学位論文要旨



No 216395
著者(漢字) 明石,達生
著者(英字)
著者(カナ) アカシ,タツオ
標題(和) 土地利用規制による商業機能の立地制御に関する研究 : 1990年代の状況変化を踏まえた実証的考察
標題(洋)
報告番号 216395
報告番号 乙16395
学位授与日 2005.12.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16395号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 慶応義塾大学 教授 日端,康雄
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 北沢,猛
内容要旨 要旨を表示する

この論文は、都市計画の土地利用規制制度に関する研究であり、郊外立地型の大型店を題材にとりあげ、都市における商業機能の立地に関し、広域的観点に立った実効性ある立地制御を行い得るために、日本の現行制度の再構築に必要な要件を提示することを目的としている。都市の巨視的な構造を扱う土地利用制御技法に関する研究である。

都市の商業機能は、1970年代頃からロードサイド型の店舗立地が進んできたが、旧大店法(大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律)の規制緩和が進められた1990年代以降、店舗の大型化と郊外立地化が急速に進展し、その結果、新規の商業集積地が郊外部に突如出現することが顕著になった。商業集積地は多数の都市生活者が集まる「都市の核」であるから、その位置をどこにするのかは都市計画上極めて重要な事項であるが、近年大型店の出店によって郊外部に次々と出現した新たな商業集積地の大部分は、都市計画のゾーニング上商業機能の増進を目的としていない地域に立地している。

この現象に関し、本研究は、現在の日本の都市計画制度が、都市構造形成の根幹をなす土地利用の制御能力を喪失しているという、問題認識に立っている。都市の核となる場所が、都市計画の意図とは関係なく、勝手に生成を続けているからである。研究の方法は、次のとおりである。

統計資料と地方都市圏における実態調査から、近年の商業機能の立地状況と土地利用規制の指定状況との関連性を分析することにより、都市計画が商業機能の立地制御力を失った状況と原因を解明すること、

土地利用制御に関する法制度について、用途規制の根拠となっている法的論理を詳細に分析することにより、現行の論理の延長で法制度を改良するとした場合の可能性及び限界を明らかにすること、

大型店の立地規制に実効性を認め得る唯一の現行制度である線引き制度を対象にして、運用実例をケーススタディすることによって、実際的な局面において制度が機能するための要件を明確化すること、

欧米主要国の制度を概観し、商業機能の立地制御の実効性に影響を与える要素を分析することにより、わが国制度の再構築において参考となる事項を考察すること、

以上から得られた知見を踏まえて、制度改善の具体的な案を提示すること。

本研究は、序章及び六つの章と補論から構成される。

序章は、「研究の目的と方法」である。ここでは、研究の視座と範囲にも併せて言及した。筆者は、大型店の郊外立地展開という現象が、旧大店法の規制緩和で自由化された市場において、企業間競争を前提に消費者が支持する形で発展してきたことを念頭におき、この現象を一概に否定的にのみ捉えるべきでないとしつつも、集客力が広い範囲に及ぶことの影響から、それらの立地が無秩序に拡散すると都市の状態に看過しがたい問題を引き起こすと仮定し、それを立証しながら、制御のための適切な技法を探る必要性を述べるとした。なお、この研究で扱うのは都市構造の制御であって、中心市街地の活性化政策とは別の主題であると整理している。

第一章は、「1990年代に生じた商業集積地の立地変化の特徴」である。ここでは、統計による全体推移の概観、群馬県中・東毛地域を対象としたプレスタディを行い、大型店の郊外立地は旧大店法の規制緩和によって急進したこと、近年の大型店には中心商業地の集積に匹敵する巨大規模のものがあること、商業集積地の無秩序な郊外化は多数の中小ロードサイド店よりも少数の大規模店によって牽引されること等の知見を得た。これにより、郊外居住者の利便性や店舗の多様性を尊重しながら、都市の根幹的構造の制御を行うには、大型商業施設に絞り込んだ対応が効果的とした。

第二章は、「大型店の立地分布と土地利用規制の関係」である。ここでは、大型店立地の実態に照らして、用途地域制度が商業機能の立地制御力を喪失していること、線引き制度は歯止め効果を有することを実証した。方法は、群馬県の3市7町村からなる中・東毛地域(この圏域は、線引き適用地域と非線引き地域が併存するため、土地利用規制の効果の調査に適する)、及び、群馬県、茨城県、新潟県、静岡県の4県の全域を対象とした調査による。

第三章は、「大型店の立地制御における用途地域等の法制度的限界」である。ここでは、郊外型大型店の立地制御に関する現行制度の限界を確認し、その限界が現行の規制を成立させている法制度上の根拠に照らして突破可能な問題なのか否かを検証した。実態データの相関分析により、大型店の立地が用途地域の各種類の目的とは無関係に行われていることを示し、近年の大型商業施設は、規制のない状況下では拡散立地化すること、8割以上が容積率200%未満であるため、容積率による立地制御が商業機能に関して無力化していることを実証するとともに、用途規制の法的根拠の考察により、建築基準法では周辺環境のニューサンスを越えた広域的弊害を用途規制の根拠とすることができないため、現行制度の延長では実効性ある立地規制が理論的に困難なことを立証した。

第四章は、「線引き制度の運用技法における大型店立地制御の可能性と限界」である。ここでは、新潟都市計画区域の線引き定期見直しプロセスを採り上げ、一定の規制の適用が予め所与であれば、大型店の誘致で互いに競合する市町村に対し広域行政庁(県)による計画的思考に基づく立地可否判断を期待できること、その場合「商業フレーム」を設定する計画技法には有効性があること等を事例検証するとともに、福島県伊達町と宮崎県宮崎市の事例比較により、空間計画に関する権限の所掌はスケールの整合性により一貫して整理すべきであり、行政組織の事務能力によって整理すべきでないことを実証した。

第五章は、「欧米主要国における商業立地の規制・誘導制度」である。ここでは、英・独・仏・米の制度について、(1)大型店に対する国の政策の存否と内容、(2)土地利用規制の統率力、(3)広域的な行政主体の関与、(4)国の法令の拘束力、(5)規制変更手続きの開放性、の5つの観点から、郊外型大型店の立地制御に効果の高い要素を比較検討した。この結果、日本の都市計画行政が十分に機能しないことの根本原因は、規制の導入を自治体自らの決断と努力で行わなければならないことにあり、この点で欧州の制度と逆転していることが大きいとしている。

第六章は、「商業集積の立地制御に関する都市計画制度の再構築の方向」である。ここでは、前章までの実証的研究を踏まえ、総括的考察と補足検討を行った上、制度提案を行った。ここでは、都市計画制度が商業集積地の立地制御力を失った理由、商業施設の立地管理が必要な理由、立地管理を都市計画のイニシアチブによって対応することの妥当性を明らかにし、大型商業施設に着目して商業機能の立地制御を行うことの目的を、(1)土地利用と交通施設の効率的整合、(2)都市構造の自家用車依存化の抑制、(3)ストック有効活用型の土地利用管理の3点と整理した。これらにより、制度提案を、(1)一般大型店に対するもの、(2)巨大商業施設に対するもの、の2つに区分して提示した。

なお、合理的な都市構造を形成するには、集積を予定しない地域における大型商業施設の規制だけでは不十分で、集積を図るべき地域における商業立地の促進策が必要である。これに関しては、本研究が対象領域とした土地利用規制では、一般には限界があるが、東京都心部の銀座地区において、インセンティブ・ゾーニングによって成果を上げた例がある。このため、本研究では「用途別容積率による商業集積の立地誘導の可能性」と題する補論を設け、インセンティブ手法の理論と実効性を検証した。

この研究で実証された主な知見は、次のとおりである。

大型店は、規制のない状況下では、郊外部に拡散立地化すること。

「商業集積地の無秩序な郊外化」という現象は、多数の中小ロードサイド店ではなく、少数の大型店によって牽引されていること。

近年の大型店には、中心商業地の集積に匹敵する巨大規模のものがあり、都市構造全体に大きな影響を及ぼすこと。

「大規模な商業施設は高密度」という百貨店時代の前提が崩れ、超低密度大規模施設の形態が普及したことで、容積率による立地制御が商業機能に対しては無力化したこと

建築基準法の規制の根拠は、周辺環境へのニューサンスに止まり、広域的な弊害を建築物の最低基準として考慮することが困難であるとともに、特定の地区の機能を増進させる目的で、別の地域に制限を行うという計画論的な論理を含まないこと

市町村間で利害が競合する施設のように、権限主体を基礎自治体におくと機能しない土地利用規制が存在すること

土地利用計画の所掌に関する行政主体の権限配分は、扱う対象の空間的スケールとの整合性に準拠する必要があり、行政能力の有無を基準としてはならないこと

日本の都市計画行政が十分に機能しないのは、規制の導入を自治体自らの決断と努力で行わなければならず、この点で欧州の制度と逆転していることが大きいこと

以上の研究成果は、本研究が対象とした商業機能の立地制御の問題だけでなく、わが国都市計画の土地利用規制に関して、共通的・一般的な問題点とその改革の方向性を示すものとなっている。こうしたことから、本研究の意義は、わが国都市計画制度の再構築のあり方において、ファンダメンタルな方向性を併せて提示したものと位置付けることができるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、都市計画の土地利用規制制度に関する研究であり、郊外立地型の大型店を題材にとりあげ、都市における商業機能の立地に関し、広域的観点に立った実効性ある立地制御を行い得るために、日本の現行制度の再構築に必要な要件を提示することを目的としている。

本研究は、序及び六つの章と補論から構成されている。

序は、「研究の目的と構成」として、研究の目的と着眼点、既往研究との関連などを述べている。第一章は、「1990年代に生じた商業集積地の立地変化の特徴」として、統計資料から大局的、時系列的な特徴把握と、群馬県中・東毛地域のスタディにより、問題認識を絞り込んでいる。第二章は、「大型店の立地分布と土地利用規制の関係」として、商業機能に関する現行制度の立地制御力を検証し、地方部4県の実態調査から、用途地域制度が立地制御力を喪失していること、線引き制度が歯止め効果を有することを実証している。第三章は、「大型店の立地制御における用途地域等の法制度的限界」として、用途規制の法律的な根拠に照らして、建築基準法では周辺環境のニューサンスを越えた広域的弊害を用途規制の根拠とすることができないため、現行制度の延長では実効性ある立地規制が理論的に困難なことを立証している。第四章は、「線引き制度の運用技法における大型店立地制御の可能性と限界」として、一定の立地制御力が認められる線引き制度に焦点をあてて、新潟都市計画区域における計画変更プロセスの分析、宮崎県宮崎市と福島県伊達町の事例比較により、運用実態から見た実効性確保の鍵は何かを考察している。第五章は、「欧米主要国における商業立地の規制・誘導制度」として、英・米・独・仏を対象に、郊外型大型店の立地制御に関する制度の比較考察により、実効性ある制度に必要な要件を抽出している。第六章は、「商業機能の立地制御に関する都市計画制度の再構築の方向」として、郊外型大型店が増加した背景、都市計画が商業集積地の立地制御力を失った理由、商業機能の立地管理が必要な理由、これを都市計画のイニシアチブで行うことの必要性と利点等について、総括的考察を行うとともに、前章までに得た知見を踏まえて、制度改革の提案をしている。また、補論においては、「用途別容積率による商業機能の立地誘導の可能性」として、東京銀座地区における機能更新型高度利用地区を採りあげて、規制手法による商業機能の集積立地促進策の可能性、理論と効果を検証している。

この研究で実証された主な知見は、次のとおりである。

大型店は、規制のない状況下では、郊外部に拡散立地化すること。

「商業集積地の無秩序な郊外化」という現象は、多数の中小ロードサイド店ではなく、少数の大型店によって牽引されていること。

近年の大型店には、中心商業地の集積に匹敵する巨大規模のものがあり、都市構造全体に大きな影響を及ぼすこと。

「大規模な商業施設は高密度」という百貨店時代の前提が崩れ、超低密度大規模施設の形態が普及したことで、容積率による立地制御が商業機能に対しては無力化したこと

建築基準法の規制の根拠は、周辺環境へのニューサンスに止まり、広域的な弊害を建築物の最低基準として考慮することが困難であるとともに、特定の地区の機能を増進させる目的で、別の地域に制限を行うという計画論的な論理を含まないこと

市町村間で利害が競合する施設のように、権限主体を基礎自治体におくと機能しない土地利用規制が存在すること

土地利用計画の所掌に関する行政主体の権限配分は、扱う対象の空間的スケールとの整合性に準拠する必要があり、行政能力の有無を基準としてはならないこと

日本の都市計画行政が十分に機能しないのは、規制の導入を自治体自らの決断と努力で行わなければならず、この点で欧州の制度と逆転していることが大きいこと

この研究は、現下の社会問題に直結していることから時宜を得た有用性が認められるとともに、実証及び論証が精緻に行われており、特に用途規制に関し法的根拠に遡った論証の深さは例を見ない。また、上記の知見は、各々具体的有用性において優れているとともに、大型店の郊外立地問題だけでなく、わが国都市計画制度の改革のあり方に関して共通的な原理とすべきものを含んでおり、中・長期的視点においても高い有用性が見込まれる

よって本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42873