学位論文要旨



No 216374
著者(漢字) 古藤田,信博
著者(英字)
著者(カナ) コトウダ,ノブヒロ
標題(和) リンゴの花芽形成に関する分子生物学的研究
標題(洋) Molecular studies on the flower development in apple (malus × domestica Borkh.)
報告番号 216374
報告番号 乙16374
学位授与日 2005.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16374号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 助教授 経塚,淳子
 東京大学 助教授 桝澤,修一
内容要旨 要旨を表示する

木本植物であるリンゴは、数年間続く幼若期間を経て開花・結実する。そのため、このような幼若相の存在は、果樹の早期多収や効率的な育種の推進を図る上で障害となっている。果樹産業においては、苗を圃場に定植後できるだけ早く生産を開始させるために、幼若相および栄養成長相を短縮することによって開花を促進させることは重要である。リンゴの育種事業では、実生の開花・結実を促進させるために様々な実用的技術が考案され実際に適用されている。しかし、圃場における通常の栽培管理体系では、実生の幼若相を4年以下に短縮することは困難である。したがって、リンゴの幼若性、花成誘導、および花芽形成(花成)の基礎的メカニズムを解明し、早期花成技術を開発することは重要な研究課題となっている。これらの基礎的メカニズムの解明は将来的に果樹産業の発展に寄与するであろう。また、一般的に困難とされているリンゴの形質転換技術の改良は、リンゴの育種および遺伝学的・分子生物学的研究をさらに発展させるものと思われる。シロイヌナズナを用いた遺伝学的・分子生物学的研究では、LEAFY (LFY) およびAPETALA1 (AP1) が、花序分裂組織から花芽分裂組織への移行に重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。一方、TERMINAL FLOWER1 (TFL1) が、花成抑制(花成時期の遅延)および花序形成(無限花序の形成)に関与していることが示されている。本研究では、花成あるいは幼若性に関与するリンゴの遺伝子を単離し、シロイヌナズナおよびリンゴの形質転換体を用いて、それらの遺伝子の機能解明を行うことを目的としている。

AFL (Apple FLORICAULA/LEAFY) およびMdAP1 (Malus x domestica AP1) の単離と発現解析

リンゴの花芽形成と花成遺伝子の発現との関係を明らかにするため、花芽形成過程の形態学的観察を行うとともに、リンゴ'紅玉'からLEAFY (LFY) に相同な遺伝子AFL (Apple FL-ORICAULA/LEAFY)、AP1に相同な遺伝子MdAP1 (Malus x domestica AP1)の部分断片を単離し、発現解析を試みた。形態学的観察によると、リンゴ'紅玉'では、花芽分化する新梢の伸長が6月後半に停止し、7月の中旬頃に茎頂部分が隆起し始め、花芽分化の兆候が見られた。この結果から栄養成長相から生殖成長相への遷移は、形態的変化が現れる直前の6月の後半から7月の前半にかけて起こることが示唆された。また、がく原基は10月中旬頃から形成が開始された。AFLおよびMdAP1の発現時期及び発現部位を明らかにするため、時期別・器官別のノーザンブロット解析を行った。茎頂における時期別ノーザンブロットでは、AFLの発現は8月から11月まで増加し、12月にやや減少することが明らかとなった。一方、MdA-P1は、10月中旬から発現し、その後開花直前まで増加した。MdAP1は特異的に10月から発現することが判明した。器官別ノーザン解析により、AFLは、茎頂およびがく、葉に発現しており、MdAP1は、がく特異的に発現していることが明らかとなった。MdAP1の発現開始時期は、形態観察によるがく原基形成期(10月中旬)とほぼ一致する。シロイヌナズナでは、LFYおよびAP1が花芽分裂組織決定遺伝子として互いに機能しており、LFYおよびAP1は同時もしくはAP1よりやや先にLFYが発現することが示されている。本研究の対象であるリンゴでは、休眠期を含め花芽形成期間は約10ヶ月にわたり花芽形成の速度も緩やかに進行しているため、花芽形成過程の詳細な観察が可能である。MdAP1は、AFLの発現が上昇する時期にがくにおいて特異的に発現を開始し、開花直前まで発現が増加することが判明したことから、リンゴのがく形成にも関与していることが示唆された。

