学位論文要旨



No 216341
著者(漢字) 笹川,卓
著者(英字)
著者(カナ) ササカワ,タカシ
標題(和) 2次錐計画問題を用いた直流磁気シールドの最適化
標題(洋)
報告番号 216341
報告番号 乙16341
学位授与日 2005.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16341号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 助教授 松井,知己
 東京大学 講師 大石,泰章
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、直流磁界に対する磁気シールドの設計問題を扱う。具体的には、超電導磁気浮上式鉄道の磁気シールド重量の軽量化問題を取り上げる。本論文では元の問題を簡略化することにより、2次錐計画問題と呼ばれる凸計画問題に帰着させ、磁気シールドの最適設計を試み、モデルの有効性を実験を通じて検証する。さらにそれに近年開発された新しい最適化アルゴリズムである主双対内点法を適用することで、高速により信頼度の高い数値最適解の評価を得ようとするものである。序論を含め本論文は全9章からなる。

序論においては、この論文の背景と論文の構成について述べる。現在開発が進められている超電導磁気浮上式鉄道は、強力な超電導磁石を車上に搭載している。このシステムの開発では、超電導磁石から旅客スペースに漏洩する磁界を磁気シールドすることが、乗客を乗せる公共交通機関として重要な課題の一つとなる。一方浮上走行する車両にとっては、車体や車載機器の軽量化も同時に重要な課題である。そこで磁気シールド性能を維持しつつ、旅客スペースを磁気シールドするのに必要な磁性体重量を最小化することが望まれる。また序章では、本論文で重要な役割を果たす数理計画法、とりわけ主双対内点法の簡単な紹介も行う。

第1章では本論文で扱う磁気シールド問題を中心に、直流磁気シールド問題の一般的な事柄について概説を行うとともに、比較的一般にはなじみの薄い超電導磁気浮上式鉄道の磁気シールドとその特色について説明する。その特徴の主なものを挙げれば、超電導磁石による比較的強力な磁界の遮蔽、磁気シールドの軽量化の必要性、複雑なシールド板形状、そして空間的に非一様な磁界分布などとなる。これらの特徴は、地磁気などに対する従来の磁気シールド問題と著しい対比をなすものであり、新たな研究が必要な所以である。この章は次の第2章の準備となるものである。

第2章ではまずこの問題(浮上式鉄道車両の磁気シールド重量最小化問題)に対し、問題の本質を損なわない範囲で、浮上式鉄道車両の磁気シールドにとり一番重要な磁性体の指標であるB-Hカーブの飽和磁束密度のみに注目した簡単化を行い、これを記述する最適化問題を導出する。それは磁気シールド板上での磁束の釣り合い条件を表す等式制約条件、磁気シールド板が飽和しないことに対応する2次錐制約条件、および磁気シールド材料の重量を線形目的関数とする、無限次元の凸計画問題となる。この凸計画問題は、簡単な書き換えで(無限次元)2次錐計画問題に帰着されることにも触れる。本論文では、この凸計画問題に対する二通りの計算方法を以下の章で提案する。

第3章では、この磁気シールド問題の導出過程に対する考察を行う。まず直流磁気シールド問題をエネルギー的(変分法的)側面から考察し、最適化問題導出の際に行った種々の簡略化(透磁率無限大、外部問題と磁気シールド最適化問題の分離)の意味することを再検討する。結局これらの簡略化は、磁性体の透磁率μをパラメータとする層別最小化に対応することを述べる。

第4章では、この無限次元凸計画問題を有限要素法で離散化した後に、ユークリッドノルム和の連続版である元の目的関数を未知数の2次多項式で表される目的関数で近似し、反復計算を行うことで最適化を行う方法(逐次反復改良法)を提案する。直観的に導出された方法で、現時点で数値解の収束性や最適性などに関して理論的保証は無い方法であるが、後の第5章以降の計算結果(と実測値)からわかるように、実際には有効に機能する計算法である。

第5章では、前段の手法を超電導磁気浮上式鉄道車両の実際の諸元に基づいた直流磁気シールドの設計に適用する。この計算結果に物理的な説明を与えるとともに、それを実物大模型による実験結果と比較検討する。そしてこの最適化問題を用いる設計法が、磁気浮上式鉄道車両の磁気シールド設計モデルとして適切であることを実証する。また本方法を用いて、「磁気シールド重量を現状より更に軽量化するためには、超電導コイルの配置を一部変更して台車端部に短いコイルを配置する方式が有利である」ことを示し、また磁気シールドの形状最適化の初歩的な試みなども行う。

本論文ではこの第5章までを第1部とし、浮上式鉄道の磁気シールド問題の特徴、その最適化問題への定式化、逐次反復改良法による計算とその磁気シールド試験結果による検証までを、直流磁気シールドの設計という実務的側面を中心に述べている。以下の第6章から始まる第2部では、第1部で提案された最適化問題について、磁気シールド最適化問題という元々の出発点を少し離れ、若干数理的な考察を加える。またより大規模な問題を解くにあたり必要な、プログラムの実装に関わる工夫についても述べる。第2部では2次錐計画問題が、より中心的な役割を果たす。

第6章では、本論文で定式化した無限次元凸計画問題の解析的性質を調べる。まず、「この簡略化した磁気シールド最適化問題の本質は、磁束の流れが磁気シールド板内で最短路(直線)を構成するように磁気シールド板を配置することにある」ことを示す。また主問題である磁気シールド重量最小化問題の双対問題を、具体的に構成する。得られた最適化問題の境界条件についても、この章で検討する。

