学位論文要旨



No 216414
著者(漢字) 佐々木,誠
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,マコト
標題(和) トランスポーター発現極性細胞を用いた経細胞輸送測定に基づくin vivo胆汁排泄クリアランスの予測 : 取り込み及び排泄側トランスポーター共発現系(OATPs,MRP2)の利用
標題(洋)
報告番号 216414
報告番号 乙16414
学位授与日 2006.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16414号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

[序論]肝臓は主要な解毒器官の一つであり,その解毒機構は,1)血管側から肝臓中への取り込み,2)肝臓内での代謝,及び3)肝臓から胆汁中への排泄の各過程に支配されている。近年,ヒトやラットなどの肝細胞への取り込み及び排泄過程において,化合物の輸送に関わる種々のトランスポーターが同定され,その機能解析は,取り込み側の場合はcDNA導入細胞への化合物の取込みを測定することにより,また,排泄側のトランスポーターの場合には発現細胞から調製した膜ベシクルへの化合物のATP依存的な取込みを測定することによりそれぞれ別々に評価されてきた。これらの解析を通して,pravastatin等,臨床上汎用される薬物を含む多くの有機アニオン系化合物が,血管側膜上のOATP2と胆管膜上のMRP2の両方の基質となることから,両トランスポーターが協調的に胆汁排泄に関与することが考えられていた。しかしながら,これらを同時に評価できるin vitro実験系はこれまでなく,医薬品開発の観点からは,取り込み側及び排泄側の両トランスポーターにより生み出される,血液側から胆管側への経細胞輸送を簡便に評価するin vitro実験系の開発が望まれていた。本研究では,ヒト肝臓における血液から胆汁への極性輸送を反映するin vitroモデルとして,basal側にOATP2,apical側にMRP2を共発現する極性細胞を構築し,有機アニオン系化合物の経細胞輸送を検討することによりヒト肝臓での極性輸送を再現し,ヒト胆汁排泄クリアランスの定量的な予測を行えるin vitro評価系を確立することを最終的な目的とした。さらに共発現系の検証のため,ラットOatp4/Mrp2共発現系を構築し,その経細胞輸送クリアランスからラットin vivo胆汁排泄クリアランスの予測が可能かどうかを検討した。

[本論]ヒトOATP2及びMRP2を共発現したMDCKII細胞の構築及び各種有機アニオン系化合物の経細胞輸送の検討

共発現系を作製するにあたり,ホスト細胞としてイヌ遠位尿細管由来の極性細胞であるMadin-Darby canine kidney (MDCK) II細胞を用いた。ヒトOATP2及びMRP2のcDNA発現細胞は,Zeocin及びG418により選択した。免疫染色よりOATP2の局在はlateral側にまた,MRP2の局在はapical側に限られ,MDCKII細胞におけるこれら両トランスポーターの局在は生理的条件での肝細胞での局在に一致することが示された。実験手法としては,transwell上に単層培養したMDCKII細胞のbasalもしくはapical側に被験化合物を添加し,経時的に反対側のmediumを回収することで,両方向への経細胞輸送を測定した。OATP2およびMRP2の基質となるestradiol-17 -D-glucuronide (E217 G)の経細胞輸送を検討したところ,vector導入細胞,OATP2あるいはMRP2単独発現系ではbasalからapical方向へのflux は逆方向へのfluxとほぼ同程度であったが,OATP2/MRP2共発現系においてはbasal-to-apical fluxは逆向きのfluxに比べて約8倍大きく,方向性のある輸送が観察された。このことから,E217 Gは,basal側からOATP2によって細胞内に取り込まれた後,MRP2によって効率的にapical側に輸送されていることが示された。また,E217 Gの経細胞輸送の濃度依存性を検討したところ,OATP2単独発現系及び共発現系においてはそれぞれKm=23.8及び 27.9μMと算出され,OATP2の取り込みのKm報告値と一致した。さらにapical側膜を介した排出輸送クリアランスPSapicalの飽和性について検討を加えたところ,今回検討した濃度範囲では輸送の飽和性は観察されなかったことから,basal側からapical側へのE217 Gの経細胞輸送の飽和性は主に取り込み側に依存していることが示唆された。同様にpravastatinにおいては,control, OATP2及びMRP2単独発現系ではbasal-to-apical fluxはapical-to-basal fluxとほぼ同程度である一方,OATP2/MRP2両トランスポーターを共発現させた時のみ,basal-to-apical fluxが逆向きのfluxを大きく上回った。経細胞輸送には濃度依存性が観察され,Km=24.3μMと算出され,ここでも既報のOATP2を介した取り込みのKm値と一致した。同様にOATP2及びMRP2の基質となるleukotriene C4 (LTC4),taurolithocholate sulfate (TLC-S),BQ123,及びmethotrexate (MTX)の経細胞輸送について検討したところ,OATP2/MRP2共発現系でbasal-to-apical fluxが逆向きのそれぞれ約4,18,4,2倍であった。以上,ヒトOATP2およびMRP2を共発現させたMDCKII細胞を介した経細胞輸送を測定する本in vitro実験系は,in vivoにおける肝細胞を介した血液から胆汁への基質の経細胞輸送を反映する実験系となりうるものと考えられた。

