学位論文要旨



No 216403
著者(漢字) 石川,祐子
著者(英字) Ishikawa, Yuko
著者(カナ) イシカワ,ユウコ
標題(和) 炎症反応における血管透過性亢進および白血球の血管外遊走の解析とフラボノイドの抑制効果
標題(洋)
報告番号 216403
報告番号 乙16403
学位授与日 2005.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16403号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 八村,敏志
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

近年、増加の著しいアレルギー性炎症疾患は、抗原抗体反応を主因とする慢性的な炎症反応ととらえることができる。炎症反応は、血管透過性の亢進と血管拡張による発赤と浮腫に伴い、発熱物質や発痛物質による熱や痛みという主症状を呈する、重要な生体防御機構である。しかし、過剰な炎症反応や、炎症の慢性化は組織破壊や機能不全など生体にとって悪影響をもたらす。そこで、炎症反応を抑制するためには、特に炎症初期に認められる様々な炎症反応、例えば炎症細胞から放出・産生されるケミカルメディエーターの動態や炎症細胞の血管外遊走などの挙動を把握し、制御することが必要と考えられる。

また、アレルギー性炎症疾患、特に花粉症やアトピー性皮膚炎などにおいては、日常の食生活を通じた症状の低減化が望まれており、そのためには食品成分による炎症反応の制御についての研究が重要である。そこで、本研究では食品成分のうち植物由来の機能性成分であるフラボノイドに着目し、炎症反応初期に見られる血管透過性亢進および血管拡張の要因となるケミカルメディエーターの一つであるプロスタグランジン(PG)およびサイトカインの腫瘍壊死因子(TNF)-α等の産生抑制、ならびに白血球の血管外遊走に関わる接着分子発現抑制活性を有するフラボノイドの探索を行い、その構造活性相関および抑制メカニズムの検討を行った。さらにアレルギーモデル動物を用いた炎症抑制活性の測定手法開発とフラボノイドの効果を明らかにすることを目的として検討を行った。

第1章においては、炎症細胞の一つであるマクロファージを用い、初期の炎症メディエーターとしてPGE2産生に対するフラボノイドの効果と作用機序についての検討を行った。

具体的には、細胞膜に存在するアラキドン酸の代謝物としてPGが合成される際に、産生を律速する誘導型の脂肪酸シクロオキシゲナーゼ(COX)-2酵素に着目し、ラット炎症性腹腔マクロファージを大腸菌リポ多糖で処理したときの、酵素蛋白質の発現およびPGE2産生量に対するフラボノイドの効果について明らかにした。供試した約40種類のフラボノイドのうち、16種類にPGE2産生抑制活性が認められ、フラボノイドの構造別ではフラボンが最も活性が高く、 baicalein (2.5 μM)、chrisin (2.8 μM) 、apigenin (3.3 μM)という IC50(50%阻止濃度)値を示し、非ステロイド抗炎症剤であるaspirinR (2.9 μM)とほぼ同等の値を示した。次いで、フラバノンのeriodictyol (7.2 μM)、naringenin (7.9 μM)、イソフラボンのgenistein (7.2 μM)、フラボノールの7-hydroxyrflavonol (10.7 μM)、kaempferol (13.1 μM)などにおいて高い抑制活性が認められた。構造活性相関の検討により、活性発現においては4位のケトン基(オキソ構造)が必須であること、またC2-C3位における二重結合は抑制活性を強めること、フラボノイドB環の水酸基の数およびその位置により活性に差が認められること、A環の5,7位に水酸基を持つフラボノイドは持たないものに比べ、有意に活性が高いことを明らかにした。

さらに、PGE2産生抑制効果を持つフラボノイドのうち、サブクラスごとに活性の高いものと低いものを選択し、COX蛋白質の発現をウエスタンブロットにより検討したところ、強い抑制活性を有するapigenin、7-hydroxyflavonolおよびeriodictyolではCOX-2蛋白質の発現が常在型のアイソザイムであるCOX-1に比べ用量依存的に抑制された。それに対し、PGE2産生抑制の弱いdaidzeinでは、COX-2蛋白質の発現抑制効果は弱く、COXもしくは細胞膜リン脂質からアラキドン酸を遊離する酵素であるphospolipase A2活性阻害など他の作用機序によるものと考えられた。また、配糖体はそれに対応するアグリコンに比較し、抑制活性が弱いことから、フラボノイドの細胞透過性も活性発現に大きな影響を与えることが示唆された。

第2章においては、炎症初期のもう一つの重要な反応である炎症局所における白血球の血管外遊走において、浸潤過程の最初の段階に起きる白血球が血管内皮細胞表面を転がる(ローリング)現象に関与する白血球接着分子に着目し、検討を行った。

