No | 216363 | |
著者(漢字) | 中原,はるか | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカハラ,ハルカ | |
標題(和) | ラットからヒト聴皮質の免疫組織学的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216363 | |
報告番号 | 乙16363 | |
学位授与日 | 2005.10.19 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第16363号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 ヒトの一次聴覚野は、左右半球のシルヴィウス溝下壁の側頭平面のHeschl横回にあることが明らかにされているが、側頭葉内での正確な位置と解剖学的な同定に関してはいまだに混乱を伴った記述が認められることがある。これは主に、ヒトの側頭葉上面が個体により変化に富んだ領域であり、Heschlの横回もさまざまな形態、大きさをとること、また一次聴覚野と二次聴覚野の境界での細胞構築変化の勾配が視覚野や体性感覚野に比べて緩いため、一次聴皮質を細胞構築学的に簡単に同定できないことによる。 視覚野の研究では古くはWieselらがネコを用いて行った実験のように、臨界期といわれる生後しばらくしてからのある期間に、片方の眼を縫合するなど正常な視覚刺激を与えない状態を続けると、その後成長してから縫合を開放しても、正常な視覚が得られないことがわかっている。聴覚では、外耳を閉塞しても骨道で音が伝わるため、後に解除することを前提とした実験的な臨界期の聴覚完全遮断はできないが、逆に臨界期に特別な刺激を与え続けることで一次聴覚野を拡大したり、また作り変えたり、臨界期そのものを延長したりできることは、筆者も行ったラットでの実験では証明された。また、ヒトの場合、先天聾では遅くても5-6歳までに人工内耳の埋め込み手術を行い、機能訓練をしないとそれ以降に埋め込み手術を行っても正常な聴覚を獲得することはできない。こうした臨界期における操作、特別な環境暴露などがもたらす大脳感覚野の変化、また臨界期前後での大脳感覚野の反応の変化は、実際に生理学的な変化として認められているものの、形態学的なレベルの違い、変化としてどの程度認められれているのかは定かではない。 細胞構築学的な手法だけから、免疫染色的手法を併せて用いるようになった最近では、ニホンザル(Macaca fuscata)の聴覚野で周波数局在からA1(一次聴皮質)とされた領域がカルシウム結合蛋白であるparvalbumin(pv)の濃い染色性で特徴付けられることが示された。pvはカルシウム結合蛋白で、聴覚野に関するpv抗体を用いた研究は、主にGABA作動性のinterneuronの集団に発現し、発現の程度は神経の活動性によることがわかってきた。ごく最近では、マウスで、interneuronだけでなく、皮質と線条体を結ぶ経路の感覚野の錐体細胞にpv陽性細胞があることがわかってきており、これはgulutamatergicとGABA作動性の皮質線条体経路での線条体への抑制回路であることがわかってきた。 これらのことから、生理学的に聴覚野が同定されているラットから段階的に、聴覚野のpv染色性、および錐体細胞の染色性を調べ、pvが、聴覚野の同定に使用することができるかと調べた。さらにヒト聴覚野にもこの手法を用いて、最終的にヒト大脳の聴覚野の地図を描くことを目的とした。 方法 (1)哺乳類比較解剖:生理学的に聴覚野が同定されている、ラット、ネコ、リスザルについて、4%パラホルムアルデヒドで還流固定を行い固定し、pvで染色した結果を調べ、聴覚野、および聴覚関連野がどのように染色されるか、また、聴覚野の錐体細胞が染まるかどうかを調べた。 (2)ヒト聴覚野の詳細解剖:死後4-5時間以内に4%パラホルムアルデヒド固定を行ったヒト剖検例に対して、細胞構築学的にKB染色で一次聴皮質の同定を行い、同時にpv免疫染色を行い、ヒトの聴覚野が細胞学的構築に対応してどのように染め分けされるかを調べた。また聴覚野の錐体細胞の染色性を調べた。 (3)ヒト聴覚野の染め分けの一般化:ヒトでの固定条件をより一般化するために、死後、酸性ホルマリン固定を行ったヒト剖検脳に対して、parvalbumin免疫染色を行い、ヒトの聴覚野の染色性を調べ、聴覚野の染め分けを確認した。また、聴覚野の錐体細胞の染色性を調べた。また、ヒトでの聴皮質の解剖学的な位置を確認するために、ヒト聴皮質を含む側頭葉上面の肉眼的な形態を明らかにし、その中で肉眼的Heschl横回と顕微鏡的な一次聴皮質との対応を明らかにした。このために、側頭葉上面を明視下におき、Heschlの第一横回の同定を行いこれに垂直な面で切片を作製した。 結果 (1)ラット、ネコ、サルとも一次聴覚野に一致して、pvの強い染色性を認めた。 (2)ヒト死後4-5時間以内の4%パラホルムアルデヒド固定による結果でも一次聴覚野に一致して強い染色性を認めた。また錐体細胞の染色性も認めた。 pvの免疫反応は神経細胞とneuropilに認められた。