ラットOatp4及びMrp2を共発現したMDCKII細胞の構築及び各種有機アニオン系化合物の経細胞輸送の検討

共発現細胞を用いたin vitro実験系からin vivo胆汁排泄クリアランスの予測が可能かどうかを判断するため,動物種としてはin vivo実験で汎用されているラットを選択し,取り込み側トランスポーターとしてヒトOATP2のホモログと考えられるラットOatp4及びラットMrp2との共発現系を作製した。ヒト共発現系と同様,ラットOatp4はlateral側に,またラットMrp2は主にapical側に局在した。E217 G,pravastatin,TLC-S,BQ123,LTC4及びtemocaprilatの経細胞輸送を検討したところ,共発現系におけるbasal-to-apical fluxは逆向きのそれぞれ約18,8,28,6,8,3倍となったことから,Oatp4によって取り込まれた基質が効率的にMrp2によってapical側へと排泄されていることが示された。MTXに関しては明確に方向性のある輸送は観察できなかった。pravastatinの経細胞輸送について濃度依存性を検討したところ,Km=48.3μMと求められ,この値はOatp4発現系及びラット遊離肝細胞より算出したKmの報告値とほぼ同程度であることが示された。さらに,apical側膜を介した排出輸送クリアランスPSapicalの飽和性について検討を加えたところ,PSapicalはbasal側のmedium中濃度が,100〜300μMの間で減少した。以上のことからpravastatinの経細胞輸送の飽和性は高親和性を示した取込み側に起因することが考えられた。以上,ヒト共発現系と同様,ラットOatp4/Mrp2共発現系は,in vivoにおける肝細胞を介した血液から胆汁への基質の経細胞輸送を反映する実験系となりうるものと考えられた。

ラット共発現系を用いたin vivo胆汁排泄クリアランスの予測

ラット肝臓と今回構築したラット共発現系におけるOatp4及びMrp2の発現量をWestern blotで確認したところ,共発現系におけるOatp4及びMrp2の単位蛋白当たりの発現量はラット肝臓中の約2倍及び約5倍と求められた。今回用いた有機アニオン系化合物は取り込み過程が律速であることが示されていることから,Mrp2の発現量は経細胞輸送を評価する上で十分であり,取り込み側トランスポーターの発現量を補正することでin vivoにおける胆汁排泄クリアランスとの対応をとることができると考えられた。次にE217 G,pravastatin,TLC-S及びMTXをラットに定速静注し,定常条件下での胆汁排泄速度と血中濃度より,血液中濃度基準のin vivo胆汁排泄クリアランスを算出した。その他の化合物に関しては杉山研の既報のデータを用いた。Well-stirred modelを用い,in vitro実験における経細胞輸送より算出したクリアランスとin vivoでの胆汁排泄クリアランスの比較をしたところ,補正係数を考慮することにより,両者には良好な相関が観察された。補正係数はOatp4以外の他のトランスポーターの寄与があることや発現細胞と肝細胞における形態学的な相違等を補正する数値であると考えられた。以上より共発現系における経細胞輸送より算出した固有クリアランスからin vivo胆汁排泄クリアランスを予測しうることが示唆された。

[結論]今回作製した共発現系は,in vivoにおける肝細胞での血液から胆汁への有機アニオン系化合物の経細胞輸送を反映する新規in vitro試験系となると考えられた。ラット共発現系と同様な方法でヒト共発現系における経細胞輸送からin vivo実験が困難であるヒトの胆汁排泄クリアランスを算出しうる可能性が期待される。従って,本試験系は,胆汁排泄能力を判定する新規in vitro評価系として,新規医薬品開発における候補化合物のスクリーニングに有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

肝臓は主要な解毒器官の一つであり,その解毒機構は,1)血管側から肝臓中への取り込み,2)肝臓内での代謝,及び3)肝臓から胆汁中への排泄の各過程に支配されている。近年,ヒトやラットなどの肝細胞への取り込み及び排泄過程において,化合物の輸送に関わる種々のトランスポーターが同定され,その機能解析は,取り込み側の場合はcDNA導入細胞への化合物の取込みを測定することにより,また,排泄側のトランスポーターの場合には発現細胞から調製した膜ベシクルへの化合物のATP依存的な取込みを測定することによりそれぞれ別々に評価されてきた。これらの解析を通して,pravastatin等,臨床上汎用される薬物を含む多くの有機アニオン系化合物が,血管側膜上のOATP2と胆管膜上のMRP2の両方の基質となることから,両トランスポーターが協調的に胆汁排泄に関与すると考えられた。しかしながら,これらを同時に評価できるin vitro実験系はこれまでなく,医薬品開発の観点からは,取り込み側及び排泄側の両トランスポーターにより生み出される,血液側から胆管側への経細胞輸送を簡便に評価するin vitro実験系の開発が望まれていた。本研究では,ヒト肝臓における血液から胆汁への極性輸送を反映するin vitroモデルとして,basal側にOATP2,apical側にMRP2を共発現する極性細胞を構築し,有機アニオン系化合物の経細胞輸送を検討することによりヒト肝臓での極性輸送を再現し,ヒト胆汁排泄クリアランスの定量的な予測を行えるin vitro評価系の確立を目的とし,さらにラットOatp4/Mrp2共発現系を構築し,その経細胞輸送クリアランスからラットin vivo胆汁排泄クリアランスの予測性を検証している。

ヒトOATP2及びMRP2を共発現したMDCKII細胞の構築及び各種有機アニオン系化合物の経細胞輸送の検討

共発現系を作製するにあたり,ホスト細胞としてイヌ遠位尿細管由来の極性細胞であるMadin-Darby canine kidney (MDCK) II細胞を用い,ヒトOATP2及びMRP2のcDNA発現細胞は,Zeocin及びG418により選択された。免疫染色よりOATP2の局在はlateral側にまた,MRP2の局在はapical側に限られ,MDCKII細胞におけるこれら両トランスポーターの局在は生理的条件での肝細胞での局在に一致することが明らかにされた。また実験手法としては,transwell上に単層培養したMDCKII細胞のbasalもしくはapical側に被験化合物を添加し,経時的に反対側のmediumを回収することで,両方向への経細胞輸送が測定された。OATP2及びMRP2の基質となるestradiol-17 -D-glucuronide (E217 G)の経細胞輸送を検討されたところ,vector導入細胞,OATP2あるいはMRP2単独発現系ではbasalからapical方向へのflux は逆方向へのfluxとほぼ同程度であったが,OATP2/MRP2共発現系においてはbasal-to-apical fluxは逆向きのfluxに比べて約8倍大きく,方向性のある輸送が観察された。このことから,E217 Gは,basal側からOATP2によって細胞内に取り込まれた後,MRP2によって効率的にapical側に輸送されていることが示唆された。また,E217 Gの経細胞輸送の濃度依存性が検討されたところ,OATP2単独発現系及び共発現系においてはそれぞれKm=23.8及び 27.9μMと算出され,OATP2の取り込みのKm報告値と一致し,さらにapical側膜を介した排出輸送クリアランスPSapicalの飽和性について検討したところ,今回検討された濃度範囲では輸送の飽和性は観察されなかった。以上のことから,basal側からapical側へのE217 Gの経細胞輸送の飽和性は主に取り込み側に依存していることが示唆された。同様にpravastatinにおいては,control, OATP2及びMRP2単独発現系ではbasal-to-apical fluxはapical-to-basal fluxとほぼ同程度である一方,OATP2/MRP2両トランスポーターを共発現させた時のみ,basal-to-apical fluxが逆向きのfluxを大きく上回り,さらにその経細胞輸送には濃度依存性が観察され,Km=24.3μMと算出され,ここでも既報のOATP2を介した取り込みのKm値と一致することが明らかにされている。同様にOATP2及びMRP2の基質となるleukotriene C4 (LTC4),taurolithocholate sulfate (TLC-S),BQ123,及びmethotrexate (MTX)の経細胞輸送について検討したところ,OATP2/MRP2共発現系でbasal-to-apical fluxが逆向きのそれぞれ約4,18,4,2倍であった。以上,ヒトOATP2およびMRP2を共発現させたMDCKII細胞を介した経細胞輸送を測定する本in vitro実験系は,in vivoにおける肝細胞を介した血液から胆汁への基質の経細胞輸送を反映する実験系となりうることが確認されている。

