学位論文要旨



No 216410
著者(漢字) 根東,攝
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,オサム
標題(和) 病原性真菌Candida albicansの1,3‐β‐D‐グルカンシンターゼ及びその阻害剤に関する研究
標題(洋)
報告番号 216410
報告番号 乙16410
学位授与日 2006.01.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16410号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

Candida albicansは生体内常在真菌として健康人の口腔、咽頭、腸管粘膜、膣などに存在しており通常は無害である。しかしながら生体防御能が低下した時に異常に増殖し内因性感染症としてカンジダ症を発症する。エイズの蔓延、抗生物質の連用、癌化学療法や免疫抑制剤、移植医療などの医療の高度化に伴い、こうした日和見感染症としての深在性真菌症は現在増加傾向にある。

真菌感染症の治療薬としては、ポリエン類、アゾール類およびピリミジン類が使われているが、それぞれ、腎毒性、殺真菌効果の弱さと薬剤相互作用および耐性菌の出現、肝毒性と耐性菌の出現、といった理由で使用には問題点が残る。こうした現状から新たな標的をもつ有効な抗真菌剤の開発が切望されている。

真菌の細胞壁は主にβ-D-グルカン、マンノプロテインおよびキチンで構成されており、これらは互いに結合して層構造を形成し、細胞の強度の維持および形態形成に重要な役割を果たしている。β-D-グルカンには、1,3-β-結合型と1,6-β-結合型が存在し前者は細胞壁重量の約半分を占め、1,3-β-D-グルカンシンターゼ(EC.2.4.1.34: UDP-Glucose: 1,3-β-D-glucan 3-β-D-glucosyl-transferrase)によって合成される。この酵素は出芽酵母において、16回膜貫通ドメインを持つ触媒サブユニット(Fks1p/Fks2p)及び、調節サブユニットである低分子G蛋白質Rho1p で構成されていると考えられており、C. albicansからは触媒サブユニットの相同遺伝子GSC1が同定されている。また1,3-β-D-グルカンシンターゼは、1)1,3-β-D-グルカンシンターゼが細胞増殖に必須であること、2)他の病原性真菌でも同様な機構で1,3-β-D-グルカンが合成されていると予想されることから、多くの病原性真菌に有効な薬剤の開発が期待できること、3)動物細胞には細胞壁が存在しないことから、副作用の心配が少ないこと、4)細胞膜上に存在することから、必ずしも薬剤が細胞内に入る必要がないこと、などの理由から抗真菌剤の優れた標的分子として注目されている。そこで本研究では、病原性真菌C. albicansにおいて1,3-β-D-グルカンシンターゼの調節因子の同定とその解析を行い、さらに1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤アエロスリシン3の作用様式の解明を試みた。また新規阻害剤を同定し、その阻害剤の阻害メカニズムの解析及び薬効の評価を行った。

C. albicans RHO1遺伝子の同定と1,3-β-D-グルカンシンターゼの活性調節

出芽酵母においてRHO1遺伝子産物が1,3-β-D-グルカンシンターゼの調節因子として機能しているとの知見から、病原性真菌C. albicansにおいてRHO1遺伝子を単離し、その遺伝子産物の機能解析を行った。Rho型G蛋白質に保存されているモチーフ配列を基にPCR法およびサザンブロット解析により相同遺伝子を単離した。その推定産物が出芽酵母のRHO1遺伝子産物と83%の相同性を持ち、さらに出芽酵母のrho1欠損株の致死性を相補することからCaRHO1と命名した。続いてこの遺伝子の1,3-β-D-グルカンシンターゼの活性調節への関与を詳細に検討した。まずプロダクトエントラップメント法により精製した1,3-β-D-グルカンシンターゼの活性複合体にCaRho1pが存在することを示した。続いて、界面活性剤・塩処理によって複合体が解離して不活化した膜画分に昆虫細胞で発現させたCaRho1pを加えて活性が再活性化することを示した。さらにリガンドオーバーレイ法およびケミカルクロスリンク法によって、触媒サブユニットに直接結合していることを示した。以上の結果から、本研究において単離したCaRHO1は出芽酵母と同様に1,3-β-D-グルカンシンターゼの活性を制御していると結論した。

1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤アエロスリシン3の阻害機構の解析

出芽酵母の1,3-β-D-グルカンシンターゼ触媒サブユニットは互いに機能を相補する二つの遺伝子、FKS1、FKS2にコードされており、一次構造上88%の高い相同性を持つ。我々が同定した1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤アエロスリシン3は環状リポペプチド構造を持ち、Fks1p及びFks2pに対して異なった感受性を持つことを示した。さらにこの性質を利用してアエロスリシン3の作用点の同定を試みた。まず両触媒サブユニット遺伝子のキメラ遺伝子を作製し、出芽酵母のfks1とfks2の二重欠損株を形質転換してキメラ変異体を作製した。これらのアエロスリシン3に対する感受性を解析した結果、感受性を決定する領域がFks1pの1284番目から1357番目までの74アミノ酸残基に絞られた。この領域には両触媒サブユニット間で10のアミノ酸の違いがあることから、Fks1p 上のこれら10アミノ酸をそれぞれFks2pの対応するアミノ酸に置換した点変異体を構築し、その感受性を調べた。その結果、Fks1pの一アミノ酸置換体Fks1p (K1336I)がFks2pと同様の高感受性を示すことが明らかとなった。逆にFks2p (I1355K)はFks1pと同様の低感受性を示した。以上の結果からこの残基がアエロスリシン3による阻害の作用点であると結論した。今後この残基およびそれが位置するN末端から4番目の細胞外ドメインを中心にさらなる阻害メカニズムの解明が期待される。