ローリング現象を詳細に解析するためには、白血球の動態を直接顕微鏡観察する生体顕微鏡法が有効であることから、血管内白血球数の組織学的定量法と組み合わせ、ラット腸管膜静脈におけるヒスタミン誘導による白血球のローリングを解析する方法を開発し、サイトカイン等により誘導された白血球浸潤の観察に適用することが可能であることを明らかにした。

また、白血球の浸潤において重要なローリング現象の開始において、selectinファミリーと称されるレクチン様分子が重要な役割を果たすことが知られていることから、そのうち血管内皮細胞表面に誘導されるE-selectin分子の発現に対するフラボノイドの効果について検討を行った。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)をTNF-αで刺激し、E-selectinの発現をcell surface ELISA法により測定した。供試した約40種のフラボノイドのうち、フラボンに属するfisetin (IC50=0.8 μM)、 quercetin (4.5 μM) および kaempferol (4.3 μM)のflavonol、さらにchalconeに属するbutein (1.5 μM)において強い抑制活性が認められisoflavone とflavanoneは上の3つのサブクラスよりも活性が弱く、genisteinが13.8 μM、eriodictyolが70.6 μMというIC50値を示した。フラボノイドA環に存在するC2-C3の二重結合を持つグループの方が強い活性を示し、4位のケトン基は、本抑制活性の発現に必須であると考えられた。B環の水酸基では、4'位単独、もしくは3'、4'のジヒドロキシ構造を有する場合には活性を示すが、全く水酸基を持たないか、メトキシ基である場合には抑制活性が認められなかった。配糖体はアグリコンに比較して阻害活性が低いものの、活性が存在することから、細胞外で作用するメカニズムとしてTNF-αとの相互作用だけでなく、細胞表面のTNF-αレセプターとの結合を阻害するものではないかと推察された。

前2章の結果により、フラボノイドが炎症メディエーターの産生や白血球の炎症局所への浸潤を抑制することが細胞系で確認されたことから、第3章では即時型アレルギーにより惹起される炎症反応に対するフラボノイドの効果についてモデル動物を用いた検討を行った。

生体における炎症反応初期の典型的な症状として、血管透過性の亢進およびそれに伴う血漿成分の滲出による局所での浮腫が認められる。アレルギー性炎症においては、抗原の侵入により肥満細胞上の免疫グロブリンEが架橋され、細胞が活性化することにより、細胞内に存在するヒスタミン等が放出されて炎症反応が惹起される。このときの炎症局所において認められる浮腫反応を迅速かつ高感度に測定するために、血漿成分の指標として従来の色素に代わり、蛍光色素でラベルした牛血清アルブミンを用いる方法を検討した。さらに、炎症部位の皮膚を切り取った後、ホルムアミドを加えて加温することにより皮膚の光透過性を高め、蛍光プレートリーダーにより蛍光強度を直接測定し、血清中の蛍光色素量から血漿滲出量を算出する方法を開発した。本法は従来の色素法と高い相関を示し、かつ煩雑な抽出操作を必要とせず、多検体を迅速に高感度で測定することを可能にした。

そこで、本測定方法を用い、前二章で行った細胞系の試験において効果が確認されたフラボノイドのうち作用機序が異なると考えられるフラボンのapigenin、およびフラバノンのeriodictyolを用い、卵白アルブミンを抗原として免疫を行ったICRマウスにおけるアレルギー性炎症抑制効果について検討を行った。これらのフラボノイドの投与により即時型アレルギー反応による血漿成分の滲出が有意に抑制されることが確認されたことから、本測定法の実用性ならびにフラボノイドのアレルギー性炎症抑制効果を確認することができた。

本研究では、炎症反応を制御するフラボノイドの探索を目的として、炎症初期に生体防御反応として認められる血管透過性亢進や白血球の炎症局所への浸潤に着目し、炎症性ケミカルメディエーターのPGE2および炎症性サイトカインTNF-αの産生、また血管内皮細胞に発現する白血球接着分子E-selectinの発現抑制活性を有するフラボノイドを探索し、その構造活性相関、作用機序の一部を明らかにした。さらに、アレルギーモデル動物を用いた抑制活性評価を行うために、炎症に伴う血管透過性亢進を血漿滲出量として測定する方法を改良することにより高感度測定を可能にし、フラボノイドの効果について検討を行った。

これらの結果により、食品中のフラボノイドによるアレルギー性炎症の症状緩和の可能性が示唆され、アレルギー性炎症を抑制する機能性食品の開発を通じた食品によるアレルギーの予防に対する基礎的知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

