学位論文要旨



No 216396
著者(漢字) 岩田,篤
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,アツシ
標題(和) 電子ビームを用いた鉄鋼、マグネシウム合金の局所的材料処理
標題(洋)
報告番号 216396
報告番号 乙16396
学位授与日 2005.12.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16396号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 新野,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

電子ビームは,高いパワー密度,高い制御性,真空中処理による清浄な表面,直線状のビーム照射による処理の自由度,高いエネルギー効率などの特性により,局所的な材料処理に有効なツールである.そこで,電子ビームを用いた局所的材料処理のうち,主要なものとして焼入れ,合金化,粒子注入の各手法について,基本的な実験と単純なモデル化により,各処理法の基礎的なメカニズムの解明を行うことを目的とした実験的研究を行った.また,合金要素や注入粒子の供給法について真空中での適切な方法を探索した.実験材料としてはもっとも汎用性の高い材料としての鋼材を基本としたが,電子ビーム材料処理の特徴である真空中処理を最も有効に活用できる材料として,酸化されやすいマグネシウム合金をも対象とした.

また,電子ビームと類似した特徴を有するレーザビームと比較し,それらがどのような特性を持ち,いかに使い分けるべきかについての指針を与えた.

本論文は6章で構成され,各章の内容は以下のように要約される.

第1章 「緒論」

本研究の背景としては,電子ビームが金属の加工用途に適した各種の特性を持ち,なかでもパワー密度が高いため局所的に加熱ができること.さらに,材料を局所的に処理することにより材料全体としての特性を損なわずに必要部分のみに必要な特性を付与できるという利点があることがある.そこで各種の局所的処理法と電子ビームと似た挙動を示すレーザビームによる処理法とについて概観し,ついでこれまでの電子ビーム材料処理分野での研究の概観を行ったうえ,本研究の目的として基本的な実験と単純なモデル化により,電子ビーム焼入れ,合金化,および粒子注入の各処理法の基礎的なメカニズムの解明を行うこと,真空中での合金要素や注入粒子の供給法について適切な方法の探索,およびレーザビームとの比較をあげた.

第2章 炭素鋼の変態硬化−表面溶融を伴わない硬化処理

電子ビーム出力をやや低めにして鉄鋼材料表面を溶融させずに,変態硬化によって硬さを高くする,いわゆる焼入れ技術に関して述べた.まず,実験に用いられた電子ビーム装置のビーム径や偏向振動特性を調べた.そして,比較的大きい面積を硬化させられる,電子ビームを照射しながら処理される材料を移動させる手法で得られる改質層の硬さ,大きさ,表面粗さ等を調べた結果,十分な硬さを持つ急速加熱・冷却層が得られた.これをモデル化して,熱伝導解析による温度分布計算と,一定温度に達した点が変質するというシンプルな仮定によって,実験結果との一致が得られた.これにより,電子ビームを単なる熱源と考えて良いことがわかった.次に,小面積を硬化させるための,処理される材料を固定して電子ビームをパルス的に照射する手法でも,硬化部が得られた.さらに,類似の技術であるレーザ焼入れについて文献を調査し,真空を要しないレーザ焼入れが多くの点で電子ビーム焼入れより有利であるが,レーザの反射防止が困難な形状や,複雑なパターンでの焼入れの場合などに電子ビームが有利であることが分かった.

第3章 軟鋼への合金化

電子ビーム出力を上げて,鉄鋼材料表面が溶融するようにし,そこに合金要素を投入して局所的な合金層を作成する技術について述べた.予備的な実験として,材料表面の溶融のみの条件や現象を把握した.なお,この技術は高合金鋼などにおいては,そのままでも改質処理として用いうる.次に,電子ビーム合金化においてもっとも重要と思われる合金要素の供給方法について実験的に研究した.電子ビーム合金化においては,真空の制限から処理される材料表面に合金要素を置いておき,その上から電子ビームで溶融する方法が主である.置き方として,箔材を置く,電気メッキ,粉末静置,水ガラス固定粉末の4種類を比較し,水ガラスで粉末を固定する方法が良いことが分かった.電子ビーム合金化をモデル化するにあたり,処理される材料の上に置かれた粉末が材料の溶融池に瞬時に広がるというシンプルな仮定をたてた.溶融部の一部のみに合金要素粉末を固定した合金化実験によって得られた合金要素分布結果と,モデルによって計算した分布結果はおおむね一致し,仮定の妥当性が示された.さらに,合金化の効果を見るために,電子ビーム合金化によって作られたステンレス鋼SUS304類似の合金成分濃度の合金層の耐食性をアノード分極曲線によって調べた結果,SUS304に近い結果を得られた.そして,レーザ合金化の文献調査を通して電子ビーム合金化は,レーザ合金化と比べると酸化や残留気泡の少ない高品質な合金層を得られることが示された.

