No | 216389 | |
著者(漢字) | 穴澤,活郎 | |
著者(英字) | Anazawa,Katsuro | |
著者(カナ) | アナザワ,カツロウ | |
標題(和) | 火山地域における天然陸水の水質形成機構 | |
標題(洋) | Chemistry of Natural Surface Water in Volcanic Area | |
報告番号 | 216389 | |
報告番号 | 乙16389 | |
学位授与日 | 2005.12.07 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 第16389号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 水の世紀と呼称される21世紀、水環境に対する社会的な関心は高まる一方である。水環境問題の根本的な解決のためには、天然の陸水とは何かを把握し、その上で人為的な環境負荷を求め、対策を立てなければならない。つまり、第一義として天然の陸水とは何かを理解すること、すなはち、天然陸水を本質的に決定づける溶存化学成分の挙動を把握することが不可欠である。それにもかわらず、河川水や浅層地下水の化学的な性質を決定づける主要な溶存成分に関する知見はいまだに乏しく、特に源泉の集中する火山地域における陸水の主要成分の挙動については、いままでほとんど研究されてこなかった。 一方、研究対象となる化学成分に根ざした"水質"に関する研究は、化学分析値などの数量データに基づいたものであっても、その解釈は概念的になっているものが多い。たとえばNa+やClが多量に含まれているのは海水の混入の影響である、あるいはCa2+とHCO3が多いのは、石灰岩の溶出が考えられるなど、量の大小関係を論じるにとどまっており、各成分が何ゆえにその値をとらなければならなかったのか、その定量的な因果律まで追求したものは少ない。しかし、水質を決定づける主要成分の化学組成には、各成分が一定の濃度であってそれ以外ではあり得ない、という必然性が介在しているはずである。この必然性に答えるひとつの古典的な解法として利用されてきたのが、化学平衡論に基づく熱力学的な計算である。この手法は、深部熱水や海水のような、基盤岩との化学反応系で平衡状態に到達していると想定される環境水については広く用いられてきたが、浅層地下水や表流水のような、基盤岩との反応が十分に進行していないと考えられる水に対しては、ほとんど適用されてこなかった。 こうした背景のもと、本研究では、わが国における水環境を理解するための基礎となる天然の陸水の姿を把握するため、河川水の水源が集中的に存在する火山地域における陸水中の溶存化学成分の挙動について調査研究を行うこととした。調査地としては、わが国の典型的な安山岩質火山であり、陸水環境への人為的な影響や風送海塩の影響が小さく、水量の豊富な場所が望ましい。これらの要件を備えた地域として、中部山岳地帯の乗鞍岳を主たる調査地として選定し、地球化学的な調査・研究を実施した。また、同じケイ酸塩鉱物を主体とする岩盤で構成される地域ながら、人為的な影響や風送海塩の影響が予想される南九州のシラス台地で同様の調査を行い、乗鞍岳での調査結果と比較の上、より普遍的な水質形成機構の解明を試みた。 定量的な因果律の解明という問題に対しては、多変量解析法を用いて表流水の化学成分の挙動を支配する主たる要因を統計的に求め、それが岩石(ケイ酸塩鉱物を主要成分とする火成岩)と水との相互作用(化学風化反応、イオン交換反応など)であることを明らかにした。次に化学成分を必然的に決定づける定量的な反応モデル構築のため、各試料水と安定的に共存しうる2次鉱物(粘土鉱物)を熱力学的に求め、表流水の化学組成を支配するケイ酸塩岩石の化学風化式ならびにイオン交換式を求めた。さらにこれらの化学反応式から化学量論的な計算を行い、表流水中の化学成分間の関係式を導出した。また、この理論式に実試料の化学組成を代入し、当該化学反応モデルの妥当性を検証した。 本論文は5章から構成されている。第1章では、既往研究のレビューと共に、研究の背景を整理し、研究の目的と意義を述べた。 第2章では、乗鞍岳周辺域での天水、陸水(湖沼水、河川水、湧水など)、地熱水(温泉水など)の分析結果を概観し、多変量解析法を用いて、地域ごとに水化学を支配する要因を地球統計学的に特定し、その影響を数量化した。