学位論文要旨



No 216404
著者(漢字) 松木,隆広
著者(英字)
著者(カナ) マツキ,タカヒロ
標題(和) ヒト腸内フローラ構成菌の定量的PCR検出法の確立および菌属、菌種分布の解析
標題(洋)
報告番号 216404
報告番号 乙16404
学位授与日 2005.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16404号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 石井,正治
 理化学研究所 室長 辨野,義巳
内容要旨 要旨を表示する

ヒトの腸管内には多種多様な細菌が在住し、複雑な微生物生態系(腸内フローラ)が形成されている。これらの微生物群集は、食物の分解、生体内・生体外成分の代謝、必須ビタミンの生産、免疫力の活性化、病原性菌の増殖抑制等のさまざまな生理活性を有しており、それゆえに宿主であるヒトの健康と密接な関係がある。この腸内フローラの機能を解析するには、腸内フローラを構成する菌を正確に把握することが必要である。

これまで腸内フローラの群集構造の解析は主に培養法により行われており、各個人の腸内フローラは100から300種類の微生物から構成されることや各個人に固有でその構成は安定していること、菌数は大便1gあたり1011個に及ぶこと、その99%以上が嫌気性菌で占められていること、等が明らかとなっている。しかし、培養法による解析は、多大な労力と時間を必要とすること、培養法ではすべての菌株を分離培養することが困難であること、従来の生物・生化学性状を指標とした分類・同定は、現在の遺伝子配列を指標とした分類体系とは必ずしも一致しないことが、次第に認識されてきた。

近年、16S rRNA配列の比較による微生物の分類・同定法が確立され、16S rRNA配列をターゲットとしたプローブやプライマーによって、幅広い菌種の迅速かつ特異的な検出が可能となっている。この分子生物学的手法を用いたフローラ解析法にはFISH法やクローンライブラリー法、DGGE/TGGE法、特異的PCR法などがあるが、特異的プライマーを用いたPCR法は、検出能力が高くて操作が簡便であることから、最も有効な手法であると考えられる。そこで、腸内フローラを構成する菌属・菌種を標的とした、正確で簡便なPCR解析手法を確立することを目的として、研究を開始した。

第1章では緒論として、FISH法やクローンライブラリー法、DGGE/TGGE法、特異的PCR法などの分子生物学的手法の原理や特徴、それぞれの手法により得られた腸内フローラの知見を比較して、菌種・菌属特異的プライマーを用いたPCR法を選択するに至った経緯を述べる。また、16S rRNA遺伝子を指標とした、微生物分類の再分類の現状について、腸内フローラを構成する菌種を中心にまとめた。

第2章では、腸内フローラの構造を菌属・菌群レベルで解析するための検討を行った。第1節では、まずヒト腸内フローラ最優勢菌群のBacteroides fragilis group、Bifidobacterium、Clostridium coccoides group、Prevotellaの4つの菌群に特異的なプライマーを16S rRNA配列情報をもとに作製し、分離株(合計300株)の菌属同定を試みた。その結果、74%の株がこれら4つの菌群のいずれかに属することが明らかとなった。また、残り26%の株の16S rRNA配列を解析した結果、Clostridium leptum subgroupに属する菌株は8%、Atopobium clusterに属する菌株は13%を占めていた。そこで第2節では、C. leptum subgroupとAtopobium clusterの特異的プライマーを追加作製した。さらに、この最優勢6菌群の特異的プライマーとReal-time PCR法を組み合わせ、健常成人46名について分布を調べたところ、C. coccoides group (log10 10.3±0.3 cells per g、検出率100%)がもっとも菌数高く検出され、C. leptum subgroup (log10 9.9±0.7, 100%)、B. fragilis group (log10 9.9±0.3, 100%)、Bifidobacterium (log10 9.4±0.7, 100%)、Atopobium cluster (log10 9.3±0.7, 100%)、Prevotella (log10 9.7±0.3, 46%)が続くことが明らかとなった。

第3章では、腸内フローラ最優勢菌属の一つで、宿主に対する有用な働きが数多く報告されているBifidobacteriumに着目し、菌種レベルの詳細な解析を行った。第1節では、ヒト腸内より頻度高く分離されるB. adolescentis、B. angulatum、B. bifidum、B. breve、B. catenulatum group (B. catenulatumとB. pseudocatenulatum)、B. longum group (B. longumとB. infantis)の菌種特異的プライマーを作製した。このプライマーによって、従来の生物・生化学性状では区別できなかったB. adolescentisとB. catenulatum groupを明確に区別することが可能となった。第2節では、ヒト腸内から分離されるすべての菌種を網羅するために、B. dentium, B. gallicumのプライマーと、B. longumとB. infantisを区別するプライマーを追加で作製した。定性的PCRによってヒト成人における菌種分布を解析したところ、B. adolescentisとB. longumに加えてB. catenulatum groupがヒト成人に広く分布していることが明らかとなった。また、乳児の解析ではB. breveとB. infantisが広く分布していることが確認された。第3節ではReal-time PCR法の導入によって、Bifidobacteriumの各菌種の分布を定量的に解析した。その結果、ヒト成人においては、B. adolescentis、B. catenulatum groupとB. longumが広く最優勢に分布していることが確認された。また、長期間におけるビフィズスフローラの安定性を解析した結果、各個体の菌種構成は基本的に安定であることが明らかとなった。

菌群・菌種特異的プライマーを用いた定量的PCR法は、検出感度が高く、正確でハイスループットな解析が可能であり、腸内フローラの構造解析に非常に有効な手法である。したがって、このReal-time PCR法によって、腸内フローラと健康・腸疾患(例えば炎症性腸疾患や過敏性腸症候群、大腸がんなど)の関連性や、プロバイオティクスや抗生物質が腸内フローラに与える影響を詳細に調べることが可能となり、これらの研究に飛躍的な進展が見られるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

ヒトの腸管内には多種多様な細菌が在住し、複雑な微生物生態系(腸内フローラ)が形成されている。これらの微生物群集は、食物の分解、生体内・生体外成分の代謝、必須ビタミンの生産、免疫力の活性化、病原性菌の増殖抑制等のさまざまな生理活性を有しており、それゆえに宿主であるヒトの健康と密接な関係がある。この腸内フローラの機能を解析するには、腸内フローラを構成する菌を正確に把握することが必要である。これまで腸内フローラの群集構造の解析は主に培養法により行われており、各個人の腸内フローラは100から300種類の微生物から構成されることや各個人に固有でその構成は安定していること、菌数は大便1gあたり1011個に及ぶこと、その99%以上が嫌気性細菌で占められていること、等が明らかとなっている。しかし、培養法による解析は、多大な労力と時間を必要とすること、培養法ではすべての菌株を分離培養することが困難であること、従来の生物・生化学性状を指標とした分類・同定は、現在の遺伝子配列を指標とした分類体系とは必ずしも一致しないことが、次第に認識されてきている。近年、分子的な手法として16S rRNA配列をターゲットとしたFISH法やクローンライブラリー法、DGGE/TGGE法、特異的PCR法などが開発されたが、正確な定量分析には十分な手法とは言えない。このような背景を踏まえ、本論文では簡便で正確に分析可能な手法の開発を行った。

本論文は4章で構成される。第1章の序論に続き、第2章ではヒト腸内フローラの最優勢な菌群の簡便な動態解析手法を開発する研究を行った。第1節では、まずヒト腸内フローラ最優勢菌群のBacteroides fragilis group、Bifidobacterium、Clostridium coccoides group、Prevotellaの4つの菌群に特異的なプライマーを16S rRNA配列情報をもとに作製し、分離株(合計300株)の菌属同定を試みた。その結果、74%の株がこれら4つの菌群のいずれかに属することが明らかとなった。また、残り26%の株の16S rRNA配列を解析した結果、Clostridium leptum subgroupに属する菌株は8%、Atopobium clusterに属する菌株は13%を占めていた。そこで第2節では、C. leptum subgroupとAtopobium clusterの特異的プライマーを追加作製した。さらに、この最優勢6菌群の特異的プライマーとReal-time PCR法を組み合わせ、健常成人46名について分布を調べたところ、C. coccoides group (log10 10.3±0.3 cells per g、検出率100%)がもっとも菌数が高く検出され、C. leptum subgroup (log10 9.9±0.7, 100%)、B. fragilis group (log10 9.9±0.3, 100%)、Bifidobacterium (log10 9.4±0.7, 100%)、Atopobium cluster (log10 9.3±0.7, 100%)、Prevotella (log10 9.7±0.3, 46%)が続くことが明らかとなった。

第3章では、腸内フローラ最優勢菌属の一つで、宿主に対する有用な働きが数多く報告されているBifidobacteriumに着目し、菌種レベルの詳細な解析を行った。第1節では、ヒト腸内より頻度高く分離されるB. adolescentis、B. angulatum、B. bifidum、B. breve、B. catenulatum group (B. catenulatumとB. pseudocatenulatum)、B. longum group (B. longumとB. infantis)の菌種特異的プライマーを作製した。このプライマーによって、従来の生物・生化学性状では区別できなかったB. adolescentisとB. catenulatum groupを明確に区別することが可能となった。第2節では、ヒト腸内から分離されるすべての菌種を網羅するために、B. dentium, B. gallicumのプライマーと、B. longumとB. infantisを区別するプライマーを追加で作製した。定性的PCRによってヒト成人における菌種分布を解析したところ、B. adolescentisとB. longumに加えてB. catenulatum groupがヒト成人に広く分布していることが明らかとなった。また、乳児の解析ではB. breveとB. infantisが広く分布していることが確認された。第3節ではReal-time PCR法の導入によって、Bifidobacteriumの各菌種の分布を定量的に解析した。その結果、ヒト成人においては、B. adolescentis、B. catenulatum groupとB. longumが広く最優勢に分布していることが確認された。また、長期間におけるビフィズスフローラの安定性を解析した結果、各個体の菌種構成は基本的に安定であることが明らかとなった。

第4章では、総合的な考察を行い、菌群・菌種特異的プライマーを用いた定量的PCR法は、検出感度が高く、正確でハイスループットな解析が可能であり、腸内フローラの構造解析に非常に有効な手法であることを考察した。

以上、本論文は、腸内フローラの簡便で迅速な分析手法の確立とその応用研究を行ったものであり、腸内フローラと健康・腸疾患(例えば炎症性腸疾患や過敏性腸症候群、大腸がんなど)の関連性や、プロバイオティクスの効果の評価に役立つ研究と考えられる。よって、審査委員一同は学術上、応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

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