ラットOatp4及びMrp2を共発現したMDCKII細胞の構築及び各種有機アニオン系化合物の経細胞輸送の検討

共発現細胞を用いたin vitro実験系からin vivo胆汁排泄クリアランスの予測が可能であるかを判断するため,動物種としてはin vivo実験で汎用されているラットを選択し,取り込み側トランスポーターとしてヒトOATP2のホモログと考えられるラットOatp4及びラットMrp2との共発現系が作製された。ヒト共発現系と同様,ラットOatp4はlateral側に,またラットMrp2は主にapical側に局在していた。E217 G,pravastatin,TLC-S,BQ123,LTC4及びtemocaprilatの経細胞輸送が検討されたところ,共発現系におけるbasal-to-apical fluxは逆向きのそれぞれ約18,8,28,6,8,3倍となったことから,Oatp4によって取り込まれた基質が効率的にMrp2によってapical側へと排泄されていることが示されている。MTXに関しては明確に方向性のある輸送は観察されなかった。pravastatinの経細胞輸送について濃度依存性を検討されたところ,Km=48.3μMと求められ,この値はOatp4発現系及びラット遊離肝細胞より算出したKmの報告値とほぼ同程度であることが示されている。さらに,apical側膜を介した排出輸送クリアランスPSapicalの飽和性について検討が加えられたところ,PSapicalはbasal側のmedium中濃度が,100〜300μMの間で減少していた。以上のことからpravastatinの経細胞輸送の飽和性は高親和性を示した取込み側に起因することが考えられている。以上,ラットOatp4/Mrp2共発現系についても,ヒト共発現系と同様,in vivoにおける肝細胞を介した血液から胆汁への基質の経細胞輸送を反映する実験系となりうることを確認している。

ラット共発現系を用いたin vivo胆汁排泄クリアランスの予測

ラット肝臓と今回構築したラット共発現系におけるOatp4及びMrp2の発現量をWestern blotで確認したところ,共発現系におけるOatp4及びMrp2の単位蛋白当たりの発現量はラット肝臓中の約2倍及び約5倍であることが明らかにされている。今回用いた有機アニオン系化合物は取り込み過程が律速であることが示されていることから,Mrp2の発現量は経細胞輸送を評価する上で十分であり,取り込み側トランスポーターの発現量を補正することでin vivoにおける胆汁排泄クリアランスとの対応が可能と考えられた。次にE217 G,pravastatin,TLC-S及びMTXをラットに定速静注し,定常状態下での胆汁排泄速度と血中濃度より,血液中濃度基準のin vivo胆汁排泄クリアランスが算出された。その他の化合物に関しては当研究室の既報のデータが用いられている。Well-stirred modelを用い,in vitro実験における経細胞輸送より算出したクリアランスとin vivoでの胆汁排泄クリアランスの比較をしたところ,補正係数を考慮することにより,両者には良好な相関が観察された。補正係数はOatp4以外の他のトランスポーターの寄与や発現細胞と肝細胞における形態学的な相違等を補正する数値であると考えられた。以上より共発現系における経細胞輸送より算出した固有クリアランスからin vivo胆汁排泄クリアランスの予測がある程度可能であると考えられた。

以上本研究よりラット共発現系と同様な方法でヒト共発現系における経細胞輸送からin vivo実験が困難であるヒトの胆汁排泄クリアランスを算出しうる可能性が期待された。従って,本試験系は,胆汁排泄能力を判定する新規in vitro評価系として,新規医薬品開発における肝指向性スクリーニングに有用である。

本研究は胆汁排泄の定量的な輸送研究に対する端緒を開く研究であると考えられ、今後の医薬品開発に貢献できることを提起しており,博士(薬学)の学位に値するものと認めた。

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