せ自由度の高いクラッド材製造プロセスであることが確認され、低歪み常温接合の適用範囲が明確化された。本研究により開発されたクラッド材製造プロセスは完全ドライプロセスで環境負荷の少ない製造プロセスで、従来のクラッド材に比べ優れた性質を付与することができる。この特徴をまとめると、

(1)各素材の接合前後の特性の変化が少ない

(2)接合界面が平坦かつ清浄である

(3)材料の組み合わせ自由度が高い

(4)パターン接合が可能である

等である。これらの特徴を利用した材料が実用に供されている。

近年の技術の進歩は著しく、技術革新が求められている分野においては、新たな機能性材料が必要となる。本プロセスによるクラッド材は、従来プロセスのクラッド材と異なる新しい機能性を材料に付加することができるため、クラッド材の新たな用途を創出することが可能で、その必要性は高まると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

クラッド材は金属と金属を積層したものであるため、それぞれの金属の特性を最適化したものを、特性を変化させず平坦で合金層のない接合界面で積層する技術が開発できれば、従来製造困難であったクラッド材ができ、従来にない機能を付与することが可能になり、更に、クラッド材の接合界面の利用も可能になる。本論文は、このような背景から本研究は表面活性化接合法をクラッド材製造プロセスに適用し、低歪み常温接合によるクラッド材製造技術を開発し、従来に無い高機能クラッド材を供給しようとしてなされ研究成果をまとめたものである。

特に、本研究では、実用製造プロセスに適用可能な、10−3Pa程度の真空度において、Al、Cuと鋼等の実用材料の表面活性化常温接合の研究を行い、低歪み常温接合によるクラッド材製造技術の開発ができた。

まず基礎検討として、表面活性化常温接合装置を試作し、金属の表面活性化接合に及ぼすプラズマイオンエッチングによる表面活性化処理の影響を調査した。表面活性化処理として、大型化、高速化が可能な高周波(RF)プラズマイオンエッチングを採用し、水冷電極に装着することで、常温と見なせる実験が可能となった。Arプラズマイオンエッチングによる表面活性化常温接合試験を市販の圧延材料を用いて行った結果、10−3〜10−4Paの真空レベルでも実用材料の常温圧接が可能であることが明らかになった。また、常温圧接には材料の降伏強度の2〜4倍の加圧が必要であり、一方で、イオンエッチング量の増加に伴い、接合強度は高くなり、表面酸化物が完全に消失すると、材料の破断に至る接合強度が得られることが明らかとなった。

また、接合性に及ぼす表面粗さの影響を調査した結果、Al、Cuの接合では、表面の吸着層および酸化物層を完全に除去すると材料破断に至る接合強度が得られるが、多結晶体で、化合物など異相も含まれるため、Arイオンエッチングにより表面の粗さは粗くなり、接合前処理としての特別な平滑化処理は、逆に必要ないことが明らかとなった。

本研究の常温接合は1.3×10−3Pa程度の真空度であるため、イオンエッチングにより表面の清浄化処理を行っても、残留ガスにより表面は直ちに汚染される。そこで、表面活性化処理を施した後に大気を導入し、雰囲気へ暴露したときの接合強度の変化および表面の変化を調査した。その結果、雰囲気曝露による接合強度の急激な低下はAlとCuでは異なり、接合材料の組合せにより異なるしきい値があることを、接合界面にはC、O、Hが検出され、接合界面には吸着あるいは酸化膜が接合時に取り込まれていることが確認された。これに基づいて、低真空下における表面活性化接合の場合表面吸着層存在下における接合モデルを提案した。

市販の凹凸のある材料を接合のために材料表面同士を完全に密着させるためには材料の降伏強度の2〜4倍の加圧が必要となる。そこで、ロール圧接にArイオンエッチングによる表面活性化処理を適用することにより、高真空レベルで市販材のロール圧接が可能な装置を開発した。この方法によると接合に要する圧延率は1%以下となり接合による材料特性の変化は極めて少なく、従来法では製造困難であった軟質で加工性の良いAlクラッド鋼板の製造が可能であることが明らかとなった。この方法は、Cu、Alなど軟質な金属であれば殆どの金属に接合可能であり、極薄箔同士の接合も可能で材料組合せ自由度の高いクラッド材製造プロセスであることが確認された。

本審査会では、以上の内容の詳細が、論文提出者により適切な発表資料を用いて、制限時間内に明確に行われた。予備審査の際に指摘されたいくつかの問題点、すなわち、暴露後の接合のメカニズムやクラッド装置の詳細等について、本審査では、新たな考察がされており、本論文および発表がその結果を踏まえて適切に修正されていることを確認した。

論文提出者の発表に対する質疑応答では、主に、イオン衝撃の効果、接合のメカニズム、実用への見通しなどについての議論が行われた。この過程で、本研究により、表面活性化常温接合法をクラッド材製造プロセスに適用することにより低ひずみ常温接合によるクラッド材製造技術の開発が達成された。開発されたクラッド材製造プロセスは完全ドライプロセスで環境負荷の少ない製造プロセスで、従来のクラッド材に比べ優れた性質を付与することができることがあきらかにされた。本研究は、その学問的意義も高く、また、技術の展開に貢献するなど産業界への波及効果も大きいことから、本研究で得られた工学的知見は極めて大きく、また、工学の発展に寄与するところは多大であると判定された。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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