学位論文要旨



No 216365
著者(漢字) 関山,牧子
著者(英字)
著者(カナ) セキヤマ,マキコ
標題(和) インドネシア西ジャワ州スンダ農村における子どもの成長に関わる環境要因
標題(洋) Growth and its relevant environmental factors among rural Sundanese children in West Java, Indonesia
報告番号 216365
報告番号 乙16365
学位授与日 2005.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第16365号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
 東京大学 講師 李,廷秀
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

子どもの成長は、遺伝と環境に影響されるが、その相対的な重要性は成長段階によって異なる。このことは、同じ遺伝的背景を共有し異なる環境で生活する集団の成長を比較した研究から明らかにされ、成長段階の中でも思春期前は、環境の影響を受けやすい時期である。一方、思春期後の成長に対する環境の影響については一貫した研究結果が得られていない。

成長に影響する環境因子は多様であるが、特に栄養素摂取量と疾病は最も重要である。疾病の中でも、寄生虫症と貧血症は開発途上国に蔓延し、成長への影響が最も頻繁に指摘されてきたが、その影響が子どもの成長段階によって異なるか否かはほとんど検証されていない。

内分泌環境も子どもの成長に関わる重要な因子である。GHは、骨軟骨に対する成長促進作用をもつ重要なホルモンであり、その作用の多くはIGF-Iを介する。また、IGF-Iの安定化や運搬にはIGF結合タンパクが働くが、中でも血中に最も多く存在するのはIGFBP-3である。そのため、IGF-I及びIGFBP-3は、成長との関連において研究が蓄積されてきたが、開発途上国におけるデータはほとんどない。また、これらのホルモンは思春期前の成長に影響することが実証されているが、思春期後の成長への影響については一貫した結果が得られておらず、その意義は明らかではない。

成長に影響を及ぼすこのような諸因子は、様々な学問分野から特定の年齢層について研究されてきたため、思春期前の子どもが環境因子の影響を受けやすいかについての系統的な実証データはない。その点を明らかにするためには、広い年齢層の子どもに対し、様々な環境因子の相対的な影響を同時に検討する必要がある。また、その影響を見るためには、環境ストレスの強い子どもが対象として適している。

本研究は、インドネシアの農村集団を対象として、縦断的な身体計測に基づいて対象集団の成長パタンを明らかにすること、及び、疾病・栄養素摂取量・成長因子という成長への関連が指摘される三因子の影響が、成長段階によって異なるかを検証することを目的とした。

2.対象と方法

2-1.対象地域と対象者

対象村は、インドネシア、西ジャワ州、ボゴール県にあるスカジャディ村である。この村は典型的なスンダ農村であり、人口は6、434人で、村人の98%はイスラム教徒である。主な生業は、農業、小規模商業、近郊都市への出稼ぎ労働である。村人は伝統的生活を維持しており、野菜や果物を洗わずに生のまま食べるというスンダ民族特有の食習慣や、トイレや水源を家に持たないという衛生環境は、寄生虫症のリスク要因として指摘されてきた。

本研究では、スカジャディ村の10集落のうち2集落を選び、2001年7月の時点で在住していた0-12歳の子ども518名を対象とした。これらの子どものうち、63名が調査期間中に移住し、37名が採血に同意しなかったため、計4回の調査全てに参加が得られた418名を分析対象とした。

2-2.方法

フィールドワークは計4回行った。縦断的な成長データを得るために、2001年7月(RI)、2002年7月(RII)、2003年7月(RIII)に身体計測を行い(計測項目:身長、体重、皮脂厚、上腕周囲)、RIとRII、RIIとRIIIの期間成長量を求めた。また、2003年10月から2004年2月に長期調査を行い、食事調査、採便、採血、身体計測(RIV)、聞き取り調査を行った。RIVの身体計測値はZスコアに換算し、横断的な栄養状態の指標とした。食事調査は、各対象者3日ずつ、3時間毎の思い出し法(1日に5回)により行い、1日あたりの平均栄養素摂取量を計算した。便サンプルは、Kato-Katz法に基づくAscaris lumbricoides, Trichuris trichiura, hookwormの卵保有数測定に、血液サンプルは、貧血の指標としてのヘモグロビン、ヘマトクリット値測定、成長因子であるIGF-I、IGFBP-3の測定に用いた。IGF-I、IGFBP-3はコーカシアンのデータを用いてZスコア化した。また、データ解析においては、Bogin(1999)の定義に基づき、対象者を成長段階別に分類した。すなわち、6歳以下をChildhood、7-11歳の男子と7-9歳の女子をJuvenile、12歳以上の男子と10歳以上の女子をAdolescenceとした。

3.結果

3-1.縦断的成長

対象者の成長パタンを明らかにするために、平均的な成長速度を年齢・性別に求め、CDC標準値と比較した。身長・体重の増加量が最大となるのは、男子で13歳、女子で12歳であった。身長の増加量は、幼少期でCDC標準値より少ないが、男子は9-11歳、女子は8歳で、CDC標準値レベルに達した。体重の増加量は、男子が13歳まで、女子が11歳までCDC標準値を下回った。

3-2.栄養状態、栄養素摂取量

HAZスコアが-2以下(stunting)の子どもは55%、WAZスコアが-2以下(underweight)の子どもは47%であった。エネルギー摂取量のRDA(FAO/WHO/UNU、1985)に対するNAR (nutrientadequacy ratio)は96、たんぱく質摂取量のRDA(Hardinsyah et al.,1990)に対するNARは86であった。

3-3.貧血と寄生虫症

対象者の22%は貧血であり、その頻度には成長段階や性による差はなかった。寄生虫症に関しては、31%がAscarisに、23%がTrichurisに陽性であり、そのいずれかに罹っていた子どもは全体の39%であった。寄生虫症への罹患についても成長段階や性による差は見られなかった。

3-4.成長因子

IGF-Iは年齢とともに値が上昇し、身長の最大成長年齢より1年遅れ、すなわち、男子では14歳、女子では13歳でピークを迎えた。IGFBP-3も年齢に伴って値が上昇し、男子は15歳、女子は13歳でピークとなった。IGF-I、IGFBP-3のいずれも、男子より女子のほうが高値であった。

3-5.栄養状態に影響する要因一成長段階による比較

栄養素摂取量と栄養状態の相関を成長段階と性別に分析した結果、いくつかのケースで有意な関連が見られた。次に、貧血の子どもと貧血でない子どもとで、成長段階ごとに栄養状態を比較した結果、Childhoodにおいてのみ貧血の子どものHAZが低かった(p<0.01)。寄生虫症に関しても同様の結果が得られ、Childhoodにおいてのみ寄生虫症の子どものHAZが低かった(p<0.01)。また、IGF-I、IGFBP-3のいずれも、栄養状態と強い相関を示し、特にAdolescenceにおいては非常に高い相関が見られた。

栄養状態に関連する諸因子の影響が、成長段階によって異なるか否かを検討するために、性、年齢、エネルギーとたんぱく質摂取量のNAR、寄生虫症と貧血の有無、IGF-IとIGFBP-3のZスコアを独立変数、HAZ、WAZを従属変数とした重回帰分析を行った。その結果、疾病はChildhoodにおいてのみ有意な説明変数となり、栄養素摂取量の影響は見られなかった。また、IGF-IのZスコアは、全ての成長段階において強い効果を示し、特にAdolescenceの前期においては、その説明率が、HAZに対しては0.297、WAZに対しては0.364と高値であった。

4.考察

本対象集団は、Juvenileの前期まではCDC標準値よりも成長量が少なかった。インドネシアの富裕層では同時期の成長がCDC標準値と同様であるという報告が複数みられるため、農村部での貧しい生活環境がこのような成長の遅れをもたらしたと考えられる。しかし、Juvenileの後期からAdolescenceの前期にかけては、CDC標準値と同様の成長を示し、環境以外の要因が成長に影響することが示された。

寄生虫症や貧血の罹患率には、成長段階による差がなかったが、これらの疾病が栄養状態に及ぼす影響は、Childhoodにおいてのみ有意であった。Childhoodの成長は、下痢症などの疾病の影響を受けやすいということは一般に言われてきたが、軽度の寄生虫症や貧血などについてもChildhoodの子どもが影響を受けていることは新たな発見である。インドネシアでは寄生虫症の予防プログラムが小学校ベースで行われているが、寄生虫症による成長への影響が顕著な就学前の子どもに焦点をあてるべきであることが示された。

IGF-Iレベルは成長と非常に強い相関を示し、特にAdolescence開始の1年後に男女とも最も強い相関を示した(相関係数;0.91、0.70)。そして、その翌年に男女ともに身長の最大成長が見られた。IGF-Iの思春期前後の成長への影響について、本研究により、IGF-IレベルがAdolescence初期の成長に非常に強い相関を示したことから、急速な思春期成長はIGF-Iレベルの上昇によってもたらされると考えられる。また、IGF-IレベルはpubertyのおこるJuvenileからAdolescenceへの移行期において、栄養素摂取量と強い相関を示し、思春期の開始は適切な栄養素摂取によって促される可能性が強く示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、開発途上国の農村集団における子どもの成長パタンと、成長に関連する因子の成長段階(6歳以下をChildhood、7-11歳の男子と7-9歳の女子をJuvenile、12歳以上の男子と10歳以上の女子をAdolescenceとした)における相対的な重要性を明らかにするために、インドネシア西ジャワ州の一農村に住む0-12歳の子ども418名を対象として、縦断的な身体計測値、栄養素摂取量、寄生虫症と貧血症、成長因子を分析したものであり、下記の結果を得た。

2001年7月(RI)、2002年7月(RII)、2003年7月(RIII)に身体計測を行い、各対象者についてRIとRII、RIIとRIIIの期間成長量を求め、対象集団の性別・年齢別の平均的な成長速度を計算した。その成長速度をCDC標準値と比較した結果、Juvenile前期まではCDC標準値よりも成長量が少なかった。インドネシアの富裕層では同時期の成長がCDC標準値と同様であるという報告が複数みられるため、農村部での貧しい生活環境がこのような成長の遅れをもたらしたと考えられる。しかし、Juvenile後期からAdolescence前期にかけては、CDC標準値と同様の成長を示し、環境以外の要因が成長に影響を及ぼすことが示された。

2003年10月から2004年2月に行った現地調査、及び、現地で採集した生体試料を用いて、栄養状態に関連する諸因子(栄養素摂取量、寄生虫症と貧血症、成長因子)の分析を行った。そして、これらの因子の成長への影響が、成長段階によって異なるか否かを検討するために、性別、年齢、エネルギーとタンパク質摂取量のNAR、寄生虫症と貧血症の有無、IGF-IとIGFBP-3のZスコアを独立変数、HAZ、WAZを従属変数とした重回帰分析を行った。その結果、寄生虫症と貧血症の影響はChildhoodにおいてのみ有意な説明変数となり、栄養素摂取量の影響は見られなかった。IGF-IのZスコアは、全ての成長段階において強い効果を示し、特にAdolescence前期においては、その説明率が、HAZに対しては0.297、WAZに対しては0.364と高値であった。

寄生虫症や貧血症の罹患率は、成長段階による差がなかったが、これらの疾病が栄養状態に及ぼす影響は、Childhoodにおいてのみ有意であった。Childhoodの成長は、下痢症などの疾病の影響を受けやすいことは一般に言われてきたが、軽度の寄生虫症や貧血症についてもChildhoodの子どもが影響を受けているということは新たな発見である。インドネシアでは、寄生虫症の予防プログラムが小学校ベースで行われているが、寄生虫症による成長への影響が顕著な就学前の子どもに焦点をあてるべきであることが示された。

IGF-Iレベルは、成長と非常に強い相関を示し、特にAdolescence開始の1年後に男女とも強い相関を示した。そして、その翌年に、男女とも身長の最大成長が見られた。IGF-Iの思春期前後の成長への影響について、本研究により、IGF-IレベルがAdolescence初期の成長に非常に強い相関を示したことから、急速な思春期成長はIGF-Iレベルの上昇によってもたらされると考えられる。また、JuvenileからAdolescenceへの移行期において、IGF-Iレベルは栄養素摂取量と強い相関を示し、思春期の開始は、適切な栄養素摂取によって促される可能性が強く示唆された。

以上、本研究は、開発途上国の農村部に住む、広い年齢幅の子どもを対象として、現地調査に基づいて縦断的で包括的なデータを収集するとともに、対象者から収集した生体試料を用いて信頼性の高い分析を行い、農村部の子どもの成長パタンを明らかにするとともに、成長に関連する諸因子の影響が子どもの成長段階によって異なることを示した。本研究は、開発途上国においてはこれまでほとんど蓄積がない、縦断的成長研究であるとともに、成長に関連する様々な環境因子を同時に検討した包括的な成長研究である。以上の点において、本研究は、特に開発途上国における子どもの成長研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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