neuropilの異なった染色性により、サルで述べられたように4つの区域に分類でき、これを、zone 1(濃い染色性を示す中心の核となる区域)、zone 2(その周囲の中程度からやや濃い染色性を示す区域)、zone 3(やや弱い免疫活性を示す二番目の区域の周囲の領域)、zone 4(肉眼的にほとんど免疫活性の認められない三番目の区域の周囲の領域)と分類でき、これは一次聴覚野、二次聴覚野、聴覚関連領域によく一致した。 (3)ヒト酸性ホルマリン固定による結果と一次聴覚野のマクロな分布 酸性ホルマリン固定でも同様に一次聴覚野に一致して、pvの強い染色性を認めた。側頭平面上のHeschlの横回は形態学的に異なっていたが、代表的1症例の結果を示した。koniocortexはHeschlの第一横回で見られ、parakoniocortexは主にHeschlの第二横回で見られ、koniocortexを取り巻き上側頭回と側頭平面にひろがっていた。 考察 サルにおける一次聴覚野の免疫組織学的研究からは、pv免疫活性は内側腹側核を含む多くの視床核の視床皮質連絡細胞のマーカー、大脳皮質におけるaxonの終止、一次聴覚野大脳皮質におけるGABA作動性神経細胞の介在細胞の細胞集団である可能性が示された。比較解剖であきらかにされた、ラットからヒトまでの一次聴覚野の選択的pv染色性は、これに基づくものであると考えられる。また、さらに最近マウスで感覚野と線条体を結ぶ経路の感覚野のpv陽性錐体細胞の存在がより明確にされてきた。感覚野のpv陽性錐体細胞は、一部はGABA作動性であったが、ほとんどが、glutamatergicであった。この結果から、感覚野から抑制性に線条体に働く経路が存在していることを示唆しており、著者の研究において、ラットからヒトまで認められた、聴覚野におけるpv陽性錐体細胞も線条体への投射経路を示す細胞であると考えられる。 まとめ 比較解剖を行い、最終的にヒトの脳で初めてpvによる免疫染色を用いて一次聴覚野の同定を試みた。pvによるneuropilの染色性は、調べた領域を4つの領域に分類し、一番濃い染色性を示した領域が、細胞構築的に決定された一次聴覚野に一致した。 | |
審査要旨 | 本研究は、ヒトの言語認知にきわめて重要な役割をはたし、解剖学的な同定が待たれているものの、個体差が大きいため、同定がなかなか難しかったヒトの聴覚野を、parvaibumin免疫染色を用いて比較的容易に同定することを目的としたもので、下記の結果を得ている。 ラット、ネコ、サルとも細胞構築学的に同定された一次聴覚野に一致してparvalbumin免疫染色で強い染色性を認め、この染色性は一次聴覚野から二次聴覚野、聴覚関連野と移行するにしたがって、低下することがわかった。またparvalbumin染色は介在neuronを染めると言われてきたが、いずれの種でも、聴覚野の中型から大型の錐体細胞の一部を染色することがわかった。 固定状態が還流固定に一番近いといわれる死後4-5時間以内の4%パラホルムアルデヒド固定によるヒトの結果でも一次聴覚野に一致して強い染色性を認めた。これらのparvalbuminの免疫反応は神経細胞とneuropilに認められた。neuropilの異なった染色性により、サルで文献的に述べられたように4つの区域に分類でき、これを、zone 1(濃い染色性を示す中心の核となる区域)、zone 2(その周囲の中程度からやや濃い染色性を示す区域)、zone 3(やや弱い免疫活性を示す二番目の区域の周囲の領域)、zone 4(肉眼的にほとんど免疫活性の認められない三番目の区域の周囲の領域)と分類でき、これは一次聴覚野、二次聴覚野、聴覚関連領域によく一致した。また聴覚野の錐体細胞の染色性も認めた。 固定状態としては、あまりよくない酸性ホルマリン固定によるヒトの結果でも同様に一次聴覚野に一致して、parvalbuminの強い染色性を認めた。また聴覚野の錐体細胞の染色性も認めた。 側頭平面上のHeschlの横回は形態学的にそれぞれの症例で異なっていた。連続切片を用いた結果では、細胞構築学的一次聴覚野(koniocortex)はHeschlの第一横回で見られ、二次聴覚野(parakoniocortex)は主にHeschlの第二横回で見られ、koniocortexを取り巻き上側頭回と側頭平面にひろがっていた。 parvalbuminはカルシウム結合蛋白で、主にGABA作動性のinterneuronの集団に発現し、発現の程度は神経の活動性によることがわかってきており、聴覚野の染め分けは、主に視床からの入力の差によるものと考えられた。マウスで、parvalbuminがinterneuronだけでなく、皮質と線条体を結ぶ経路の感覚野の錐体細胞を染めることが明らかにされつつあり、これはgulutamatergicとGABA作動性の皮質線条体経路での線条体への抑制回路であることから、聴覚野におけるparvalbumin陽性錐体細胞も線条体への投射経路を示す細胞であると考えられた。 以上、本論文は、ラットからヒトにいたる比較解剖を行ってのparvalbumin染色による聴覚野の地図つくりであるが、parvalbuminによる染色性の違いという比較的容易な方法で聴覚野を染め分けることが示された。また今まで染色性が明らかにされなかった錐体細胞に染色性を示したことにより、聴覚野の行動への抑制性経路の存在を示した。以上のことから、聴覚野の同定に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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