学位論文要旨



No 216402
著者(漢字) 三好,光太
著者(英字)
著者(カナ) ミヨシ,コウタ
標題(和) 頚部脊髄症に対する切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術の手術成績と有用性に関する検討
標題(洋)
報告番号 216402
報告番号 乙16402
学位授与日 2005.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16402号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 森田,明夫
 東京大学 助教授 有田,英子
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]頚髄症に対し、椎弓を正中部または外側部で開き、開いた椎弓間に自家骨または人工スペーサーを挿み、脊髄の除圧と同時に後方の骨性支持要素として椎弓を再建し、脊柱管面積を拡大する脊柱管拡大術が諸家により考案された。

著者はコスト、感染の危倶、項部筋群との癒合不全等の人工スペーサーの問題点、および他部位からの採骨の必要性、採骨部愁訴、採骨時間、サイズの不足や形態の不揃い等の自家骨スペーサーの問題点を改善する事を念頭に1991年切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術を考案した。本術式の特徴は1)頚椎の生理的前弯の維持目的にて、項靭帯を温存する、2)拡大範囲がC3より尾側ですむ症例、またはC2についてドーム状部分椎弓切除で対処しうる症例では、C2棘発起付着筋群を剥離しない、3)他部位からの採骨をせず、切除した棘突起のみからスペーサー骨片を作成・使用し、人工スペーサーは使用しない。この時、拡大範囲の棘突起から作成したスペーサー骨片が10mm未満の場合は拡大範囲よりさらに尾側の胸椎棘突起も採取し、10mm以上のスペーサー骨片を作成・使用すること、である。

棘突起は脊椎背側において棘間靭帯や多裂筋などの起着部として、これらの靭帯・筋とともに脊椎支持組織の機能を担っている。本研究の目的は本法において、切除した棘突起のみから作成したスペーサー骨片により拡大範囲の椎弓を必要十分に拡大することが可能であるか、頚椎から上位胸椎の棘突起を切除した場合、術後の頚椎および脊柱の形態、アライメントや疼痛に及ぼす影響がないか、また手術成績を調べ他の脊柱管拡大術との比較を含め本法の有用性を検討することである。

[切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術(図1)]全身麻酔下、後頚部縦切開、項靭帯を温存する。除圧範囲がC3以下、またはC2についてドーム状部分椎弓切除で除圧が可能な症例では、C2棘突起付着筋群は剥離せず温存(以下、温存群)、またC2についても拡大を行う症例ではこれらC2棘突起付着筋群を非吸収糸で確保し、剥離する(以下、剥離群)。多裂筋も剥離、椎弓および棘突起を展開する。棘突起をその基部より切離し、表面を滑らかにし、2ケ所穿孔し、非吸収糸を通してスペーサー骨片として形成する。椎弓の正中を2mmのダイアモンドバーにて縦割し、さらに3mmのダイアモンドバーにて側溝を形成する。この側溝を蝶番として正中より椎弓を左右へ開き、開かれた椎弓縦割面に2ケ所穿孔し、間にスペーサー骨片を挿み、締結。固定する。剥離群では頭側と尾側のC2棘突起付着筋群をC2棘突起に引き寄せ縫合し、創を閉鎖する。術後は5日間の臥床後、立位・歩行訓練、術後6週まで頚椎カラーを装着する。

[対象]対象は1991年より横浜労災病院整形外科において、頚髄症に対し本法を施行し、術後1年以上の経過観察をした294例である。男178例、女116例、手術時平均年令は58.3歳(19〜86歳)で、原疾患は頚椎症性脊髄症(cervical spondylotic myelopathy 以下 CSM)221例、頚椎後縦靭帯骨化症(ossification of posterior longitudinal ligament 以下OPLL)73例である。

[方法]167例の術中作成したスペーサー骨片の実寸長を測定、113例では拡大範囲のみの棘突起より作成した場合には10mm未満のスペーサー骨片が生じ、さらに尾側の棘突起も採取し、全て10mm以上とした。その作成所要時間を測定し、また他家の人工スペーサーの手術材料費を調べた。

拡大された脊柱管形態の検討に、頚椎単純X線側面像にて脊柱管前後径を測定、CT画像にてスペーサー骨片と椎弓の癒合および折損を判定さらに脊柱管内側への過剰な骨形成を評価した。