MdAP1を発現する形質転換シロイヌナズナの解析

次に、リンゴAP1相同遺伝子を単離し、その機能解析を行った。MdAP1相同遺伝子の部分断片を用いて3' RACE・5'RACE-PCRを行い、polyAを含む3'側断片を得た。5'側断片の単離中に、MdAP1と同一と考えられるMdMADS5がニュージーランドのYaoらにより単離されたため、5'側はその配列よりプライマーを設定し、コード領域を含むcDNAを long and accurat-e (LA) - PCRで増幅した。次に35Sプロモーター下流にMdAP1を連結したコンストラクトをシロイヌナズナに導入し、形質転換個体を選抜した。MdAP1のアミノ酸配列(翻訳領域)における相同性はAP1、SQUA に対してそれぞれ66%、70%であった。カナマイシン耐性個体は15個体得られ、そのうち5個体が野生型と比較し早期開花性を示した。導入遺伝子に付随する早期開花性はその後代(T1, T2世代)においても伝達された。また、長日条件、短日条件においても野生型より早く開花した。早期開花した個体はロゼット葉数が少なく、2〜3枚程度で栄養生長が停止し、早期開花の著しい個体では有限花序となり花器官に形態異常が見られた。シロイヌナズナAP1とリンゴMdAP1の塩基配列を比較するとMdAP1では後半部分に相同性の低い領域が見られ、全体としてMdAP1はAP1よりも翻訳領域が短くなっている。今回の実験により、35S::MdAP1を導入したシロイヌナズナは35S::AP1を導入したシロイヌナズナと同様の形態変化が観察されたことから、MdAP1は、AP1と同様に花成を促進させる機能などを持っていることが示唆された。

MdTFL1 (リンゴTFL1様遺伝子)の単離および解析

次に、シロイヌナズナTFL1のリンゴ相同遺伝子MdTFL1を単離しその発現解析を行った。シロイヌナズナにおいてTFL1はLFYを抑制的に制御していることが示されている。TFL1、C-ENに対するMdTFL1の相同性は核酸レベルでそれぞれ75%、71%、アミノ酸レベルでそれぞれ74%、72%であった。リンゴにおける時期別MdTFL1 mRNAの発現量は、花芽分化期が最も高くその後やや減少した。この発現パターンは、AFL (AFL1) が花芽分化後次第に上昇したのと対照的であった。TERMINAL FLOWER1(TFL1)およびCENTRORADIALIS(CEN)は栄養成長相から生殖成長相への切替えに関与しており、それらの機能欠損変異体は無限花序から有限花序に変化し、tfl1変異体については早期開花することが観察されている。サザン解析において、メジャーなバンドの他にマイナーなバンドが1本検出されたことからMd-TFL1に相同性の高い別の遺伝子が他に1つ存在することが示唆された。LFY相同遺伝子であるAFLにおいては塩基配列上極めて相同性の高い複数の遺伝子が単離されており(AFL1, A-FL2)、TFL1に関しても同様に相同遺伝子が複数存在する可能性がある。次に、リンゴMdTF-L1の機能を明らかにするため、35S::MdTFL1をシロイヌナズナに導入し形質転換体の作出を試みた。その結果、リンゴMdTFL1遺伝子を導入したシロイヌナズナは開花遅延を示し、本遺伝子がTFL1と同様に開花抑制機能を有していることが明らかとなった。

MdTFL1アンチセンス遺伝子を発現する形質転換リンゴ'王林'の解析

さらに、MdTFL1のリンゴにおける機能を直接的に明らかにするためアンチセンス方向に組み込んだベクターを作成し、アンチセンスRNAを発現する形質転換リンゴを作出した。M-dTFL1遺伝子を導入したリンゴは独立に3系統得られた。NPTIIおよびMdTFL1をプローブとしたサザン解析により、2系統(系統303, 705)は2コピー、1系統(系統614)は1コピーの遺伝子が導入されていることが判明した。ノーザン解析により、2コピー導入された系統に比較的多い外来遺伝子(MdTFL1アンチセンス遺伝子)の発現が見られた。またRT−PCRによって内生MdTFL1遺伝子の発現を解析したところ、対照(非形質転換体'王林')と比較し、いずれの系統もその発現量が低下していた。リンゴは種子をまいてから花が咲くまでに7〜8年の年月を要する。MdTFL1アンチセンス個体は、再分化シュートを順化後、最短8ヶ月で開花した。系統303及び705は接ぎ木により複数のクローンを増殖しているが、いずれも順化後8〜13ヶ月で開花した。一方系統614は順化後25ヶ月で開花した。対照の非形質転換体では、再分化シュートの順化後、開花には最も早くて6年を要した。このことからMdTFL1はリンゴの幼若性維持に重要な働きをしていることが明らかとなった。内生MdTFL1遺伝子は完全に発現が抑制されているわけではなかったことから、MdTFL1ノックアウト個体の作出はさらに花成が促進される可能性がある。早期開花した形質転換リンゴは、'さんさ'などの交雑和合性品種を受粉させることにより結実し、種子を形成した。また、早期開花系統は、種子親・花粉親のいずれにおいても果実および種子を形成した。このことは、早期開花系統を用いた世代促進が可能であることを示している。花成に関わる遺伝子を制御して、リンゴなど果樹の幼若性を短縮する技術の開発は画期的であり、このような技術は他の木本作物にも応用可能であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

