学位論文要旨



No 216364
著者(漢字) 永田,智子
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,サトコ
標題(和) 高齢患者が退院前・退院後に有する不安・困り事とその関連要因
標題(洋)
報告番号 216364
報告番号 乙16364
学位授与日 2005.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第16364号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 講師 田高,悦子
内容要旨 要旨を表示する

緒言

早期退院が促進される中、退院支援の重要性が増大しているが、退院支援の手続きや内容については未だ具体的な検証が行われていない。その第一歩として、退院後に患者が有する「不安・困り事」の内容を詳細に検討する必要があると考えられる。

退院後の患者の状況については、ADL、心理的不安、サービス利用、再入院などについて調査が行われ、患者の属性や入院中の支援などとの関連が調べられている。一方、患者が退院後に有する「不安・困り事」については、研究の蓄積が少ない。具体的な「不安・困り事」の内容について検討することにより、入院中の支援や退院後のフォロアップの方法について示唆が得られることが期待される。また、患者の状況や行われた退院支援内容との関連を検討した研究は、まだ報告されていない。

そこで、本研究では、以下の3点を研究目的とした。

1)退院前・退院後に患者が有する「不安・困り事」の内容を把握し、退院前後の「不安・困り事」の質問項目を作成し、信頼性を検証する。

2)「不安・困り事」の退院前後の変化を比較する。

3)「不安・困り事」と患者の特性・退院支援の実施の関連について検証する。

退院後の「不安・困り事」の質問項目作成および表面妥当性・内容妥当性の検証

T大学病院から2002年9月〜11月に自宅退院した患者のうち、退院後もケアを必要とする患者8名を対象とし、入院中・退院後に、退院後の不安・困り事に関するインタビューを行なった。不安や困り事の内容をケースごとに整理し、類似するものをまとめて、退院前後の「不安・困り事」の項目を作成した。その結果、17項目の項目が作成された。

在宅ケアのコーディネートを担当している看護師、訪問看護の経験を持つ看護師、および入院中の患者4名に対して、作成された質問項目の内容妥当性・表面妥当性の確認を依頼した。その結果、一部の表現の修正を経て、質問項目を確定した。

退院前後の「不安・困り事」の分類および信頼性の検証

方法

病床数200〜300の急性期病院4箇所から1週間以上の入院を経て自宅に退院する、65歳以上の患者で、同意が得られた者を対象とした。患者の病名、入院形態、ADL(Barthel Index)、症状、介護者の状況、退院先の予定、退院後に必要な医療処置などについて、カルテ・看護記録から情報を得た。また、対象者には、退院前に「不安・困り事」の質問項目への回答を依頼するとともに、退院約1週間〜10日と退院1月後に調査用紙を送付した。

結果

対象選定基準に該当した401名のうち、同意が得られたのは150名(37.5%)であった。「不安・困り事」質問項目への回答は、退院前128名、退院1週〜10日後108名、退院1月後99名から得られた。因子分析には退院前のデータを用い、再テスト信頼性の検証には、退院後の2時点のデータを用いた。

対象者の平均年齢は75.5歳、男性が54.7%、介護者が別居・就労・病弱などの問題を抱えているケースは46.0%であった。主疾患は悪性新生物、骨・関節疾患が多く、何らかの自覚症状を有する患者は50.0%いた。Barthel indexは平均89.3点で、100点の患者が多かった。退院後も医療処置を要する患者が24.7%で、58.7%は治療の継続が必要だった。

「不安・困り事」への回答を見ると、「体調・病状」については退院前後とも不安を有する患者が多かった。一方、「医療機器や薬剤の手配」「医療処置」「介護用品」「服薬」「介護保険。福祉制度の手続き」「在宅サービスの内容」では、退院前には85%以上、退院後も70%以上が「不安はない」と答えていた。

「不安・困り事」の内容を分類するため、因子分析(重みなし最小二乗法、プロマックス回転)を行った。第1因子は「介護用品」「在宅サービス」「介護保険の手続き」「住宅改修」から成り、「サービス」関連、第2因子は「介護負担」「経済」「食事内容」「日常生活(食事・排泄・入浴等)」「今後の療養場所」「家事」から成り、「日常生活」関連、第3因子は「治療方針」「体調・病状」「通院」「服薬」「緊急時の対応」から成り、「疾患・治療への対応」関連、第4因子は「医療処置」「医療機器や薬剤の手配」から成り、「医療処置」関連の「不安・困り事」と考え、以上の4因子を「不安・困り事」のカテゴリとした。

退院前と退院1週間後の「不安・困り事」のカテゴリ別Cronbach's αを算出したところ、退院前は「医療処置」が0.506だった以外は、全て0.6以上であり、また、退院後は全てのカテゴリで0.6以上を示した。再テスト信頼性は、項目別では、「服薬」と「介護用品の手配」がやや低かったが、他の項目はκ0.3以上であった。

「不安・困り事」の退院前後での変化および関連要因

方法

退院前後の「不安・困り事」の分類および信頼性の検証でのデータに加え、病棟の受持ナースに、退院支援の実施について回答するよう依頼した。また、患者への退院後アンケートの中で、退院支援に対する満足度について、在宅ケア研究会(2000)が作成した尺度のうち「入院中の退院計画に対する満足度」を示す9項目と、全般的な満足度を尋ねた。

結果

「不安・困り事」質問項目への回答が得られた者を対象とした。退院後については2回のアンケート結果を合わせ、118名として分析した。

退院前後の「不安・困り事」の変化について、対応のあるWilcoxon検定を実施したところ、「緊急時の対応」と「介護負担」で退院後に不安が有意に高かった(p<0.05)。 2時点とも不安を有する患者の割合が高かったのは「病状・体調」で、30.3%であった。「退院前なし一退院後あり」は、「緊急対応」 24.2%、「家族の介護負担」 20.2%が多かった。「服薬」、「医療機器や薬剤の手配」、「介護用品の手配」、「医療処置」は、2時点とも「なし」が70%以上を占めた。カテゴリ別得点については、時点間での得点の有意な変化はなかった。

「不安・困り事」と患者特性との関連について検討した。単変量解析を行ったうえで、多重共線性を考慮して、介護者の問題、ADL、自覚症状の有無、退院後の医療処置の有無、今後の治療予定の有無、病院を独立変数として選択した。ステップワイズの重回帰分析を行なったところ、退院前、「疾患・治療への対応」では、「C病院」で不安が低く、「今後の治療予定あり」で不安が高かった。「日常生活」では、「ADL不良」、「B病院」、「介護者の問題あり」で不安が高かった。「サービス」では、「ADL不良」、「B病院」で不安が高く、「退院後の医療処置あり」で不安が低かった。「医療処置」では、「退院後の医療処置あり」で不安が高く、「C病院」で不安が低かった。退院後は、「疾患・治療への対応」「日常生活」とも「症状」を有する患者で不安が高く、「日常生活」には「介護者の問題」も関連した。

次いで、退院支援の実施と「不安・困り事」との関連について検討した。まず、退院前の「不安・困り事」の有無別に退院支援の実施率を検討したところ、「退院時期の調整」は「疾患・治療への対応」「日常生活」について不安を有する患者で、「医療・福祉制度の説明」は「医療処置」について不安を有する患者で実施率が高かった。また、「介護保険手続きの支援」「在宅サービスの説明」は、「日常生活」と「サービス」について不安を有する患者で、実施率が高かったが、不安を有する患者への実施率は20〜30%であった。次に、退院支援の実施の有無による「不安・困り事」得点の変化をみると、「在宅サービスの説明」を実施したケースで、退院後に有意に「サービス」の不安が低下していた。「介護保険手続きの支援」では「疾患・治療への対応」「日常生活」「医療処置」、「在宅サービスの説明」では「疾患・治療への対応」と「サービス」、「医療・福祉制度の説明」では「医療処置」で、支援を実施した群では不安が減少し、未実施群では増加するという交互作用が認められた。

「不安・困り事」と退院支援に対する満足度との関連については、退院前には、「サービス」に関連する「不安・困り事」のみ有意に関連していた。一方、退院後は、「不安・困り事」の全てのカテゴリで、「不安・困り事」が少ないほど満足度が高かった。

考察

退院前後の「不安・困り事」は、「疾患・治療への対応」「日常生活」「サービス」「医療処置」の4つに分類され、先行研究での知見と一致した。「不安・困り事」の質問項目は、一部の項目の再テスト信頼性に課題が残るものの、活用可能と考えられた。

「緊急時の対応」「家族の介護負担」で、退院前より退院後に「不安あり」の割合が増加していた。これらは、患者が入院中に具体的な状況を想像しにくく、退院前に問題を予測することが難しい。スクリーニングツールや退院後のフォローの有用性が示唆された。

「不安・困り事」と患者特性との関連を検討したところ、「疾患・治療への対応」と「日常生活」では、退院前はADL、退院後は症状が関連していた。患者のADLが低いと、医療スタッフから何らかの介入があるため、「不安・困り事」が改善するが、身体症状が継続する場合は、discharge readinessが不十分であるために、退院後に病状や生活についての不安を惹起することが予測される。また、退院後の「不安・困り事」には、「介護者の問題」も関連していた。病院スタッフは、入院中の患者の家族について情報収集を行い、適切な支援を行うことが望ましいと考えられる。病院による差については、退院支援の開始時期の相違が理由として考えられるが、他の属性に差があった可能性もあり、検討を要する。

「不安・困り事」の有無と退院支援の実施との関連をみると、「日常生活」や「サービス」に不安を有する患者には、サービスや制度についての説明が有意に多く行われていたが、実施率は20〜30%程度であり、援助漏れの可能性が示唆された。また、「在宅サービスの説明」「介護保険手続きの支援」、「医療・福祉制度の説明」については、支援の効果を示す結果が得られた。入院中にこれらの説明を受け、必要に応じて手続きについての支援も受けることができれば、不安の減少につながるものと考えられる。

本研究は、対象数の少なさ、質問項目の妥当性の検証不足などの限界があるが、退院後の「不安・困り事」について実際のデータを元に項目作成・カテゴリ化した研究、また、詳細な退院支援の実施状況を検討した研究は今までに報告されておらず、一定の意義を有すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、退院前後に患者が有する「不安・困り事」の内容と退院前後での変化、および、患者の状況や退院支援との関連性を検討し、退院支援への示唆を得ることを目的としており、下記の結果を得ている。

1.T大学病院から自宅退院し、退院後もケアを必要とする患者8名を対象とし、入院中・退院後に、退院後の不安・困り事に関するインタビューを行なった。その結果から、退院前後の「不安・困り事」質問項目(17項目)を作成した。内容妥当性・表面妥当性の検証を行い、一部の表現の修正を経て、質問項目を確定した。

2.4つの急性期病院から、1週間以上の入院を経て自宅に退院した65歳以上の患者150名に対し、「不安・困り事」質問項目を含む質問紙への回答を依頼した。退院前128名、退院1週〜10日後108名、退院1月後99名から回答が得られた。退院前の「不安・困り事」について因子分析を行ったところ。「介護用品」「在宅サービス」「介護保険の手続き」「住宅改修」から成る「サービス」関連因子、「介護負担」「経済」「食事内容」「日常生活(食事・排泄・入浴等)」「今後の療養場所」「家事」から成る「日常生活」関連因子、「治療方針」「体調・病状」「通院」「服薬」「緊急時の対応」から成る「疾患・治療への対応」関連因子、「医療処置」「医療機器や薬剤の手配」から成る「医療処置」関連因子の4つが抽出された。退院前と退院1週間後のCronbach's αを算出したところ、退院前の「医療処置」を除く全てのカテゴリで0.6以上となり、一定の信頼性が示された。

3.2と同じデータを用いて、退院前後の「不安・困り事」の変化について検討した。対応のあるWilcoxon検定を実施したところ、「緊急時の対応」と「介護負担」で退院後に不安が有意に高かった(p<0.05)。これらについては、患者が入院中に具体的な状況を想像しにくく、退院前に問題を予測することが難しいことが考えられた。

4.「不安・困り事」と患者特性との関連について検討するため、介護者の問題、ADL、自覚症状の有無、退院後の医療処置の有無、今後の治療予定の有無、病院を独立変数とし、ステップワイズの重回帰分析を行なった。退院前では、「疾患・治療への対応」は「病院」「今後の治療予定」と関連し、「日常生活」は「ADL」「病院」「介護者の問題」と関連し、「サービス」は「ADL」「病院」「退院後の医療処置」と関連し、「医療処置」は「退院後の医療処置」「病院」と関連していた。退院後では、「疾患・治療への対応」「日常生活」とも「症状」を有する患者で不安が高く、「日常生活」には「介護者の問題」も関連していた。自覚症状を有するまま退院する患者、介護者の問題を有する患者へのフォローの必要性が示唆された。

5.退院支援の実施と「不安・困り事」との関連について検討した。「介護保険手続きの支援」と「在宅サービスの説明」は、退院前に「日常生活」と「サービス」について不安を有する患者で多く実施されていたが、不安を有する患者への実施率は20〜30%と十分ではなかった。次に、退院支援の実施の有無による「不安・困り事」得点の変化をみると、「在宅サービスの説明」を実施したケースで、退院後に有意に「サービス」の不安が低下していた。「介護保険手続きの支援」では「疾患・治療への対応」「日常生活」「医療処置」、「在宅サービスの説明」では「疾患・治療への対応」と「サービス」、「医療・福祉制度の説明」では「医療処置」で、支援を実施した群では不安が減少し、未実施群では増加するという交互作用が認められた。これらは支援の効果を示す結果と考えられ、入院中に制度やサービスの説明を受け、必要に応じて手続きについての支援も受けることができれば、不安の減少につながることが示唆された。

以上、本研究は、退院後の「不安・困り事」について実際のデータを元に項目作成・カテゴリ化し、経時的な変化を記述するとともに、患者特性や退院支援の実施状況との関連を明らかにした。このような「不安・困り事」のカテゴリ化や、詳細な退院支援状況との関連については今までに報告されていない。本研究は退院支援の向上に寄与する知見を示しており、学位の授与に値すると考えられる。

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