学位論文要旨



No 216408
著者(漢字) 丹羽,倫平
著者(英字)
著者(カナ) ニワ,リンペイ
標題(和) 抗体依存性細胞傷害活性を増強した抗体の抗腫瘍効果の検討
標題(洋)
報告番号 216408
報告番号 乙16408
学位授与日 2005.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16408号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 八村,敏志
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

抗体依存性細胞傷害活性(antibody-dependent cellular cytotoxicity、以下ADCC活性)は、標的細胞表面の抗原分子に結合した抗体分子が、免疫細胞であるnatural killer細胞(以下NK細胞)、単球、マクロファージの表面に発現するFc 受容体IIIa(以下FcγRIIIa)に結合することによってこれらの細胞を活性化し、標的細胞を傷害する免疫系の防御システムの一つであり(図1)、抗体医薬の持つ重要な治療メカニズムの一つでもあることが知られる。IgG型の抗体分子は、H鎖のAsn297にN-結合型糖鎖を有するが(図2)、本研究に先立ち筆者の所属する協和発酵工業(株)の研究グループを含む複数のグループは、ヒトIgG1型抗体分子のN-結合型糖鎖のフコースを除去することにより、Fc 受容体IIIa(以下FcγRIIIa)への親和性の増加を介して、ADCC活性が顕著に増強されることを見出した。フコースの除去は、ラットミエローマYB2/0細胞など、フコース転移酵素の発現量が極めて低い動物細胞を宿主として組換え抗体を生産することにより可能となる。本研究は、フコース除去によるADCC活性増強技術を、抗癌剤として抗体医薬に応用した場合にいかなる有用性を示すかを、様々な腫瘍モデルで実証することを目的としており、以下の三章より構成される。

第一章:新たにT細胞白血病・リンパ腫抗原として見出されたCCケモカイン受容体4(以下CCR4)に対する、フコースを除去したヒト型キメラ抗体KM2760を作製した。KM2760はCCR4を発現する白血病細胞に対し、エフェクター細胞であるヒト末梢血単核球(peripheral blood mononuclear cells、以下PBMC)の存在下で、フコースが付加した従来型糖鎖を有するキメラ抗体KM3060よりも数百倍〜数千倍高いin vitroのADCC活性を示した。またヒトPBMCをエフェクター細胞として移入したマウス白血病モデルにおいて、KM2760はKM3060よりも有意に高い延命効果を示し、in vitroのADCC活性がin vivoでも維持されることが示された。また作用メカニズムの詳細は不明瞭なものの、ヒトPBMCを移入しない"通常の"マウス腫瘍モデルでもKM2760の優位性が認められた。以上より、フコース除去によるADCC活性増強技術は抗腫瘍抗体に応用された場合に優れた治療効果を示す可能性が示された。

第二章:抗CD20キメラ抗体rituximab(抗リンパ腫市販抗体医薬)の治療効果は、ADCC活性の個人差を規定する要因であるFcγRIIIaの158番目のアミノ酸の遺伝子多型(F/F、V/F、V/V)と相関することが報告されており、従来の抗体療法では、多数を占めるADCC活性の低い遺伝子型(F/F型)の患者は充分な治療効果を享受できない問題点を示している。本章ではまずrituximab、およびフコース除去型rituximabであるKM3065のADCC活性は共にNK細胞上のFcγRIIIaによることを示し、さらに統計処理可能な複数のPBMCドナーを用い、FcγRIIIaの158番目のアミノ酸の多型と、フコース除去によるrituximabおよびKM3065のADCC活性増強効果との関係を解析した。解析の結果、ADCC活性はFcγRIIIa遺伝子型、および血中NK細胞数の個人差の双方に依存し、フコース除去によるADCC活性の増強効果はいずれのFcγRIIIa遺伝子型に対しても有効であることが示された。特に「ADCC活性が弱いF/F型の、KM3065によるADCC活性」は「ADCC活性が強いV/F型およびV/V型の、rituximabによるADCC活性」よりも有意に高いことが判明し、フコース除去抗体は全ての患者に従来抗体よりも高い薬効を示す可能性が示された。

第三章:抗原発現量の低い癌種、あるいは患者体内における抗原発現量の低い残存癌細胞の存在は、抗体医薬の薬効を制限する大きな問題点である。本章では癌細胞上の抗原発現量とフコース除去によるADCC活性増強効果との関係を解析した。その結果、フコース除去型抗体は従来型抗体と比較して低い抗原発現量でADCC活性を示すこと、またそのメカニズムはFcγRIIIaとの強い親和性による多数のNK細胞の活性化であることを明らかにした。しかし抗原と抗体が結合しない条件ではフコース除去型抗体はNK細胞を全く活性化せず、将来医薬として用いられた場合の非特異的な免疫系の活性化による副作用の可能性が低いことも示唆された。

以上本研究の結果より、フコース除去型抗体は従来の抗体療法が抱える様々な問題点を解決し得る、次世代の抗体医薬の候補として有望であることが示された。

図1 抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)

図2 IgG型抗体のN-結合型糖鎖の構造

審査要旨 要旨を表示する

20世紀後半からヒトの平均寿命が著しく延びたことと関係し、死亡原因として癌の占める割合も急増した。このような状況にあって、癌の治療・克服は医療における最大関心事の一つであり、外科療法、化学療法、放射線療法など様々な医療技術の開発が行われ、相応の成果を挙げてきているが、未だ、目的を十分に達成しているとは言いがたい。一方、遺伝子工学技術の進歩を背景にキメラ抗体の生産が可能になり、近年、抗体を癌征圧に活用しようとする、いわゆる抗体医薬の開発が注目を集めている。

本論文は、標的細胞表面の抗原分子に結合した抗体分子がnatural killer細胞(以下NK細胞)、単球、マクロファージの表面に発現するFc 受容体IIIa(以下FcγRIIIa)に結合することよってこれらの細胞を活性化して標的細胞を傷害する抗体依存性細胞傷害活性(antibody-dependent cellular cytotoxicity、以下ADCC活性)が、ヒトIgG1型抗体分子のN-結合型糖鎖のフコース除去により増強されることに着目し、フコース除去による活性増強技術の抗癌性抗体医薬としての有用性を様々な腫瘍モデルで実証することを目的として行われた研究について述べたもので、序論と3章から構成されている。

序論では、研究の背景と抗体医薬の開発の現状を紹介するとともに、本研究の意義と目的について述べている。

第一章では、新たにT細胞白血病・リンパ腫抗原として見出されたCCケモカイン受容体4(以下CCR4)に対する、フコースを除去したヒト型キメラ抗体KM2760を作製し、in vitroおよびマウスモデルでの抗腫瘍活性を検討した結果について述べている。

KM2760はCCR4を発現する白血病細胞に対し、エフェクター細胞であるヒト末梢血単核球(peripheral blood mononuclear cells、以下PBMC)の存在下で、フコースが付加した従来型糖鎖を有するキメラ抗体KM3060よりも数百倍〜数千倍高いin vitroのADCC活性を示した。またヒトPBMCをエフェクター細胞として移入したマウス白血病モデルにおいて、KM2760はKM3060よりも有意に高い延命効果を示し、in vitroのADCC活性がin vivoでも維持されることが示された。また作用メカニズムの詳細は不明瞭なものの、ヒトPBMCを移入しない"通常の"マウス腫瘍モデルでもKM2760の優位性が認められた。以上より、フコース除去によるADCC活性増強技術は抗腫瘍抗体に応用された場合に優れた治療効果を示す可能性を示した。

第二章では、B細胞リンパ腫の一種、non-Hodgkin's lymphomaの治療に広く用いられている抗CD20キメラ抗体rituximab(抗リンパ腫市販抗体医薬)の治療効果には個人差があり、従来の抗体療法では、多数を占めるADCC活性の低い遺伝子型(F/F型)の患者は充分な治療効果を享受できない問題点に着目し、フコース除去によるADCC活性の増強と個人差の原因とされるFcγRIIIa遺伝子多型との解析を行っている。まず、rituximabおよびフコース除去型rituximabであるKM3065のADCC活性は共にNK細胞に依存することを示し、さらに統計処理可能な複数のPBMCドナーを用い、FcγRIIIaの158番目のアミノ酸の多型と、フコース除去によるrituximabおよびKM3065のADCC活性増強効果との関係を解析した。その結果、ADCC活性はFcγRIIIa遺伝子型、および血中NK細胞数の個人差の双方に依存し、フコース除去によるADCC活性の増強効果はいずれのFcγRIIIa遺伝子型に対しても有効であることを示した。特に「ADCC活性が弱いF/F型の、KM3065によるADCC活性」は「ADCC活性が強いV/F型およびV/V型の、rituximabによるADCC活性」よりも有意に高いことを明らかにし、フコース除去抗体は全ての患者に従来抗体よりも高い薬効を持つ可能性を示した。

第三章では、抗原発現量の低い癌種、あるいは患者体内における抗原発現量の低い残存癌細胞の存在は、抗体医薬の薬効を制限する大きな問題点であることを指摘し、癌細胞上の抗原発現量とフコース除去によるADCC活性増強効果との関係を解析している。その結果、フコース除去型抗体は従来型抗体と比較して低い抗原発現量でADCC活性を示すこと、またそのメカニズムはFcγRIIIaとの強い親和性による多数のNK細胞の活性化であることを明らかにした。しかし抗原と抗体が結合しない条件ではフコース除去型抗体はNK細胞を全く活性化せず、将来医薬として用いられた場合の非特異的な免疫系の活性化による副作用の可能性が低いことも示した。

以上要するに、本研究は、フコース除去型抗体が従来の抗体療法が抱える様々な問題点を解決し得る大きな可能性を持ち、次世代の抗体医薬の候補として有望であることを示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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