アレルギー性炎症疾患は、抗原抗体反応を主因とする慢性的な炎症反応と捉えることができる。本論文は、炎症反応に伴って起こる血管透過性亢進、血管拡張、および白血球の血管外遊走のような変化を抑制する活性を持つフラボノイドを探索し、その構造活性相関および抑制機構の検討を行うとともに、アレルギーモデル動物を用いた炎症抑制活性の新規測定手法を開発し、それを用いてフラボノイドの効果を検証したもので3章からなっている。

第1章では、アラキドン酸の代謝によりプロスタグランジン(PG)が合成される際の律速酵素となる、誘導型の脂肪酸シクロオキシゲナーゼ(COX)-2に対するフラボノイドの作用に着目している。ラット炎症性腹腔マクロファージを大腸菌リポ多糖で処理したときの、COX-2タンパク質の発現とPGE2産生に対するフラボノイドの効果について検討した結果、供試したフラボノイドのうち16種類にPGE2産生抑制活性が認められた。構造別ではフラボンが最も抑制活性が高く、baicalein、chrisin、apigeninなどは、非ステロイド抗炎症剤であるaspirinとほぼ同等の活性を示した。次いで、フラバノンであるeriodictyol、naringenin、イソフラボンであるgenistein、フラボノールである7-hydroxyflavonol、kaempferolなどに高い抑制活性が認められた。抑制活性にはA環の4位のケトン基(オキソ構造)が必須であること、C2-C3位における二重結合は活性を高めること、また水酸基の数や位置により活性に差が認められ、5,7位に水酸基を持つものは有意に活性が高いこと、B環では水酸基を持たないもののほうが高い活性を示すことなどを明らかにした。

COXタンパク質の発現に対する効果をウエスタンブロット法により検討したところ、強い抑制活性を有するapigenin等ではCOX-2タンパク質の発現が常在型のCOX-1に比べ用量依存的に抑制されたのに対し、抑制活性の弱いdaidzeinでは、COX-2タンパク質の発現抑制効果は弱かった。また、細胞透過性の低い配糖体は対応するアグリコンに比べ抑制活性が低いことから、フラボノイドの細胞透過性も活性発現に大きな影響を与えることが示唆された。

第2章では、炎症初期に白血球が血管内皮細胞表面を転がる(ローリング)現象を詳細に解析するために、組織学的手法を用いて白血球の浸潤を測定する方法を開発している。本法を用い、ローリングと血管外遊走の間に約1時間の遅れがあること、白血球の浸潤の開始にはselectinの関与が必須であることを明らかにした。

また、ヒト臍帯静脈内皮細胞を用いてTNF-α刺激によるE-selectinの発現に対するフラボノイドの阻害効果を検討した。その結果、fisetin、quercetin、kaempferolおよびbuteinに強い抑制活性が認められたが、イソフラボンやフラバノンの活性は弱いことが見出された。また、フラボノイドA環のC2-C3の二重結合が活性を強め、4位のケトン基が本抑制活性の発現に必須であると考えられた。B環の水酸基では、4'位単独、もしくは3'、4'のジヒドロキシ構造を有する場合にのみ活性を示し、阻害曲線が典型的なシグモイド曲線を示すことなどから、これらのフラボノイドは、TNF-αの細胞表面レセプターへの結合を阻害する可能性が示唆された。

フラボノイドの炎症抑制効果が細胞系で確認されたことから、第3章では即時型アレルギー反応に対するフラボノイドの効果について動物実験による検討を行っている。即時型アレルギー性炎症では肥満細胞の活性化によりヒスタミン等の放出が起こり、血管透過性亢進と血漿成分の滲出による浮腫が認められる。この浮腫反応を迅速かつ高感度に測定するために、蛍光色素でラベルした牛血清アルブミンを血漿成分の指標とし、炎症部位の皮膚の蛍光強度を直接測定して血漿滲出量を算出する方法を開発した。本測定法を用い、培養細胞試験において効果が確認されたフラボノイドのapigeninおよびeriodictyolの投与が、卵白アルブミンで免疫したICRマウスの即時型アレルギー反応による血漿成分の滲出に及ぼす影響を調べた結果、本測定法の実用性ならびに上記フラボノイドのアレルギー性炎症抑制効果を確認することができた。

以上、本論文は、食品由来フラボノイドの構造と血管部位におけるその炎症抑制活性の関係を明らかにし、アレルギー性炎症の症状をフラボノイドによって緩和できる可能性を示唆したもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38182