学位論文要旨



No 216380
著者(漢字) 藤原,尚義
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,タカヨシ
標題(和) ヘリカル圧縮機に関する研究
標題(洋)
報告番号 216380
報告番号 乙16380
学位授与日 2005.11.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16380号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 加藤,孝彦
 東京大学 助教授 村上,存
 東京大学 助教授 鹿園,直毅
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,ヘリカル圧縮機構という容積形の全く新しい圧縮方式について研究したものである.この機構の基本部品は,らせんブレード,ローラ,シリンダの3点から構成され,らせんブレードは変ピッチのらせん形状をした弾性材料から成る(図1).らせんブレードをローラ外周に形成された変ピッチのらせん溝と噛み合わせる形で巻き付けたものを,シリンダ内に挿入し偏心して配置することにより,複数の圧縮室が形成され,ローラがシリンダに対して公転運動すると,圧縮室空間に閉じ込められたガスはらせんに沿って移動する.この時,らせんが等ピッチでなく変ピッチになっていることで,回転と共に空間容積が次第に小さくなり,ガスが圧縮される仕組みである(図2).ヘリカル圧縮機構は今まで存在しなかった機構であり,容積形の圧縮機構として1987年に筆者らが新たに考案したものである.この機構について,理論的な解析と設計的な検討,及び実際の圧縮機としての試作開発を長期間にわたり繰り返し行い,圧縮機としての性能・信頼性を有することの知見を得て,2000年にヘリカル圧縮機を世界で初めて実用化した.

この機構は,変ピッチのらせんを用いた点が従来の容積形圧縮機構と比べて大きな特徴になっており,弁のない連続的な圧縮を可能にする重要な要素となっている.また,弾性材料から成るらせん状の部品を用いた点が,従来の圧縮機構と大きく異なる点である.この機構の最大の特徴であるらせんの形状やらせんブレードの構造・材質をどうするかは,圧縮機の性能や信頼性を大きく左右する重要な課題であり,新しい圧縮機構として確立するためには,設計の基本的な考え方と,設計基準となるべきものを明確にしておく必要があった.本研究では,ヘリカル圧縮機構が持つ固有の課題である「らせん」を中心に,理論的な解析を行うと共に,実際の圧縮機としての運転によって検証を行い,性能・信頼性を満足するための設計基準となるものを導いた.

本論文の各章の構成は,次のような内容から成る.

第1章の「緒論」では,流体機械における圧縮機の分類を示し,従来からある容積形圧縮機構を説明した.これらの圧縮方式の構造と特徴を述べ,圧縮行程を示す指圧線図(P-V線図)から圧縮仕事と圧縮損失についての違いを示すことによって,従来の圧縮機構の長所・短所を明らかにした.

第2章の「ヘリカル圧縮機構の原理」では,ヘリカル形の部品構成と圧縮原理,各部品の相対的な動きを示した.また,この機構の持つ特性として,変ピッチであることの重要性,らせん巻数の考え方と推奨巻数,らせんブレードの断面形状について言及した.

第3章の「圧縮機構の理論検討」では,ヘリカル圧縮機構の圧縮性能と信頼性に関して,それぞれ理論的な検討を行った.性能に関しては,らせん形状についての設計の考え方について述べると共に,圧縮機として高性能を得るためにはどのようならせん形状が適しているか,らせん形状の理論的な表現方法をどうすればよいかを検討した.らせんの基本的な考え方を元に圧縮室の容積を求め,回転角度に対する圧力変化,圧縮室間の差圧,過圧縮量,圧縮負荷,トルク変動など,圧縮行程の諸特性を理論的に導いた.信頼性に関しては,らせんブレードの材料に要求される特性を明らかにし,圧縮機の運転において想定される曲げ変形と差圧による応力を理論的に導いた.