第4章 軟鋼への粒子注入

電子ビーム合金化のバリエーションとして,溶融池に投入したセラミックス粒子を,溶融池が凝固した後も溶融しきらない状態で残す技術について述べた.まず,鉄鋼材料の溶融池内で溶け残る材質を実験的に把握した.水ガラスによる粉末固定法によって実験した結果,TiCとTiNが粒子注入できることがわかった.TiNについて溶融池への注入粒子供給法についての実験的検討を行った.合金化と同様,処理される材料表面に合金要素を置いておく方法として水ガラスによる粉末固定法,粉末上にふたとして薄板を置く方法を,また粉末を電子ビーム照射中に振動給送によって供給する方法についても調べた.その結果,処理される材料の上に置いた粉末の更に上に処理される材料と同じ材質の薄板をふたとして置く方法がよいことがわかった.さらにレーザ粒子注入の文献調査を行い,電子ビームは,粒子の供給に粉末吹きつけ法が使えず粉末固定法によらざるを得ない点,レーザと比べ不利である.しかし,真空中での処理で酸素による分解などの可能性のある材料には有利であることがわかった.

第5章 マグネシウム合金への合金化

近年,使用される機会が増大しているが,機械的強度などに問題も多いマグネシウム合金に電子ビーム合金化技術を適用した結果について述べた.マグネシウムは鉄鋼と異なる溶融特性を持つので,合金化条件も検討し直し,スズ,ビスマス,亜鉛,アンチモン,アルミニウム,銀,金,マンガン,シリコンを合金化したところ,マンガンとシリコンは合金化が困難なことがわかった.この理由を,マグネシウムの蒸気圧が高いため溶融した合金要素のマグネシウム溶融池への溶け込みが抑止されることと考え,モデル化した計算結果は実験結果と一致した.さらに,合金化の効果を見るために,マグネシウム合金は高温クリープ特性が悪い点を考慮して,高温での鋼製ボルトによるマグネシウム合金の締め付け時の緩みを測定した.カルシウムの合金化により緩み方が減少し,ほぼ軟鋼なみの結果を得られた.また,レーザによるマグネシウム合金化の文献調査を行い,レーザにせよ,電子ビームにせよ,マグネシウムへの合金化の例は少なく,両者の得失は未だ明らかでなかった.さらに,マグネシウム合金以外への適用も含め,電子ビーム局所的材料処理技術の展望として,航空宇宙分野,福祉機器分野,デスクトップファクトリーや金属系マイクロマシンといった分野での応用が期待される.

第6章 結論

各章における主要な研究成果を列記する.さらに,本研究により得られた一般的知見として,電子ビーム焼入れや合金化における基本的なメカニズムをシンプルなモデルで説明できたこと,強力な熱源があればどんな金属でも溶融可能で,合金のできる組み合わせであれば合金化が可能であると考えがちであるが,手法に基づき合金化の組み合わせに制限があることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は電子ビームを用いた鉄鋼,マグネシウム合金の局所的材料処理と題し,6章からなる.

第1章の「緒論」では,電子ビームが金属材料を局所的に加熱でき,材料を局所的に処理することで全体としての特性を損なわずに必要な特性を付与できると述べている.そこで従来からある各種の局所的処理法について概観して電子ビーム材料処理の利点を述べている,ついで電子ビーム材料処理分野での研究の概観を行って,基礎的な研究が不足しているとの認識から,本研究の目的として,1.基本的な実験と単純なモデル化による基礎的なメカニズムの解明,2.真空中での合金要素や注入粒子の適切な供給法の探索,および3.電子ビームと似た挙動を示すレーザビームとの比較を掲げている.

