学位論文要旨



No 216378
著者(漢字) 馬淵,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) マブチ,アキヒコ
標題(和) 偽性軟骨無形成症および多発性骨端異形成症における遺伝子変異の検出に関する研究
標題(洋)
報告番号 216378
報告番号 乙16378
学位授与日 2005.11.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16378号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 特任教授 古川,洋一
 東京大学 助教授 須佐美,隆史
 東京大学 助教授 川口,浩
 東京大学 客員助教授 吉村,典子
内容要旨 要旨を表示する

緒言

偽性軟骨無形成症及び多発性骨端異形成症は、共に骨端の異形成を特徴とする疾患群である。いずれも、軽症型と重症型に分類されるが、明確な基準は存在していない。両疾患は、重症から軽症まで多様な臨床像をとる明瞭に区分できない連続した一つの病態であると考えられている。COMP(Cartilage Oligomeric Matrix Protein)は、特有な8つの繰り返し構造から構成されるCalmodulin-like repeats(CLR)ドメインをもつ細胞外基質タンパクである。このCOMP遺伝子は、偽性軟骨無形成症と多発性骨端異形成症の疾患原因遺伝子であることが報告されている。既報のCOMP遺伝子の変異は単一ではなく、その一方で偽性軟骨無形成症と多発性骨端異形成症の病態は多様性に富むため、変異の遺伝子型と表現型は一定の関係にある可能性がある。しかしながら、COMP遺伝子変異の臨床像との関係は未だ不明の点が多い。また、多発性骨端異形成症には、遺伝的異質性があり他に5つの疾患原因遺伝子が知られている。その一つ、MATN3(matrilin-3)は、比較的最近同定され、軟骨特異的に発現する遺伝子である。MATN3もまた変異好発部位、臨床像との関係等不明の点が多い。

変異の種類、型について多くの情報を蓄積することは、これらを用いた遺伝子変異の検出を簡便化させるための道筋を開くことになる。既知の変異が見つかった場合、その診断は確実である。一方、遺伝子情報以外の補助診断が存在する場合、これらを組み合わせることでその診断妥当性はより高くなる。COMPでは、血清及び関節液中での検出が可能であるため、これを用いた診断法を検討することで臨床応用への道が開かれる可能性がある。

本研究では、偽性軟骨無形成症、多発性骨端異形成症の簡便で効率の良い遺伝子変異の検出に資するため、COMP遺伝子とMATN3遺伝子に関して新規変異の同定とその妥当性を評価し、変異の部位と臨床像との相関関係を検討した。更に血中COMP濃度と遺伝子変異との関係を明らかにすることを目的とした。

方法

東京大学医学部附属病院整形外科等の施設を外来受診し、経過観察されている患者を対象とした。偽性軟骨無形成症7例、多発性骨端異形成症17例に対して新規変異の同定を行った。各参加施設及び理化学研究所の倫理委員会の承認のもと研究を行った。実施内容に関し説明は文書を用いて行い、その後すべての対象者及び家族から書面で同意を得た。ゲノムDNAを得るため、末梢血、頭髪もしくは爪を採取した。また、末梢血からEBウイルス感作リンパ球を樹立、培養し、RNAを抽出、逆転写を行って得たcDNAを解析用の試料とした。PCR-ダイレクトシークエンスを行い対象者の塩基配列を決定した。必要な場合、変異アレルをサブクローニングした。シークエンスが正確か否かを制限酵素法及びTaqMan法で確かめた。多型解析では、NEDでラベルした蛍光プライマーを使用し多型を含む領域を増幅、これを泳動しアレルを同定した。MATN3遺伝子における変異と多型の連鎖を確かめるため、両領域を含むPCRを行い、各々のアレルを決定した。血漿COMP濃度は、ウサギ由来抗ヒトCOMPポリクロナール抗体がプレート上にコーティングされているenzyme immunoassay kitを使用して測定した。