第4章の「圧縮機としての性能・信頼性の実証」では,第3章で求めたヘリカル圧縮機構の理論を元に圧縮機を設計製作し,実際の運転における性能・信頼性の検証を行った.性能面に関しては,圧縮機運転中の圧縮室内の圧力を回転角度毎に測定し,理論値と照らし合わせることによって,圧縮行程がどのようになっているかを確認した.信頼性に関しては,らせんブレードにかかる曲げ変形・摺動摩耗について,第3章で求めた計算結果を元にした材料のテーブルテスト評価と,圧縮機の長期耐久試験により検証を行い,信頼性を確保するために必要な応力の基準値を導いた.

以上の研究を行った結果,本論文の結論をまとめると,次の4点になった.

(1)変ピッチのらせん形状は,ヘリカル圧縮機の高性能化を実現する上で重要であり,高い圧縮性能を引き出すことができるらせん形状,およびそれを導く設計手法について研究を行った.らせん形状を関数で表し理論的な検討を行うことにより,圧縮機としての特性を引き出すことのできるらせん形状は,一巻目前後まではらせんのピッチが角度毎に次第に大きくなり,一巻目前後を過ぎるとらせんのピッチが次第に小さくなるような形状であることを導いた.

(2) 上記の設計手法で求めたらせん式を用いて,冷凍サイクルで用いられる冷媒圧縮機として実際の圧縮機を設計製作し,シリンダ内の圧力変化を測定することにより,ヘリカル圧縮機の実際の圧縮行程がどのようになっているかを検証した.冷媒用ヘリカル圧縮機についてP-V線図を求めた結果,実際の圧縮行程は,指数n=1.10 (<κ=1.13)のポリトロープ変化を仮定した圧力曲線にほぼ沿った圧縮行程になっていることを確認した.その曲線から大きくずれていないことから,圧縮途中での内部漏れは少ないことが推測される.また吐出行程における過圧縮損失,および吸込行程における過膨張損失が小さいことを確認できた.

(3) ヘリカル圧縮機の信頼性を確保するためには,弾性材料から成るらせんブレードが,圧縮機の運転において生じる曲げ変形および摺動に対して十分な疲労強度を有していることが必要である.これら2つの疲労限界を求め,圧縮機を設計する上での信頼性の基準となるものを導いた.圧縮機としては冷凍サイクルで用いられる冷媒用ヘリカル圧縮機を取り上げ,らせんブレードの候補材料としてはPFA複合材を選定し評価を行った.圧縮機の運転において想定される応力を仮定に基づいた理論計算により求め,その値を用いたテーブルテスト評価と,実機運転による評価を行うことにより,疲労限界を検証した. らせんブレードの曲げ疲労に関しては,曲げひずみが1%以下であれば,109回以上の疲労強度を有することを確認した.また,摩耗疲労に関しては,応力値が6MPa以下であれば,109回以上の疲労強度を有することを確認した.

(4) ヘリカル圧縮機構に関する本研究の理論的な検討,および実機における実験結果を元に,従来の圧縮機構と比較した特徴をまとめると,以下のようになることが判った.

長所は,

(I) 圧縮機構を構成する基本部品は,らせんブレード・ローラ・シリンダの3点であり,吸込弁・吐出弁が共に不要なので,部品点数は少ない.

(II) 連続的な吸込・圧縮・吐出が可能であり,トルク変動が非常に小さい.

(III) 圧縮行程において,過圧縮損失・過膨張損失が極めて小さく,内部漏れ損失も小さいので,圧縮効率は高い.

短所は,

(I) らせんブレードが弾性材料から成り,応力に対する材料の疲労限界が存在するので,圧縮機の信頼性を確保するためには,設計基準内になるような圧縮機の仕様,および運転条件で使用することが必要である.

図1  ヘリカル圧縮機構の基本構成

図2  ヘリカル機構の圧縮プロセス

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「ヘリカル圧縮機に関する研究」と題し,5章より成っている.

