学位論文要旨



No 216400
著者(漢字) 土田,敦之
著者(英字)
著者(カナ) ツチダ,アツシ
標題(和) インスリン/Foxo1経路によるアディポネクチン受容体発現量とアディポネクチン感受性の調節
標題(洋) Insulin/Foxo1 pathway regulates expression levels of adiponectin receptors and adiponectin sensitivity
報告番号 216400
報告番号 乙16400
学位授与日 2005.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16400号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 関根,信夫
 東京大学 助教授 後藤田,貴也
内容要旨 要旨を表示する

高脂肪食を摂取することによって引き起こされるインスリン抵抗性ならびに肥満は糖尿病、動脈硬化、心血管系疾患の主要なリスクファクターであることが知られているが、その分子基盤は十分には解明されていない。肥満はもっぱら脂肪細胞の肥大によって生ずると考えられるが、脂肪細胞が余剰のエネルギーを中性脂肪の形で貯蔵するという従来から知られている機能に加えて、レプチンを筆頭にアディポネクチン、TNFα、レジスチン、FFA、PAI-Iなど種々のシグナル分子"アディポサイトカイン"を分泌する内分泌器官としての機能を有することが知られるようになり、非常に注目を集めている。また、肥大した脂肪細胞からはTNFα、レジスチン、FFAが多量に産生・分泌され、骨格筋や肝臓でインスリンの情報伝達を障害しインスリン抵抗性を惹起し、逆に、レプチンやアディポネクチンなどのインスリン感受性ホルモンの作用が減弱することによっても、インスリン感受性が低下することが、示唆されている。

アディポネクチンは脂肪細胞特異的に発現している分泌蛋白であり、コラーゲン様ドメインと球状ドメインを有し、全長型以外にも球状ドメインのみからなる球状アディポネクチンが存在する。非常に興味深いことに、アディポネクチンの血中レベルは肥満や糖尿病患者において低下することが報告されている。実際に、血中アディポネクチン濃度の低下が認められる肥満糖尿病モデルマウスに生理的な濃度のアディポネクチンの補充を行うと、インスリン抵抗性、高遊離脂肪酸血症、高中性脂肪血症が改善する。さらに、アディポネクチン欠損マウスではインスリン抵抗性、耐糖能障害、血管障害易発性が存在することが報告されている。これらを併せて考えると、肥満に伴いアディポネクチンの分泌が低下し、インスリン抵抗性、2型糖尿病の原因となっていること、アディポネクチンの補充はインスリン抵抗性、糖尿病や動脈硬化の効果的な治療手段となりうることが考えられる。

全長型アディポネクチンは肝臓において、運動時に活性化することが知られるAMPキナーゼや、核内受容体型転写因子のPPARαを活性化することによって、脂肪酸燃焼を亢進し、また、糖新生を抑制することにより、インスリン抵抗性を改善する。一方、筋肉においては、球状アディポネクチンが全長型と比べてより低い濃度でAMPキナーゼやPPARαを活性化し、同様にインスリン抵抗性を改善する。最近、球状アディポネクチンとの特異的結合を指標に骨格筋のcDNAライブラリーから7回膜貫通型のアディポネクチン受容体(AdipoR)1がクローニングされ、ホモロジー検索によりAdipoR2も同定されている。AdipoR1は骨格筋に、AdipoR2は肝臓に多く発現が認めらる。AdipoR1もしくはAdipoR2の培養細胞への発現は、球状アディポネクチン及び全長アデイポネクチンの特異的結合を増加させ、アディポネクチンによるAMPK、p38MAPK及びPPARαの活性化を増強し、脂肪酸燃焼及び糖取り込みの促進を増強させる。逆にsiRNAを用いて内因性AdipoR1もしくはAdipoR2の発現レベルを低下させると、球状アディポネクチン及び全長アディポネクチンの細胞膜表面-の特異的結合が減少し、アディポネクチンによるPPARαの活性化や脂肪酸燃焼・糖取り込み促進効果が減弱する。以上より、AdipoR1とR2は球状アディポネクチン及び全長アディポネクチンの受容体であり、脂肪酸燃焼や糖取込み促進作用を伝達していることが示唆されている。

本研究では、アディポネクチン受容体(AdipoR1/R2)の生理学的、病態生理学的意義を明らかにする目的で、まず始めに、絶食・再摂食、肥満、インスリン抵抗性などの様々な条件におけるAdipoR1/R2発現量の変化を検討した。正常マウスを48時間絶食することによって、インスリンの標的臓器である骨格筋と肝臓において、AdipoR1/R2が有意に増加し、再摂食によって減少した。ストレプトゾトシンの投与によって膵β細胞からのインスリン分泌能が欠損したマウスでは、骨格筋におけるAdipoR1/R2の発現が有意に増加し、インスリンの補充により減少した。これらの結果から、AdipoR1/R2の発現量が、生体においてインスリンの血中濃度と負に相関する可能性が考えられたため、次に、培養細胞を用いた検討を行った。非常に興味深いことに、マウス初代培養肝細胞やマウスC2C12筋肉細胞をインスリン存在下培養すると、AdipoR1/R2の発現量が有意に減少した。さらに、インスリンによるAdipoR1/R2発現量の低下作用がインスリンシグナル伝達経路の中のどの経路に依存するか明らかにする目的で、阻害剤を用いた検討を行った。インスリンのAdipoR1/R2発現量低下作用は、MAPキナーゼ阻害剤PD98059では影響を受けなかったが、PI3キナーゼ阻害剤LY294002によりキャンセルされた。また、インスリン/PI3キナーゼ経路の下流で作用し、インスリンによって不活性化される転写調節因子であるFoxolの関与を調べた結果、Foxolの恒常的活性化蛋白(Foxol(ADA))をアデノウイルスを用いて外来性に発現させることにより、AdipoR1/R2発現量が有意に増加し、インスリンによる低下作用がキャンセルされた。これらの結果から、インスリンがPI3キナーゼ/Foxol経路を介してAdipoR1/R2発現量を低下させることが示唆された。次に、病態との関連を明らかにする目的で肥満糖尿病、高インスリン血症を呈するモデル動物であるob/obマウスの組織におけるAdipoR1/R2の発現量を検討した。正常マウスと比較して、ob/obマウスの骨格筋と脂肪組織において、AdipoR1/R2発現量が有意に減少していることがわかった。さらに、ob/obマウスの骨格筋の膜画分に対するアディポネクチンの結合が、正常マウスと比較して低下し、アディポネクチンを投与した際の骨格筋におけるAMPキナーゼの活性化が、正常マウスと比較してob/obマウスでは減弱していた。従って、こうしたアディポネクチン感受性の低下がob/obマウスにおけるインスリン抵抗性の悪化に関与している可能性が示唆された。結論として、本研究により、AdipoR1/R2の発現量が絶食/再摂食、インスリン欠乏、高インスリン血症といった様々な生理的、病態生理学的状態においてPI3キナーゼ/Foxol経路を介してインスリンによって負に制御され、アディポネクチン感受性と相関することが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はインスリン感受性を調節するシグナル分子の一つであるアディポネクチンの受容体(AdipoR1/R2)の生理学的、病態生理学的意義を明らかにするため、絶食・再摂食、肥満などの条件におけるAdipoR1/R2発現量の変化を検討するとともに、C2C12筋肉細胞を用いてその発現制御機構を解析することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

正常マウスを用いた検討において、48時間絶食によって骨格筋と肝臓におけるAdipoR1/R2mRNA量が増加し、再摂食によって減少した。このとき、血糖値とインスリン値はともに絶食によって低下し、再摂食によって増加した。ストレプトゾトシン投与によりインスリン分泌能が欠損したマウスでは、骨格筋におけるAdipoR1/R2mRNA量が増加し、インスリン投与により減少した。AdipoR1/R2の発現量が、インスリンの血中濃度と逆に変化することが示唆された。

マウス初代培養肝細胞ならびにマウスC2C12筋肉細胞を用いた検討において、インスリン存在下培養することによりAdipoR1/R2mRNA量が減少した。インスリンが直接作用として、AdipoR1/R2の発現量を調節することが示唆された。

マウスC2C12筋肉細胞におけるインスリンシグナル伝達経路の阻害剤を用いた解析により、インスリンのAdipoR1/R2発現量低下作用はPI3キナーゼ阻害剤LY294002によりキャンセルされた。さらに、マウスC2C12筋肉細胞にFoxolの恒常的活性化蛋白を外来性に発現させることにより、インスリンによるAdipoR1/R2発現量低下作用がキャンセルされた。インスリンがPI3キナーゼ/Foxol経路を介してAdipoR1/R2発現量を低下させることが示された。

肥満、高インスリン血症モデルであるob/obマウスにおいて、正常マウスと比べて、骨格筋と脂肪組織におけるAdipoR1/R2発現量と骨格筋の膜画分に対するアディポネクチンの結合が減少し、アディポネクチン投与時の骨格筋におけるAMPキナーゼの活性化が減弱していた。ob/obマウスにおけるアディポネクチン感受性の低下がインスリン抵抗性の悪化に関与する可能性が考えられた。

以上、本論文は種々の生理的、病態生理的条件下において骨格筋などの末梢組織におけるAdipoR1/R2の発現量が変化しアディポネクチン感受性の調節に関わること、インスリンがPI3キナーゼ/Foxo1経路を介してAdipoR1/R2の発現量を負に制御することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、アディポネクチン受容体の発現調節を介したアディポネクチンの生理作用の調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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