学位論文要旨



No 216386
著者(漢字) 唯,美津木
著者(英字)
著者(カナ) タダ,ミヅキ
標題(和) 金属錯体固定化とモレキュラーインプリンティングによる触媒表面設計
標題(洋) Advanced Catalyst Design by Metal-Complex Attachment and Molecular Imprinting at Surfaces
報告番号 216386
報告番号 乙16386
学位授与日 2005.11.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16386号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 岡山大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

緒言

有用物質の効率的合成には触媒が多用され、高活性、高選択性を持つ触媒設計は重要課題の一つである。効率的な触媒作用には、高活性、高選択性、安定性が必要であるが、これらの特性を兼ね備えた活性構造の設計は依然として難しい。特に、工業的な化学プロセスに必須である不均一系触媒では、目的分子に応じた形状選択性、位置選択性、不斉選択性などの立体形状選択性を制御するための一般的調製法がない。私は、構造の規定された金属錯体を触媒前駆体として用い、表面固定化とMolecular Imprintingを組み合わせた新規触媒設計法を提案し、立体形状選択的、不斉選択的な新規触媒表面の分子レベル設計を行った。具体的には、Pd,Rh,V錯体を用い、アルケンヒドロアミネーション、アルケン水素化反応、2-ナフトール不斉カップリングに高活性を持つ新規固定化金属錯体を設計し、その触媒特性を検討した。固定化Rh錯体のMolecular Imprinting触媒設計では、Rhダイマー、Rhモノマーを表面に選択的に作り分け、P(OCH3)3配位子を鋳型とした表面MolecularImprinting触媒を調製し、アルケン水素化反応の形状選択性を制御することに成功した。また、Schiff塩基-V錯体をSiO2に固定化すると、表面上でV錯体の不斉自己二量化が誘起され、2-ナフトールカップリングに90%の高い不斉選択性を有する新規不斉会合体が形成されることを見出した。

実験

前駆体錯体を表面酸化物に固定化・配位子変換を行い、固定化Pdモノマー、Rhモノマー、Rhダイマー、Vダイマー触媒を調製した。調製した触媒は、FT-IR,NMR,UV/VIS,XRF,XPS,ESR,ICP,BET,GC,水素吸着,XAFSにより構造解析を行った。アルケンのヒドロアミネーション反応、アルケン水素化反応、2-ナフトールカップリング反応を行い、GC,HPLCで生成物を分析した。

結果と考察

アルケンヒドロアミネーション活性を有する固定化Pd錯体の調製

ヒドロアミネーションは、C-C結合の生成による有用な新規アミン合成法であるが、アルケンはアルキンに比べて活性化が難しく、アルケンのヒドロアミネーション活性を有する不均一系触媒はなかった。私は、メチル基を有するPd-N,Pd-P単核錯体を合成し、SiO2,Al2O3,TiO2表面にPd錯体を定量的に固定化することに成功した。XRF,GC,XPS,XAFSを用い、固定化Pd錯体がCl一つを配位し、二つのN/P配位子を配位した単核構造であることを明らかにした。

3-アミノ-プロパノールビニルエーテルのヒドロアミネーションでは、前駆体Pd単核錯体は不活性であったが、表面固定化により高活性が発現し、再利用可能な優れた触媒特性を示した。

アルケン水素化活性Molecular Imprinting Rh-Pモノマー触媒の設計

生体酵素システムは、反応分子を認識して高効率的に触媒反応を進めているが、反応条件や使用雰囲気に制約が多く、様々な合成反応に直接適用することは困難である。私は、生体酵素触媒のような分子認識能と高活性を同時に発現可能な触媒システムの人工合成を目的として、表面の固定化錯体触媒の配位子を鋳型分子とした表面Molecular Imprinting法を初めて提案した。

Rh(P(OCH3)3)3Clを合成し、SiO2固定化Rhモノマーを調製した(図1(A))。この表面にSi(OCH3)4を積層・加水分解させ、表面SiO2マトリクスを作成した。最後に加熱排気により、固定化Rh錯体から鋳型P(OCH3)3を一つ脱離させ、配位不飽和活性Rhとその近傍の鋳型分子形状の反応空間cavityを作成した(B)。

(A),(B)を用い、形状の異なる8種のアルケンの水素化特性を検討した。Rh(P(OCH3)3)3Clは活性を示さなかったが、(A)は活性を示し、配位不飽和種(B)は更に11倍高活性であった。各基質についての(A),(B)の触媒活性比は、アルケンのサイズ、形状に応じて大きな差があり、顕著な選択性が発現していることがわかった。鋳型分子P(OCH3)3は、3-エチル-2-ペンテンの半水素化種と同型であり、これよりも大きな分子ではImprintingによる活性増加割合が低かった。2-へキセン、4-メチル-2-へキセンの活性増加度の違いから、(B)が、アルケン水素化反応に対しメチル基一つを識別できる高い形状選択性を有することを明らかにした。

