学位論文要旨



No 216401
著者(漢字) 岡本,真
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,マコト
標題(和) 高齢者大腸癌の臨床的特徴に関する検討
標題(洋)
報告番号 216401
報告番号 乙16401
学位授与日 2005.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16401号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 助教授 池田,均
 東京大学 講師 野村,幸世
内容要旨 要旨を表示する

緒言

大腸癌は、欧米のみならず、日本でも、頻度が高く、もっとも重要な悪性腫瘍のひとつである。また、欧米や日本では社会の高齢化を迎えている。今後、患者が増加して重要性を増すと考えられる高齢者大腸癌の臨床的特徴を明らかにすることは、重要な課題である。

目的

大腸内視鏡検査を行った多数の症例を対象に、内視鏡で発見された大腸癌の局在と年齢との関連について検討し、高齢者大腸癌の臨床的特徴を明らかにする。

さらに大腸癌を、進行癌、隆起型早期癌、表面型早期癌に分けて、年齢や局在という点から比較して、高齢者の表面型早期癌の臨床的特徴や意義を明らかにする。

対象と方法

1995年9月から約9年間に大腸内視鏡を行った全症例10,529例(男性6,801、女性3,728、平均年齢60.5歳)の中から発見された大腸癌を対象にした。これら症例は大腸癌手術やポリープ切除の既往、あるいは炎症性腸疾患のない初回検査例である。病変の部位は、右側結腸(盲腸、上行結腸、横行結腸)・左側結腸(下行結腸、S状結腸)・直腸に分類した。まず各年齢階層別での大腸癌の局在分布の違いを検討した。比較のために、同時期に診断された大腸腺腫も検討した。さらに大腸癌を進行癌・表面型早期癌・隆起型早期癌に分類して、それぞれで年齢階層別の分布の違いを検討した。

結果

年齢階層別にみた大腸癌の分布

全体で935例1,031病変の大腸癌を認めた。49歳以下60病変、50歳代207病変、60歳代345病変、70歳代290病変、80歳以上129病変。年齢階層別にみた大腸癌の分布を検討すると、右側結腸の占める割合は、49歳以下で11.7%(7/60)、50歳代で18.8%(39/207)、60歳代で29.0%(100/345)、70歳代で40.3%(117/290)、80歳以上で47.3%(61/129)であり、高齢になるほど、その割合は有意に増加した(p<0.001、Cochran-Armitage test)。

一方、大腸腺腫7,754病変についても同様に検討すると、右側結腸の占める割合は、49歳以下39.6%238/601)、50歳代44.4%(949/2136)、60歳代50.0%(1393/2787)、70歳代55.6%(1014/1825)、80歳以上57.3%(232/405)であり、高齢者に右側結腸の占める割合は増加するものの(p<0.001)、大腸癌と比較して年齢による差異は顕著でなかった。

表面型早期癌と隆起型早期癌の臨床的特徴の比較検討

大腸癌1,031病変を進行度や形態別にみると、進行癌は489病変、表面型早期癌112病変、隆起型早期癌430病変であった。

表面型と隆起型早期癌の臨床的特徴を比較検討した。症例の平均年齢では、表面型67.6歳、隆起型64.1歳であり、表面型が有意に高齢であった(p<0.01)。70歳以上の症例の割合も、表面型41%(46/112)、隆起型32%(139/430)と、表面型で有意に多かった(p<0.01)。病変の右側結腸に局在するものの割合は、表面型45%(51/112)、隆起型19%(85/430)であり、表面型で有意に多かった(p<0.01)。すなわち、表面型早期癌は、高齢者に多く、右側結腸に多く局在していた。

また、表面型早期癌は隆起型と比較して、病変の大きさの平均が小さく(13.3mm, vs.隆起型17.9mm, p<0.01)、粘膜下層に浸潤した病変が多く(47%, vs.隆起型26%, p<0.01)、腺腫成分を伴う病変が少なかった(21%, vs. 隆起型93%, p<0.01)、

進行度・形態別に分類しての大腸癌の年齢階層別分布

大腸癌を進行度・形態別に分類し、進行癌489病変、隆起型早期癌430病変、表面型早期癌122病変のそれぞれにおける年齢階層別にみた分布を検討した。

進行癌において右側結腸の占める割合は、 59歳以下で19.8%(22/111)、60歳代で38.2%(55/144)、70歳以上で47.4%(111/234)であり、高齢になるほど、その割合は有意に増加した(p<0.01)。表面型早期癌ではそれぞれ、59歳以下30.8%(8/26)、60歳代40.0%(16/40)、70歳以上58.7%(27/46)であり、進行癌と同様に高齢になるほど、その割合は有意に増加した(p<0.01)。それに対して隆起型早期癌ではそれぞれ、59歳以下12.3%(16/130)、60歳代18.0%(29/161)、70歳以上28.8%(40/139)であり、高齢になるほど増加する傾向を認めるものの(p<0.01)、表面型早期癌や進行癌ほどの顕著な増加傾向は認めなかった。

考察

今回の検討では、大腸癌のうち右側結腸癌の占める割合は、70歳代で40%、80歳以上で47%であり、49歳以下の12%や50-59歳の19%とは顕著な相違を示していた。高齢になるほど右側結腸癌が増加するという報告は、過去に欧米からなされているが、それらは地域癌登録や手術記録などに基づいている。それらによると右側結腸の割合は、70歳以上で約30-40%と報告されており、今回の検討でもそれとほぼ一致する結果であった。しかし従来の報告と異なって、今回の検討は大腸疾患の診断に最も有効な内視鏡検査で診断された症例をペースにしており、大腸癌の全体像をより正確に反映しているものと考えられる。また今回のような内視鏡検査に基づいた報告は過去にない。一方、大腸腺腫については、年齢による分布の差が少なかった。癌と腺腫とで分布が異なるということは、癌には腺腫とは異なった機序で発生するものがあることが示唆される。特に年齢と関連の強い右側結腸癌は、年齢と関連の少ない腺腫とは異なった機序で発生してくることが示唆された。

欧米では大腸癌スクリーニングとしてS状結腸内視鏡が行われているが、右側結腸癌が増加する高齢者には不適切な検査であると考えられる。大腸癌スクリーニングとしては、特に70歳以上の高齢者を対象にして全大腸内視鏡検査を導入してもよいのかもしれない。

一方、武藤らが最初に報告した大腸の表面型腫瘍は、近年、日本のみならず欧米でも報告が増えているが、その年齢や局在についての報告は少なく、隆起型や進行癌と比較した報告もない。今回の検討の結果、表面型早期癌は高齢者の右側結腸に多いことが明らかにされ、それは進行癌と同様の傾向であった。従って、表面型早期癌は、特に高齢者において、右側結腸の進行癌の発育進展過程における重要な初期病変である可能性が示唆された。

高齢になるほど右側結腸癌が増加する原因については、加齢に伴う身体的あるいは遺伝子学的な変化に起因することが想定されている。大腸癌の発生に関する遺伝子変異としては、Vogelsteinらの提唱するAdenoma-Carcinoma sequenceに従った多段階発癌モデルがよく知られている。すなわち、APC、k-ras、p53などの癌抑制遺伝子や癌遺伝子の変異が段階的に積み重なって、腺腫から大腸癌が発生するというモデルである。一方、右側結腸癌の一部においては、それとは異なった遺伝子変異が関与する発癌過程が知られるようになった。それはhereditary non-polyposis colorectal cancer(HNPCC)に認められる発癌過程であり、DNAミスマッチ修復遺伝子の異常に起因し、マイクロサテライト不安定性(microsatellite instability:MSI)が認められ、標的遺伝子であるTGF-β receptortype 2(RII)遺伝子やBAX遺伝子の変異をきたし、発癌に関与するとする発癌過程である。この発癌過程は、HNPCCのみならず、遺伝的背景のない散発性大腸癌の一部にも認められるMSI陽性の大腸癌は、右側結腸に多いことが報告されているが、更に、高齢者に多いことを我々は報告しているMSIの関与した発癌が増えるため、高齢者の右側結腸癌が増加することが示唆される。

表面型大腸腫瘍については、隆起型腫瘍と比較して、癌遺伝子であるk-ras遺伝子の変異が少ないとされている。この結果は、進行大腸癌への進展過程において、表面型腫瘍と隆起型腫瘍とでは異なることを、遺伝子学的に示唆している。一方、ポリープ状腺腫には、MSI陽性の病変がなく、標的遺伝子のRII遺伝子にも変異がないことを我々は報告している。また、粘膜下層に浸潤した表面型早期癌におけるMSIの検討でも、表面型7病変中2病変がMSI陽性を示し、2病変とも右側結腸に局在したのに対し、隆起型17病変ではMSI陽性の病変は全くなかった。