結果

COMP遺伝子では、偽性軟骨無形成症7例の全例で、多発性骨端異形成症では17例中6例で遺伝子変異を同定した。変異が同定された13例の内訳は、新規変異が9例、既報の変異4例であった。偽性軟骨無形成症における新規変異は、ミスセンス変異3例、欠失変異1例、計4例であった。欠失変異の1例は、第9エクソンから第9イントロンまでの533塩基に及ぶ大きな欠失であり、cDNAの解析から第9エクソン全体がスキップし、第1、第2CLRドメインを構成する33アミノ酸が欠失するインフレーム欠失変異となっていた。多発性骨端異形成症におけるCOMP遺伝子の変異は、インフレーム欠失変異が2例、ミスセンス変異が3例、一塩基挿入変異が1例であった。一塩基挿入変異例は、C末端ドメイン内の第18エクソンに変異が生じており、次に続くコドンを停止コドンとさせるため、短縮型タンパクとなることが予想された。COMP遺伝子の変異検出率は、今回の方法では、偽性軟骨無形成症では100%であったのに対し、多発性骨端異形成症では35%にとどまった。

偽性軟骨無形成症のうち重症型では、インフレーム欠失変異が過半を占め、ミスセンス変異は2例のみであった。軽症型の偽性軟骨無形成症では、全例がミスセンス変異であり、挿入もしくは欠失型変異は同定されなかった。多発性骨端異形成症では、変異の種類に一定の関係は認められなかった。第7CLRドメイン内に変異を持つものは、他のCLRドメイン内に変異をもつものに比べ有意に(p=0.0003)強い低身長を呈していた。また、身長が-6 S.D.以下の偽性軟骨無形成症では一例を除き、第7CLRドメインにあるアスパラギン酸の5回繰り返し部位に変異が存在していた。一方、多発性骨端異形成症では、この繰り返し部位に変異は認められなかった。

MATN3遺伝子では、多発性骨端異形成症17例中5例で変異を同定した。同定された変異はすべて第2エクソン内のミスセンス変異であり、新規変異は1例であった。3例は、同一のp.T120M変異であり、またその隣のアミノ酸残基にも変異が同定された。

p.T120M変異のうちの一例で、家系内の配偶子分離の確認を行ったところ不完全浸透を示した。非血縁者400例にはこのアレルを検出できなかった。このアレルと多発性骨端異形成症との間に関連がないという帰無仮説のもと検定を行うと、p=4.7×10-5となり仮説は棄却された。従ってこのアレルは、多発性骨端異形成症との関連は存在するが、浸透率は比較的低い(63%)と判断された。

MAIN3遺伝子のイントロン3あるCAリピートを用いて直接ハプロタイプを決定したところ、p.T120M変異ではいずれもアレル7であった。家系検体を用いた解析でも、p.T120Mアレルとアレル7は、同一ハプロタイプにあると推定された。

COMP遺伝子に変異のある偽性軟骨無形成症6例、COMP遺伝子に変異のある多発性骨端異形成症7例、COMP遺伝子に変異のない多発性骨端異形成症8例、対照47例の血漿COMP濃度を測定した。COMP遺伝子に変異のある群(COMP群;計13例)での血漿COMP濃度は、0.67±0.15μg/mlと対照(1.42±0.35μg/ml)に比べ有意に(p<0.0001)低下していた。COMP群を偽性軟骨無形成症群、及び多発性骨端異形成症にそれぞれわけて検定しても、血漿COMP濃度は、有意に(p<0.0001)低下していた。COMP群の中では、偽性軟骨無形成症群と多発性骨端異形成症で血漿COMP濃度に差はみられなかった。また、多発性骨端異形成症でCOMP遺伝子に変異のない群の血漿COMP濃度は、対照と同程度で、多発性骨端異形成症でCOMP遺伝子に変異のある群と比較すると、有意に(p=0.001)高かった。

対照群では、血漿COMP濃度は、20歳以下では年齢に応じて低下し、それ以降では、徐々に上昇する傾向にあった。同様の傾向は、COMP群でも観察された。従って、血漿COMP濃度を年齢で層別化し比較した。どの年齢層でも、COMP群では血漿COMP濃度が対照群と比較して有意に(20歳未満:p-0.003、20-40歳:p-0.007、41-65歳:p-0.002)低下していた。また、20歳以下の多発性骨端異形成症でCOMP遺伝子に変異のない群では、正常と比べ有意な差は観察されなかった