新規1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤ピペラジンプロパノール類化合物の同定と解析

既知の1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤には、エキノカンジン類、アクレアシン類、パプラカンジン類および上述のアエロスリシン類がある。最近エキノカンジン類のカスポファンギン、ミカファンギンが相次いでアメリカ食品医薬品局に認可され、その臨床での効果が期待されている。しかしながらこれらはいずれも注射剤であり、そのためこれら阻害剤の使用は主に重症患者や入院患者、あるいは他の抗真菌剤に効果が得られなかった患者に限られる。それゆえに、同じ1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤でも、経口吸収性のある抗真菌剤が切望されている。また上述の阻害剤はすべて微生物抽出物から同定されており、それゆえその構造が複雑で、化学的な修飾が制限されている。そこで本研究では類縁化合物の合成がより簡便な新規骨格の阻害剤の同定を試み、経口吸収性のある1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤の同定を目指した。まず精製した1,3-β-D-グルカンシンターゼの阻害活性を指標に薬剤スクリーニングを行い、新規ピペラジンプロパノール類化合物を同定した。さらに出芽酵母の変異体を用いた解析から、細胞内でも1,3-β-D-グルカンシンターゼを阻害しており、かつ既知の1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤とはその阻害メカニズムが異なることを示唆する結果を得た。さらに広い抗真菌スペクトラムおよび動物モデルでの効果が確認された。今後の化学的修飾によって、経口吸収性のある抗真菌剤としての開発が期待される。

本研究により病原性真菌のRHO1遺伝子が単離され、その産物が1,3-β-D-グルカンシンターゼの調節因子として機能していることが示された。出芽酵母や分裂酵母でも同様の報告があり、真菌類の1,3-β-D-グルカン合成メカニズムの普遍性が示唆された。この調節サブユニットも抗真菌剤の良い標的として今後の阻害剤の同定およびその臨床応用が期待される。また1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤アエロスリシン3の作用点が明らかになったことは、16回膜貫通型で分子量が200kを超える扱いが困難な膜蛋白質に対する、さらに詳細な阻害メカニズム解明の突破口になることが期待される。またこうした情報が、さらに効果の高い阻害剤の理論的創薬に役立つものと思われる。また本研究によって同定された新規1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤ピペラジンプロパノール類化合物は、構造の新規性に加え、1,3-β-D-グルカンシンターゼに対する作用様式も新規性が示唆され、更なる最適化の後にその臨床応用が大いに期待される。

審査要旨 要旨を表示する

Candida albicansを主な原因菌とする日和見感染症としての深在性真菌症は近年増加傾向にある。治療薬としては、ポリエン類、アゾール類およびピリミジン類が使われているが、毒性、薬剤相互作用、耐性菌等の問題で使用には問題点が残る。こうした現状から新たな標的をもつ有効な抗真菌剤の開発が切望されている。近年、細胞壁主要成分の1,3-β-D-グルカンの合成酵素である1,3-β-D-グルカンシンターゼが抗真菌剤の優れた標的分子として注目を集めている。本論文は、病原性真菌C. albicansにおける1,3-β-D-グルカンシンターゼの調節因子の同定とその解析を行い、さらに1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤アエロスリシン3の作用点の解明を目指すとともに、新規低分子阻害剤を同定し、その阻害剤の阻害メカニズムの解析及び薬効評価を行ったもので、3章から成っている。

第一章ではC. albicansから出芽酵母のRHO1相同遺伝子を単離し、その遺伝子が出芽酵母のrho1欠損株の致死性を相補することを示した。 続いてプロダクトエントラップメント法により精製した1,3-β-D-グルカンシンターゼの活性複合体にこのCaRho1pが存在することを示した。さらに、界面活性剤・塩処理によって複合体が解離し不活化した膜画分にCaRho1pを加えて活性が再活性化することを示した。さらにリガンドオーバーレイ法およびケミカルクロスリンク法によって、触媒サブユニットに直接結合していることを示した。以上よりCaRHO1は1,3-β-D-グルカンシンターゼの活性を制御していることを示した。

第二章では、まず1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤アエロスリシン3が出芽酵母の触媒サブユニットであるFks1p及びFks2pに対して異なる感受性を持つことを示した。さらにこの性質を利用し両触媒サブユニット遺伝子のキメラ遺伝子および点変異体の感受性を調べることで、Fks1pの1336番目のリジン残基、Fks2p のイソロイシン残基が、それぞれの感受性を決定することを示し、この残基を含む領域がアエロスリシン3による阻害の作用点であると推察した。

第三章では新規低分子1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤の同定を行い、ピペラジンプロパノール類化合物を同定した。さらに出芽酵母の変異体を用いた解析から、細胞内でも1,3-β-D-グルカンシンターゼを阻害しており、かつ既知の1,3-β-D-グルカンシンターゼ阻害剤とはその阻害メカニズムが異なる可能性を示した。さらに広い抗真菌スペクトラムおよび動物モデルでの効果を調べ、今後の化学的修飾による抗真菌剤としての開発の可能性を示した。

以上、本論文は病原性真菌C. albicansの1,3-β-D-グルカンシンターゼの調節因子を同定し、またその阻害剤のアエロスリシン3の作用点を明らかにすると共に、構造およびその阻害様式に新規性が示唆されるピペラジンプロパノール類化合物を同定、評価したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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