学位論文要旨



No 216409
著者(漢字) 古賀,貴子
著者(英字)
著者(カナ) コガ,タカコ
標題(和) NFATc1による破骨細胞分化の制御
標題(洋) Regulation of Osteoclast Differentiation by NFATc1
報告番号 216409
報告番号 乙16409
学位授与日 2006.01.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16409号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 助教授 前田,達哉
 東京大学 講師 舘川,宏之
内容要旨 要旨を表示する

発生の段階で形成された骨は、生涯を通して骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収のバランスによって恒常性を維持している。歯周病、骨粗鬆症、骨腫瘍、変形性関節症、関節リウマチ等の骨破壊性疾患では、骨形成に比べて骨吸収が過剰になった結果、骨量減少をきたす。一方、骨吸収が骨形成に比して低下すると、大理石骨病や骨硬化症などの骨量増加の病態を呈する。このため、破骨細胞の分化・活性化の機構を明らかにすることは、骨疾患の病態の理解や治療のために非常に重要である。

破骨細胞は骨芽細胞などの間葉系ストローマ細胞との細胞間接着を介して造血幹細胞由来の単球/マクロファージ系前駆細胞から分化誘導される、多核の巨細胞である。骨芽細胞はマクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)を分泌して破骨細胞前駆細胞に生存シグナルを伝達し、細胞膜上の破骨細胞分化因子(RANKL)を介して破骨細胞分化シグナルを活性化する。これまで、破骨細胞分化にはM-SCFとRANKLは必須の細胞外刺激であり、それだけで十分であると考えられてきた。

RANKLは破骨細胞前駆細胞上でその受容体RANKと結合する。RANKはtumor necrosis factor (TNF)受容体ファミリーに属する受容体で、TNF receptor-associated factor 6 (TRAF6)と結合してシグナルを細胞内に伝える。TRAF6はRANKと結合すると3量体を形成し、NF- B、Akt、およびextracellular signal-regulated kinase(ERK)、Jun-N-terminal kinase(JNK)、p38などのMAPK経路を活性化する。また、RANKL/RANKシグナルはactivator protein-1(AP-1)を構成する転写因子c-Fosを誘導することでもAP-1を活性化する。TRAF6、c-Fos、NF-kBといった因子は、そのノックアウトマウスが破骨細胞分化障害に起因する骨吸収の異常のために骨量が増加して骨髄腔が形成されない大理石骨病を引き起こすことから、必須因子であることが報告されてきた。しかしながら、これまで、破骨細胞分化に必須のRANKL/RANKの下流で活性化されるシグナル経路はTRAF6, NF-kB, MAPK (JNK, ERK, p38), c-Fos, AP-1など、他のサイトカインやストレス応答で普遍的に活性化されるシグナル経路が中心であり、破骨細胞分化に結びつく直接的な過程をどうやって誘導するのか不明であった。

私は、RANKL誘導遺伝子の網羅的解析の結果、転写因子NFATc1(NFAT2)が最も強く誘導される転写因子であることを見出し、その破骨細胞分化における意義を解析した。NFAT転写因子ファミリーのなかでもNFATc1だけが特異的に増加し、生体内においても破骨細胞マーカーである酒石酸耐性酸フォスファターゼ(TRAP)陽性の破骨細胞において強く発現していることが明らかになった。その発現はRANKLで刺激したc-Fosノックアウトマウス、およびTRAF6ノックアウトマウス由来の骨髄細胞においては検出されないことから、NFATc1はc-FosとTRAF6に依存して発現することが示された。NFATc1はカルシウム依存性脱リン酸化酵素であるカルシニューリンを介して核へ移行し活性化されることが知られているので、破骨細胞分化におけるカルシウムシグナルの重要性を検討した。破骨細胞前駆細胞は、RANKL刺激により、カルシウムオシレーションと呼ばれる、連続した細胞内カルシウム濃度変動を示した。この現象は、カルシニューリンの阻害剤であるFK506とサイクロスポリンAにより阻害され、破骨細胞分化は強力に抑制された。このとき、これらの抑制剤はNFATc1の核移行を阻害していたが、興味深いことにNFATc1の発現も抑制していた。すなわち、NFATc1はカルシウムーカルシニューリン経路によって活性化されると、自分自身のプロモーターに結合してそのmRNAを自己増幅することが明らかになった。RANKLによる破骨細胞分化において、カルシウムシグナルはNFATc1の誘導と活性化に必須であることが初めて明らかになった。

次に、NFATc1ノックアウトマウスは胎生致死であるため、ES細胞からの破骨細胞分化システムを構築してNFATc1の破骨細胞分化における重要性を検討した。NFATc1を欠損するES細胞は破骨細胞分化が完全に傷害されていたことから、NFATc1は単球系前駆細胞からTRAP陽性の破骨細胞になる過程に必須の転写因子であることを証明した。さらに、NFATc1のレトロウイルスによる強制発現は、RANKLが存在しなくても高い効率で前駆細胞を破骨細胞に分化誘導することを見出した。そしてNFATc1はTRAPやカルシトニン受容体など破骨細胞特異的遺伝子のプロモーターに直接作用してその転写活性を促進した。この転写誘導の際に、AP-1の構成因子であるc-Fosとc-JunはNFATc1に結合し、協調して作用する重要な転写パートナーであることが判明した。すなわち、NFATc1はRANKLによる破骨細胞分化においてRANKL下流のc-FosとTRAF6シグナルを統合するマスター転写因子であった。

続いて、私はRANKLによるカルシウムシグナルの活性化機構について解析した。免疫細胞におけるカルシウムシグナルの活性化にimmunoreceptor tyrosine-based activation motif (ITAM)をもつアダプタータンパクは重要な役割をもつことが知られている。また、ITAMをもつアダプタータンパクのひとつであるDAP12のノックアウトマウスは中程度の大理石骨病を呈することに着目し、破骨細胞分化におけるITAMの役割を解析した。DAP12欠損前駆細胞はRANKLとM-CSFによる骨髄細胞単独での培養系では破骨細胞への分化が完全に障害されていたが、骨芽細胞との共存による培養系では分化は回復した。実際に、DAP12 ノックアウトマウスの骨組織において破骨細胞数は正常であった。このことは、骨芽細胞との接触を介して、何らかの分子がDAP12欠損を補っていることを示唆していた。そこで破骨細胞前駆細胞において高発現しているもうひとつのITAM含有分子FcRγに着目し、FcRγとDAP12両分子の二重欠損マウス(DKO)を作成した。FcRγノックアウトマウスの骨組織は正常で、FcRγノックアウトマウス由来骨髄細胞からの破骨細胞分化も異常はみられなかった。一方、DKOマウスの骨組織には破骨細胞がほとんど存在せず重篤な大理石骨病を呈した。DKO由来破骨細胞前駆細胞は、RANKL/M-CSF系、共存培養系のどちらにおいても破骨細胞分化が完全に障害され、レトロウイルスを用いてFcRγを導入したDKO由来前駆細胞は骨芽細胞の共存下で破骨細胞分化を回復した。このことはFcRγの担う骨芽細胞を介したシグナルがDAP12の欠損を補う役割を持つことを明らかにしている。

次に、破骨細胞前駆細胞においてITAM含有アダプター分子が結合する4つの免疫グロブリン様受容体OSCAR、PIR-A、TREM-2およびSIRP 1を同定した。OSCAR、PIR-AはFcRγと、及びTREM-2、SIRP 1はDAP12と結合した。これらの免疫グロブリン様受容体に対する抗体をもちいて受容体を架橋刺激すると、破骨細胞分化は促進された。さらに、DAP12欠損細胞からの破骨細胞分化はOSCAR、PIR-Aに対する抗体を用いた架橋刺激により回復し、破骨細胞分化において免疫受容体が重要な役割を果たすこと、およびDAP12欠損を補うFcRγの関与する骨芽細胞からのシグナルは免疫受容体OSCAR、PIR-Aを介することが明らかとなった。

DKO細胞においてRANKL刺激によるNFATc1の発現は増加しなかったが、TRAF6やc-Fosの発現やMAPKシグナルの活性化は正常であった。さらにレトロウイルスを用いたNFATc1の強制発現によりDKO細胞の破骨細胞分化は回復した。これらのことはITAMシグナルはRANKL下流でNFATc1−カルシウム経路を誘導する点において重要であることを示唆している。またDKO細胞やDAP12欠損細胞はRANKL/M-CSFによる単独培養系においてカルシウムオシレーションが観察されないが、PIR-A抗体を用いた架橋刺激によりDAP12欠損によるカルシウムオシレーション障害は回復した。

さらに、FcRγおよびDAP12のITAMはRANKL依存的にリン酸化されること、およびRANKLシグナルはITAMを介してPLC をリン酸化し、カルシウムシグナルを活性化することをみいだした。以上より、免疫グロブリン様受容体がDAP12またはFcRγのITAMを介して伝えるシグナルは、RANKLの共刺激シグナルとして破骨細胞分化に必須であることが解明され、RANKLとM-CSFだけでは破骨細胞分化に十分ではないことが示された。

本研究は破骨細胞分化におけるRANKLとM-CSF以外の新たな分化シグナルを明らかにすると同時に、免疫細胞における制御分子が破骨細胞分化においても重要な役割を果たしていることを解明した。このことは、関節リウマチに代表されるような炎症性骨疾患における、免疫系によって制御される破骨細胞分化を理解し治療応用を開発するための重要な分子基盤となりうるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

