学位論文要旨



No 216372
著者(漢字) 和泉,亨
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,トオル
標題(和) 大豆イソフラボン含有食品素材の開発及びその有効性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216372
報告番号 乙16372
学位授与日 2005.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16372号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 加藤,久典
 東京大学 客員助教授 松本,一朗
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

大豆は油脂やタンパク質の重要な供給源として注目されてきた。近年はその他の微量構成成分の機能性についての研究が活発に展開されており、その成分の一つにイソフラボンがある。また、疫学的調査において、心臓疾患死亡率、骨粗鬆症発症率、乳がん死亡率等が欧米に比べて日本では低いことが報告されており、この事実は大豆摂取、特に、イソフラボン摂取に起因するものと考えられている。この背景から、大豆イソフラボンを含有する食品素材を開発する事は予防医学上、大変有意義である。

そこで、イソフラボン供給源を選抜するために、大豆または大豆加工食品に含有されるイソフラボン誘導体の含有量を分析した。また、各誘導体の化学的特性と食品製造における加熱、水分等の条件と相関性があることを明らかとするとともに、特に、マロニル配糖体の単離精製及びマロニル配糖体の熱安定性の検証、またマロニル配糖体の脱炭酸反応によって生成するアセチル配糖体の効率的変換条件の検討を実施し、非プロトン性極性溶媒中の加熱反応により効率的に脱炭酸反応が進行することを確認した。また、アセチル配糖体の熱安定性についても検証した。結果的に、醤油製造における副産物として排出される醤油粕にイソフラボンアグリコンが約0.3%程度含有していることが明らかとなったため、安定的な供給が見込める原料として醤油粕を選定した。

さらに、醤油粕から効率的にイソフラボンアグリコンを抽出、精製する方法の確立を目指した結果、高濃度エタノールで抽出後、濃縮、さらにアルカリ条件下でのイソフラボンアグリコンの再溶解、さらに酸性化による沈殿生成により、イソフラボンアグリコン含有率30%以上の粉末(大豆発酵抽出物:FSE)を工業的に生産できる方法を確立することに成功した。

イソフラボンには様々な生理活性があることが報告されているが、生体内での活性本体はアグリコン型であり、またイソフラボン配糖体は腸内細菌によりアグリコン化されてから腸管より吸収されると考えられている。そこで、健常人におけるアグリコン、配糖体をそれぞれ同モル数摂取した後の血中濃度プロフィイルを比較したところ、アグリコンは配糖体よりも速度的にも速く、優れた吸収性を示すことが明らかとなった(図1)。

また、FSEを用いて、抗酸化活性評価という位置づけで動脈硬化に対する効果の検証、エストロゲン様活性という観点から、更年期障害と骨粗鬆症についてそれぞれのモデル動物試験または臨床試験によりそれらの効果を検証した。

動脈硬化モデルウサギを使用した実験においては、FSEの投与により大動脈弓の病巣面積を有意に抑制した(表1)。これはin vitroにおいてゲニステインやダイゼインが抗酸化活性を有することが立証されたことからFSEの主成分であるイソフラボンの効果であることが充分に示唆される結果となった。すなわち、イソフラボンがLDL酸化を抑制し、その結果として、抗アテローム性動脈硬化効果を示していることを強く示唆するものである。また、閉経後女性を対象として更年期障害症状の評価を行ったところ、FSEの摂取(イソフラボンアグリコン40mg/日)が更年期障害特有の不定愁訴である"ほてり"の減少を引き起こした(図2)。

また同時に測定した血中イソフラボン濃度もほてり点数や更年期障害スコアの低減と相関があることから、この効果もイソフラボンに起因するものと強く示唆された。

さらには、卵巣摘出(OVX)ラットでの骨粗鬆症発症抑制評価においては、FSEの投与により脛骨密度の減少抑制効果が見られ、その効果の主体がゲニステインであることが強く示唆された(表2)。骨粗鬆症の発症は閉経前後のエストロゲン分泌低下が大きな要因として考えられているが、イソフラボンがエストロゲン様作用を示し、骨細胞にもエストロゲンレセプターが存在することが報告されていることから、この作用機序を介して骨粗鬆症の発症を抑制するものと考えられる。

FSEは閉経前後の女性の健康維持に非常に有益であり、今後迎える高齢者社会においては予防医学上非常に重要な食品素材として位置づけられる事を期待する。

図1 健常な日本人(男性4名、女性4名)を被験者としたアグリコン及び配糖体の低用量(0.11mmol)単回摂取試験における0,2,4,6,24時間のダイゼイン及びゲニステインの血中濃度

各測定時間において平均値±標準偏差で表している。ゲニステイン血中濃度における2,4,6時間後のアグリコン摂取時と配糖体摂取時を比較した場合、a:P<0.05、b:P<0.01、c:P<0.005ダイゼイン血中濃度における2,4,6時間後のアグリコン摂取時と配糖体摂取時を比較した場合、d:P<0.05、e:P<0.01、f:P<0.005

表1 各摂取群における大動脈弓の動脈硬化病巣面積

平均値±SD、同じ記号を共有させない値に有意義あり(P<0.05)

図2 ほてり点数の経時的変化

表2 各摂取群における若年ラットの脛骨密度

平均値±SD、++P<0.01(偽手術群との比較)、+P<0.05(OVXとの比較)、++P<0.01(OVXとの比較)

審査要旨 要旨を表示する

数多くの疫学調査によれば、日本では欧米に比べて心臓疾患死亡率、骨粗鬆症発症率、乳がん死亡率等が低く、その要因のひとつとして日本人が積極的に大豆イソフラボンを摂取することが挙げられている。このような背景から、大豆イソフラボンを含有する食品素材を開発することは、予防医学上、大変有意義である。本論文は、大豆イソフラボンを含有する食品素材の開発とその有効性に関する研究についてまとめたもので、4章からなっている。

第1章では、大豆イソフラボン含有食品素材の原料を選抜するために、大豆または大豆加工食品に含有するイソフラボン誘導体の含有量の定量及び各イソフラボン誘導体の物理化学的特性について検証を行っている。その結果、大豆、きな粉、納豆の順にイソフラボン含有量が高く、また、マロニル配糖体は大豆、豆腐に、アセチル配糖体はきな粉に、配糖体は納豆に、そしてアグリコンは味噌に比較的多く存在することが明らかとなった。また、マロニル配糖体を単離精製し、その熱安定性の検証した結果、マロニル配糖体は水溶液中での加熱により容易に加水分解されることが明らかとなった。またマロニル配糖体の脱炭酸反応によって生成するアセチル配糖体の効率的変換条件の検討を実施した結果、DMFやDMSO等の非プロトン性極性溶媒中の加熱反応により脱炭酸反応が効率的に進行することを実証した。また、アセチル配糖体の熱安定性についても検証し、マロニル配糖体と比較して安定であることが明らかとなった。

第2章では、大豆イソフラボンを含有する食品素材の工業的製造方法について検討を行っている。その結果、第1章において得られた大豆イソフラボン誘導体の物理化学的性質と期待される有効性から総合的に判断して、大豆イソフラボン含有食品素材の安定的供給が見込める原料として醤油粕を選定した。そして、醤油粕中のイソフラボン誘導体を定量した結果、イソフラボンアグリコンを0.25%程度含有していることが明らかとなった。さらに、醤油粕から効率的にイソフラボンアグリコンを抽出、精製する方法の確立を目指した結果、高濃度エタノールで抽出後、濃縮、さらにアルカリ条件下でのイソフラボンアグリコンの再溶解、さらに酸性化による沈殿生成により、イソフラボンアグリコン含有率30%以上の粉末(大豆発酵抽出物:FSE)を工業的に生産できる方法を確立した。

第3章では、FSEの有効性に関する検討を行っている。イソフラボンには様々な生理活性があることが報告されているが、生体内での活性本体はアグリコン型であり、またイソフラボン配糖体は腸内細菌によりアグリコン化されてから腸管より吸収されると考えられている。まず第1に、日本人健常者を被験者として、アグリコン、配糖体をそれぞれ同モル数摂取した後の血中濃度プロフィイルを比較したところ、アグリコンは配糖体よりも吸収が速く、吸収量も多いことが明らかとなった。また、FSEを用いて、抗酸化活性評価という位置づけで動脈硬化に対する効果の検証、エストロゲン様活性という観点から、更年期障害と骨粗鬆症についてそれぞれのモデル動物試験または臨床試験によりそれらの効果を検証した。第2に、動脈硬化モデルウサギを使用した実験において、FSE投与群ではコレステロールを負荷したコントロール群と比較して大動脈弓の病巣面積を有意に減少させた。また、組織免疫学的観察においては、コントロール群と比較してFSE投与群では酸化LDLを含有するマクロファージ由来泡沫細胞数が少なかったことと、in vitroにおいてゲニステインとダイゼインが抗酸化活性を有することが立証されたことから、これらはFSEの主成分であるイソフラボンアグリコンの効果であり、その作用機序として、イソフラボンがLDL酸化を抑制して、抗アテローム性動脈硬化効果を示していることを強く示唆するものである。第3として、閉経後女性を被験者として更年期障害症状に対する効果について検証したところ、FSEの摂取(イソフラボンアグリコン40mg/日)により更年期障害スコアが摂取開始時と比較して、2、3ヶ月後に有意に減少した。さらに更年期障害特有の不定愁訴である"ほてり"の点数が、摂取開始時と比較して、2、3ヶ月後に有意に減少した。また同時に測定した血中イソフラボン濃度もほてり点数や更年期障害スコアの低減と相関があることから、これらの効果はイソフラボンに起因するものと強く示唆された。第4として、卵巣摘出(OVX)ラットを用いた骨粗鬆症発症抑制評価において、FSE投与群またはゲニステインの投与群ではコントロール群と比較して大腿骨骨強度並びに脛骨骨密度の減少を有意に抑制していた。骨粗鬆症の発症は閉経前後のエストロゲン分泌低下であり、またイソフラボンにはエストロゲン様作用があることから、この効果の主体がFSEの主成分であるゲニステインであることが強く示唆された。

本論文は、醤油粕という産業的副産物を原料とした大豆イソフラボン含有食品素材の工業的製造方法を確立すると共に、イソフラボンアグリコンの吸収優位性、並びに、動脈硬化、更年期障害、骨粗鬆症に対する発症抑制効果を実証したものであり、今後迎える高齢社会において、閉経前後の女性の健康維持に有益な機能性食品の開発に貢献するものと期待される。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク