学位論文要旨



No 216420
著者(漢字) 水村,正昭
著者(英字)
著者(カナ) ミズムラ,マサアキ
標題(和) 自動車用管材の塑性加工特性の評価と加工条件適正化に関する研究
標題(洋)
報告番号 216420
報告番号 乙16420
学位授与日 2006.01.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16420号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 谷,泰弘
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

近年,自動車分野では,地球環境問題から車体の軽量化が叫ばれる一方で衝突に対する安全性向上も要求されている.この相反する要求を達成するため自動車部品に管材を使用する例が増加してきた.なぜなら,板材や棒材と比較して管材では「高断面係数」,「閉断面」,「溶接フランジ部が省略可能」等の理由により,剛性や強度を低下させずに軽量化できるからである.しかし,狭い空間内に多くの部品を配置する必要があるため,自動車用管材部品は,曲げや拡管等の塑性加工が施される.

そこで本研究では,「どのような材料」を「どのような条件」で加工したらよいか,という課題を解決するために,「管材の加工特性評価」と「加工条件の適正化」に関して研究を行った.塑性加工の種類としては「曲げ加工」と「ハイドロフォーミング」を採り上げ,それぞれ,あるいは両者を重畳した加工も含めて「管材の加工特性評価」と「加工条件の適正化」に関して検討した.なお,ハイドロフォーミングとは管材を金型内に装着した後で内圧と管端からの押込み(軸押しと称す)を負荷することによって金型形状に仕上げる加工技術であり,以後HFと略す.

まず,自動車用管材の塑性加工で最も頻繁に用いられる「曲げ加工」に対する管材の評価方法の検討を行った.従来は均一曲げモーメントの曲げ試験が主流であったが,三点曲げ試験では扁平の大きい曲げ工法に対しての曲げ加工特性が評価できる.また,それをシミュレートした初等解析を用いれば,事前に曲げ特性が推定可能となる.さらに,上記の曲げ特性評価を逆に利用すると,曲げ特性に優れた管材の設計が可能になる.その一例として,自動車ドア補強用管材の三点曲げ荷重が最大となるような管寸法を求めた.

次に,自動車用管材の曲げ工法の中から「回転引き曲げ工法」と「押し通し曲げ工法」の二つを選択し,それぞれの工法における加工条件の適正化を検討した.「回転引き曲げ工法」に関しては,本工法の欠点の一つである曲げ加工後の減肉に注目し,FEMを用いて曲げ加工後の肉厚に及ぼす各種加工条件の影響を詳細に調査した.その結果,曲げ加工後の増減肉を抑制するための加工条件設定指針を求めた.また本検討をさらに発展させて,曲げ加工後の肉厚を容易に推定可能な計算式も導出した.なお,本計算式は部品の設計にも利用可能である.一方の「押し通し曲げ工法」は,形状自由度は高いがしわは生じやすいため,薄肉管の曲げ曲率やしわ限界に及ぼす各種加工条件の影響を検討した.その結果,しわ発生を抑制しながら小曲げ半径を実現するための適正な可動工具の動作条件を確立した.

上述の曲げ加工と同様にHFにおいても,まず,管材の評価法に関して検討した.HFでは管材に内圧が負荷されるため,加工特性の評価法として「管端固定自由バルジ試験」を採り上げた.本評価方法では,平面ひずみ下の拡管特性が調査でき,溶接部の健全性等が再現性よく評価できる.また,本試験をシミュレートした初等解析から「最大圧力」と「許容拡管率」を算出することが可能である.「最大圧力」は,実際のHF加工を行う際の初期内圧条件の目安となり,「許容拡管率」はHF金型に接触する前の拡管率の設計に利用できる.よって,本評価手法は,素管の評価だけでなく,加工条件の適正化や部品の設計に対しても有効である.

上記の検討により初期内圧条件の目安は付いたが,HFの加工条件として最も重要な項目は内圧と軸押し量の負荷経路である.そこで,単純な長方形断面の金型を用いてHFの変形と負荷経路との相関を調査した.その結果,HFの加工不良としては,「軸押し中のバースト」,「コーナーR未達」,「成形部のしわ」,「管端座屈」の4種類があり,その各成形不良と負荷経路との相関を明確にした.これにより,実際のHF部品の負荷経路を決める際の探索指針が得られた.なお,本指針では,本来複雑な経路となるHFの負荷経路を「保持圧力」と「最終軸押し量」の二つのパラメータで整理したため,非常に汎用的な探索方法となっている.

上述のHF負荷経路導出をさらに発展させて,HFの成形可能範囲を表現する手法を開発した.すなわち,保持圧力と最終軸押し量を縦軸と横軸に採ったマップ上で,4種類の加工不良に対する成形限界で囲まれた範囲を「成形可能範囲」と定める.加えて,この成形可能範囲の面積を「成形余裕度」と定義する.この成形可能範囲や成形余裕度による評価は,HFの加工条件を考慮に入れた,他に例を見ない画期的なHF特性評価方法である.また,上記のHF成形可能範囲は素管の肉厚や材料特性が変わると大きく変わる場合がある.その際には,HF負荷経路を変更する作業が必要となるが,従来は試行錯誤によって適正な負荷経路を探索していた.しかし,本研究では,HF成形可能範囲に及ぼす素管の肉厚や材料特性の影響を明確化したため,試行錯誤せずに適切な負荷経路を見出すことができるようになった.このように,ここで提唱したHF成形可能範囲の整理は,「HF加工性の評価」と「加工条件適正化」の両方に対して有効となる.

これまでの検討によって,曲げ加工とHFにおける適正な加工条件をそれぞれ導いた.しかし近年の自動車部品の形状は複雑化しているため,曲げ加工とHFが併用される部品も増加している.そこで曲げ加工後にHFする場合の加工を想定し,両者の相互的な関連も含めた加工条件の適正化を行った.まず「曲げ形状特有のHF加工条件」を検討した結果,HF加工時に曲げ内側の隙間が拡大するため,当該箇所のバーストやしわを防止するような負荷経路が望ましいことを見出した.一方「HFしやすい曲げ条件」としては,曲げ内側の隙間が小さくなるような大きい曲げ半径の方が有利であると分かった.また,本加工に有利な材料特性に関する知見も得た.上記のように,曲げ加工後のHFにおける適正な加工条件の指針を確立した.

以上のように,自動車用管材の塑性加工分野の中でも「曲げ加工」と「HF」を対象として「管材の加工特性評価方法の確立」と「加工条件の適正化」に関して一連の成果を収めた.本分野は,従来は学術的に体系化が進んでいなかった領域であり,特にHFの分野は,ほとんど研究されていない新しい技術領域であった.足元の自動車業界のニーズから工業的には盛んに活用され始めていたが,新規部品毎に技術者が経験的に開発していたため非効率的であった.したがって,本研究による成果は,当該技術領域の体系化の上では非常に大きな意義を持っており,今後の本技術分野の発展における重要な礎となる.

上記の成果を確認するため,本論文では最後に,本研究成果を「自動車部品の開発と製造」に応用できることを実証した.自動車部品のターゲットとしては,フロントサイドメンバを採り上げ「部品の設計」と「製造条件の策定」を実際に検討して試作まで行った.なお,フロントサイドメンバとは,車体の前面に前後方向に左右2本配置されているフレーム部品であり,正面衝突時のエネルギー吸収材として重要な役割を担っている.本部品は実機化されなかったため「製造時の管理」までの確認はできなかったが,本論文の成果が実際の工業活動に対しても十分利用可能であることを実証した.これはすなわち,本研究で得られた知見が汎用的に活用できることを意味している.

また,本論文の知見は自動車分野以外の産業分野へも適用可能である.例えば,建設機械,航空機,船舶等を軽量化するための部品,椅子等の家具や医療器具類,家電やOA機器内部の部品,配管の継手類などが挙げられ,既に実用化されている例もあれば,現在適用検討中の物も多い.また,土木・建築用などの径や肉厚が大きい分野でも,設備制約さえなくなれば,本論文の知見を利用することが可能である.

以上のように,本論文で得られた知見は非常に広い産業分野で汎用的に用いることができる.この知見を活かすことで各種分野への管材の適用が広まり,その結果,軽量化や生産効率の向上に結びついてくれることを期待したい.

審査要旨 要旨を表示する

近年,CO2排出量の削減のために自動車車体の軽量化が要求される一方、衝突安全性向上も要求されている。この相反する要求を満足するために、自動車部品に管材を使用する例が増加してきた。この理由は、板材や棒材と比較して管材には「高断面係数」、「閉断面」、「溶接フランジ部が省略可能」といった特長があるが故に、剛性や強度を低下させずに軽量化できるからである。自動車用管材部品には、曲げや拡管、あるいはこれらの組み合わせといった複雑な塑性加工が施される。特にハイドロフォーミングは、管内昇圧と軸圧縮の組み合わせによって複雑な形状の自動車用管材部品を製造するのに適しており、近年使用量や用途が急激に増大している。ところがこの塑性加工法には「しわ」「座屈」「金型内充満」「管の破壊(バースト)」など多様な不良現象の発生が内在しており、これらの不良を回避できる最適なハイドロフォーミング・スケジュールの選定方法については、基盤研究がほとんど行われていない状況にある。

本論文は「自動車用管材の塑性加工特性の評価と加工条件適正化に関する研究」と題し、自動車用管材部品の塑性加工法について、「しわ」「座屈」「金型内充満」「管の破壊(バースト)」を回避できるハイドロフォーミングの「成形余裕度評価方法」を中心としつつ、前加工として施される曲げ加工について系統的に研究を行い、さらに部分的に板厚が異なるテーラードチューブのハイドロフォーミングやフロントサイドメンバーのハイドロフォーミングといった自動車用管材実用部品の製造まで視野に入れつつ論じている。

第1章は序論であり、先に述べた社会的要求の高まりに対応した自動車用管材の塑性加工方法について、いままでの研究動向と現在の課題についてまとめている。第2章は、管材の扁平変形を含めた曲げ特性の評価方法、第3章は各種曲げ加工の塑性加工条件最適化について取り扱っている。第4章は管材の拡管特性の評価方法、第5章ではハイドロフォーミングの管内昇圧と軸圧縮の組み合わせの算出方法に関連し、主としてFEMの利用方法について論じている。第6章はハイドロフォーミングの適正な加工条件の範囲と加工特性の評価と題し、この塑性加工方法の成形不良は、「しわ」「座屈」「金型内充満」「管の破壊(バースト)」の4つに分離できること、これらの限界線図を保持圧力−軸圧縮量を2軸とする平面にプロットすることで、成形可能な範囲(これを「成形余裕度と称している」)が明示できることを世界で始めて示した。さらにここでは、素材の特性であるn値、r値や素管肉厚、金型潤滑条件といった成形加工条件が成形余裕度に及ぼす影響を定量的に示すことで、適切なハイドロフォーミング条件を選択するための一般的指針を与えている。第7章は曲げ加工後のハイドロフォーミングについて取り扱っており、第2章〜第6章において得られた知見を利用した、曲げ加工−ハイドロフォーミングの条件適正化について論じている、第8章は自動車用管材実用部品の製造であるフロントサイドメンバーを、曲げ加工−ハイドロフォーミングで製造した例である。第9章は結論であり、研究を総括するとともに今後の工業的寄与について展望している。

以上に述べたとおり本研究は、自動車用管材の曲げ加工−ハイドロフォーミング、さらにその実用化まで含めて系統的に取り扱い論じている。特に、ハイドロフォーミングの成形不良は、「しわ」「座屈」「金型内充満」「管の破壊(バースト)」の4つに分離できること、これらの限界線図を保持圧力−軸圧縮量を2軸とする平面にプロットすることで、成形可能な範囲(これを「成形余裕度と称している」)が明示できることを世界で始めて示した点は工学的に価値が高く、また本論文を通して得た知見を実部品製造に適用できることを示したことは工業的に高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク