学位論文要旨



No 216388
著者(漢字) 中川,郁夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,イクオ
標題(和) プロトコル非依存な広域分散 IXアーキテクチャに関する研究
標題(洋)
報告番号 216388
報告番号 乙16388
学位授与日 2005.11.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16388号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 中山,雅哉
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

本論文では, プロトコル非依存な広域分散IXアーキテクチャMPLS-IXに関する研究について報告する.

IXは複数のISP (Internet Service Provider)間の相互接続を行う仕組みである.IXには多数のISPが接続する. 各ISPは, IX上で相互接続を行うことにより, トラフィック交換を実現する. PAIXやMAE, LINXは大規模なトラフィック交換を行うIXである. 国内ではDIX-IEやJPIX, JPNAPが著明である.その他, TOYAMA-IX, OKIXなどの地域IXも構築, 運用されている.

一方で, 一部のIXでは急激なトラフィック増加や信頼性の向上, 分散化などのニーズに直面し, いくつかの技術的な課題を抱えている. 特に, 既存のIXの多くはデータリンク層の技術に強く依存しており, 帯域, 冗長性, あるいは分散化等の面から課題が指摘されている. 本論文は, これらの課題を解決する, 次世代のIXアーキテクチャについて議論する.

IXの一般化

本論文では, 次世代のIXアーキテクチャの検討に先立ち一般化されたIXの定義を行う. ここでは, 商用IXの現状を考慮し, 以下のようにIXを定義される.

定義. IX (Internet eXchange)

1.ISPは単一の物理ポートと物理回線の組でIXに接続する(物理要件).

2.IXはISP間にIP層で隣接する論理的な通信路を提供する(論理要件).

物理要件では, ISPがIXに接続する際の物理的な形態について定義している.プリベートピアリングでは, あるISPが他のISPと相互接続を行う際に必要とする物理ポートと物理回線の数がISPの数Nに比例してO(N)であるが, IXでは,ひとつのISPがIXに接続する際に必要となる物理ポートと物理回線の組はO(1)であることを特徴とする.

論理要件では, あるISPが, IXに接続する他の任意のISPと相互接続が可能なことに加えて, IXがバイラテラルな相互接続環境を提供できることを定義している.バイラテラルな相互接続を行うためには, ISP間にIP層(OSI参照モデルのネットワーク層)で隣接する通信路を確立し, ISP間での直接的な経路制御を行うことが必要である.現在のインターネットでは, 多くのIXがバイラテラルなポリシモデルを前提としている. 本研究でも, 同モデルによるIXを研究の対象とする.

本論文では, 一般化されたIXにおいて物理要件と論理要件を分離することにより, ISPが任意のデータリンクプロトコルでIXに接続できることを示す.

MPLS-IX

本研究では, IXにMPLS技術を適用した広域分散IXアーキテクチャMPLS-IXの提案を行う. MPLS-IXは, 前述のIXの定義の実現手段のひとつとして位置付けられる.同アーキテクチャは以下の特徴を持つ.

1.データリンク層に非依存な相互接続環境を実現する.

2.広域分散環境でIX機能を提供することができる.

3.既存のIXを階層構造に相互接続することにより「階層型IX」を実現可能である.

MPLS-IXでは, ISP間の相互接続を実現するためにMPLS技術を用いる.MPLSは仮想的な通信路であるLSP (Label Switched Path)を提供する. LSPはデータリンク層の技術に非依存な環境で利用可能あり, 抽象度の高い, 論理的な通信路とみなすことができる. 本アーキテクチャでは, IXに接続するISP間にMPLSによる仮想的な通信路であるLSPを確立し, その上で相互接続を行う.

図1にMPLS-IXの概念図を示す. MPLS-IXでは, IXP (IX Provider, IX提供者)がCore LSR (Label Switching Router)を, IXに接続する各ISPがEdge LSRを保持する.IX上では, 相互接続を行うISPのEdge LSR間にLSPを確立することにより,仮想的な通信路の上で相互接続を実現する.

一般に, MPLSは単一の管理ドメイン内で使用されるのに対し, MPLS-IXでは, CoreLSRとEdge LSRとがIXPと多数のISPに分散している. すなわち, MPLS-IXでは複数の管理組織によって管理されるLSRが同じMPLS網内で動作する.

なお, 本研究では, MPLSに関して複数のルーティングドメインによるLSPの確立,LSP上でのTTL (Time To Live)の処理, あるいはPHP (Penultimate Hop Popping)の無効化など, いくつかの拡張を行った. これらの拡張は, ホワイトペーパとしてまとめるとともに, 複数のルータメーカの参加によるルータ相互接続試験を通して,実装の推進, および相互接続性の検証を行った.

MPLS-IXの検証と実証実験

本研究では, MPLS-IXアーキテクチャに関する基本機能の検証, 性能検証, およびテストベッドを用いた広域分散IXの実証実験を行った. 特に, 広域分散IXの実証実験では, 研究開発用ネットワークJGN (Japan Gigabit Network)上で広域分散IXのテストベッドdistixを構築し, MPLS-IXアーキテクチャを用いたIXの実用性を検証した. 図2に広域分散IXのテストベッドdistixの概要を示す.

distixは6つのCore LSRによりMPLS-IXを構成する. distix上では, 20以上のISPが相互接続を行う. 各ISPは, ATM, POS, Ethernet等, 各々異なるデータリンク層の技術を用いてdistixに接続している. なお, 本研究では, 通信キャリアとの間でMPLS-IX網の相互接続も実施した.

本論文では, この他にも広帯域映像伝送実験や広域分散環境でのコンテンツ配信実験など, distix上で行ったアプリケーション実験についても報告を行う.

MPLS-IXの実用化

MPLS-IXアーキテクチャは, 商用サービスなど, 運用ネットワークでの実用化が進んでいる. 本論文では, MPLS-IXの実用化の例として, 日本テレコムが提供するmplsASSOCIOと北海道総合通信網が提供するM2Mについて報告する. さらに,階層型IXの実現例としてmplsASSOCIOとWIDE Projectが運営するDIX-IEの相互接続についても報告する.(以上)

図1: MPLS-IX の構造

図2: 広域分散IX のテストベッド

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「プロトコル非依存な広域分散IXのアーキテクチャに関する研究」と題して、9章より構成されており、既存のインターネットエクスチェンジ(IX; Internet eXchange)システムが直面している技術的な課題を解決する次世代のIXアーキテクチャの提案と、提案アーキテクチャの実証実験網への展開のための研究開発、さらに、その検証ならびに評価を構築した実証実験網を用いて行い、提案アーキテクチャの実用性と有効性を示すことにより、商用のサービス展開を促進した。

インターネットエクスチェンジシステムは、インターネットの発展過程において登場したシステムであり、インターネットサービスプロバイダ(ISP; Internet Service Provider)の間での、相互接続の「場」を提供することを目的として構築設置されるシステムである。IXシステムの導入により、ISP間の相互接続はそれまでの個別のデータ回線を用いて実現されていた形態から、複数のISPとの相互接続に必要な通信回線を共用可能な一つのデータ回線に集約化するとともに、相互接続に必要な境界ルータの数とそのインターフェースカードの数を大幅に減少させることに成功し、その結果、ISP間の相互接続に必要となるネットワーク機器とデータ回線の両方に関わる各ISPが負担しなければならない費用コストの大幅な削減が実現された。しかしながら、各ISPは、IXが存在する「場」に、データ回線とネットワーク機器を持ち込む必要があり、ネットワークの広帯域化に伴い、これらのコストは、少なからぬものとなってきていた。 さらに、ネットワークの広帯域化は、従来のIXシステムにおける、トラフィックの交換容量の共有に伴うスループットの低下が大きな運用上の課題となりつつあった。

本論文では、最初にIXの仕組みと技術的な課題についてまとめ、これらのIXの技術的な課題を解決するIXアーキテクチャとして、プロトコル非依存な広域分散IXアーキテクチャを提案している。さらに、同アーキテクチャの実現手法の一つとして、MPLS (Multi-Protocol Label Switching)技術をIXに応用したMPLS-IXアーキテクチャを提案し、その検証ならびに評価を行っている。本研究の新規性は以下の4つに集約される。(1) IXの研究として初めて、IXの定義の一般化および抽象化(IXの実現技術の視点から物理要件と論理要件を、ISPが単一の物理ポートと物理回線の組でIXに接続するという物理要件と、IXはISP間にIP層で隣接する論理的な通信路を提供するという論理要件でIXを抽象化することができた)を行うとともにIXシステムにおける責任分解点と運用モデルの要件の整理、(2) ISPが任意のデータリンクプトロコルを用いてIXに接続することが可能であり、その意味でプロトコル非依存なしステムであり、かつISP間にIX上の仮想的な通信路を提供することにより、IX内をIPネットワークとして構成可能な広域分散環境でIXを実現することを可能とするプロトコル非依存な広域分散IXアーキテクチャの提案、(3) プロトコル非依存な広域分散IXアーキテクチャの実現手法の一つとして、MPLS技術をIXに応用したMPLS-IXアーキテクチャの提案(インタードメインでのLSPの確立やTTL処理などMPLSに関するプロトコル拡張を行った)、(4) MPLS-IXに関する機能検証を多数のルータメーカおよびISPが参加して構築した広域MPLS-IXのテストベッドを用いて、長期間に渡る運用実験を通してその実用性の検証と評価、の4点である。 MPLSは仮想的な通信路であるLSP (Label Switched Path)を提供する。LSPはデータリンクプロトコルに非依存な環境で利用可能あり、抽象度の高い論理的な通信路とみなすことができる。MPLS-IXでは、IXに接続するISP間にLSPを確立し、その上でISP間の相互接続を行う。これによって、MPLS-IXアーキテクチャは、(a) データリンク層に非依存な相互接続環境の実現、(b) 広域分散環境のIX機能の提供、(c) 既存のIXを階層構造に相互接続する「階層型IX」の実現 の3つの具体的な特徴を持つ。

第1章は、序論である。 ここでは、インターネットの発展過程において、なぜ、IXシステムが必要になった背景を概観し、現在のIXシステムが抱えている技術的な課題を提示し、本研究の目的が述べられ、最後に、本論文の構成を示し、各章の概略を説明している。

第2章では、IXシステムの構造と導入に至った背景、さらに、IXシステムを実現するための要素技術、運用技術に関する整理を行い、その結果から、IXの定義の一般化と抽象化を行っている。これまで、IXに関する定義はGoeff HustonによるISPの相互接続モデルによる分類が一般的であった。これはISPの経路制御と運用という視点からの定義であり、IXの構築技術という面では応用が難しかった。本研究におけるIXの定義では、IXの実現技術の視点から要件条件を整理しており、物理要件と論理要件でIXを定義している。これは、IXアーキテクチャ、特にIXの構築技術に関する研究の礎となるものである。

第3章では、従来の次世代IXシステムに関する研究開発プロジェクトの概観を行い、それぞれの研究開発の狙い、位置付け、実用化の状況、および、本研究との相違点を明確化している。

第4章では、プロトコル非依存な広域分散IXアーキテクチャを提案している。ここでは、上記のIXの定義に基づいて物理要件と論理要件を明確に分離することにより、既存のIXでは解決できなかった新しい方法を適用してIXアーキテクチャを提案した。

第5章では、第4章で提案したプロトコル非依存な広域分散IXの実現手法の一つとして、MPLSをIXに応用したMPLS-IXを提案し、その検証と評価を行っている。さらに、実トラフィックを収容したテストベッド上での実証実験により、安定性・実用性を示し、実用化を前提にした検証と評価を行い、本研究の妥当性と実用性、および応用性を確認し、産業界への展開を容易にした。

第6章では、本研究で提案しているMPLS-IXアーキテクチャを適用した広域実証実験網を用いた、実践的アプリケーションの展開と、これらのアプリケーション自身またアプリケーションの動作を用いた提案システムの検証評価を、実サービス運用という視点で行った。

第7章では、本研究で提案しているMPLS-IXアーキテクチャを適用した商用サービスとしての実用例を示している。サービス事例は、単独のサービスプロバイダによるサービスのみではなく、既存のIXを介したサービス提供を含んでおり、本提案アーキテクチャの高い汎用性を示している。

第8章では、提案アーキテクチャの実証実験網および商用ネットワークでの運用を通じたアーキテクチャ上ならびに運用上での問題と課題の議論を行い、本研究に関連する領域における今後の研究の方向性を示している。

最後に、第9章では、本研究に関するまとめと考察を行い、今後の課題を明確化した。

本研究の研究成果は、産学協同で構築運用されている実証実験網(MPLS-IX実証実験網)を用いた検証・評価と、その実用性の検証を行い、その結果、国内通信事業者による商用化あるいは商用ベースのIXでの応用などに結びついた。

以上のように、本論文は、IX(インターネットエクスチェンジ)に関する研究として初めてIXの定義の一般化および抽象化を行うとともに、 ISPが任意のデータリンクプトロコルを用いてIXに接続することを可能とするプロトコル非依存でかつISP間にIX上の仮想的な通信路を提供することが可能な広域分散IXアーキテクチャの提案を行い、さらに本提案アーキテクチャを適用したMPLS-IXアーキテクチャの提案、ならびに広域実証実験テストベッドの構築と運用を通じた性能ならびに機能評価、さらに商用運用という視点での実用性の検証と評価を行うことにより、本提案アーキテクチャの商用展開の基礎確立することに成功しており、インターネットコミュニティおよび情報理工学の発展に対する貢献は少なくない。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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