学位論文要旨



No 216346
著者(漢字) 岩間,直
著者(英字)
著者(カナ) イワマ,ナオシ
標題(和) 7員環縮環構造を有する新規な架橋型メタロセン錯体の開発とプロピレン重合への応用
標題(洋) Development and Propylene Polymerization of Novel Bridged Metallocenes Containing a Fused Seven-membered Ring
報告番号 216346
報告番号 乙16346
学位授与日 2005.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16346号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 野崎,京子
内容要旨 要旨を表示する

代表的な汎用プラスチックであるポリプロピレン(P P)は物性や加工性に優れ、安価であることから、幅広い分野で大量に用いられている。近年、自動車分野や情報通信分野での技術革新が進み、例えば環境に配慮した新しい自動車や、携帯電話などに代表される新しい情報通信機器などが開発され、多くのポリマー材料が使用されている。これらの分野では用いられるポリマー材料の高性能化が求められており、ポリマー構造を高度に制御することが重要な課題となっている。現在、工業的に用いられている触媒としては、1950年代に見出されたチーグラー・ナッタ触媒がほとんどである。一方、1980年代に発見された次世代触媒(所謂メタロセン触媒)は、触媒の配位子を自由に設計でき、高度に制御されたポリマーを合成可能にしたため、大学のみならず企業においても多くの研究が盛んに行われるようになってきている。工業材料として有用なアイソタクチックPP(iso-PP)を与えるメタロセン錯体としてこれまで多くの化合物が合成され、それらを用いた触媒性能が研究されている。メタロセン錯体を構成する配位子骨格は、シクロペンタジエニル基、インデニル基、フルオレニル基に限られている。筆者は修飾が容易な7員環構造を有するヒドロアズレニル基を配位子とする架橋ヒドロアズレニル錯体に着目し、その設計・合成・開発を行った。この錯体系は助触媒で活性化することでプロピレン重合触媒として機能することを見出した。また本触媒系の重合挙動の検討を行い、錯体配位子の構造や中心金属の違いと得られるポリマーの物性との関係を明らかにした。

2-アルキルアズレン類の合成

アズレンは炭化水素ながらその美しい色を有すること等から古くから研究されている化合物である。これまで無置換アズレンの合成についていくつかの方法が知られている。一方、特定の位置に置換基を有するアズレン類の合成法はあまり報告例がなく、合成が困難であった。筆者は、ヒドロアズレニル骨格を有するメタロセン錯体の配位子設計において重要と思われる2位にのみ置換基を有するアズレンの合成法を改良し、比較的短い合成経路で高収率かつ大量合成を可能にすることに成功した。2-メチルアズレンは、トロボロンを出発物質としてシアノアズレン誘導体を経てシアノ基の脱離により低収率ながら得られることが知られていた。この方法を他の2-アルキルアズレンの合成に応用し、シアノ基の脱離反応の条件検討を行うことにより、収率よく2-エチルアズレン等の2-アルキル置換アズレンを合成した。改良点の一つはシアノ基の脱離反応である。その反応の機構を検討した結果、シアノ基は酸性条件下で容易に水と反応して一旦カルバモイル基となり、さらにこれが除々に加水分解、脱炭酸して脱離していることがわかった。また反応条件として、硫酸水溶液の酸強度を変化させることで収率が向上することを見出した。

架橋型ジルコノセンおよびハフノセンの合成とプロピレン重合

iso-PPを与えるメタロセン錯体として、架橋型置換インデニル錯体が広く知られている。配位するプロピレンモノマーの立体化学を制御するためには、インデニル骨格上の2位と4位の置換基が重要であることも明らかにされている。筆者は新規な架橋ヒドロアズレニル錯体を設計するにあたり、ヒドロアズレニル骨格の2位および4位への置換基導入を検討した。2-メチルアズレンを用い、フェニルリチウムとの反応を行えば、アズレンへの付加が進行して2-メチル-4-フェニルー1.4-ジヒドロアズレニルリチウムが得られるものと考えた。実際、この反応を行い、引き続きジメチルジクロロシランと反応させたところ、ビス(2-メチル-4-フェニル-1、 4-ジヒドロアズレニル)シランが得られた。これをブチルリチウムを用いてリチオ化した後、四塩化ジルコニウムと反応させることによって、架橋型ジルコノセン錯体をラセミ/メソ混合物として得た。この混合物から再結晶によりラセミ体を得ることができた。また、この錯体を水添することにより、飽和7員環構造を有する架橋水素化アズレニル錯体に誘導した。中心金属をジルコニウムからハフニウムに替えた錯体もほぼ同様の方法で合成できた。2-エチル体および他のアリール基の4位への導入にも成功し、これらを用いた架橋ヒドロアスレニル錯体も合成できることがわかり、本合成法が汎用性の高いものであることが明らかになった。

得られた錯体はX線結晶解析を行い、C2対称を有していることと、7員環の構造は平面ではないことが明らかになった。ジルコノセン錯体とハフノセン錯体では中心金属が変化しても、同じ配位子を有している場合にはほぼ同じ構造であったが、NMRスペクトルにおいては化学シフトに差異が見られた。これは中心金属による電子的効果の違いに起因した結果であると考えられる。

これらの錯体を代表的な助触媒であるメチルアルモキサン(MAO)で活性化しプロピレン重合を行ったところ、iso-PPが得られた。ジルコノセン錯体では比較的活性が高かった。一方、ハフノセン錯体では活性は低いが、PPの分子量、融点は大きく向上し、特に飽和7員環を有するハフノセンでは非常に高分子量、高融点のPPが得られた。これらの錯体の重合挙動の違いは、主に中心金属の違いに起因していると考えられ、他のメタロセン錯体と同じ傾向であることも明らかとなった。

分子内[2+2]光環化反応によるメソーヒドロアズレニル錯体の変換

架橋型インデニル錯体のラセミ/メソ混合物に光照射するとラセミ異性体とメソ異性体との間で異性化反応が進行することが知られている。そこで、筆者は新規に開発した架橋ヒドロアズレニル錯体の光照射に対する挙動を検討した。4位にフェニル基を有する架橋ヒドロアズレニル錯体のラセミ/メソ混合物に光照射すると、ラセミ体は変化しないが、メソ体だけが減少し新しい錯体が生成することを見出した。この現象は溶媒にかかわらず見られることから、溶媒自体は反応に関与していないことが示唆された。新たに生成した錯体は、溶媒への溶解度が高く単離することが困難であった。そこで、錯体の溶解度を低下させるため、4位置換基をフルオコビフェニル基に替えた架橋ヒドロアズレニル錯体を合成した。光照射後にメソ体から生成する錯体の単離を試みたところ、 X線結晶解析できる結晶が得られた。構造解析の結果、ヒドロアズレニル環の7位と8位の間で分子内[2+2]光環化した構造を有していることが明らかとなった。非架橋型メタロセン錯体においては同様の光環化反応は報告があるが、架橋型錯体では構造変化がかなり制約されているにも関わらず、分子内で光環化が起こることは興味深い。さらに、光環化した錯体の溶解度はラセミ体と比較して高くなっていることもわかった。

一般に、ラセミ体とメソ体の溶解度差は小さく再結晶による精製は困難であるが、光照射後メソ体から生成する錯体とラセミ体との溶解度差は大きく、容易に分離が可能であることを見出した。このことは、ヒドロアズレニル錯体の効率的な精製法として応用できる可能性を示しており、有用であると考えられる。

8位置換架橋型ヒドロアズレニル錯体の合成とプロピレン重合

ヒドロアズレニル骨格の2、4位に加えて8位にも置換基を有する新規な錯体を下式に示すように合成した。2-メチル-4-フェニルアズレンとブチルリチウムを反応させたところ、8位に付加が起こり、対応するアニオン種を生成した。これを引き続き反応させることによって、架橋型2、4、8-置換ヒドロアズレニル錯体を得た。この架橋型ヒドロアズレニル錯体はX線結晶解析により、C2対称を有するラセミ体であることがわかった。また7員環上の二重結合の位置が既に述べた2.4-置換錯体と異なり、ヒドロアズレニル骨格の4位炭素原子はsp2になっている。その結果、4位置換基の方向も大きく変化している。この錯体を用いてMAOを助触媒とし、プロピレン重合を行ったところ、iso-PPは得られずに、融点を示さない軟らかいPPが得られた。C2対称を有するラセミ錯体からはiso-PPが得られるのが一般的であるが、これとは対照的な重合挙動が明らかとなったことは興味深い。得られたポリマーを13C-NMRにより、ミクロ構造を解析した結果、配位モノマーが異種挿入したユニット(1.3-結合)を非常に多く含むことがわかり、このポリマー構造が融点を示さない軟らかい性状の原因であることがわかった。また、5員環或いは6員環が縮環した配位子を有するメタロセン錯体と構造を比較したところ、7員環を有する本錯体では4位置換基がモノマーの配位場に最も近接していることがわかり、配位子とプロピレンのメチル基との立体反発により、異種挿入したユニットが増加したと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は序論、第2章は2位置換アズレンの合成、第3章は新規な2.4位置換ヒドロアズレニル配位子及びそれを用いたメタロセン錯体の合成・構造解析とプロピレン重合触媒としての重合挙動、第4章は本錯体系の光照射反応の結果、第5章は新規な4.8位置換錯体の合成・構造解析とプロピレン重合、第6章は2章から5章の実験操作、化合物の分析結果について述べられている。

第1章では本論文の目的が述べられている。次世代のオレフィン重合触媒として近年注目されているメタロセン触媒について概説している。メタロセン錯体の分子構造を精密に設計することにより、触媒性能や生成するポリマーの物性の高度な制御が可能となるというこの触媒系の特徴について述べている。7員環が縮環したメタロセン錯体に注目して。それらの構造と触媒性能の相関を明らかにし、高い触媒性能を有するメタロセン錯体を見出すという本論文のE的が述べられている。

第2章では、7員環を縮環したメタロセン錯体の配位子設計において重要と考えられる2位置換アズレンの合成について述べられている。低収率で2-メチルアズレンを得る既知の方法を応用することで、比較的短い合成経路で高収率かつ大量に2位置換アズレンを合成する方法が見出されている。

第3章では、新規な2.4位置換ヒドロアズレニル配位子及びそれを用いたメタロセン錯体の合成・構造解析と、プロピレン重合触媒としての重合挙動について述べられている。2-メチルアズレンと種々の置換アリールリチウムとの反応により、アズレンの4位に置換基が導入でき、これを用いた7員環縮環構造を有する新規なメタロセン錯体の合成について述べられている。X線結晶解析を行い、錯体の構造の特徴を明らかにしている。また本錯体系はプロピレン重合触媒として機能することを見出し、その錯体構造と触媒性能の相関について述べられている。また、錯体構造を最適化することで従来知られているメタロセン触媒と同等かそれを超える性能を発揮することを示し、錯体設計において重要に指針を与えたかりでなく、今後の応用が期待できると評価できる。

第4章では、本錯体系の光照射反応の結果が述べられている。本錯体系では、架橋インデニル錯体で従来知られている反応とは全く異なり、メソ体のみが分子内[2+2]環化反応の進行により、4員環を有する新規な錯体を生成することが見出されている。さらに、この錯体はラセミ体との溶解度差が大きいことを見出し、従来精製が容易でなかったラセミ/メソ混合物の効率的な精製法として応用できることを明らかにした。

第5章では、7員環の4位に加えて8位にも置換基を有する新規な錯体を設計し、その合成・構造解析とプロピレン重合について述べられている。2.4-二置換アズレンと種々のリチウム試剤との反応により、ヒドロアズレニル骨格の8位にも置換基を導入することで、目的とする新規な錯体を合成できることが述べられている。この錯休はX線結晶解析によりC2対称を有するラセミ体であることを明らかにした。この錯体を用いたプロピレン重合では、融点を示さない軟らかいポリマーが得られ、一般的に対称性から予測される物性とは全く異なる性状を有するポリマーが得られることを明らかにした。得られたポリマーの13CNMRによる解析や7員環以外の構造を有する錯体との構造比較から、このような性状のポリマーが得られた原因として、本錯体では4位置換基がモノマーの配位場に最も近接し、配位子とプロピレンのメチル基との立体反発が著しく大きくなったことが考えられると述べられている。

第6章では、以上の結果に関する実験操作、化合物の分析結果について述べられている。

以上のように、これまでに合成例のない7員環縮環構造を有する新規なメタロセン錯体系を創出し、プロピレン重合が可能な重合触媒に応用できることを見出した。本研究は、メタロセン触媒の錯体構造と触媒性能における相関を解明する指針を与えるとともに、錯体構造の最適化を行うことで非常に高い触媒性能が発揮でき、種々の物性の異なるポリマーを提供できる可能性を示した。これらは、基礎化学だけでなく応用面でも重要な知見であり、今後の発展に寄与するところ大である。

なお、本論文に述べられている研究成果は共著論文の形で公表済みであり、共著者は研究の指導者、研究協力者であるが、論文提出者の寄与が最も大きいと判断される。また、共著論文の内容を学位論文にすることについては、全ての共著者の承諾を得ている。したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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