第2章の「炭素鋼の変態硬化−表面溶融を伴わない硬化処理」では,電子ビーム照射で鉄鋼材料表面を加熱し,自己冷却によって変態硬化を誘起させる技術について述べている.電子ビームを照射しながら材料を移動させる手法によって,十分な硬さを持つ焼入れ層が得られる.この現象のモデルとして,熱伝導解析による温度分布計算と,一定温度に達した点が変質するという仮定による計算結果は実験結果と一致し,電子ビームは単なる熱源と考えて良いことが示された.次に,小面積を硬化させるための,静止した材料に電子ビームをパルス的に照射する手法においても硬化部が得られている.さらに,電子ビーム焼入れと類似するレーザ焼入れについて調査し,真空を要しないレーザ焼入れが多くの点で電子ビーム焼入れより有利であるが,レーザの反射防止が困難な形状や,複雑なパターンでの焼入れの場合などに電子ビームが有利であることを指摘している.

第3章の「軟鋼への合金化」では,電子ビームで軟鋼を溶融させ,そこに合金要素を投入して局所的な合金層を作成する技術について述べている.真空中での合金要素の供給方法を実験的に調べ,処理される材料表面に水ガラスで合金要素粉末を固定しその上から電子ビームで溶融する方法を提案している.この電子ビーム合金化をモデル化するため,材料上の粉末が溶融池に瞬時に広がり,凝固点の合金濃度はその時点での溶融池濃度に等しいという仮定をたて,計算した合金濃度分布結果は実験結果とおおむね一致し,モデルの妥当性が示された.さらに,電子ビーム合金化の効果の例として,得られた合金層の耐食性をアノード分極によって調べた結果,SUS304に近い耐食性が得られることが示されている.そして,レーザ合金化との比較において、電子ビーム合金化では酸化や残留気泡の少ない、より高品質な合金層が得られることを指摘している.

第4章の「軟鋼への粒子注入」では,電子ビーム合金化のバリエーションとして,投入したセラミックス粒子を溶融しきらない状態で残す技術について述べている.粉末固定法による実験の結果,TiCとTiNが溶け残ることがわかり,TiNについて溶融池への注入粒子供給法を実験的に調べた結果,粉末の上にふたを置く方法が良いとしている.さらにレーザを用いた粒子注入との比較を行い,電子ビームは,粒子の供給に粉末吹きつけ法が使えない点でレーザと比べ不利であるが,酸素によって分解する材料には有利であると述べている.

第5章の「マグネシウム合金への合金化」では,機械的強度などに問題が多いマグネシウム合金への電子ビーム合金化技術の適用について述べている.マグネシウム合金に各種金属を合金化したところ,マンガンとシリコンは合金化が困難であった.この理由を,マグネシウムの蒸気圧が高いため合金要素のマグネシウム溶融池への溶け込みが抑止されることと考え,モデル化を試みている。この計算結果は実験結果とよく一致している.次に,合金化の効果の例として,高温でクリープ特性が悪いマグネシウム合金を鋼製ボルトで締め付けた時の軸力変化を測定した.カルシウムを合金化すると軸力低下が少なくなり,ほぼ軟鋼なみの結果が得られている.

第6章の「結論」では,主要な研究成果を列記し,本研究により得られた一般的知見を述べている.さらに,電子ビーム局所的材料処理技術の展望として,航空宇宙分野,福祉機器分野,デスクトップファクトリーや金属系マイクロマシンといった分野での応用が期待されることが示されている.

以上,本論文は,電子ビームを熱源として用いた金属材料の熱的処理のうち,変態硬化と合金化について,その実用性について実験的に検証すると共に、プロセスの簡潔なモデルを提案したもので、実験結果とモデルの照合により、妥当性を検証し,プロセスの基礎的なメカニズムを明らかにしている.モデルのたてかたは単純化されてはいるが独創的なものであり,第一次近似としては十分に現象を説明できており,将来のさらなる解析に向け有用なものである.また,電子ビーム合金化のもたらす効果として,耐食性や耐クリープ性の付与を実験的に明らかにしており,電子ビーム材料処理の応用拡大の可能性をも明らかにしている.

これら、本論文に示された知見は,工学的に価値の高いものである.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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