学位論文要旨



No 216368
著者(漢字) 高橋,啓三
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ケイゾウ
標題(和) 再処理技術史、その誕生から現在にいたる技術的・社会的な解析及び考察
標題(洋)
報告番号 216368
報告番号 乙16368
学位授与日 2005.10.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16368号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

使用済燃料の再処理については、核燃料サイクルの要になっている。原子力委員会の「原子力の研究、開発及び利用に関する 長期計画」の新計画策定会議において種々の議論を経た後の2004年11月に六ヶ所再処理工場の稼動への動きも決まり同年12月よりウラン試験を開始している。また東海再処理工場の運転も処理量1100トンを超えて,現在も安定的に運転を進めている。

世界各国においても再処理は議論を呼んだが、仏国、英国、ロシア、中国、インドでは再処理は続けられている。しかし、原子力発電に比較してその再処理工場の建設・運転の数が1桁以上すくないために、関係者の数、運転経験及び知識の蓄積も原子力発電には及ばない。

このような現状のなか再処理技術について、その誕生から現在にいたる技術的・社会的な解析及び考察を行う意義が十分にあるであろう。検討の道筋は、

1)当時どのような問題意識を再処理に対して持ち、何をしていたか?

2)その後の時間を経て、現実にはそれが正しかったのかどうか判定し、

3)そこから、得られる教訓は何かを学び、

4)それを今後に生かす、ことが重要であろう。

そのなかで、筆者が1970年以来、再処理建設・運転、技術開発に従事してきたなかで得た次の考えを裏付けたい。

1)再処理事業というのは総合エンジニアリングであり全体のバランスがとれた開発が必要である。

2)外国からの技術導入においてもそれを定着させるのは多大の努力が必要とされる。

3)エンジニアリングとは歴史の積み重ねでもある。

4)過去の60年間の経験を生かすことが重要である。

まず、そのために再処理について一般に行われている世代分け、

1)プルトニウム生産炉燃料、2)発電用黒鉛ガス炉燃料、3)発電用軽水炉燃料(酸化物燃料)に基づいて、それぞれの再処理量の算出を行った。

その結果、それぞれ75万、5万トン、3万トンの値とプルトニウム回収量が300トン、125トン、180トンの数値が得られた。

原子炉中の使用済燃料の燃え方及びプルトニウム、核分裂生成物の発生量を計算する計算コードオリゲン2を用いて低燃焼度における、プルトニウムの生産量及びその同位体を計算した。その結果、プルトニウム生産炉のプルトニウム含有量の0.42kg/トンは500MWD/t程度に相当すると判断した。オリゲン2には、Pu生産炉(黒鉛減速軽水冷却炉及びマグノックス炉)の計算コードはないのでCandu炉のコードで計算して、それからマグノックス炉の低燃焼度での公開データとの比較で類推した。プルトニウム生産炉の燃焼度については全体量からこのような推定を行ったのは初めてであろう。

この3分類からの処理量及び回収プルトニウム量、燃焼度から言えるは、その

1)プルトニウム生産炉燃料、2)発電用黒鉛ガス炉燃料、3)発電用軽水炉燃料(酸化物燃料)の順番に即ち、燃焼度の増大ともの再処理に必要とされることを示している。

また、これからの再処理は発電用の使用済燃料のみであり、2005年にIAEAのエルバラダイ事務局長が毎年(2003年1月時点で441基、358.7GWe)発生する使用済燃料中には89トンのプルトニウムが含まれているとの発表を行ったことについて試算を行う。

2002年の世界の原子力発電所の稼働率も設備容量(358.7GWe)と総発電量(2574TWh)から82%との数値が得られる。稼働率は2574TWh/(358.7GWex24hx365d)=0.82より得られる。

ここで、核分裂当たりのプルトニウムの出来る割合の転換係数を0.3とすると、

358.7 x 10(3)MWe x3 th *365*0.82(稼働率)*1g/MWD* 0.3(転換係数)=96トン/年とな、

試算したオリゲン2からの燃焼度計算では33000MWD/tにおけるPu生産は8700gであり、MWD当たり0.263g(8700g/33000MWD/t)が生まれており、この値を使うと

358.7 x 10(3)MWe x3 th *365*0.82(稼働率)*1g/MWD* 0.263(転換係数)=85トン/年

IAEA発表の89トンより少なく実際の世界の使用済燃料の平均燃焼度は33000MWD/tより低いことが分かった。

このように、再処理の全体の数値を踏まえた上で、各国の再処理の歴史をまとめた。再処理工場の数は建設を中断したものも含め30余になるが、米国、英国、仏国、ドイツ、ロシア、ベルギー、日本についてその主要なもの、米国(4), 英国(3)、仏国(4)、ドイツ(2),ロシア(3)、ベルギー(1),日本(2)の合計19の再処理工場について、その設立の経緯、運転、その後などについて考察した。

以上の7ヶ国の再処理に関して解析・考察した。

1)米国において、歴史的には、米国は1944年と60年前から世界の再処理技術の創造者で先駆者であったことは歴史の示すとおりである。しかし1977年のカーター大統領の核不拡散政策で商業再処理技術は中断し、また東西冷戦終了とともに軍事用再処理技術も終ったが、将来にむけた再処理技術開発は最近は先進的燃料サイクル構想として着実に進められている。米国人はもっともチャレンジング精神にとみ、再処理の分野でも失敗も多いが、その結果多くの教訓を残している

2)英国においては、原爆開発のためのプルトニウム抽出を目的に当初は開発を進めた。プルトニウム生産炉(黒鉛ガス炉,GCR)をそのまま原子力発電炉として開発し、その使用済燃料を再処理する民生利用を大々的に進めた。核兵器生産のためのプルトニウム生産炉をマグノックス炉に生かして素早く原子力発電に使ったというのは高い工業力があったから出来た。しかし、そのマグノックス炉に固執し、また改良型ガス炉(AGR)に向かい、結果として軽水炉開発の世界の主流から遅れた。再処理については多くの運転経験を有しており、またTHORP再処理工場という最新鋭工場を稼動させている。論文中では、ガラス固化工場での運転問題、またこの4月に発生した83m3という大量の溶解液漏洩についてその原因を解析・考察した。技術というのは、いつの時代でも人間とのかかわりで存在するもので、組織・運転員・装置システムの組み合わせでは大きなトラブルが生じうること肝に銘じる種々の教訓を与える。

3)仏国においては、米ソの核兵器国においつくことを第一義として原子力開発を始めた。しかし、スエズ危機1955年あたりよりエネルギーの自主供給を目指して、黒鉛ガス炉発電炉を進め、更により効率のより加圧水炉に方向転換をはかりEDFが同一型の軽水炉を建設・運転している。原子力開発の初期においては明らかに米国、英国の後塵を拝していたが、ドゴールの軍事・民生を合わせた原子力開発強化で、結果として現在は原子力・再処理の世界のトップの位置を占めている。

4)ドイツにおいては、日本と同じく第二次大戦の敗戦国であり原子力開発の出だしは遅れた。純粋に原子力平和利用を目的として開発をはじめ、高い工業力をもとに、1964年原子力船や1971年WAK再処理工場の運転を開始している。しかし、TMI事故、チェルノブイリ事故という逆風のなかで政治的に原子力の段階的な撤退が定められている。しかし、地球温暖化のなかで、その撤退を見直す動きがある。

5)ロシアにおいては、米国のマンハッタン計画については情報収集活動によりその全貌を捕らえ、それをコピーするかたちで原子力開発を進めた。核兵器のためのプルトニウム及び高濃縮ウランの生産に最大の力を置いた。現在は、冷戦時代の環境汚染を修復するころが最大の課題となっている。

6)ベルギーにいては、多国籍企業であった、ユーロケミック再処理工場は歴史的には画期的なものであった。ユーロケミック社は1957年に設立され、欧州統合への先駆けのような会社でもあった。1966年から1974年までの短い運転期間であったが商業用再処理の歴史に残したその足跡は大きい。

7)日本においては、ドイツと同じく第二次大戦の敗戦国であり原子力開発の出だしは遅れた。純粋に原子力平和利用を目的として開発をはじめ、52基の原子力発電炉と核燃料サイクル施設を持つまでにいたっている。日本は原子力長計という国(原子力委員会)の定める計画に従って、基本的には整然と原子力開発が進められている。東海再処理工場では導入技術からの定着のために多大の努力を行い、貴重な経験を蓄積してきている。

以上の7カ国の再処理工場をめぐる展開から、1)歴史経緯、2)技術の特徴、3)国民性の表れ、4)開発体制、5)環境対策、6)高レベル対策の観点より、それぞれの比較を行った結果を表にまとめた。

これを見ると、再処理事業そのものが、各国の置かれた立場や社会の仕組み、国民性の反映であることが如実にわかるといえよう。

結語として、

1)1944年のマンハッタン計画(当時の金額で約20億ドル)で認識していた再処理技術は、軍事用のプルトニウム生産炉からの使用済燃料に対しては正しかった。米露を中心に75万トンの使用済燃料を再処理している。しかし、放射性廃棄物による環境汚染は著しくその復旧に多大の費用を要しこれは、やはり放射能汚染について、事前の見方が甘かったことを示している。現在の再処理技術ではこの問題は克服されている。

2)軽水炉の酸化物燃料の再処理について難易度が明らかにプルトニウム生産炉<黒鉛ガス炉<軽水炉となっている。それは、英国のTHORP再処理の経験からも言える。また英国はガラス固化技術を仏国から導入したが、仏国が順調にガラス固化を進めているのに対して処理量があがらない問題を抱えている。GEモリス再処理工場の例に示すよう、十分に実証されていない技術の採用は危険を伴う。

3)2001年9月11日のテロ後に大量破壊兵器の拡散を防ぐ観点から再処理技術の規制が強く言われている。保障措置技術については触れなかったが、この分野での計測技術、監視技術、測定技術などの進展は著しく、法的な裏づけといった制度的な問題を別として、技術的には国際的な監視のもとに再処理の平和利用が保たれてきたのは確かな事実である。

4)エネルギー供給の手段及び炭酸ガス放出の低減のための地球環境保全の手段として、原子力発電炉は世界に440基余あり、総発電量の20%は占めている。その重要度が下がることは考えられない。

5)米国は、1977年に核不拡散の観点から再処理を放棄し、使用済燃料の直接処分の道を選んだが、その直接処分所はいまだに設置されておらず、使用済燃料は各原子力発電所で貯蔵されたままで大きな問題となっている。 再処理技術は使用済燃料の処理法としてやはりもっとも有用である。

6)再処理技術は、典型的な総合エンジニアリング技術でありやはり過去の経験が大きな意味を持ち、経験を生かして新しい技術を組み合わせることで最善の結果が得られよう。

表 再処理3世代における全再処理量推定(2005年時点)

審査要旨 要旨を表示する

核燃料サイクルの要である再処理技術は、軍事目的のプルトニウム生産炉から始まり、商業発電炉である黒鉛ガス炉の再処理を経て、軽水炉の再処理に至っている。その歴史を振り返り、当時の判断を現時点で考えると正しかったのかどうかを判定し、教訓を引き出し今後に生かすことは大切である。本研究は再処理技術の歴史に対し技術的・社会的な観点から解析し、考察を加えたものである。

第1章は緒言で、本研究の意義と考察の方向を述べている。

第2章では再処理の歴史を軍事利用のプルトニウム生産炉、黒鉛ガス炉、軽水炉の3段階に分け、その概要を説明している。

第3章では、まずウラン発見から第二次大戦中の米国マンハッタン計画の経緯を述べている。次いで再処理技術に関する歴史を枢要な事象の流れに沿って総括し、世界の動向の影響を強く受けたことを明らかにするとともに、マンハッタン計画当時からあげられていた問題点を列記している。

第4章では再処理技術自体の分類・整理を行い、各方法の歴史や利点等を整理している。

第5章では、再処理の歴史3段階のそれぞれにおける各国の再処理量を推定し、まとめている。推定は燃焼度等に基づくもので、結果を民生再処理に限ったIAEAの専門化グループの報告とも比較検討して妥当性を確認し、軍事も含めた全ての再処理量の算出・提示を始めて行っている。

第6章では、米国、英国、仏国、ドイツ、ロシア、ベルギー、日本といった各国の再処理の状況を整理している。単に運転期間や処理能力、処理実績を示すだけでなく、目標を達成できたかどうか、どのようなトラブルがあったか等まで調べ、再処理工程の課題の3大要素は、詰まり、腐食、機械的故障であり、他に品質管理や運転管理の問題もあるとして、多くの教訓を引き出している。

第7章は考察で、ここに主要な教訓がまとめられている。まず各国の再処理の特徴を、歴史経緯、技術の特徴、国民性の表れ、開発体制、環境対策、高レベル放射性廃液ガラス固化対策といった観点から比較考察している。その結果、再処理事業は各国の置かれた立場や社会の仕組み、国民性の反映であると結論付けている。また再処理技術の評価は軍事利用当時も生産性に関してはほぼ妥当であったものの、放射能汚染について認識が甘く、環境汚染の復旧に現在も巨額を投入せざるを得なくなっていることを指摘している。なお現在の技術では放射能放出低減が達成され、この問題は克服されたとしている。ほかにも外国技術導入にあたっての問題点、革新技術採用に際しての留意点、総合的視野の必要性などを教訓としてまとめている。国際政治との関係では、2001年9月11日のテロ後は大量破壊兵器の拡散を防ぐ観点から規制強化が強く主張され、その分野での技術進展が著しいと述べている。最後にエネルギー供給手段としての原子力の重要性を述べ、米国の選んだ使用済燃料直接処分の道も問題が多く、再処理技術は使用済燃料処理法としてもっとも有用と結論付けるとともに、経験を生かして新しい技術を組み合わせることで最善の結果が得られると結んでいる。

第8章は結語であって、再処理技術が各国の国民性や社会体制を反映していることを再度強調している。

以上のように、本論文は再処理の技術史をまとめ、過去にはどのような問題意識のもとにどのような判断をしていたかを明らかにし、それが正しかったかを判定し、教訓を引き出して今後に活かそうとするものであって、工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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