ガス圧縮プロセスは,様々な生産プロセス,エネルギープラント,そして空調冷凍機器などにおいて,それらの性能,効率などを決定する極めて重要な要素となっている.特に,空調冷凍機用の容積形圧縮機は,近年のエネルギー問題,地球環境問題と共に,各国での冷凍空調機器の幅広い普及を勘案すると,その高効率化,静穏化,環境負荷低減,そして低コスト化などが急務といえる.本論文は,前述の観点から著者らが開発した独自の容積形圧縮機構,即ち,らせんブレード,ローラ,シリンダの3点から構成されるヘリカル圧縮機の基本特性を解明し,その一般的な設計指針を構築したものである.

第一章は序論である.まず,既存の流体機械における圧縮機の分類を示し,特に容積形圧縮機構に注目して説明している.これらの圧縮方式の構造と特徴を述べ,圧縮行程を示す指圧線図から圧縮仕事と圧縮損失をそれぞれ吟味することによって,従来の圧縮機構の長所短所を明らかにしている.

第二章では,ヘリカル圧縮機構の原理に触れている.らせんブレードをローラ外周に形成された変ピッチのらせん溝と噛み合わせる形で巻き付けたものを,シリンダ内に挿入し偏心して配置することにより,複数の圧縮室が形成され,ローラがシリンダに対して公転運動すると,圧縮室空間に閉じ込められたガスはらせんに沿って移動する.この時,らせんが変ピッチであるため,回転と共に空間容積が次第に小さくなり,ガスが圧縮される仕組みが実現されている.この機構は,変ピッチのらせんを用いて,弁のない連続的な圧縮を可能にしており,また,弾性材料から成るらせん状の部品を用いた点が,従来の圧縮機構と大きく異なる.ヘリカル圧縮機構は1987年に筆者らが新たに考案し,自ら理論的な解析と設計的な検討,及び実際の圧縮機としての試作開発を長期間にわたり繰り返し行い,圧縮機としての性能・信頼性を有することの知見を得て,2000年にヘリカル圧縮機を世界で初めて実用化した経緯も述べられている.

第三章では,圧縮機構の理論解析を行っている.ヘリカル圧縮機構の圧縮性能に関しては,らせん形状についての設計の考え方について述べると共に,圧縮機として高性能を得るためには選択すべきらせん形状,らせん形状の理論的な定式化を検討している.これらの解析結果を基にして,らせんによって形成される圧縮室の容積を求め,回転角度に対する圧力変化,圧縮室間の差圧,過圧縮量,圧縮負荷,トルク変動など,圧縮行程の諸特性を理論的に導いている.圧縮機の信頼性に関しては,らせんブレードの材料に要求される特性を明らかにし,圧縮機の運転において想定される曲げ変形と差圧による応力を理論的に導出している.

第四章では,ヘリカル圧縮機としての性能と信頼性の実証を試みている.前章で求めたヘリカル圧縮機構の理論解析法を用いて圧縮機を設計製作し,実際の運転における性能・信頼性の検証を行った.性能面に関しては,圧縮機運転中の圧縮室内の圧力を回転角度毎に測定し,理論値と定量的に比較することによって,実現された圧縮行程の解明を行い,理論解析との一致を確認した.信頼性に関しては,らせんブレードにかかる曲げ変形・摺動摩耗について,前章で求めた計算結果を元にした材料のテーブルテスト評価と,圧縮機の長期耐久試験により検証を行い,信頼性を確保するために必要な応力の基準値を導いている.

第五章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめ,ヘリカル圧縮機の基本特性,その設計指針について具体的な結論を導いている.

以上,本論文は,前例の無いヘリカル圧縮機構を提案し,その基本的な機械力学的,熱力学的な理論解析を行い,優れた性能と効率をもたらすヘリカル圧縮機技術を確立し,さらし実験的にその妥当性を明らかにしたものである.特に,ヘリカル圧縮機構が持つ固有の課題である「らせん」を中心に,理論的な解析を行うと共に,実際の圧縮機としての運転によって検証を行い,性能・信頼性を満足するための設計基準となるものを導いたことには,高い独創性が認められる.これらの知見は,将来の新しい圧縮機機構の設計に有用な指針を与えるもので,空調冷凍工学をはじめ機械工学の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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