骨組織は、運動機能といった高等動物における高次機能を維持するために必須の組織であり、人間らしい生活を営むためには重要な要素である。このような骨組織は骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収のバランスによってその機能と恒常性を維持されており、破骨細胞による異常な骨吸収は関節症や骨粗鬆症などの骨破壊性疾患を引き起こす。特に、高齢化社会においては、関節症や骨粗鬆症などの運動器疾患による運動機能障害を防止することが世界的な課題となりつつあるが、骨破壊を効果的に予防する方法は未だ確立されていないのが現状である。

本論文は、骨破壊性疾患に対する薬剤や治療法の分子標的及び治療戦略を開発するために、破骨細胞分化メカニズムを分子レベルで理解することを目的として、破骨細胞分化因子(以下RANKL)によって誘導される破骨細胞の分化に必須の転写因子Nuclear factor of activated T cell c1 (以下NFATc1)を同定し、さらにNFATc1を誘導する新たな免疫受容体シグナルがRANKLの共刺激シグナルとして破骨細胞分化を誘導するという、破骨細胞分化メカニズムを解明したもので、3章から構成されている。

第一章では、研究の背景と破骨細胞の分化メカニズムの解明に関する現状を紹介し、本研究の意義と目的について述べている。

第二章では、RANKLによって特異的に破骨細胞に分化するために新たに誘導されるメカニズムを探る目的で、破骨細胞分化過程で特異的に誘導される遺伝子の網羅的解析を行い、最も強く誘導される転写因子NFATc1に着目し、その破骨細胞分化における意義を述べている。NFATc1遺伝子を欠損する胚幹細胞は破骨細胞に分化できないことから、NFATc1が単球系前駆細胞から破骨細胞に分化するのに必須の転写因子であることを明らかにした。さらに、RANKLによって活性化される新たな必須のシグナル経路として、カルシウムシグナル依存性に活性化されるカルシニューリン経路を同定した。NFATc1の初期の誘導は破骨細胞分化に必須として知られる分子、TNF receptor-associated factorsおよびc-Fosに依存し、誘導されたNFATc1は、カルシウム-カルシニューリン経路によって活性化されることで、自分自身のプロモータに結合してそのmRNAを自己増幅させ、非常に高レベルの発現を維持し続けることを明らかにした。そしてNFATc1はtartrate-resistant acid phosphataseやカルシトニン受容体など破骨細胞特異的遺伝子のプロモータに直接作用してその転写活性を促進することを示した。さらに、NFATc1のレトロウイルスによる強制発現は、高い効率で破骨細胞分化を誘導されることを明らかにし、NFATc1が破骨細胞分化に必要かつ十分な転写因子であることを示した。

第三章では、第二章で同定したNFATc1の転写活性に必須のカルシウムシグナルを活性化するメカニズムを解析することを目的として行った研究結果について述べている。免疫細胞のカルシウムシグナルの活性化にはimmunoreceptor tyrosine-based activation motif (以下ITAM)をもつアダプタータンパクが重要であること、そして、ITAM分子のひとつ、DNAX activating protein 12(以下DAP12)を欠損するマウスが骨吸収障害により大理石骨病を呈することを手がかりとして、破骨細胞分化におけるITAMの役割を解析した。DAP12遺伝子を欠損するマウスから採取した破骨細胞前駆細胞は、単独では破骨細胞への分化が完全に障害されていたが、骨芽細胞と共存することで分化は回復し、また、DAP12欠損マウスの骨組織における破骨細胞数は正常であることを示した。この結果は、DAP12の欠損を補う骨芽細胞による代償メカニズムの存在を示唆したため、破骨細胞前駆細胞において高発現している別のITAM分子、Fc receptor common γ subunit (以下FcRγ)とDAP12の両欠損(DKO)マウスを作成し、破骨細胞分化を検討した。DKOマウス由来の前駆細胞は、前駆細胞の単独による培養系、および、骨芽細胞との共存下での培養系のどちらにおいても破骨細胞分化が完全に障害され、DKOマウスの骨組織には破骨細胞がほとんど存在せず重篤な大理石骨病を呈した。続いて、破骨細胞前駆細胞においてFcRγ及びDAP12に結合する免疫受容体としてOsteoclast-associated receptor、paired immunoglobulin-like receptor A、及びtriggering receptor expressed on myeloid cells 2、signal-regulatory protein β 1等の免疫グロブリン様受容体を同定し、これらの免疫受容体を抗体により架橋刺激すると破骨細胞分化が促進することを明らかにした。さらに、FcRγとDAP12はRANKL依存的にリン酸化され、Phospholipase Cγ を介してカルシウムシグナルを活性化することでNFATc1を誘導することを明らかにした。以上より、免疫受容体がDAP12またはFcRγのITAMを介して伝えるシグナルは、RANKLの共刺激シグナルとして破骨細胞分化に必須であることを解明した。

以上、本論文は、RANKLが特異的に破骨細胞へと分化を誘導するメカニズムとして新たな免疫受容体−NFATc1シグナルを解明し、これらが骨破壊性疾患に対する治療開発の分子標的として有望であることを示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた

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