第一章では、本研究の背景と目的を述べている。木本植物であるリンゴは、数年間続く幼若期間を経て開花・結実する。そのため、このような幼若相の存在は、果樹の早期多収や効率的な育種の推進を図る上で障害となっている。リンゴの通常の栽培管理体系では、実生の幼若相を4年以下に短縮することは困難である。本研究では、花成あるいは幼若性に関与するリンゴの遺伝子を単離し、シロイヌナズナおよびリンゴの形質転換体を用いて、それらの遺伝子の機能解明を行い、早期花成技術を開発することを目的としている。

第二章ではAFL (Apple FLORICAULA/LEAFY) およびMdAP1 (Malus x domestica AP1) の単離と発現解析について述べている。リンゴ'紅玉'からシロイヌナズナLEAFY (LFY) に相同な遺伝子AFL (Apple FL-ORICAULA/LEAFY)、AP1に相同な遺伝子MdAP1 (Malus x domestica AP1)の部分断片を単離し、発現解析を試みた。茎頂における時期別ノーザンブロットでは、AFLの発現は8月から11月まで増加し、12月にやや減少することが明らかとなった。一方、MdA-P1は、10月中旬から発現し、その後開花直前まで増加した。MdAP1は特異的に10月から発現することが判明した。器官別ノーザン解析により、AFLは、茎頂およびがく、葉に発現しており、MdAP1は、がく特異的に発現していることが明らかとなった。MdAP1の発現開始時期は、形態観察によるがく原基形成期(10月中旬)とほぼ一致する。

第三章ではリンゴ遺伝子MdAP1を発現する形質転換シロイヌナズナの解析をおこなっている。まずリンゴAP1相同遺伝子を単離した。次に35Sプロモーター下流にMdAP1を連結したコンストラクトをシロイヌナズナに導入し、形質転換個体を選抜した。カナマイシン耐性個体は15個体得られ、そのうち5個体が野生型と比較し早期開花性を示した。導入遺伝子に付随する早期開花性はその後代(T1, T2世代)においても伝達された。早期開花した個体はロゼット葉数が少なく、2〜3枚程度で栄養生長が停止し、早期開花の著しい個体では有限花序となり花器官に形態異常が見られた。このようにMdAP1は、AP1と同様に花成を促進させる機能などを持っていることが示唆された。

第四章ではMdTFL1 (シロイヌナズナTFL1相同遺伝子)の単離および解析を行っている。リンゴにおける時期別MdTFL1 mRNAの発現量は、花芽分化期が最も高くその後やや減少した。この発現パターンは、AFL (AFL1) が花芽分化後次第に上昇したのと対照的であった。次に、リンゴMdTF-L1の機能を明らかにするため、35S::MdTFL1をシロイヌナズナに導入し形質転換体の作出を試みた。その結果、リンゴMdTFL1遺伝子を導入したシロイヌナズナは開花遅延を示し、本遺伝子がTFL1と同様に開花抑制機能を有していることを明らかとした。

第五章ではMdTFL1アンチセンス遺伝子を発現する形質転換リンゴ'王林'の解析している。MdTFL1のリンゴにおける機能を直接的に明らかにするためアンチセンス方向に組み込んだベクターを作成し、アンチセンスRNAを発現する形質転換リンゴを作出した。MdTFL1遺伝子を導入したリンゴは独立に3系統得られた。通常リンゴは種子をまいてから花が咲くまでに7〜8年の年月を要する。MdTFL1アンチセンス個体は、再分化シュートを順化後、最短8ヶ月で開花した。系統303及び705は接ぎ木により複数のクローンを増殖しているが、いずれも順化後8〜13ヶ月で開花した。一方系統614は順化後25ヶ月で開花した。このことからMdTFL1はリンゴの幼若性維持に重要な働きをしていることが明らかとなった。早期開花した形質転換リンゴは、'さんさ'などの交雑和合性品種を受粉させることにより結実し、種子を形成した。また、早期開花系統は、種子親・花粉親のいずれにおいても果実および種子を形成した。このことは、早期開花系統を用いた世代促進が可能であることを示している。

第六章では本研究の意義について次のように述べている。花成に関わる遺伝子を制御して、リンゴなど果樹の幼若性を短縮する技術の開発は画期的であり、このような技術は他の木本作物にも応用可能であると考える。

以上要するに、本研究はリンゴにおいて花芽形成に強く関与する遺伝子MdAP1およびMdTFL1を単離し、MdAP1は早期開花性の機能を有すること、リンゴへのMdTFL1アンチセンス遺伝子の導入は幼若期間を強く短縮することを示したもので、学術上応用上、寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/43370