学位論文要旨



No 216339
著者(漢字) 甲斐,正彦
著者(英字)
著者(カナ) カイ,マサヒコ
標題(和) 酸化物超電導材料を用いた永久電流スイッチの作製プロセスに関する研究
標題(洋)
報告番号 216339
報告番号 乙16339
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16339号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、近年開発が進んでいる酸化物高温超電導線材を使用したマグネットを永久電流モードで使用する際に必要となる周辺機器の一つである永久電流スイッチ(PCS)の作製プロセスの開発を目的とした。Bi系酸化物高温超電導線材を使用した高温超電導マグネットの使用温度は、Bi系酸化物高温超電導線材の臨界電流密度(Jc)の磁場依存性から、20K程度の温度域であり、その温度域で使用できるPCSの開発が必要となる。本研究では、応用対象を磁気浮上式鉄道(MAGLEV)用の超電導マグネットとし、MAGLEVに応用可能なPCSの開発を目的とした。MAGLEV用のPCSに要求される仕様としては、PCSがオン時(超電導状態)での高臨界電流(Ic)、オフ時(常電導状態)での高抵抗、スイッチング時間の短縮のためのPCS材料の超電導臨界温度(Tc)制御、オン時でのオーバーオール抵抗の低減、車上搭載用のコンパクト性、走行時の振動に耐えられるだけの耐振性が必要となる。これらの仕様を満たすべく、高Jcを維持した厚膜化が可能なことから高Icが見込め、高抵抗化に適した大面積成膜が可能で、第3元素を添加することにより均一にTc制御が可能、という特徴を持つ液相エピタキシー(LPE)法により作製したREBa2Cu3Oy (RE123)膜を用いたPCSの開発を行った。LPE法によるPCS用RE123膜の開発課題としては、(1)RE123 LPE膜の形状制御プロセスの確立、(2)RE123 LPE膜のTc制御技術の確立、及び(3)低接触抵抗電極作製技術の確立、があり、これらの開発課題を満たすべくPCS材料の作製プロセスの開発を行った。

本論文は5章より構成される。

第1章は序論であり、まず本研究の背景、及びPCSについて概説し、20K応用のMAGLEV用超電導マグネットに要求されるPCSの仕様を明確化した。そして、RE123系酸化物超電導体をPCS材料として選定した理由を述べ、本研究における材料工学的観点からの開発課題を明確にした。

第2章においては、LPE法によるPCS用RE123膜作製にあたり、RE123 LPE膜の形状制御機構について論じた。LPE法は、厚膜においても高Jcを維持できることから、厚膜化を図ることによって超電導状態時での大電流化が可能と考えられる。常電導状態時の高抵抗を満たすためには、RE123膜を単結晶上に作製する場合、その決められた範囲内で、できる限り導体長を長くとる必要がある。そこで本章においては、RE123膜を基板上でミアンダ型に形状制御することによって導体長を長くとる方法を検討した。LPE法で作製したRE123膜は膜厚が厚く結晶性が高いため、全面成膜したLPE膜をミアンダ型に形状制御することが困難である。本章においては、LPE法でRE123膜を作製する際に必要となる気相法等で作製したRE123薄膜による種膜に着目し、この種膜をミアンダ型等に形状制御し、その形状制御した種膜からLPE成長させることによってミアンダ型等に形状制御したLPE膜を作製するプロセスを考案した。種膜からLPE膜を成膜する際の形状制御機構についてLPE膜端部の成長機構のモデル化を行い、実験により検証を行った結果、RE123 LPE膜の形状制御が可能であることが確認できた。このRE123/MgO LPE膜の形状制御機構は、MgO基板上とLPE膜上のRE123結晶の分子ステップの前進速度の違いによるバンチング及び、これを助長するMgO基板のBa-Cu-O融液への溶解により、側面でのステップが消失し、新たな核生成が必要な成長モードへ移行するために沿面成長が抑制されたためであると考えられた。そして、このLPE膜の形状制御性を利用することによって、2インチφミアンダ型RE123 LPE膜の作製に成功した。しかし、RE123/MgO LPE膜は、MgO基板からBa-Cu-O融液へ溶け出したMgがRE123 LPE膜に混入し、RE123 LPE膜の超電導特性を不均一に劣化させることから、MgO基板の溶解を抑制するためにBa-Cu-O融液に安定なBaZrO3(BZO)を中間層に適用した。BZOはBa-Cu-O融液に溶解しないため、BZO中間層上のRE123 LPE膜の形状制御性はMgO基板上のものとは異なり、成長初期では、MgO基板上と同様にRE123結晶の分子ステップの前進速度の違いによりバンチングが起こるが、その後RE123 LPE膜の成長モードが定常成長に移行し、定常成長時における沿面成長速度は、BZO中間層上の表面拡散流束とRE123結晶のac面上の表面拡散流束の和に比例する。以上のことから、BZO中間層上のRE123 LPE膜は、一定の過飽和度環境下では成長時間にほぼ比例して形状制御可能であることが確認できた。このように本章において、LPE成長時のRE123結晶のバンチングモデルを提唱し、その機構の解明を行った。

また本章では、RE123 LPE膜の超電導特性の測定を行い、77K、0Tの環境下で100Aの通電が可能なH型RE123/BZO/MgO LPE膜の作製に成功した。この結果から、最適形状設計を行うことによって、目的の電流及び抵抗を得ることが可能であることが確認でき、今後のPCS用RE123 LPE膜の作製に対して形状制御した種膜からLPE成長させるというプロセスが有効であることが実証された。

第3章においては、LPE法における第3元素添加によるTcの制御性について論じた。LPE法においては第3元素を添加することにより、Tcを制御したRE123膜を得ることができる。添加する第3元素としては、Tcが40〜60Kに制御できること、超電導/常電導の転移温度幅が小さいこと、及びTc制御したLPE膜のJcが高いことを基準として、Znを選定した。RE123 LPE膜のTc制御は第3元素の濃度制御で行うため、ZnO粉末の添加量によってTcを制御するZn添加RE123 LPE膜の場合は、目的のTcを得るためにZn添加RE123 LPE膜中のZn濃度を知る必要があり、LPE膜中のZn濃度を溶液から類推するために、Znの実効分配係数(ke)を実験により求めた。その結果、Znのkeが1より小さいことが確認でき、実験条件からk0 (平衡分配係数)とほぼ同等であることが確認できた。k0が1より小さい場合、初期トランジェントにおいて、成長する結晶からZnが界面前方に排出されるため、結晶と溶液の界面近傍のZn濃度が高くなり、そのZn濃度の不均一性がLPE膜中のZn濃度の不均一性にもつながり、Tcが不均一になる可能性が考えられた。そこで、本章においてZn添加RE123 LPE成長の初期トランジェントの解析を行い、Zn濃度の不均一な厚みを計算した結果、全体の膜厚の約1.4%以下であることが確認できた。この計算結果は、TEMによるRE123 LPE膜中のZn濃度測定結果とほぼ一致しており、初期トランジェントにおけるZn濃度の不均一性がほぼ無視できることにより、Tcが不均一にならないことが実験結果と計算結果両面から確認できた。

Zn添加RE123 LPE膜の超電導特性に関しては、PCSで使用する20K、3TにおけるJc及びオフ時と想定される60Kにおけるρが、無添加のY-Yb123 LPE膜の値と比較すると、TcとPCSの使用温度である20Kとの温度マージンが1/3以下であるにも拘らずJcは1/2倍程度であり、ρが2.3倍程度になっている。この結果は、PCSの設計にあたって有利な上、運転温度との温度マージンが小さくなる分、スイッチング時間を短縮でき、エネルギー的にも有利であるという、PCSに適用するにあたって魅力的な結果となっており、導体幅が6mmの2インチφミアンダ型Zn添加RE123 LPE膜を13枚直列に接続することにより、仕様目標であるIc=600A、R=20Ωを満たすという設計が可能となった。

第4章においては、RE123膜とBi線材を接続する低接触抵抗電極開発に関する研究を行った。PCSは超電導コイルと直列に繋がれ、永久電流モードでは、常に電流を流す必要がある。そのため、PCSと超電導コイルの接続抵抗が大きい場合、接続部で発熱し、永久電流をロスするだけで無く、最終的にマグネットをクエンチさせる可能性まで有している。そこで、RE123膜とBi系超電導コイルを接続する電極部分の接触抵抗を抑える必要があり、本章において、RE123膜の電極部にスパッタ法を用いて作製したAg-Cu膜を用いることにより接触抵抗を抑えた電極を開発した。スパッタ法のターゲットとして純Agに1.0wt%のCuを含有したAg-Cu合金を用い作製したAg-Cu膜を用いることにより、RE123膜中とAg-Cu膜中のCuの化学ポテンシャルを平衡状態にすることが可能となり、RE123 LPE膜とAg-Cu膜の界面での反応を抑制し、接触抵抗率が1.7×10-12Ωm2という低接触抵抗電極開発に成功した。この低接触抵抗電極の開発によって、Bi系超電導線材とRE123膜との接触抵抗の低減が行えるだけでなく、RE123膜同士を直列や並列に接続する際の電極としても使用することができるため、さらなる大電流化、高抵抗化にも対応することが可能となった。

第5章は総括であり、本研究を要約し、今後の展望においてRE123 LPE膜のPCS応用の可能性や今後の課題について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

超電導磁気浮上式鉄道(MAGLEV)用として検討されているBi系酸化物高温超電導マグネットは20Kで使用されることが想定されており、そのシステム化に必須となる永久電流スイッチ(PCS)に関しても幾つかの方式が提案されている。本研究では様々な観点から40-60Kで作動する熱式PCSが最適であるとの判断から、液相エピタキシー(LPE)法によるREBa2Cu3Oy (RE123)厚膜の形状及び特性制御を基本としたPCS作製プロセスを提案し詳細に検討したものである。本論文は全5章より構成されている。

第1章は序論であり、本研究の背景、及びPCSについて詳述するとともに、RE123系酸化物超電導体をPCS材料として選定した理由について述べ、本研究の位置付け及び目的を明確化している。

第2章では、PCSに要求される仕様の1つである常電導状態時の高抵抗を目指したLPE法によるミアンダ型RE123膜作製において、パルスレーザ堆積(PLD)法による中間層・シード層形成とLPE法による厚膜堆積を形状制御の観点から検討している。特に、MgO(100)単結晶基板上に基板溶解抑制にも有効である面内配向BaZrO3(BZO)中間層を約0.3〜0.5μm堆積し、更に約0.1〜0.3μm堆積したシード層をパターン化した基板を用いLPE膜を成膜する過程での膜端部の成長に関して詳細な観察とモデル化を行っている。成長初期ではBZO上とRE123上での成長ステップの前進速度の違いによりバンチングが起こるが、成長モードが定常成長に移行するに従い、沿面成長速度はBZO上の表面拡散流束とRE123結晶のac面上の表面拡散流束の和に比例することとなるため、成長時間をパラメータとした形状制御が可能であることを見いだし、BZO中間層と形状制御シード層を利用したミアンダ型RE123 LPE膜作製法の有効性を提示している。

第3章では、PCSのスイッチング時間短縮を目的として、40〜60Kに超電導臨界温度(Tc)を制御し、かつ超電導転移温度幅を狭め、要求される臨界電流密度(Jc)を劣化させないRE123膜を作製するための第3元素添加について検討している。具体的には、添加する第3元素にZnを選定し、LPE溶液のZn濃度分布に関する考察や界面の組成分析結果から、初期不均一層の厚さは70nm程度となるためZn濃度の膜中濃度制御は可能であるとしている。また、Zn添加RE123 LPE膜の超電導特性に関しては、ZnとCu の濃度比を 0.03〜0.05とすることによりTcを40〜60Kまで制御可能なことを見いだし、スイッチングの際のエネルギー効率に関しても効率的であることから、MAGLEV用PCSに使用可能であるとしている。

第4章においては、RE123膜とBi系超電導線材を接続する低接触抵抗電極開発に関する検討を行っている。PCSは超電導コイルと直列に繋がれるため、接続抵抗が大きい場合、発熱により最終的にマグネットをクエンチさせる可能性まで有している。そこで、RE123膜とBi系超電導コイルを接続する電極部分の接触抵抗率を10-11Ωm2程度まで低下しうる電極作製をスパッタ堆積法により検討している。具体的には、Ag-1.09wt%Cu電極を用いることにより、RE123 LPE膜と電極との界面反応が抑制されかつ接触抵抗率を1.7×10-12Ωm2まで低下しうることを見いだし、本組成においてRE123とAg-Cu合金中のCuの化学ポテンシャルがほぼ等しくなるためであると推定している。当該低接触抵抗電極の開発により、Bi系超電導線材とRE123膜との接触抵抗の低減が図れるだけでなく、RE123膜同士を直列や並列に接続する際の電極としても使用することが可能となるため、さらなる大電流化、高抵抗化にも対応可能としている。 

第5章は総括であり、本研究を要約するとともに、今後の展望においてRE123 LPE膜のPCS応用の実現性や、それにともなう今後の課題について述べている。

以上を要するに、本研究は超電導磁気浮上式鉄道での使用を想定したRE123膜永久電流スイッチのプロトタイプの設計試作を通じて問題点を洗い出し、材料プロセス工学的観点からその解決策を提示するのみならず、将来実機に適用する際の仕様策定に有益となる様々なデータを提示したものであり、材料工学に対する貢献は大きい。よって本論文は博士工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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