学位論文要旨



No 216335
著者(漢字) 田口,秀之
著者(英字)
著者(カナ) タグチ,ヒデユキ
標題(和) スペースプレーンに適用する予冷サイクルエンジンに関する研究
標題(洋)
報告番号 216335
報告番号 乙16335
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16335号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 室蘭工業大学 教授 棚次,亘弘
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

宇宙輸送コストの大幅な低減のために,完全再使用型のスペースプレーン(宇宙航空機)の実現が期待されている.スペースプレーンを従来のロケットエンジンを使用して成立させるためには,推進薬消費量が多いため,構造質量の大幅な低減が不可欠となる.推進薬の多くは大気中における初期加速時に消費されるため,この領域で高い比推力を発揮する空気吸込式エンジン(図1)を大幅な質量増加なしに追加することができれば,スペースプレーンの実現性が高くなる.

単段式スペースプレーンを実現するためには,高比推力の空気吸込式エンジンを用いて推進薬質量を低減することが有効であるが,同時に軌道投入時にも切り離すことができないエンジンの質量を低減することが重要である.マッハ6〜12程度の高速大気中においては,軽量耐熱材料と冷却構造が実現されれば,超音速燃焼を用いたスクラムジェットを適用することにより,比較的少ない質量増加で平均比推力を向上できると考えられている.一方,マッハ6までの初期加速について,ロケットエンジンを基にしたロケット系エンジンを使用すると,比推力が小さいために推進薬の消費量が多くなる傾向がある.一方,ターボジェットエンジンを基にしたターボ系エンジンを使用すると,エンジン質量が大きくなる傾向がある.

予冷サイクルエンジンは,液体水素や液体メタン等の極低温燃料の冷熱により,吸入される空気を冷却するエンジンで,これまでに,予冷ターボジェットエンジン,予冷エアターボラムジェットエンジン,空気液化式ロケットエンジン等が提案されている.これらのエンジンにおいては,予冷により吸込み空気の密度が高くなって空気流量が多くなるとともに,低温化によって圧縮仕事が小さくなるといった特徴がある.空気流量の増大は推力の増大,圧縮仕事の低下は比推力の向上につながり,無冷却のターボ系エンジンよりも加速性能が増大することが期待できる.さらに,空力加熱の厳しい高マッハ数においても,入口空気を冷却することにより,現状材料を用いた圧縮機を作動させることができる.一方,予冷熱交換器の搭載による質量増加があるため,エンジンサイクルの選定のためには,飛行に必要な推進薬の質量や機体質量も含めた検討を行う必要がある.

そこで,本研究においては,スペースプレーンに適用し得る予冷サイクルエンジンについて,主要要素の試験結果を反映した解析手法を用いることにより,現在の材料レベルで製作可能な範囲において性能と質量を定量的に評価し,設定軌道に輸送できるペイロードを最大化するためのエンジンシステムを選定する手法を確立することを目的とした.

まず,予冷サイクルを実現するための予冷方式について,熱交換器を用いる熱交換方式と燃料を圧縮機上流に噴射する予混合方式を比較し,圧縮機動力低減のためには,熱交換方式を採用する必要があることを確認した.また,予冷サイクルエンジンは当量比を高く設定して燃料過剰にすることにより,高い推力/質量比が得られることを予測した.また,マッハ6で分離する二段式スペースプレーンにおいて離陸質量を固定した場合,当量比1付近において,上段機体の質量を最大化できることを予測した.そして,液体窒素による予冷熱交換器と小型ターボジェットエンジンを組み合わせた小型模型による予冷ターボジェットエンジン予備試験を行い,予冷によって推力と比推力が改善されることを実証した.

次に,予冷サイクルエンジンを構成する要素の特性を取得して性能解析プログラムに反映するための要素試験を行った.超音速インテークについては,流量制御のためのバイパス機構を備えた超音速インテーク模型と小型ターボジェットエンジンを結合した試験を行った.この試験の結果として,バイパス機構によってインテーク流量とエンジン流量の差異を吸収して,インテークの作動状態を臨界点付近に維持しなければ,インテークの不始動に伴う過大な抗力が発生して,有効推力が大きく低下することが確認された.予冷熱交換器については,シェル・アンド・チューブ型熱交換器において,熱交換面積を増大させるためのフィンを装着することを想定し,質量と圧力損失の増加を抑制しつつ交換熱量を増大させた予冷熱交換器の試作と試験を行った.この試験結果を反映して,熱交換器の交換熱量と質量を解析するプログラムを作成した.圧縮機,燃焼器,タービンといったターボ機械を含むコアエンジンについては,高マッハ数における性能変化特性を取得するために,超音速ジェットエンジンの性能取得試験を行った.この試験結果を反映して,エンジン性能解析プログラムの圧縮機とタービンの要素特性を調整した.