その結果、当該調査地域における水質形成機構は、わが国の水質形成機構を代表しうること、化学成分の濃度から得られた主成分得点分布と試料採取地点の標高データにより、天水・陸水・地熱水が明瞭に分別されることが判明した。また、山頂付近の水質を支配する要因としては、ケイ酸塩鉱物を主要構成物とする火山岩の溶解反応が主要な因子として抽出され(寄与率45%)、若干の風送海塩の影響(寄与率20%)、ならびに生物活動の影響(寄与率10%)も示唆されることが判明した。乗鞍岳中腹における解析では、非地熱水の水質変動には、岩石−水反応が大きく作用しており、特にシリケイトの溶解反応が全水溶成分の変動のうち45%を、カルシウムやマグネシウムの沈着反応が約20%を占めていることが示唆された。この付近での海塩や生物活動の水質変化に及ぼす影響は相対的に小さなものとなり、解析上の変動要因としては現れなかった。調査地域全体から得られた非地熱水の因子分析結果からは、中腹域と同様の傾向を示す2つの因子が抽出された。第一因子は、全陽イオンとケイ素への正の負荷を示し(寄与率65%)、第二因子は、(Na+,K+)と(Mg2+,Ca2+)との負相関を示した(寄与率16%)。このことから、当該水域における主要成分の挙動は、周辺岩盤と水との相互作用によって支配されることが示唆された。 第3章では、第2章の多変量解析の結果に基づき、岩石−水相互作用の観点から水質形成機構を熱力学的・化学量論的に考察した。第一因子が正の負荷を示すケイ素・陽イオンの挙動については、鉱物の風化系列を想定して得られた理論溶液の組成や、安定関係図を用いて議論した。その結果、主要成分である陽イオンとケイ素との関係は、長石類を主体とした岩石成分の溶出と、それに伴うギブサイトやカオリナイトなどの二次鉱物の生成反応により定量的に説明された。また、上記化学風化反応に基づく化学量論式から、以下のような陽イオン濃度によるケイ素濃度の推定式を導出した。 乗鞍岳山頂付近の陽イオンとケイ素との関係式(理論式) [Si]=3[Na+]+3[K+]+[Mg2+]+2[Ca2+] 乗鞍岳中腹付近の陽イオンとケイ素との関係式(理論式) [Si]=2[Na+]+2[K+]+[Mg2+] 実試料の化学分析値はこの式によく適合し、このことからも本論で導かれた仮説が支持された。 第2因子で表現される1価/2価陽イオンの負相関については、岩石−水相互作用で一般に言われているようなCa2+型の水質からNa+型への変化は見られず、むしろNa+型からCa2+型への明瞭な変化が観察された。また、地熱水の影響が無い地表水では、log(aCa2+/a2Na+)=4.5の関係式が成り立つことが判明した。この関係式が成り立つ要因については、準安定なイオン交換性鉱物による過渡的な平衡反応を仮定することにより説明がついた。このように天水および地熱水を含めた当該地域全般の水質変動は、天水の溶液組成と、安定鉱物と水との最終平衡条件で算出した溶液組成とを両端成分とする、比較的単純な岩石−水相互作用により説明することができた。 第4章では、南九州のシラス台地を流れる河川水、および周辺地域の温泉水や雨水試料の化学成分を定量し、主要成分の挙動を上記手法により解析した。河川水の主要化学成分の挙動を支配する要因を、多変量解析法により解析したところ、河川水の溶存主要成分は、当該調査地域に数多く見られる温泉や住宅地の排水による影響をほとんど受けず、主として火砕流堆積物から構成される周辺地質によって支配されることが判明した。また、シラス台地を構成する主要鉱物の風化反応式から導かれた化学量論式により、陽イオン濃度からケイ素イオン濃度を推定することができた([Si]= 2[Na+]+[Mg2+])。 以上本研究では、わが国の水環境に関わる化学的研究において、いままで欠落していた火山地域における天然陸水を調査対象として選定した。注目した要素としては、陸水の性質を本質的に決定づける主要な溶存化学成分を選び、その挙動を多変量解析法と熱力学的・化学量論的計算により定量的に議論した。その結果、わが国の陸水形成機構については、火山岩の主要構成物であるケイ酸塩鉱物の溶解反応が重要な役割を演じていることが判明した。したがって、陸水の化学的性質を把握するには、ケイ酸塩鉱物の溶解指標となるケイ素の挙動が重要な鍵となることが明らかとなった。このことは、火山国であるわが国の水質形成機構を特徴づけるものであり、大陸における石灰岩・蒸発岩の溶解や風送海塩の影響を議論するために開発されたPiper plotやStiff diagramなど、溶存イオンのみを扱う手法でわが国の陸水を把握するのは不合理であることを示唆する。こと陸水の溶存化学成分を研究する上では、わが国の水理・地質学的特徴を考慮せずに、欧米で採用されている手法を無批判に導入するようなことは厳に慎まねばなるまい。 | |
審査要旨 | 水環境の悪化、特に河川水質の悪化は21世紀に人類が抱えている大きな地球環境問題の一つである。この問題の解決のためには、天然陸水の性格を正確に理解し、その上で人為的な環境負荷を求め、予防・改善対策を立てる必要がある。そのためには、まず天然陸水とは何かを理解すること、すなわち、天然陸水を本質的に決定づける溶存化学成分の挙動を把握することが不可欠である。しかし、河川水や浅層地下水の化学的な性質を決定づける主要な溶存成分に関する知見はいまだに乏しく、特に火山地域を主要な水源とするわが国の陸水の化学的性格についての研究は少なく、未だ日本島河川の源泉の化学的実態は不明であるといえる。 一方、深部熱水や海水のような基盤岩との化学反応系で平衡状態に到達していると想定される環境水については、「化学組成は一定である」という必然性があると考えられ、この必然性に答える解法のひとつとして、化学平衡論に基づく熱力学的な計算が広く用いられてきた。他方、日本における天然陸水の水質に関しては、化学分析値等の数量データに基づいたものであっても、その解釈は概念的になっているものが多い。すなわち、浅層地下水や河川水のような、基盤岩との反応が十分に進行していないと考えられる表流水に関しては、熱力学や化学量論に根ざした計算はほとんど適用されておらず、それゆえ、天然陸水の水質形成に関わる量的な理解は深まっていないのが現状である。 本論文はこうした研究背景のもとに、わが国において河川水の水源が集中的に存在する火山地域における陸水を対象に、溶存化学成分の実態を明らかにするとともに、その形成過程を量論的に考察したものである。 本論文は、わが国の典型的な安山岩質火山であり、陸水環境への人為的な影響や風送海塩の影響が小さく、豊富な水量をかかえる中部山岳地帯の乗鞍岳を主たる研究対象地域とした。同時に、乗鞍岳で得られた水質形成機構の普遍性を検証するために、火山噴出物を主体とする岩盤で構成される地域であり、しかし、人為的な影響や風送海塩の影響が予想される南九州のシラス台地をも研究対象地域として取り上げた。 定量的な因果律の解明に関しては、これまで試みられてこなかった多変量解析法を導入し、表流水の化学成分の挙動を支配する主たる要因を統計的に求め、その知見に基づき、岩石(ケイ酸塩鉱物を主要成分とする火成岩)と水との相互作用(化学風化反応及びイオン交換反応など)のプロセス論的検討と水質の地域的特性を考察した。また、化学成分を必然的に決定づける定量的な反応モデル構築のため、各試料水と安定的に共存しうる2次鉱物(粘土鉱物)を熱力学的に求め、表流水の化学組成を支配するケイ酸塩岩石の化学風化式ならびにイオン交換式を求めた。さらに、これらの化学反応式から化学量論的な計算を行い、表流水中の化学成分間の関係式を導出した。同時に、この理論式に実試料の化学組成を代入し、当該化学反応モデルの妥当性を検証した。 本論文は5章から構成されている。第1章では、既往研究のレビューを行い、上記のように、研究の背景を整理し、研究の目的と意義を述べている。 第2章では、乗鞍岳周辺域での天水(雨水、融雪水)、陸水(湖沼水、河川水、湧水など)、地熱水(温泉水など)の溶存化学物質の分析結果を概観し、多変量解析法を用いて地域ごとに化学組成を支配する要因を統計学的に特定しその影響を数量化した。その結果、当該調査地域における水質形成機構はわが国の水質形成機構を代表し得ること、化学成分の濃度から得られた主成分得点分布と試料採取地点の標高データにより、天水・陸水・地熱水が明瞭に分別されることを明示した。また、山頂付近の水質を支配する要因は、ケイ酸塩鉱物を主要構成物とする火山岩の溶解反応、風送海塩及び生物活動であり、それぞれ寄与率は、45%、20%、10%であることを明らかにした。一方、乗鞍岳中腹における非地熱水の水質変化には、岩石−水反応が大きく作用しており、特にシリケイトの溶解反応が全水溶化学成分の変動のうち45%を、カルシウムやマグネシウムの沈着反応が約20%を占めていること、海塩や生物活動の水質変化に及ぼす影響は相対的に小さく、解析上の変動要因としては現れないことを明らかにした。さらに、調査地域全体から得られた非地熱水の化学組成の因子分析結果は、乗鞍岳中腹域と同様の傾向を示す2つの因子のあることを示し、第一因子は全陽イオンとケイ素への正の負荷を(寄与率65%)、また第二因子は(Na+,K+)に負の負荷を、(Mg2+,Ca2+)に正の負荷を持つことを示した(寄与率16%)。これらの統計的性格に基づき、当該水域における化学組成の地域性とその形成過程は、周辺岩盤と水との相互作用によって支配されると結論している。 第3章では、第2章の多変量解析の結果に基づき、岩石−水相互作用の観点から水質形成機構を熱力学的・化学量論的に考察した。第一因子が正の負荷を示すケイ素・陽イオンの挙動については、当該地域の火成岩の鉱物の風化系列を想定して得られた理論溶液の組成や安定関係図を用いて考察した。その結果、主要成分である陽イオンとケイ素との関係は、長石類を主体とした岩石成分の溶出とそれに伴うギブサイトやカオリナイト等の二次鉱物の生成反応により定量的に説明された。また、上記の化学風化反応に基づく化学量論式から以下のような陽イオン濃度によるケイ素濃度の推定式を導出した。 乗鞍岳山頂付近の陽イオンとケイ素との関係式(理論式) [Si]=3[Na+]+3[K+]+[Mg2+]+2[Ca2+] 乗鞍岳中腹付近の陽イオンとケイ素との関係式(理論式) [Si]=2[Na+]+2[K+]+[Mg2+] さらに、実試料の化学分析値が上記の式に適合することを示し、導かれた仮説が成り立つことを検証している。 第2因子で表現される1価/2価陽イオンの負の相関に関しては、岩石−水相互作用で一般にいわれているようなCa2+型からNa+型への水質変化は見られず、むしろNa+型からCa2+型への明瞭な変化が生ずることを見出した。さらに、地熱水(温泉水)の影響が無い地表水では、log(aca2+/a2Na+)=4.5の関係式が成り立つことを明らかにし、この関係式が成り立つ要因については、準安定なイオン交換性鉱物による過渡的な平衡反応を仮定することにより説明されると論じている。すなわち、当該地域全般の水質変動は、天水の溶液組成と、安定鉱物と水との最終平衡条件で算出される溶液組成とを両端成分とする比較的単純な岩石−水相互作用により説明することができることを示した。 第4章では、南九州のシラス台地を流れる河川水及び周辺地域の温泉水や雨水試料の化学成分を定量し、多変量解析法により解析した。その結果、本地域においても、河川水の主要成分は当該調査地域に数多く見られる温泉水や住宅地の排水による影響をほとんど受けておらず、乗鞍岳における結果と同様に、主として火砕流堆積物から構成される周辺地質の鉱物組成によって支配されていることを明示し、また、シラス台地を構成する主要鉱物の風化反応式から導かれた化学量論式により、陽イオン濃度からケイ素イオン濃度を推定することができる([Si]=2[Na+]+[Mg2+])ことをも明らかにした。 第5章では、以上の研究結果を総括し、最後に、大陸における石灰岩や蒸発岩の溶解や風送海塩の影響を議論するために開発された溶存イオンのみを扱う手法では、火山国であるわが国の陸水の化学特性は十分には理解できないこと、わが国の水理地質学的特徴を考慮せずに、欧米で採用されている手法を無批判に導入することは厳に慎むべきであることを指摘して締めくくっている。 以上のように本論文は、わが国の水環境に関わる化学的研究において、これまでほとんど行われてこなかった火山地域における天然陸水を対象として、陸水の性質を決定づける主要な溶存化学成分の地域的特性とその形成過程とを、多変量解析法と熱力学的・化学量論的計算により定量的に議論し、その結果、わが国の陸水形成機構は火山岩の主要構成物であるケイ酸塩鉱物の溶解反応が重要な役割を演じていることを明らかにした論文である。すなわち本論文では、わが国の天然陸水の化学的性質を理解する上で、ケイ酸塩鉱物の溶解指標となるケイ素の挙動が重要な鍵となることを明らかにするとともに、各試水の水質特性の地域性とその形成機構はケイ素濃度を中心とする熱力学的・化学量論的計算によって把握することができることを明示している。したがって、その成果は環境学、特に、自然環境学、環境化学の発展に大きく貢献するものと評価される。 なお、本論文第2章、第3章は大森博雄との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/40229 |