今後更に多数例を用いて、早期癌の形態と局在のみならず、患者の年齢も併せてマイクロサテライト不安定性との関連について検討が必要である。また高齢化社会を迎え、今後、日常の臨床においても高齢者の右側結腸に注目することが重要である。

まとめ

高齢になるほど右側結腸癌が増える。

進行度別・形態別の検討では、表面型早期癌は、高齢になるほど右側結腸に増えていくが、それは進行癌と同様の傾向であった。一方、隆起型早期癌はその傾向が弱かった。高齢者の右側結腸においては、表面型を母地とした発癌過程が重要である可能性が示唆された。

高齢化社会を迎え、今後、高齢者の右側結腸に注目した診療や研究を行うことが重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高齢者における大腸癌の臨床的特徴を明らかにするために、大腸内視鏡検査を施行した症例を対象にして、年齢による大腸癌の局在の違いを検討し、さらに大腸癌の進行度・形態別に検討したものであり、下記の結果を得ている。

1995年9月から8年10ヶ月間に初回の大腸内視鏡検査が施行された10、529例の中から、935例1,031病変の大腸癌が発見された。

年齢階層別にみた大腸癌の分布を検討すると、右側結腸(盲腸・上行結腸・横行結腸)の占める割合は、49歳以下で11.7%(7/60)、50歳代で18.8%(39/207)、60歳代で29.0%(100/345)、70歳代で40.3%(117/290)、80歳以上で47.3%(61/129)であり、高齢になるほど、その割合は有意に増加した(p<0.001、Cochran-Armitage test)。一方、大腸腺腫7,754病変についても同様に検討すると、それぞれ49歳以下39.6%(238/601)、50歳代44.4%(949/2136)、60歳代50.0%(1393/2787)、70歳代55.6%(1014/1825)、80歳以上57.3%(232/405)であり、高齢者に右側結腸の占める割合は増加するものの(p<0.001)、大腸癌と比較して年齢による差異は顕著でなかった。

大腸癌1、031病変を進行度・形態別にみると、進行癌は489病変、表面型早期癌112病変、隆起型早期癌430病変であった。表面型と隆起型早期癌の臨床的特徴を比較すると、平均年齢では、表面型67.6歳、隆起型64.1歳であり、表面型が有意に高齢であった(p<0.01)。70歳以上の症例の割合も、表面型41%(46/112)、隆起型32%(139/430)と、表面型で有意に多かった(p<0.01)。病変の右側結腸に局在するものの割合は、表面型45%(51/112)、隆起型19%(85/430)であり、表面型で有意に多かった(p<0.01)。すなわち、表面型早期癌は、高齢者に多く、右側結腸に多く局在していた。また、表面型早期癌は隆起型と比較して、病変の大きさの平均が小さく(13.3mm, vs. 隆起型 17.9mm, p<0.01)、粘膜下層に浸潤した病変が多く(47%、vs.隆起型26%、p<0.01)、腺腫成分を伴う病変が少なかった(21%, vs. 隆起型93%, p<0.01)。

大腸癌を進行度・形態別に分類し、それぞれにおける年齢階層別にみた分布を検討した。進行癌において右側結腸の占める割合は、59歳以下で19.8%(22/111)、60歳代で38.2%(55/144)、70歳以上で47.4%(111/234)であり、高齢になるほど、その割合は有意に増加した(p<0.01)。表面型早期癌ではそれぞれ、59歳以下30.8%(8/26)、80歳代40.0%(16/40)、70歳以上58.7%(27/46)であり、進行癌と同様に高齢になるほど、その割合は有意に増加した(p<0.01)。それに対して隆起型早期癌ではそれぞれ、59歳以下12.3%(16/130)、60歳代18.0%(29/161)、70歳以上28.8%(40/139)であり、高齢になるほど増加する傾向を認めるものの(p<0.01)、表面型早期癌や進行癌ほどの顕著な増加傾向は認めなかった。

以上、本研究では高齢者における大腸癌の臨床病理学的特徴を検討し、高齢者では右側結腸癌が増加し、早期癌の形態では表面型が増加することが明らかにされた。今後、高齢者の右側結腸に注目する必要性が示され、大腸疾患診療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

なお、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

1.図において、症例数を記入するように求められた。

2.本文中に述べられている内容のなかで、重要なものを図表として追加するように求められた。

3.全体の文章構成を見直し、論旨がより明瞭になるように書き改めた。

4.不適切な表現を書き改めた。

5.考察を書き改め、本研究の意義をより明瞭にした。

6.論文内容の要旨を適切な表現に書き改めた。

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