学位論文要旨



No 216407
著者(漢字) 吉田,昌生
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,マサオ
標題(和) 生物活性を指向した特異な構造を有する有機化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 216407
報告番号 乙16407
学位授与日 2005.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16407号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 講師 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

有機合成化学は有機化合物変換法の開発と目標化合物の合成に関わる研究分野であり、有機化学の基礎分野はもとより、有用物質の創製を通じて物質科学の関連分野の進展にも大きな貢献をなしている。

生物活性物質を化学合成する目的・意義は多々あるが、主として以下のようなものが挙げられる。1) 新規合成法の開発(有機合成化学の発展)、2) 天然物の立体化学を含めた構造決定ならびに確定(天然物化学への貢献)、3) 微量な生物活性天然物の供給による生物学・生理学研究への推進(関連諸分野への寄与)、4) 類縁体合成による構造‐活性相関研究(応用研究への展開)、5) 有用生理活性物質の創製と実用化(人類への福祉)、等々。また本研究では、有機合成化学的興味からだけではなく、新規骨格を有する医農薬品開発を見据え、"特異な構造"に注目をした。以上のことを念頭におき、「生物活性を指向した特異な構造を有する有機化合物の合成研究」を行なってきた。本論文では、まず第一部で動植物の防御・種の保存に関わる3種の生物活性天然物の合成について、また第二部では疾病治療薬を指向しておこなった1種の天然物の合成と効率的類縁体合成による抗腫瘍剤の探索研究について論ずる。

第一部 動植物の防御・種の保存に関わる生物活性天然物の合成研究

第一章:バナナのファイトアレキシンの合成

バナナ (Musa acuminata) の成熟果実がかかる代表的な病気に、炭疽病がある。ただし、炭疽病は一般的にバナナの未熟果には発症しない事がわかっている。この現象はバナナ未熟果がファイトアレキシンを生産しているためであると考えられており、その活性本体として単離されたのが1である。炭疽病菌とバナナ果実との間の生物学的現象の解明、そしてナフタレン環酸無水物を有するその特異な構造の確定とその簡便な合成法の確立を目的とし、1の合成を行なった。本合成の鍵反応として鈴木反応を用いることで短工程かつ高収率で1の最初の合成を達成し、提示された構造が正しいことを確認した。

第二章:海産異常トリテルペンTestudinariol A及びBの合成

Testudinariol A (2) 及びB (3) はウミウシの一種 (Pleurobranchus testudinarius) の皮膚および分泌される粘液より単離・構造決定された生合成的に特異なC2対称トリテルペンアルコールで、防御物質である可能性が示唆されている。ウミウシの生体機能分子としての生物学的研究への発展を見据え、提示された構造の確認を目的とし、2及び3の合成を行なった。分子内マイケル付加型環化反応によるテトラヒドロピラン環の構築、カルボニルエン反応を用いたシクロペンタン環の立体選択的合成、冨士らにより開発された不斉オレフィン化試薬による二重結合の導入、及びスルホンカップリング反応を用いたC2対称構造の構築、という様々な有機合成的手法を駆使することで、2及び3の最初の合成を達成した。これにより双方とも提出構造が正しいことが証明された。

第三章:毛ガニの雌が放出するセラミド性フェロモンの合成

北海道釧路で採取された毛ガニ (Erimacrus isenbeckii) の雌よりセラミド4が単離・構造決定された。4は交尾時において雄が雌を抱え込む行動を誘発する性フェロモンであると示唆されている。甲殻類のフェロモン、及び新規スフィンゴ脂質という両面からの興味を持ち、4の合成を行なった。Garnerアルデヒドを用いたスフィンゴシン部位の合成、及びリパーゼPSを利用した酵素分割法を鍵反応としてカルボン酸部位の合成を行ない、それらを用いてセラミドを形成させることで効率的に4の合成を達成した。

第二部 疾病治療薬を指向した生物活性物質の合成研究

第四章:抗寄生原虫感染症治療薬候補物質Diospyrinの合成

インドの薬用植物 (Diospyros montana Roxb.) から単離されたDiospyrin (5) は、世界保健機構 (WHO) により重要熱帯病の一つとして取り上げられている伝染性疾患リーシュマニアを引き起こす寄生原生虫に対して抗寄生活性を示すことが報告されている。提示された構造の確認、及び構造‐活性相関研究への発展を見据えた収束的合成法を確立することを目的とし、5の合成を行なった。Diels-Alder反応によるナフトキノン骨格合成、及び鈴木反応を用いることでビスナフトキノン骨格構築を行うという収束的合成ルートにより5の最初の合成を達成し、天然物の推定構造を確認した。

第五章:新規低分子抗腫瘍剤の創薬研究

今日の世界において、癌は人類を悩ます共通かつ最大の敵ともいうべき疾患でありその制圧は全世界的な課題である。新規低分子抗腫瘍剤の開発を目的として、ベンゾチアゾール骨格を有する6の誘導体化を行なった。固相合成法・液相パラレル合成法というコンビナトリアルケミストリーの手法を駆使した効率的な誘導体合成研究を行なうことで化合物の構造‐活性相関を明らかにし、活性の向上、代謝安定性の大幅な改善を達成した新規なベンゾチアゾール誘導体 (7) を見出すことに成功した。この化合物は優れた血中滞留性を有し、in vivo試験において強い腫瘍増殖抑制効果を示した。また、ウレタン結合を有する8がin vitro試験において6の約10倍の細胞毒性を示す強力な誘導体であることを見出した。