考案

大多数の骨系統疾患は遺伝性疾患であり、多くが単一の遺伝子に異常が存在する。このため、補助診断として遺伝子を用いた診断が可能であり、その重要性は今後高まることが予想されている。特に、本研究で対象とした多発性骨端異形成症では診断に難渋することがあるため、診断確定のための一項目となりうる。しかしながら、現時点における遺伝子変異の検出は、対象とする遺伝子全体を検査せねばならず効率の点で現実的でない。従って、効率良く遺伝子変異の検出を行うためには、系統的な解析方法の確立が望まれる。

本研究で以下のことを示したと考えられる。第一に、変異の多様性を掌握するため、COMP遺伝子及びMATN3遺伝子に、エクソンがスキップする大きな欠失変異やフレームシフト、停止コドンが出現する変異などこれまで報告のない多種の新規変異を同定したことである。第二に、COMP遺伝子の変異の位置が身長を基準とした臨床像と一定の関係にあることが示唆されたことである。第三に、血漿中のCOMP濃度が、COMP遺伝子変異の有無と関連し有意に低下したことを示し、血漿COMP濃度を測定することで、何が原因遺伝子であるかを判断する手がかりとなる可能性を示したことである。

これらの知見を組み合わせることで、より効率的かつ系統的な遺伝子変異の検出が可能であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

偽性軟骨無形成症と多発性骨端異形成症は、共に骨端の異形成を特徴とする疾患群である。この二つの疾患は、重症から軽症まで多様な臨床像をとる明瞭に区分できない連続した一つの病態であると考えられている。近年、両疾患の原因遺伝子が、COMP(cartilage oligomeric matrix protein)遺伝子の変異によって生じることが判明した。加えて、多発性骨端異形成症には遺伝的異質性があり、MATN3(matrilin-3)遺伝子等他に5つの遺伝子も原因遺伝子であることが明らかにされている。しかしながら、変異の特徴や多様な臨床像との関係は未だ明確ではない。また、これら以外の診断法は未確立のままである。本研究はCOMP遺伝子とMATN3遺伝子の変異検出及びそれらと臨床像及び血漿中COMP濃度との関連の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

COMP遺伝子では、偽性軟骨無形成症7例の全例、多発性骨端異形成症では17例中6例で遺伝子変異を同定している。また変異が同定された13例中新規変異は9例であった。これらの内、スプライシングに関与する大欠失変異や停止コドンを生じるフレームシフト変異は、COMP遺伝子では初めての同定例である。一方、MATN3遺伝子では、多発性骨端異形成症では17例中5例で変異を同定している。MATN3遺伝子では、全例が家系例でありこの内3例でp.T120M変異が同定されたが、近傍マーカーも共通していることは、この変異が頻度の高い変異であることを示唆している。

次いで、COMP遺伝子及びMATN3遺伝子に関して臨床像と変異との関連の検討を行っている。ここでは、COMP遺伝子の変異の位置が重症度の指標の一つである身長が関連していることが示唆されている。COMP遺伝子の第7CLRドメインでの変異は、全例-6 S.D.以下の高度の低身長となっている。一方、第7CLRドメイン以外の変異では、大欠失例以外すべて身長は-6S.D.以上であった。これは、高度低身長である場合、変異がCOMP遺伝子第7CLRドメインの変異に生じやすいことを示している。

第三に、血漿中のCOMP濃度とCOMP遺伝子変異の有無との関連を検討している。その結果、COMP遺伝子に変異がある場合、偽性軟骨無形成症、多発性骨端異形成症のいずれも正常と比べ血漿COMP濃度が低下していることを示した。さらに、多発性骨端異形成症においてCOMP遺伝子変異の有無でみた場合でも、変異がある場合は血漿COMP濃度が低下することを示した。これは、特に多発性骨端異形成症でCOMP遺伝子に変異があるか否かのスクリーニングを容易にするものと考えられた。

以上、本論文は偽性軟骨無形成症と多発性骨端異形成症の遺伝子変異の検出を行いこれまで報告のなかった多様な変異を同定し、COMP遺伝子の第7CLRドメインでの変異が高度低身長と関連していること、さらに血漿中のCOMP濃度とCOMP遺伝子変異の有無が関連していることを明らかにした。本研究は、効率的かつ系統的な遺伝子変異の検出法に重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。

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