第7章では、この無限次元凸計画問題を少し変形したものを離散化することにより、(有限次元の)2次錐計画問題を導く。また元の問題の形状及び電流分布に対称性がある場合に、境界条件を設けて計算領域を縮小することがよく行われるが、本論文で扱う問題に対して行われる境界条件処理の妥当性を示す。次に、得られた2次錐計画問題を計算するのに用いられる主双対内点法の既知のことがらについて、本論文に必要な範囲の紹介を行う。本章ではさらに、元の離散化前の凸計画問題の最適値に対する、数値解(有限要素解)を用いた上下界の構成法についても論じる。この上下界は、次の8章で具体的に計算される。

最後の第8章では、こうして得られた2次錐計画問題に対して主双対内点法を実際に適用し、プログラムの実装を行う。まず主双対内点法の種々の探索方向ベクトルの比較検討を行い、その後の検討を行うのに最適な探索方向ベクトルを選定する。以上を踏まえ、本2次錐計画問題に対してより高速で頑健な主双対内点法プログラムを開発し、これを用いて元の無限次元凸計画問題の上下界値の具体的な計算を行うとともに、5章で行った逐次反復改良法の計算結果との比較を通じてその検証を行う。問題を大規模化した場合のプログラムの挙動についても検討する。また、同プログラムのロバスト最適化問題への適用を試み、実用的な近似計算方法とその結果について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

工学における設計問題の多くは,適当なモデル化を経て数理計画問題の形に定式化されるが,数理計画法の手法が真に工学的に有効なものとなるには,数学モデルの物理的妥当性,最適化問題の数値解法,最適解の安定性や頑健性など,総合的な観点からの検討が必要である.近年,数理計画法の分野においては,凸計画問題に対する内点法系統のアルゴリズムの進展が著しく,様々なアルゴリズムが提案され,収束性や計算量に関する数学的解析が行われているが,一方では,その有効性を工学的な現実問題に対して検証している事例は必ずしも多くない.本論文は「2次錐計画問題を用いた直流磁気シールドの最適化」と題し,超電導磁気浮上式鉄道における直流磁気シールド重量の軽量化という工学的課題に対して2次錐計画法という最新の数理計画手法を適用したものである.論文は2部構成となっており,最適設計の工学的側面を中心とする第1部(第1章から第5章)と最適化手法の数理的解析を中心とする第2部(第6章から第8章)より成る.

第1章「強磁界の磁気シールドと超電導磁気浮上式鉄道」では,直流磁気シールド問題の一般的な事柄について概説を行うとともに,超電導磁気浮上式鉄道の磁気シールドの特徴として,超電導磁石による強力な磁界の遮蔽,磁気シールドの軽量化の必要性,複雑なシールド板形状,空間的に非一様な磁界分布などを説明している.

第2章「磁気シールド重量の最小化問題の連続型2次錐計画問題への定式化」では,浮上式鉄道車両の磁気シールド重量最小化問題に対し,磁束・磁場曲線の飽和磁束密度のみに注目した簡単化を行い,最適化問題を導出している.これは磁気シールド板上での磁束の釣り合い条件を表す等式制約条件,磁気シールド板が飽和しないことに対応する2次錐制約条件,および磁気シールド材料の重量を表す線形目的関数をもつ,無限次元の凸計画問題である.さらに,この問題が(無限次元)2次錐計画問題の形にも定式化できることが述べられている.

第3章「磁気シールド問題のエネルギー的考察」では,最適化問題の導出の際に行った簡略化(透磁率無限大,外部問題と磁気シールド最適化問題の分離など)の意味をエネルギー最小化の観点から再検討し,それが磁性体の透磁率をパラメータとする層別最小化に対応することを明らかにしている.

第4章「有限要素法による離散化と逐次反復改良法による最適化計算」では,無限次元凸計画問題を離散化して反復計算によって解く方法を提案している.解の収束性などについての理論的保証は無いが,後に,第5章以降の計算結果や実測値との照合から,その妥当性が検証される.

第5章「磁気浮上式鉄道の磁気シールドへの適用,評価及び実験結果との比較」では,提案手法を超電導磁気浮上式鉄道車両の実際の直流磁気シールドの設計に適用し,実物大模型による実験結果と比較検討することによって,提案手法の妥当性を実証している.さらに,磁気シールドの形状最適化の試みも行っている.

第6章「得られた最適化問題の若干の解析」では,定式化した無限次元凸計画問題の解析的性質を明らかにしている.定式化した最適化問題の本質は,磁束の流れが磁気シールド板内で最短路を構成するように磁気シールド板を配置することにあることを示すとともに,磁気シールド重量最小化問題の双対問題を具体的に与えている.

第7章「主双対内点法による2次錐計画問題の計算」では,無限次元凸計画問題の離散化により有限次元の2次錐計画問題を導出し,離散化によって導入される最適解の誤差を,双対定理などを用いて数学的に解析している.

第8章「2次錐計画アルゴリズムの実装ならびに種々の探索ベクトルの評価」では,こうして得られた2次錐計画問題に対して主双対内点法を実際に適用している.主双対内点法の種々の探索方向ベクトルの比較検討を踏まえて,当該2次錐計画問題に対してより高速で頑健な主双対内点法プログラムを開発し,これを用いて元の無限次元凸計画問題の上下界値の具体的な計算を行うとともに,第5章で行った逐次反復改良法の計算結果との比較を通じて二つの計算結果の妥当性を検証している.また,同プログラムのロバスト最適化問題への適用を試み,実用的な近似計算方法とその結果について述べている.

以上を総合するに,本論文は,超電導磁気浮上式鉄道の直流磁気シールド設計という工学的問題に対して,数理計画法における最新の手法を適用することにより,工学的問題に解答を与えると同時に最適化手法の有効性を実証したものであり,数理工学の分野の発展に大きく寄与するものである.

よって本論文は,博士 (情報理工学) の学位請求論文として合格と認められる.

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