臨床手術成績の評価には日本整形外科学会頚髄症治療判定基準(以下JOAスコア)による、JOAスコア合計上下肢JOAスコア、黒川らの判定基準を改変した5段階成績判定区分、および平林による改善率を用い、判定した。術直後の悪化例、成績不良例、経過観察時悪化例の因子について検討、また手術時間、出血量、創部感染の頻度を調査術後の頚部痛を3段階で評価した。

頚椎単純X線側面像を用いて第2と第7頚椎椎体後縁の接線角度により頚椎アライメントを、最大自動運動時の前後屈側面像を用い頚椎可動域を算出し、全脊椎側面X線像により胸椎後弯および腰椎前弯を、Jackson法により全脊椎アライメントを測定した。

[結果]拡大椎が6椎の65例に使用した6本のスペーサー骨片の実寸長は15.8mm〜11.7mm、5椎の102例の5本の実寸長は15.98mm〜11.5mm、であった。拡大範囲の棘突起だけでスペーサー骨片が作成できたのは167例中54例(32.2%)で、残り113例は拡大範囲より尾側の棘突起も採取し、全スペーサー骨片を10mm以上とした。スペーサー骨片の設置不能は1292椎弓中9椎弓(0.7%)あり、原因は側溝の折損と椎弓の低形成であった。スペーサー骨片作成の所要時間は平均21分、他家の拡大術での人工スペーサーの医療材料費は250,000円から450,000円であった。

CSM221例の術前最小脊柱管前後径は11.9mmであったが、術後3ヶ月時で20.4mm、最終観察時で20.2mmと拡大され、経過観察中の脊柱管前後径の狭小化は22例(狭小幅2mm:6例、1mm:16例)で、全例、脊柱管前方の椎体から骨棘の増大による狭小例で、後方の拡大椎弓側からの狭小例はなかった。

術後CT画像にて評価したCSM182例に術後経過中にスペーサー骨片が折損した症例はなく、スペーサー骨片と左右椎弓との接合部は、接合部周囲に骨新生を伴った癒合が946椎弓中721椎弓(76.2%)で、残り255椎弓も接合面内に骨癒合が確認され癒合不良や偽関節の椎弓はなかった。また脊柱管側への骨新生は、スペーサー骨片の正中部、椎弓、測溝にはなく、946椎弓中632椎弓(66.8%)の椎弓とスペーサー骨片の接合部に認められたが、術後2年以上経過後さらに増大した症例はなかった。

全294例の手術成績はJOAスコア合計が術前9.6が術後最高時13.6、改善率は55.8%、5段階成績判定区分では、著効:294例中162例(55.0%)、有効:97例(33.0%)、改善22例(7.5%)、不変13例(4.6%)、悪化O例(0%)であった。この不変の13例でも術後MRI・CT画像所見では除圧は得られ癒合も確認でき、背景に8例に平均12年の長期に及ぶ罹病期間が、5例に高齢(74歳〜83歳)があった。最終観察時(術後平均4年9ヶ月)ではJOAスコアは13.3、改善率は51.8%で最高の改善時よりわずかな減少であった。術直後悪化例としてC5麻痺が294例中5例に認められたが、術後3ヶ月までに正常レベルに回復した。術後経過観察中にJOAコアの低下した8例は術後最高時でもJOAスコア合計が10点以下で、改善が低かったが、MRI画像上脊柱管の再狭窄はなかった。5年以上経過観察した72例では、同様に4年以上経過後に、下肢のスコアの低下があり、このため成績が低下していたが、経時MRI画像上でも脊柱管の再狭窄はなかった。

5〜6椎弓の拡大を行った271例の手術時間は167.8分、術中出血量は350.4mlであり、術前に自己血の貯血を行った262例については他家血輸血を必要とした例はなかった。創部感染症例はなく、術後の頚部痛は、術後3ヶ月、1年時では、それぞれ294例中153例(52%)、121例(41%)にあった。

頚椎アライメントは温存群(262例)では術前12.9゜が術後13.7゜と前弯が増強したのに対し、剥離群(159例)では術前13.1゜が術後10.8゜と減少し、温存群で前弯が有意に維持されていた(p<0.005)。頚椎可動が術前39.1゜が25.5.、剥離群が術前37.5゜が27.1゜と両群とも減少し、両群間に有意な差はなかった。胸椎後弯は術前36.5゜が術後35.5゜、腰椎前弯は術前42.4゜が術後43.2゜等で、いずれも全脊椎アライメントは維持されていた。

[考察]脊柱管拡大術において拡大幅やスペーサーの幅の明確な基準はないが、椎弓の拡大幅として6〜10mm以上、脊髄の後方移動距離として3〜4mm以上が望ましいとの報告が多い。本法において、スペーサー骨片は全て10mm以上の長径を確保、脊柱管前後径は平均8mmの拡大し、十分な後方除圧が可能であった。

人工スペーサーを使用した拡大術においては、スペーサーの折損、脱転、偽関節、スペーサーと接合する棘突起または椎弓の骨吸収、さらに、癒合した場合でも、正中まで骨新生が脊柱管側へ増大しているとの報告もあるが、本法では骨癒合が得られ、脱転や骨吸収もなく、長期におよび脊柱管形態を維持できる可能性が高いと考えられた。

手術成績は、他の拡大術の報告とほぼ同等であり、本術式に起因する除圧不足が考えられた例はなかった。創部感染はなく、人工スペーサーを使用した報告に比べこの点でも優っていた。

今回の調査・検討の結果、切除した棘突起を使用する本法では、他部位からの採骨を必要とせず、一術野のみから必要十分な自家骨スペーサー骨片が作成され、さらに、人工スペーサーを使用する他家の方法に比べ、接合部の骨癒合、脊柱管形態の長期におよぶ維持、術後感染、および手術材料費について明らかに優っていた。これらの利点は脊柱管拡大術において椎弓という骨組織を拡大するにあたり、自家骨をスペーサーに利用するという合理性によると考えられた。また脊柱管拡大術において除圧効果および頚椎変形の予防に頚椎の前弯の維持は肝要である。拡大範囲がC3以下またはC2についてドーム状部分椎弓切除で済む症例ではC2棘突起付着筋群を温存することにより術後頚椎の前弯が有意に維持されていた。切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術は頚髄症に対する後方除圧術として有用な術式と考えられた。

[結語]

切除した棘突起を自家骨スペーサー骨片として利用し、残りの頚椎後方支持要素を可及的に温存する切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術を考案した。

拡大範囲よりさらに尾側の棘突起も採取、利用することにより自家棘突起より作成したスペーサー骨片のみで十分な拡大が得られ他部位からの採骨や人工スペーサーは必要なかった。

脊髄麻痺に対する手術成績は他の脊柱管拡大術の成績と同等で良好であった。

頚椎および上位胸椎の棘突起を切除・利用した場合でも頚椎および脊椎全体の矢状面でのアライメントへの影響はなかった。

本法は人工スペーサーを使用する他家の方法に比べ、スペーサー骨片と椎弓の接合部の骨癒合、拡大された脊柱管形態の維持、術後感染、医療材料費について優っていた。

図1、切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術

審査要旨 要旨を表示する

本研究は頚髄症に対する諸家の脊柱管拡大術のコスト、感染の危倶、項部筋群との癒合不全等の人工スペーサーの問題点、および他部位からの採骨の必要性、採骨部愁訴、採骨時間、サイズの不足や形態の不揃い等の自家骨スペーサーの問題点、を改善する事を念頭として考案した切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術の開発である。本術式の特徴は、1)頚椎の生理的前弯の維持目的にて、項靭帯を温存する、2)拡大範囲がC3より尾側ですむ症例、またはC2についてドーム状部分椎弓切除で対処しうる症例では、C2棘突起付着筋群を剥離しない、3)他部位からの採骨をせず、切除した棘突起のみからスペーサー骨片を作成・使用し、人工スペーサーは使用しない。この時、拡大範囲の棘突起から作成したスペーサー骨片が10mm未満の場合は拡大範囲よりさらに尾側の胸椎棘突起も採取し、10mm以上のスペーサー骨片を作成・使用すること、である。本研究では、この切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術において、切除した疎突起のみから作成したスペーサー骨片により拡大範囲の椎弓を必要十分に拡大することが可能であるか、頚椎から上位胸椎の棘突起を切除した場合、術後の頚椎および脊柱の形態、アライメントや疼痛に及ぼす影響がないか、また手術成績を調べ、他の脊柱管拡大術との比較を含め、本法の有用性を、術後1年以上経過観察を行った294例より検討したものであり下記の結果を得ている。

167例について測定したスペーサー骨片の実寸長は5〜6椎弓の拡大において平均15.9mm〜11.5mmであり、このうち拡大範囲の棘突起だけで全て10mm以上のスペーサー骨片が作成できたのは54例(32.2%)で、残り113例は拡大範囲より尾側の棘突起も採取し、全スペーサー骨片を10mm以上とした。術前後最小脊柱管前後径を測定しえた頚椎症性脊髄症221例では、術前11.9mmであった前後径が、術後3ヶ月時:20.4mm、術後平均5年6ヶ月の最終観察時:20.2mmと拡大されていた。本法では自家棘突起より作成したスペーサー骨片のみで十分な拡大が得られ、他部位からの採骨や人工スペーサーは必要ないことが示された。

術後CT画像にて評価した頚椎症性脊髄症182例に術後経過中にスペーサー骨片が折損した症例はなく、スペーサー骨片と左右椎弓との接合部は、接合部周囲に骨新生を伴った癒合が946椎弓中721椎弓(76.2%)で、残り255椎弓も接合面内に骨癒合が確認され、癒合不良や偽関節の椎弓はなかった。また脊柱管側への骨新生は、スペーサー骨片の正中部、椎弓、側溝にはなく、946椎弓中632椎弓(66.8%)の椎弓とスペーサー骨片の接合部に認められたが、術後2年以上経過後最長13年まで、さらに増大した症例はなかった。本法では、スペーサー骨片と左右椎弓の骨癒合が得られ、脱転や骨吸収もなく、人工スペーサーを使用した他家の脊柱管拡大術に比べ、長期におよび拡大された脊柱管形態を維持できる可能性が高いことが示された。

全294例の手術成績は、JOAスコア合計では術前9.6が術後最高時13.6、改善率は55.8%、5段階成績判定区分は、著効:294例中162例(55.0%)、有効:97例(33.0%)、改善22例(7.5%)、不変13例(4.6%)、悪化0例(0%)であった。この不変の13例でも術後MRI・CT画像所見では除圧は得られ、癒合も確認できた。最終観察時(術後平均5年6ヶ月)ではJOAスコアは13.3、改善率は51.8%で最高の改善時よりわずかな減少であり、術後経過観察中にJOAスコアの低下した8例においてもMRI画像上再狭窄はなく、拡大された脊柱管は保たれていた。以上より、本法の脊髄麻痺に対する手術成績は他の脊柱管拡大術の成績と同等で良好であったことが示された。

全294例に術後の創部感染はなく、また人工スペーサーは、その材料費が250000円以上かかることから、本法は術後感染および手術材料費において他家の脊柱管拡大術に比べ優っていることが示された。

頚椎アライメントはC2棘突起付着筋温存群(262例)では術前12.9゜が術後13.7゜と前弯が増強したのに対し、剥離群(159例)では術前13.1゜が術後10.8゜と減少し、温存群で前弯が有意に維持されていた(p<0.005)。頚椎可動域は温存群が術前39.1゜が25.5゜、剥離群が術前37.5゜が27.1゜と両群とも減少し、両群間に有意な差はなかった。胸椎後弯は術前36.5゜が術後35.5゜、腰椎前弯は術前42.4゜が術後43.2゜で、いずれも全脊椎アライメントは維持されていた。本法では頚椎および上位胸椎の棘突起を切除・利用した場合でも、他家の脊柱管拡大術に劣らず、頚椎および脊椎全体の矢状面でのアライメントへの影響はないことが示された。

以上、本論文は切除した棘突起を使用する本法が、他部位からの採骨を必要とせず、一術野のみから必要十分な自家骨スペーサー骨片が作成され、さらに、人工スペーサーを使用する他家の脊柱管拡大術に比べ、接合部の骨癒合、脊柱管形態の長期におよぶ維持、術後感染、および手術材料費について優っていることを示した。本研究は切除棘突起利用正中縦割式脊柱管拡大術が頚髄症に対する後方除圧術として有用な術式であることを明らかにし、学位の授与に値するものと考えられる。

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