上記の要素試験結果を反映して,エンジン性能解析プログラムの作成と調整を行った.インテーク性能については,米国標準の圧力回復率を用いるとともに,要素試験結果に基づいて,エンジン吸込み能力に合わせて空気流量を調節する機構を想定して算出した.予冷熱交換器の入口と出口の状態量は,温度効率と圧力損失を設定して算出した.圧縮機の回転数と圧力比,空気流量の関係については,圧力比5と圧力比50の基準圧縮機性能マップを作成し,設計点の近いマップを基準にして比例計算を行って求めた.燃焼器については,エンジン性能計算の時間短縮のため,空気−水素,空気−メタン,空気−ケロシンの3種類の燃焼について,断熱火炎温度解析結果を用いて混合比から燃焼温度を算出する近似式を作成した.タービン性能については,圧力比と効率を仮定した.ノズルについては,圧縮機性能マップ上で作動点が効率最高点を通過するようにスロート面積を調整する計算を行った.また,ノズル開口比については,ノズル出口面積の最大値をインテーク入口最大面積以下として計算した.この結果としてノズル出口圧力が外気圧より高い場合は,不足膨張で排出するとして推力を算出した.比推力は推力から燃料流量を除して求めた(図2).

また,エンジン方式の比較検討を行うため,飛行解析プログラムと質量推算プログラムを作成した.飛行解析においては,飛行フェーズを分割して各々のフェーズにおける迎え角,推力,所要秒時を反復計算から算出し,推進薬の消費質量を最小化する簡易プログラムを作成した.インテークとノズルの質量については,断面形状と材料を設定して,パネルと梁の最適配置を解析して質量を算出するプログラムを作成した.予冷熱交換器の質量については,要素試験で確認した設計手法を用いて,チューブ,フィン等の主要部材の質量を積算して算出した.ターボジェットエンジンの質量については,既存エンジンのデータベースを基にして,圧縮機の圧力比と入口直径から質量を算出する推算式を作成した.推進薬タンクに関しては,内部圧力と材料を設定して質量を算出する推算式を作成した.タンク以外の機体の各要素の質量に関しては,米国NASAの文献による手法を用いて算出した.これらの,推進薬の消費質量,エンジン質量,および機体質量を合算して,打上質量から差し引くことで,それぞれのエンジン方式を用いた場合に,スペースプレーンが設定軌道に輸送できるペイロードを算出した.

これらのプログラムを用いて,単段式スペースプレーンに適用できる可能性のあるエンジンの各方式について,エンジン性能解析,飛行解析,および質量推算によりペイロード推算を行った.予冷サイクルエンジンのうち,広い当量比範囲でサイクルを選定することが可能な予冷ターボジェットについては,燃料過剰にすることで,タービン出口圧力をロケットエンジンと同レベルで設計することが可能で,燃料と酸化剤の供給系を制御することにより,タービン出口部分をロケットエンジンとしても作動させることが可能であることを示した(図3,図4).また,予冷ターボジェット・スクラム・ロケット複合エンジン(PATRES)を用いた単段式スペースプレーンのペイロードは,予冷ターボジェットの当量比が高いところで大きくなり,スクラム・ロケット複合エンジン(RES)を用いたものと同等のペイロードを打ち上げられる可能性があることが判った.これらのエンジンは,従来のロケットエンジンのみを用いた単段式スペースプレーンよりペイロードが大きいことも判った. 空気液化式ロケット・スクラム複合エンジン(LACES)を用いた単段式スペースプレーンにおいては,熱交換器に先進軽量材料を用いることを仮定しても,比推力増加による推進剤の質量低減が熱交換器の質量増加で相殺されるため,ペイロードがあまり向上しないことが判った(図5).

二段式スペースプレーンの一段に使用できる可能性のある空気吸込式エンジンの各形式についても,エンジン性能解析,飛行解析,および質量推算によりペイロード推算を行った.その結果,分離マッハ数を6で固定した場合,ターボ系エンジンを用いた二段式スペースプレーンは,ロケット系エンジンを用いたものより,ペイロードが大きくなることが判った.ターボ系エンジンのうち,予冷ターボジェット,予冷エアターボラムジェット,ターボ・ラムジェットの3方式を用いた二段式スペースプレーンのペイロードには有意差は見出せなかった(図6).方式の選定に際しては,インテーク・ノズルを含むエンジン各要素のより詳細な質量推算が必要である.

以上のように,本研究においては,スペースプレーンに適用する予冷サイクルエンジン合の比較検討を行う方法を確立した.また,単段式スペースプレーンの初期加速には高当量比の予冷ターボジェットエンジンが適していることと,二段式スペースプレーンの1段加速には,当量比1付近のターボ系エンジンが適していることを示した.

図1 空気吸込式エンジンの例(予冷ターボジェット・スクラム・ロケット複合エンジン)

図2 予冷ターボジェットの比推力の比較

図3 予冷ターボジェット・ロケット複合エンジン系統図

図4 予冷ターボジェット・ロケット複合エンジン断面図

図5 単段式スペースプレーンの質量配分比較

図6 二段式スペースプレーンの質量配分比較

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)田口秀之提出の論文は,「スペースプレーンに適用する予冷サイクルエンジンに関する研究」と題し,7章から成っている.

現在の宇宙輸送システムの主流である使い切りロケットは,その質量の90%程度が推進薬であり,残りの10%程度で人工衛星等のペイロードとロケット本体を製作する必要がある.ここで,大気中の空気を酸化剤として活用する空気吸込式エンジンを実用化できれば,推進薬質量を低減させることが可能となり,その代わりに翼を搭載することで,飛行機のように離着陸できるスペースプレーンを実現できる可能性がある.ただし,空気吸込式エンジンを用いたスペースプレーンは,全質量に占めるエンジン質量の割合が大きいため,推力重量比の高いエンジン方式を選ぶ必要がある.また,従来のロケットとは大きく異なる飛行軌道と機体構成となるため,軌道解析と質量推算を行った上で,ペイロード運搬性能を検討する必要がある.このような背景から,本論文においては,空気吸込式エンジンの中で高い推力重量比を達成できる予冷サイクルエンジンに着目し,同エンジンを適用したスペースプレーンのペイロード運搬性能の解析方法を確立し,最適なエンジン方式を提案している.

第1章は序論であり,スペースプレーンのエンジンに要求される技術課題を整理している.その中で,推力重量比の大きいロケットエンジン,比推力の大きいターボジェットエンジン,およびその中間的な特徴を有する予冷サイクルエンジンを,同一条件で比較検討する方法が確立されていないことを指摘している.また,予冷サイクルエンジンの特徴を述べた上で,本研究の意義と目的を示している.

第2章では,予冷サイクルエンジンの特性を検討している.この検討で,予混合方式より熱交換方式の方が予冷による空気流量の増大効果と圧縮仕事の低減効果が大きいこと,および液体メタンより液体水素の方が予冷効果は大きいことを示している.また,マッハ0〜6において,予冷サイクルエンジンの比推力が無冷却エンジンに比べて高くなること,燃料過濃で作動させることによって推力重量比が著しく向上すること等を示している.

第3章では,予冷サイクルエンジンを構成する要素の特性を実験的に解明している.超音速インテークについては,空気流量が整合しない時に起きる不始動現象を,シュリーレン画像および推力の測定結果から解明するとともに,バイパス機構で流量整合を保つことにより,過大な推力低下を防止できることを実証している.予冷熱交換器については,質量と圧力損失を最小化するフィン配置を設計計算から導出し,その妥当性を風洞実験で確認している.超音速エンジンについては,高空性能試験と同一条件におけるエンジン性能解析を実施し,十分な解析精度が得られていることを確認している.

第4章では,スペースプレーンの飛行性能解析方法を示している.エンジン性能解析においては,マッハ0〜6の環境条件に対応して,エンジン各部の流量バランス,熱バランス,および動力バランスを保つような収束計算手法を示している.飛行性能解析においては,空気吸込式エンジンの性能を最大にする一定動圧軌道を得るような,迎え角と推力の最適スケジュールを求める手法を示している.また,解析精度を確保しつつ計算時間を短縮するために,飛行軌道をマッハ数で分割する手法を提案している.エンジン質量推算と機体質量推算においては,既存部品に対する経験式と新規設計部品に対する設計計算を組み合わせた手法を示している.

第5章では,エンジン方式の比較検討を行っている.その結果,予冷サイクルエンジンを用いた低加速度飛行では,比推力を犠牲にしても推力重量比を大きくした方が,ペイロード比は大きくなることを示している.また,単段式スペースプレーンに適用する場合は,液体酸素の付加や液化器の追加が必要とならない範囲で当量比を上げることが有効であり,当量比5程度で最大のペイロード比が得られることを示している.さらに,二段式スペースプレーン用のエンジンについては,最適な比推力と推力重量比のバランスが変わり,当量比が1程度のエンジンを用いることで最大のペイロード運搬性能を得られることを示している.

第6章では,解析結果に関連した技術的課題について,考察を加えている.

第7章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

以上要するに,本論文は,スペースプレーンに適用する予冷サイクルエンジンについて,構成要素の特性を実験的に解明するとともに,単段式スペースプレーンと二段式スペースプレーンに適したエンジン方式を導出する手法を確立したものであり,予冷サイクルエンジンに関する多くの学術的知見をもたらすとともに,今後の宇宙輸送システムの開発に資する技術的指針を与えたものであり,航空宇宙推進工学上貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38160