Molecular Imprinting Rhダイマー触媒の設計と形状選択的水素化反応制御

Rh2Cl2(CO)4をSiO2に固定化し、P(OCH3)3(鋳型分子)を配位させ、表面Molecular Imprintingを行い、Imprinting Rhダイマー触媒(F)を設計した(図2)。前駆体は、ダイマーのまま表面に固定化されることをFT-IRにより明らかにした。表面SiO2マトリクスを形成させ、363Kでの加熱排気により鋳型配位子を脱離させると、0.268nmにRh-Rh結合を有する配位不飽和Rhダイマー(F)が形成された。(D)から(F)への構造変化過程をDFTにより検討し、SiO2マトリクス形成過程において、P(OCH3)3間の立体反発が増加して一つのP(OCH3)3が脱離した中間体構造(E)が存在し、この構造がImprintされたことを明らかにした。

図3の7種のアルケンの水素化反応を行ったところ、顕著な形状選択性が得られた。(F)の水素化活性は、(D)に比べて51倍も高く、Rhダイマー(F)は非常に高活性であった。また、再利用でも触媒活性は低下せず、配位不飽和にも関わらず、安定な活性種であることがわかった。半水素化状態がP(OCH3)3と同型である3-エチル-2-ペンテンを境として、(F)/(D)の触媒活性比は大きく異なっており、(F)が鋳型形状の反応空間を有していることがわかった。官能基を持たないアルケンのメチル基一つの有無及びエチル基の位置を識別できた。鋳型分子と形状の異なるアルケンでは、活性増加度の低下に加えて、反応の活性化エネルギーが10kJmol-1に低下し、活性化エントロピーも大きく低下した。鋳型分子と形状の異なる基質の律速段階を変化させる程、Rhへの基質配位が制限されていることが示唆された。金属錯体の配位の方向性、鋳型形状のcavity、SiO2マトリクス内壁により、アルケンのRhへの配位が立体選択的に制限され、.表面で高い形状選択性が発現したものと考えられる。

アミンを鋳型分子としたMolecularImprintingRhモノマー触媒の設計

異なる形状の基質に多用できる触媒調製法の確立のために、様々な形状の分子が入手可能であるアミンを鋳型分子としたMolecular Imprinting触媒を設計した(図4)。Rh(C3H5)3からSiO2固定化Rh(C3H5)を作成し、鋳型分子α-メチルベンジルアミンを配位させた(I)。表面SiO2マトリクスを形成と鋳型分子の脱離を行い、(K)を得た。

α-メチルスチレン水素化反応では、配位不飽和な(K)のみが高活性を示した。形状の異なるアミンを反応阻害剤として添加すると、アミン形状に応じた反応阻害効果が見られ、Imprintingサイトがメチル基一つの有無、フェニル基の位置の違いを認識できることを明らかにした。

Schiff塩基-V錯体のSiO2表面での不斉自己組織化と2-ナフトール不斉カップリング反応

BINOLは不斉合成に汎用される配位子であり、2-ナフトールの酸化的カップリングによって合成される。私は、不斉Schiff塩基-V単核錯体をSiO2に固定化すると、Si-OHとV錯体の反応により、表面でV錯体の不斉自己組織化が誘起され、BINOL生成に高活性を有する不斉Vダイマーが形成されることを見出した。前駆体は触媒活性を示さないが、固定化錯体は転化率96%、選択性100%でBINOLを生成した。表面被覆率が最大となるようV錯体を固定化すると、飛躍的な不斉選択性の向上が見られ、90ee%の不斉選択性を得ることに成功した。

結論

金属錯体の固定化法、固定化金属錯体の配位子を鋳型分子としたMolecular Imprintingを利用し、高活性、安定性、形状選択性や不斉選択性を有する新規触媒を設計した。固定化触媒の構造、触媒活性構造を明らかにした。また、SiO2表面上でのV錯体の不斉二量化誘起を見出し、形成された新規不斉Vダイマーが2-ナフトールの不斉カップリング反応に高い不斉選択性を示すことを見出した。これらの結果は、表面に特異的な高活性構造と高選択的反応場の設計が可能であることを示しており、選択的不均一系触媒の効率設計への新規指針を与えたと考える。

図1 Molecular Imprinting Rh-Pモノマー触媒の設計と構造.

図2 Molecular Imprinting Rhダイマー触媒の調製.

図3 Imprinting触媒(F)と固定化触媒(D)の触媒活性比.

図4 Molecular Imprinting Rh-Nモノマーの調製.

図5.V錯体の表面不斉自己二量化.

審査要旨 要旨を表示する

人類社会に有用必須物質の効率的合成はほとんど触媒の働きによって実現されている。効率的な触媒作用には、高活性、高選択性、安定性が要求されるが、これらの特性を兼ね備えた触媒表面の活性構造の設計は依然として困難な課題である。本論文提出者は、構造の規定された金属錯体を触媒前駆体として用い、表面固定化とモレキュラーインプリンティング(分子刷り込み)を組み合わせた新規触媒設計法を提案し、立体形状選択的、不斉選択的な新規触媒表面の分子レベル設計に世界に先駆けて成功した。また、表面上で金属錯体の不斉自己組織化現象を発見し、不斉選択酸化カップリング触媒機能を創出した。本論文は7章よりなる。

第1章は、本論文のイントロダクションであり目的と背景を述べている。

第2章は、本論文提出者が見いだしたアルケンヒドロアミネーション活性を有する固定化Pd錯体の調製法と触媒特性を述べている。ヒドロアミネーションは、C-C結合の生成による有用な新規アミン合成法であるが、アルケンはアルキンに比べて活性化が難しく、アルケンのヒドロアミネーション活性を有する不均一系触媒は無かった。本触媒は、高活性、再利用可能な優れた触媒機能を持つ初めての不均一系触媒である。

第3章、第4章、第5章は、生体酵素触媒にも繋がる可能性のあるモレキュラーインプリンティング触媒の設計と触媒機能についてまとめたものである。本論文提出者は、生体酵素触媒のような分子認識能と高活性を同時に発現可能な触媒システムの人工合成を目的として、表面の固定化錯体触媒の配位子を鋳型分子とする表面モレキュラーインプリンティング法を初めて提案し、世界に先駆けてモレキュラーインプリンティング錯体触媒の創出に成功した。第3章では、SiO2表面上に配位不飽和活性Rhモノマーとその近傍の鋳型分子形状の反応空間キャビティを作成し、メチル基一つを識別できる高い形状・サイズ選択水素化触媒機能の創出に成功した。 第4章では、モレキュラーインプリンティングRhダイマー触媒の設計と形状選択的水素化反応制御を実現し、インプリンティングの詳細をDFT計算により検討して、SiO2マトリックス形成過程において、P(OCH3)3間の立体反発が増加して一つのP(OCH3)3が脱離した中間体構造が存在し、この構造がインプリントされることを明らかにした。また、金属錯体の配位の方向性、鋳型形状のキャビティ、SiO2マトリックス内壁により、アルケンのRhへの配位が立体選択的に制限され、表面で高い形状選択性が発現することを結論した。第5章では、アミンを鋳型分子としたモレキュラーインプリンティングRhモノマー触媒の設計に成功している。               

第6章では、 シッフ塩基バナジウム錯体のSiO2表面での不斉自己組織化と2-ナフトール不斉カップリング触媒反応を述べている。本論文提出者は、不斉シッフ塩基バナジウムモノマー錯体をSiO2に固定化すると、Si-OHとバナジウム錯体の反応がトリガーになり、表面でバナジウム錯体が不斉自己組織化する新規現象を発見した。自己二量化空間がキラリティを持ち、2-ナフトールの酸化的カップリングによるBINOL合成反応に世界最高レベルでの不斉選択性を持つ触媒機能を示すことを見いだした。シッフ塩基バナジウム前駆体は触媒活性を示さないが、不斉自己組織会合体は転化率96%、選択性100%、90 %ee不斉選択性でBINOLを生成することを示し、新たな研究領域を開拓した。

第7章は、本論文全体の結論である。

以上、本論文提出者は、固定化金属錯体の配位子を鋳型分子としたモレキュラーインプリンティングを提案し、世界に先駆けて表面モレキュラーインプリンティング触媒の開発に成功した。また、SiO2表面上でのバナジウム錯体の不斉二量化現象を発見し、形成された新規不斉バナジウムダイマーが2-ナフトールの不斉カップリング反応に高い不斉選択性を示すことを見出した。これらの結果は、不均一系選択触媒機能の効率設計の新規指針を与えるものである。本論文でのこれらの成果は物理化学、特に触媒化学に貢献するところ大である。なお、本論文の研究は、岩澤康裕・佐々木岳彦・紫藤貴文・島本倫男・谷池俊明・Lakshmi M. Kantam・小島憲道・泉康雄との共同研究であるが、本論文提出者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本論文提出者の寄与が極めて大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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