学位論文要旨



No 216415
著者(漢字) 鈴村,謙一
著者(英字)
著者(カナ) スズムラ,ケンイチ
標題(和) NMRによるハンマーヘッドリボザイムの金属イオン結合部位の解析
標題(洋)
報告番号 216415
報告番号 乙16415
学位授与日 2006.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16415号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

ハンマーヘッドリボザイムは当初,最小の植物病原体(ウイロイド)の複製機構を担うRNA配列として発見された.選択的にRNA配列を切断することができるため医療への応用が活発に研究されている.しかし,X線結晶構造が解析されているのにもかかわらず,切断反応過程の詳細は未だ不明であり,特に切断反応に必要とされる金属イオンの機能と役割については,様々な見解が述べられている.今までの速度論解析からハンマーヘッドリボザイムの切断反応において,切断サイトとA9/G10.1サイトが,切断反応に関わるメタルバインディングサイトであると考えられている.A9/G10.1サイトは,エンザイムのストランドの9番のAdenineと10.1番のguanineから形成されるメタルバインディングサイトである(図1).そして,どちらのサイトも,phosphorothioateを利用した速度論解析からpro-Rp 酸素に金属イオンが結合して切断反応が進行するとした説が一般的に受け入れられていた.しかし,どちらのメタルバインディングサイトにおいても,X線結晶構造が,矛盾無くハンマーヘッドリボザイムの切断反応に関わる金属イオンを明らかにしているとはいえなかった.そこで,NMRを利用してハンマーヘッドリボザイムのメタルバインディングを明らかにし,切断反応における金属イオンの配位を解析することにした.

切断サイトの解析

一般にphosphateをphosphorothioateに変換して反応速度を検討する手法は,pro-Sp, pro-Rpの酸素におけるメタルバインディングを明らかにする手法として用いられる.phosphorothioateはRNAのphosphateのpro-Rp, pro-Spの酸素を硫黄に置換した分子である.置換する酸素がpro-Sp, pro-RpによってSp-, Rp- phosphorothioateになる.HSAB則からhard acidのMg2+イオンはhard baseの酸素と親和性が高いが,soft baseの硫黄とは親和性が低い.そのためphosphorothioateとMg2+イオンの相互作用は弱い.一方,soft acidのCd2+イオンは硫黄と親和性が高いため,Cd2+イオンの添加によりCd2+イオンはphosphorothioateに結合する.この現象を利用して反応速度を測定し,メタルバインディングを解明する手法が採られている.この応用として検出手法にphosphorothioateの31P NMRを利用した.もし金属イオンが相互作用するのであればphosphorothioateの31P NMRのシグナルは移動する.相互作用しなければ移動しない.そのためphosphorothioateの31P NMRシグナルを追跡することにより,ribozyme-substrate complex(R32-S11S,図1)と金属イオンの相互作用を検出できる.また,R32-S11S complexの他に既知のmetal-binding motifであるGA10SpSとGA10RpSをポジティブコントロールとして用いた(図1).GA10SpSとGA10RpSはA6(P9)の位置に,Sp- phosphorothioateあるいはRp- phosphorothioateを導入したオリゴマーである(図1).測定の結果,phosphorothioateを切断サイトに導入したR32-S11SではpH 5.9,pH 8.5の両方の条件にて,19等量のCd2+イオンを添加してもphosphorothioateの31P NMRシグナルのシフトは0.1 ppm以下であった.一方,ポジティブコントロールとして用いたGA10SpSとSA10RpSは9等量のCd2+イオンの添加によりphosphorothioateのシグナルは,それぞれ6ppm,10ppmと大きく高磁場シフトした.以上より,金属イオンは切断サイトのpro-Sp, pro-Rp 酸素と相互作用しないことを示唆していた(図2).

A9/G10.1サイトの解析

A9/G10.1サイトの検討では,詳細なコンフォメーションを議論するため,A9/G10.1サイトのメタルバインディングモチーフであるGA10SpSとGA10RpSを解析に用いた(図1).これらのオリゴマーは比較的小型なため,ほとんどの1H, 31P NMRのシグナルの追跡が可能である.また,GA10SpSとGA10RpSの元になったGA10が,ハンマーヘッドリボザイムのA9/G10.1サイトのメタルバインディングモチーフであることは,すでに田中らによって詳細に検証されている.初めに,各1H, 31P NMRシグナルについて2次元NMRを用いてアサインメントを行った.そして,Cd2+イオン添加における各NMRシグナルのケミカルシフト変化を調査した.GA10SpSにCd2+イオンを添加すると,31P NMRにおいて,phosphorothioateのシグナルだけでなく0〜4ppmのphosphateのシグナルも変化を起こす.同様にGA10RpSでもCd2+イオンの添加でphosphorothioateのシグナルだけでなくphosphateのシグナルも変化した.つまり,Cd2+イオンの添加でバックボーンを含めたコンフォメーション変化がGA10SpSとGA10RpSに生じている.Cd2+イオンの添加におけるケミカルシフト変化を,GA10と比較すると,GA10SpS,GA10RpSのケミカルシフト変化はGA10に良く似ていることが判明した.また,ケミカルシフトの変化はGAミスマッチ近傍で大きく,Rp-, Sp- phosphorothioateにCd2+イオンが結合していることを示唆していた.次に,塩基の6位または8位の1H NMRシグナルにおけるCd2+イオン添加によるケミカルシフト変化を調査した.31P NMRと同様に,GA10SpSとGA10RpSにおいて,Cd2+イオン添加のケミカルシフトの変化はGAミスマッチ近傍で生じていた.そして,ケミカルシフト変化はGA10と良く似ており31P NMRの結果と一致した.従って,GA10SpSとGA10RpSの検討から,A9/G10.1メタルバインディングサイトでは,pro-Rp とpro-Spの両方にメタルイオンが結合することが示唆された(図2).また,GA10SpS,GA10RpSの各残基の31P, 1H NMRのケミカルシフト変化はGA10によく似ており,GA10SpSとGA10RpSはGA10と同じメカニズムで金属イオンを捕捉していると推定した.

Phosphorothioateの構造への影響

金属イオンの非存在下でのGA10, GA10SpS, GA10RpSの1H NMRのケミカルシフトの比較において,GA10SpSとGA10とのケミカルシフトの差は0.02 ppm以下と小さいのに対し,GA10RpSとGA10では最大0.46 ppmと大きな差が観測された.当初は高々1個の硫黄の置換によってGA10へのコンフォメーションの変化は生じないと予想していた.しかし,1H NMRからGA10SpSには構造変化は生じ無いが,GA10RpSには構造変化が起きることが示唆された.一方,31P NMRでは,GA10SpSとGA10RpSは共にGA10と同じケミカルシフトであり,バックボーンの構造はGA10と同じであると推定した.すなわち,Rp- phosphorothioateの導入はオリゴマーのバックボーンには影響を与えないが,導入された近傍においてわずかにコンフォメーションを変化させることを示唆した.今までの速度論解析ではphosphorothioateによる硫黄の置換が,構造に変化を与えないことが前提にある.すなわち,ハンマーヘッドリボザイムのphosphorothioateによる速度論解析では,バリキーな硫黄原子をpro-Rpに導入したことよりコンフォメーションが変化したために反応速度が悪化した可能性がある.一方,Sp- phosphorothioateはハンマーヘッドリボザイムのコンフォメーションに影響を与えることが無いため,非修飾のハンマーヘッドリボザイムと同じ挙動を示す.このように解釈することも可能であるため,phosphorothioateを用いた速度論解析では,硫黄導入によるコンフォメーションへの影響を考慮する必要がある.

本論文では,ハンマーヘッドリボザイムの2個のメタルバインディングサイトである切断サイトとA9/G10.1サイトについて,NMRを用いて解析を行い,金属イオンの配位状態について検討を行った.切断サイトではCd2+イオンの配位は観測されなかった.一方,A9/G10.1サイトでは,モチーフを用いた実験において,Cd2+イオンの添加で,Sp-, Rp- phosphorothioateの31P NMRシグナルは移動し,またphosphorothioate近傍を中心にphosphorothioate以外の1H, 31P NMRシグナルも移動し,全体に同一なメタルバインディングフォームに変化した.つまり,Cd2+イオンの配位が観測された.

図1 R32-S11S 複合体,及びGA10SpS,GA10RpSの2次構造

図2 切断サイトとA9/G10.1サイトの模式図

審査要旨 要旨を表示する

ハンマーヘッドリボザイムは当初、最小の植物病原体(ウイロイド)の複製機構を担うRNA配列として発見された。選択的にRNA配列を切断できるため医療への応用研究が活発に行われている。しかし、X線結晶構造が解析されているのにもかかわらず、切断反応過程の詳細は未だ不明であり、特に切断反応に必要とされる金属イオンの機能と役割については、様々な報告がある。今回、NMRを利用してハンマーヘッドリボザイムのmetal-bindingを明らかにし、切断反応における金属イオンの配位を解析した。

切断サイトの解析

phosphorothioateはRNAのphosphateのpro-Rp、pro-Spの酸素を硫黄に置換した分子であるが、一般にphosphateをphosphorothioateに変換して反応速度を検討する手法は、pro-Sp、pro-Rpの酸素におけるmetal-bindingを明らかにする手法として用いられる。置換する酸素がpro-Sp、pro-RpによってSp-、Rp- phosphorothioateになる。HSAB則からhard acidのMg2+イオンはhard baseの酸素と親和性が高いが、soft baseの硫黄とは親和性が低い。そのためphosphorothioateとMg2+イオンの相互作用は弱い。一方、soft acidのCd2+イオンは硫黄と親和性が高いため、Cd2+イオンの添加によりCd2+イオンはphosphorothioateに結合する。この現象を利用して反応速度を測定し、metal-bindingを解明する手法が採られている。この応用として検出手法にphosphorothioateの31P NMRを利用した。もし金属イオンが相互作用するのであればphosphorothioateの31P NMRのシグナルは移動すると考えられる。phosphorothioateの31P NMRシグナルを追跡することにより、ribozyme-substrate complexと金属イオンの相互作用を検出できる。また、R32-S11S complexの他に既知のmetal-binding motifであるGA10SpSとGA10RpSをポジティブコントロールとして用いた。GA10SpSとGA10RpSはA6(P9)の位置に、Sp-phosphorothioateあるいはRp-phosphorothioateを導入したオリゴマーである。測定の結果、phosphorothioateを切断サイトに導入したR32-S11Sでは、19等量のCd2+イオンを添加してもphosphorothioateの31P NMRシグナルのシフトは0.1 ppm以下であった。一方、ポジティブコントロールとして用いたGA10SpSとSA10RpSは9等量のCd2+イオンの添加によりphosphorothioateのシグナルは、それぞれ大きく高磁場シフトした。以上より、金属イオンは切断サイトのpro-Sp、pro-Rp 酸素と相互作用しないことが示された。

A9/G10.1サイトの解析

A9/G10.1サイトの検討では詳細なコンフォメーションを議論するため、A9/G10.1サイトのmetal-binding motifであるGA10SpSとGA10RpSを解析に用いた。これらのオリゴマーは比較的小さいため、ほとんどの1H、31P NMRのシグナルの追跡が可能である。はじめに、各1H、31P NMRシグナルについて2次元NMRを用いてアサインメントを行った。そして、Cd2+イオン添加における各NMRシグナルのケミカルシフト変化を精査した。GA10SpSにCd2+イオンを添加すると、31P NMRにおいて、phosphorothioateのシグナルだけでなく0〜4ppmのphosphateのシグナルも変化を起こす。同様にGA10RpSでもCd2+イオンの添加でphosphorothioateのシグナルだけでなくphosphateのシグナルも変化した。つまり、Cd2+イオンの添加でバックボーンを含めたコンフォメーション変化がGA10SpSとGA10RpSに生じている。Cd2+イオンの添加におけるケミカルシフト変化を、GA10と比較すると、GA10SpS、GA10RpSのケミカルシフト変化はGA10に良く似ていることが判明した。また、ケミカルシフトの変化はGAミスマッチ近傍で大きく、Rp-、Sp- phosphorothioateにCd2+イオンが結合していることを示唆した。次に、塩基の6位または8位の1H NMRシグナルにおけるCd2+イオン添加によるケミカルシフト変化を検討した。31P NMRと同様にGA10SpSとGA10RpSにおいて、Cd2+イオン添加のケミカルシフトの変化はGAミスマッチ近傍で生じていた。そして、ケミカルシフト変化はGA10と良く似ており31P NMRの結果と一致した。従って、GA10SpSとGA10RpSの検討から、A9/G10.1 metal-bindingサイトでは、pro-Rp とpro-Spの両方に金属イオンが結合することが示された。

Phosphorothioateの構造への影響

金属イオンの非存在下でのGA10、GA10SpS、GA10RpSの1H NMRのケミカルシフトの比較において、GA10SpSとGA10とのケミカルシフトの差は0.02 ppm以下と小さいのに対し、GA10RpSとGA10では最大0.46 ppmと大きな差が観測された。当初は1個の硫黄の置換によってGA10へのコンフォメーションの変化は生じないと予想していた。しかし、1H NMRからGA10SpSには構造変化は生じ無いが、GA10RpSには構造変化が起きることが示唆された。一方、31P NMRでは、GA10SpSとGA10RpSは共にGA10と同じケミカルシフトであり、バックボーンの構造はGA10と同じであると推定した。すなわち、Rp-phosphorothioateの導入はオリゴマーのバックボーンには影響を与えないが、導入された近傍においてわずかにコンフォメーションを変化させることを示唆した。今までの速度論解析ではphosphorothioateによる硫黄の置換が、構造に変化を与えないことが前提にある。すなわち、ハンマーヘッドリボザイムのphosphorothioateによる速度論解析では、バリキーな硫黄原子をpro-Rpに導入したことよりコンフォメーションが変化したために反応速度が悪化した可能性がある。一方、Sp- phosphorothioateはハンマーヘッドリボザイムのコンフォメーションに影響を与えることが無いため、非修飾のハンマーヘッドリボザイムと同じ挙動を示す。このように解釈することも可能であるため、phosphorothioateを用いた速度論解析では、硫黄導入によるコンフォメーションへの影響を考慮する必要がある。

以上、本研究では、ハンマーヘッドリボザイムの2個のmetal-bindingサイトである切断サイトとA9/G10.1サイトについて、NMRを用いて解析を行い、金属イオンの配位状態について検討を行った。切断サイトではCd2+イオンの配位はなく、一方、A9/G10.1サイトでは、motifを用いた実験において、Cd2+イオンの添加で、Sp-、 Rp- phosphorothioateの31P NMRシグナルは移動し、またphosphorothioate近傍を中心にphosphorothioate以外の1H、31P NMRシグナルも移動し、全体に同一なmetal-bindingフォームに変化することを明らかにした。

上記の研究成果は薬学の基礎研究に与える寄与は大きく、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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