学位論文要旨



No 216348
著者(漢字) 杉谷,巌
著者(英字)
著者(カナ) スギタニ,イワオ
標題(和) 甲状腺乳頭癌の新しい癌死危険度分類 : 径3cm以上の大きなリンパ節転移の危険因子としての重要性、ならびに術後3年以内の再発の有無による再分類
標題(洋)
報告番号 216348
報告番号 乙16348
学位授与日 2005.09.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16348号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 講師 小川,利久
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

甲状腺乳頭癌の多くは予後良好であるが、稀に進行性の遠隔転移や繰り返す局所再発のために原病死する例がある。乳頭癌の予後不良因子を統計学的に解析し、癌死する危険性のほとんどない低危険度群乳頭癌と、その可能性の高い高危険度群乳頭癌とに分類する癌死危険度分類法を確立することができれば、初回治療の段階で乳頭癌の患者の生命予後や再発の可能性を予測し、個々の患者に対して適切に個別化された治療と経過観察を行うことが可能となる。特にリンパ節転移の数と大きさ、および術後経過に注目して、新たな癌死危険度分類法を考案した。

対象と方法

1976年1月から1998年12月の23年間に癌研究会附属病院頭頚科において初回手術を施行した、腫瘍最大径1cmをこえる甲状腺乳頭癌の患者604名を対象とした。男性104例(17.2%)、女性500例(82.8%)で、手術時年齢は15歳〜84歳、平均51.4歳であった。観察期間は2年〜25年、平均10.7年であった。術前、術中および術直後までに判明する因子(周術期因子)として、手術時年齢、性別、腫瘍最大径、甲状腺外他臓器浸潤、リンパ節転移、腺内転移(腺内多発)、および遠隔転移について検討した。また、術後経過観察中に判明する因子(術後因子)としては、初回手術後3年以内の再発、2回以上繰り返す再発、および一度切除がなされた範囲での再発について検討した。他臓器浸潤の有無については、簡便かつ明瞭な判断ができるよう、気道、食道の粘膜面までの進展のあった症例のみを他臓器浸潤ありに分類した。また、反回神経浸潤については術前麻痺のあった症例のみを浸潤ありとした。初回手術の基本方針は可及的に正常組織を保存する肉眼的根治切除で、甲状腺片側腺葉に限局した腫瘍で明らかなリンパ節転移を認めない症例に対しては、患側腺葉切除と中心領域のリンパ節郭清手術を行った。甲状腺全摘術は腫瘍が反対側腺葉の上極まで進展する場合、リンパ節転移が両側頚部に明らかな場合、および遠隔転移のある場合に限って行った。リンパ節郭清は転移の広がりに応じた領域郭清(選択的リンパ節郭清)を行った。浸潤性の癌に対しては、積極的に気管・食道などの合併切除・再建術を行い、局所浸潤のために非根治手術に終わったのは1例のみであった。術後の放射性ヨード治療およびTSH抑制療法はルーチンには行っておらず、遠隔転移例など進行した症例に限って行った。多変数解析はCoxの比例ハザードモデルにより計算を行い、さらにステップワイズ法により癌死危険度分類法に採用する変数選択を行った。

結果

604例の乳頭癌症例中、32例(5.3%)が原病死しており、疾患特異的10年生存率(DSS-10)は94.0%であった。初回診断時、遠隔転移が明らかでなかった572例のうち、70例(12.2%)で術後再発を認め、無再発10年生存率は86.9%であった。周術期因子の疾患特異的生存(DSS)と無再発生存(DPS)に及ぼす影響を、単変数解析によって検討したところ、DSSが有意に不良であったのは、年齢50歳以上、男性、腫瘍最大径4cm以上、他臓器浸潤あり、リンパ節転移あり、5個以上の病理組織学的リンパ節転移あり、3cm以上の大きなリンパ節転移ありおよび遠隔転移ありの症例であった。DFSについては年齢50歳以上、腫瘍径4cm以上、他臓器浸潤あり、5個以上の病理組織学的リンパ節転移あり、および3cm以上の大きなリンパ節転移ありの症例が有意に予後不良であった。

年齢50歳未満の若年者と50歳以上の高齢者に分けて、予後不良因子の多変数解析による検討を行うと、DSSについては、若年者においては遠隔転移が唯一の有意な予後不良因子であった。一方、高齢者においては遠隔転移のほか、3cm以上の巨大なリンパ節転移と他臓器浸潤が有意な予後不良因子であった。DFSについては、若年者では5個以上のリンパ節転移が有意な予後因子であった。高齢者では他臓器浸潤、3cm以上の大きなリンパ節転移と4cm以上の大きな原発巣が有意な予後不良因子であった。以上より、遠隔転移の明らかな症例および、年齢50歳以上で3cm以上の巨大なリンパ節転移あるいは他臓器浸潤を認める症例を高危険度群とし、それ以外の症例を低危険度群に分類すると、604例中498例(82.5%)が低危険度群に、106例(17.5%)が高危険度群に分類され、両群のDSS-10はそれぞれ99.3%と68.9%で有意差を認めた。低危険度群における原病死は3例(0.6%)のみであった。なお、各癌死危険度群において、甲状腺切除およびリンパ節郭清の範囲の違いによるDSSの有意差は認められなかった。

術後因子の単変数解析による検討では、再発の繰り返し、切除部位での再発および初回手術後3年以内の再発の3つは、いずれも有意な予後不良因子であった。高危険度群症例のうち、初回診断時に遠隔転移が明らかでなかった症例について、これらの3因子と予後の関係を多変数解析により検討したところ、3年以内再発の有無がDSSを左右する有意な予後因子であった。DSS-10は初回手術時に遠隔転移が明らかであった症例(32例)では32.9%、遠隔転移のなかった高危険度群で術後3年以内に再発を認めた症例(13例)では48.1%であったのに対し、遠隔転移のなかった高危険度群で3年以内に再発を認めなかった症例(55例)のDSS-10は96.3%と良好であった。

考察

ヨード充足地域の癌専門病院における新たな癌死危険度分類法の考案により、個々の乳頭癌患者の予後を的確に予測し、症例ごとに適切な治療と術後経過観察の方策をたてることが可能となった。本分類法の特徴は甲状腺外浸潤の判定法の明確化とリンパ節転移の数と大きさの意義の解明にある。甲状腺外浸潤の判定については、これまで判断に曖昧さのあった乳頭癌の癒着と浸潤の区別について、術前反回神経麻痺の明らかであった症例、気道・食道の粘膜面まで癌が進展していた症例のみを他臓器浸潤ありと判断し、気管表面の層状切除や食道の筋層切除、胸骨甲状筋の合併切除によって肉眼的根治の得られた症例は明らかな腺外浸潤なしと判定することで、他臓器浸潤症例の予後不良性が確認された。リンパ節転移の予後因子としての意義については、多数(5個以上)の病理組織学的リンパ節転移は若年者において再発率を有意に上昇させるが、癌死に対しては有意な影響を認めなかった。一方、臨床的に明らかな径3cm以上のリンパ節転移は特に高齢者において患者の生命を左右する重要な予後因子のひとつであった。すなわち乳頭癌では、microscopicなリンパ管侵襲の広がりの程度は再発率に影響することはあっても生命予後には影響しないが、巨大化したリンパ節転移の存在は生命予後を左右することがわかった。また、術後因子による高危険度群の細分化により、初回手術後3年以上無再発の高危険度群症例の予後は低危険度群に匹敵するほど良好であった。たとえ高危険度群に属する症例であっても、腫瘍が局所に限局している場合には積極的な切除手術が予後を改善する可能性があると考えられた。一方、低危険度群症例に対しては、術前超音波検査による腫瘍の広がりの診断結果をふまえて腫瘍を肉眼的に完全に切除すれば、甲状腺全摘手術や術後の放射性ヨード治療、TSH抑制療法を省いても、予後はきわめて良好であり、保存的治療の正当性が証明された。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、甲状腺乳頭癌には癌死する可能性が高い高危険度群と、その可能性がほとんどない低危険度群という生物学的性質を異にする2つの疾患群があると考えられるようになった。これらの2群を手術前に分別する癌死危険度分類法を確立することにより、初回治療の段階で乳頭癌患者の生命予後や再発の可能性を予測し、個々の患者に対して適切に個別化された治療と経過観察を行うことが可能となる。しかし、地域ごとのヨード摂取量による病態の差や施設ごとの治療方針の相違、また検討する因子の違いなどのため、いまだ完全な分類法は存在しない。本研究では、ヨード摂取充足地域の癌治療専門病院において治療された乳頭癌患者の長期経過観察結果をもとに、新たな癌死危険度分類法の考案を試みた。特に腺外浸潤の明確な定義、リンパ節転移の数と大きさの意義および術後経過観察中に明らかとなる因子の影響について検討し、以下の結果を得ている。

微小癌を除く604例の甲状腺乳頭癌手術症例の術後平均10.7年の経過観察を行い、周術期に明らかとなる予後規定因子の多変数解析の結果、年齢50歳未満の若年者では遠隔転移のみが、年齢50歳以上の高齢者では遠隔転移のほか、3cm以上の巨大なリンパ節転移と他臓器浸潤が、疾患特異的生存に対する有意な予後不良因子であった。このことから、遠隔転移の明らかな症例および、年齢50歳以上で3cm以上の巨大なリンパ節転移あるいは他臓器浸潤を認める症例を高危険度群とし、それ以外の症例を低危険度群に分類すると、604例中498例(82.5%)が低危険度群に、106例(17.5%)が高危険度群に分類され、両群の疾患特異的10年生存率はそれぞれ99.3%と68.9%で有意差を認めた。低危険度群における原病死は3例(0.6%)のみであった。

再発率に関しては、若年者では5個以上のリンパ節転移、高齢者では他臓器浸潤、3cm以上の大きなリンパ節転移と4cm以上の大きな原発巣が有意であった。

各癌死危険度群において、甲状腺切除およびリンパ節郭清の範囲の違いによる疾患特異的生存率の有意差は認められなかった。

術後経過観察中に判明する因子の単変数解析による検討では、再発の繰り返し、切除部位での再発および初回手術後3年以内の再発は、いずれも有意な予後不良因子であった。高危険度群症例のうち、初回診断時に遠隔転移が明らかでなかった症例について、これらの3因子と予後の関係を多変数解析により検討したところ、3年以内再発の有無が疾患特異的生存を左右する有意な予後因子であった。疾患特異的10年生存率は初回手術時に遠隔転移が明らかであった症例(32例)では32.9%、遠隔転移のなかった高危険度群で術後3年以内に再発を認めた症例(13例)では48.1%であったのに対し、遠隔転移のなかった高危険度群で3年以内に再発を認めなかった症例(55例)では96.3%と良好であった。

以上、本論文は甲状腺乳頭癌の予後因子の精緻な検討により、新しい癌死危険度分類法を確立するもので、特に、甲状腺外浸潤の判定については、術前反回神経麻痺の明らかであった症例、気道・食道の粘膜面まで癌が進展していた症例のみを他臓器浸潤ありと判定することで、他臓器浸潤症例の予後不良性を明らかにした。また、リンパ節転移の数と大きさの予後因子としての意義について、microscopicなリンパ管侵襲の広がりの程度は再発率に影響するものの生命予後には影響しないが、巨大化したリンパ節転移の存在は生命予後を左右することを示した。さらに、低危険度群症例に対する保存的治療の正当性を立証するとともに、術後因子による高危険度群の細分化により、たとえ高危険度群に属する症例であっても腫瘍が局所に限局している場合には積極的な切除手術が予後を改善する可能性があることを明らかにした。本研究により、個々の患者の予後を的確に予測し、症例ごとに適切な治療と術後経過観察の方策をたてることが可能となり、甲状腺乳頭癌の臨床に貢献するところは非常に大きく、学位の授与に値するものと考えられる。

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