以上、本論文では、「生物活性を指向した特異な構造を有する有機化合物の合成研究」を行ない、効率的な合成法の確立、天然物の推定構造の確認、合成サンプルの供給、構造‐活性相関の解明等、関連他分野とも連携して有機合成化学の重要な役割を果たしつつ、それぞれに成果をあげることができた。

審査要旨 要旨を表示する

生物活性物質の合成研究における意義は多々あるが、1) 新規合成法の開発、2) 天然物の立体化学を含めた構造決定ならびに確定、3) 微量な生物活性天然物の供給による生物学・生理学研究への推進、4) 類縁体合成による構造‐活性相関研究、5) 有用生理活性物質の創製と実用化等が挙げられる。本研究では、有機合成化学的興味だけではなく、新規骨格を有する医農薬品開発を見据え、"特異な構造"に注目をし「生物活性を指向した特異な構造を有する有機化合物の合成研究」を行なっている。本論文では、まず第一部(第一章〜第三章)で動植物の防御・種の保存に関わる3種の生物活性天然物の合成について、また第二部(第四章〜第五章)では疾病治療薬を指向しておこなった1種の天然物の合成と効率的類縁体合成による抗腫瘍剤の探索研究について論じている。

第一章では、バナナのファイトアレキシンである1の合成を行っている。バナナの成熟果実がかかる代表的な病気に炭疽病があるが、未熟果ではファイトアレキシン1を生産しているため発症しない。炭疽病菌とバナナ果実との間の生物学的現象の解明、ナフタレン環酸無水物を有するその特異な構造の確定を目的とし、1の合成を行なった。鈴木反応をアリールクロスカップリングの鍵反応として用いることにより短工程かつ高収率で1の最初の合成を達成し、提示された構造が正しいことを確認した。

第二章では、海産異常トリテルペンTestudinariol A (2) 及びB (3) の合成を行っている。これらはウミウシの皮膚および分泌粘液より単離・構造決定された、生合成的に特異なC2対称トリテルペンアルコールで、防御物質である可能性が示唆されている。ウミウシの生体機能分子としての生物学的研究への発展を見据え、提示された構造の確認を目的とし、2及び3の合成を行なった。分子内マイケル付加型環化反応によるテトラヒドロピラン環の構築、カルボニルエン反応を用いたシクロペンタン環の立体選択的合成、不斉オレフィン化試薬による二重結合の導入、スルホンカップリング反応を用いたC2対称構造の構築、という様々な有機合成的手法を駆使し、2及び3の最初の合成を達成した。これにより双方とも提出構造が正しいことが証明された。

第三章では、毛ガニの雌が放出するセラミド性フェロモンの合成を行っている。セラミド4は、北海道釧路で採取された毛ガニの雌より、交尾時に雄が雌を抱え込む行動を誘発する性フェロモンとして単離・構造決定された。甲殻類のフェロモン、及び新規スフィンゴ脂質という両面からの興味を持ち、4の合成を行なった。Garnerアルデヒドを用いたスフィンゴシン部位の合成、リパーゼを用いた酵素分割法を鍵反応としてカルボン酸部位の合成を行ない、双方の縮合によりセラミドを形成させ効率的に4の合成を達成した。

第四章では、抗寄生原虫感染症治療薬候補物質Diospyrin (5) を合成している。インドの薬用植物から単離された本化合物は、重要熱帯病である伝染性疾患リーシュマニアを引き起こす寄生原生虫に対して抗寄生活性を示す。提示された構造の確認と構造‐活性相関研究への発展を見据えた収束的合成法を確立することを目的とし、5の合成を行なった。Diels-Alder反応によるナフトキノン骨格合成と鈴木反応によるビスナフトキノン骨格構築という収束的合成経路により5の最初の合成を達成し、天然物の推定構造を確認した。

第五章では、新規低分子抗腫瘍剤の開発を目的として、ベンゾチアゾール骨格を有する6の誘導体化による創薬研究を行っている。固相合成法・液相パラレル合成法というコンビナトリアルケミストリーの手法を駆使した効率的な誘導体合成により化合物の構造‐活性相関を明らかにし、活性の向上、代謝安定性の大幅な改善を達成した新規なベンゾチアゾール誘導体 7を見出すことに成功した。この化合物は優れた血中滞留性を有し、in vivo試験において強い腫瘍増殖抑制効果を示した。また、ウレタン型誘導体8がin vitro試験において6の約10倍の細胞毒性を示すことを見出した。

以上本論文は、「生物活性を指向した特異な構造を有する有機化合物の合成研究」を基盤とした効率的な合成法の確立、天然物の推定構造の確認、合成試料の供給、構造‐活性相関の解明等、関連他分野とも連携した有機合成化学の成果をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク