No | 216423 | |
著者(漢字) | 北島,智也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キタジマ,トモヤ | |
標題(和) | 保存されたタンパク質シュゴシンは姉妹セントロメア間の接着を保護する | |
標題(洋) | The conserved protein shugoshin protects centromeric cohesion of sister chromatids | |
報告番号 | 216423 | |
報告番号 | 乙16423 | |
学位授与日 | 2006.01.23 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第16423号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞分裂は、遺伝情報の運び手である染色体が複製され、それらが娘細胞に均等に分配されることによって、遺伝的に同一の娘細胞を生み出す過程である。染色体の分配を失敗すると、そのような細胞は遺伝子発現の制御を失い、死に至るか癌化する可能性が高い。また、生殖細胞における染色体分配の失敗は、ダウン症などの先天性の疾患の原因となる。このため、染色体が分配される分子機構を解明することは、細胞がいかに遺伝情報を受け継ぐかという生命現象の基本的な問題に答えるのみならず、医学的な観点からも重要な理解を与えるものと考えられる。 細胞が増殖するときに用いる体細胞分裂の過程では、DNA合成期に複製されてできた姉妹染色分体のペアの間に、コヒーシン複合体によって接着が確立する。この接着は、分裂期の後期にセパレースと呼ばれるペプチダーゼが活性化され、コヒーシン複合体のサブユニットRad21を切断することによって解除される。これにより姉妹染色分体が分離し、紡錘体微小管により2つの娘細胞へ均等に分配される。 一方、生殖細胞における減数分裂の過程では、1回のDNA合成のあと2回の連続した染色体分配が行われることによって染色体数が半分の配偶子が形成される。減数分裂前DNA合成期には、やはりコヒーシン複合体によって姉妹染色分体間に接着が確立されるが、これに加え、組み替えによって形成されたキアズマにより相同染色体間にもつながりが生まれる。また、コヒーシン複合体のサブユニットとして、Rad21に代わり減数分裂特異的な相同因子であるRec8が用いられる。減数第一分裂には、染色体腕部のコヒーシン複合体が解離することによりキアズマを支えていた染色体腕部の接着が失われ、相同染色体が分離する。ところが、セントロメアにおいてはコヒーシン複合体が残存して、姉妹染色分体間の接着を維持する。この姉妹セントロメア間の接着は、続いて起こる第二分裂において解除され、これが引き金となり姉妹染色分体が分離する。 これらの染色体分配の様式は真核生物において広く保存されており、分裂酵母は研究に有用なモデル生物の1つである。分裂酵母においては、減数分裂における染色体分離を引き起こすメカニズムは分かっていなかった。セパレースが減数分裂においても染色体分離に必要である可能性を調べるため、セパレースの温度感受性株を用いて減数分裂の染色体分配を観察したところ、セパレースを不活性化すると染色体分離が強く阻害されることが分かった。また、野生株ではRec8が減数分裂の進行に伴って分解されるのに対し、セパレースを不活性化した株ではRec8が減数分裂終了時まで残存していた。そこで、Rec8上にセパレースが認識して切断する配列を探索したところ、Rec8には2箇所の切断を受ける配列があることを見出した。さらに、それらの両方の配列に変異を導入した非切断型Rec8を発現させた減数分裂では、染色体分離がほとんど起きなかった。これらのことから、減数分裂においてはセパレースがコヒーシンサブユニットRec8を切断することが引き金となり相同染色体の分離が引き起こされることが明らかになった。 減数第一分裂においては、Rec8が染色体腕部で分解されることにより相同染色体が分離する一方で、姉妹染色分体がつなぎとめられているセントロメアではRec8が残存する。このことは、Rec8はセントロメアではセパレースから保護されていることを示唆する。そこで、減数第一分裂のセントロメア特異的に未知なるRec8のプロテクターが存在することを仮定し、これを同定するため、以下のような遺伝学的スクリーニングを考案した。 体細胞分裂において、Rec8を強制発現させることによりコヒーシン複合体中のRad21サブユニットをRec8に置き換えても、分裂期にはRec8はセントロメアで分解され、姉妹染色分体は正常に分離して分配される。したがって、生まれる娘細胞は生育可能である。しかし、ここにもしRec8プロテクターをさらに発現すると、分裂期においてRec8がセパレースの切断から保護されてしまい、その結果姉妹染色分体の不分離を引き起こし、生まれる娘細胞は致死となると考えた。そこで、Rec8強制発現株に減数分裂時の細胞から調整したcDNAライブラリーを導入し、Rec8と共発現させたときにのみ細胞が死に至るような遺伝子を探索した。その結果、新規遺伝子sgo1+ (シュゴシン)を候補として同定し、命名した。 Sgo1は減数分裂特異的に発現し、減数第一分裂の前期から中期にかけてセントロメアに局在し、後期の間に分解されるタンパク質であった。Sgo1が減数第一分裂におけるセントロメアRec8の保護に必要であるかを検討するため、sgo1遺伝子破壊株(sgo1Δ )を作成して減数分裂期のRec8の挙動を観察した。すると、野生型では第一分裂後期においてセントロメアのRec8が残存したのに対し、sgo1 株ではセントロメアのRec8が保護されずに消失していた。これに伴い、sgo1 株では、第二分裂まで維持されるべき姉妹セントロメア間の接着が第一分裂後に失われてしまうことが分かった。続いて起こる第二分裂では、姉妹染色分体ペアの間の接着がすでに失われているために、分裂装置が正しい姉妹染色分体のペアを認識できず、その結果、ランダムな染色体分配が引き起こされていた。以上の結果から、Sgo1は減数第一分裂のセントロメアにおいてRec8をセパレースによる分解から保護する因子であることが明らかになった。 Sgo1と相同性を持つ因子を探索したところ、Sgo1様のタンパク質がさまざまな真核生物で広く見出され、シュゴシンタンパク質ファミリーとして定義できることが分かった。哺乳動物であるヒトおよびマウスにおいては、2つのシュゴシン様タンパク質Sgo1、Sgo2が見出された。分裂酵母におけるシュゴシンの機能が哺乳動物でも保存されているかどうかを検討するため、これらのタンパク質の機能を解析した。 まず、ヒトHeLa細胞においてSgo1およびSgo2の発現を調べると、意外にもいずれのタンパク質も体細胞分裂においても発現していた。またその局在を調べると、いずれも分裂期の前期から中期までセントロメアに局在し、後期の間に消失していた。 哺乳動物における体細胞分裂の分裂期においては、姉妹染色分体間の接着は段階的に解除されることが知られている。DNA合成期に染色体全長に渡って確立した姉妹染色分体間の接着は、まず分裂期の前期と前中期においてコヒーシン複合体が染色体の腕部から解離することで解除される。一方、セントロメアでは分裂中期までコヒーシン複合体の局在が維持される。後期になると、セパレースが活性化し、セントロメアに残ったコヒーシン複合体のRad21サブユニットを切断することで姉妹染色分体間の接着が完全になくなり、染色体分離が引き起こされる。このことから、セントロメアのコヒーシン複合体は分裂前期と前中期の間、解離しないように保護されている可能性が考えられる。 Sgo1とSgo2がこの保護機能に必要である可能性を検討するため、それぞれをHeLa細胞においてRNAiによりノックダウンした。すると、いずれの場合においても、前中期においてセントロメアのコヒーシン複合体が保護されずに失われ、姉妹染色分体が早期に分離してしまった。その結果、紡錘体チェックポイントが活性化され、細胞はこの時期に停止していた。これらのことから、ヒトのSgo1およびSgo2は分裂前中期におけるセントロメアのコヒーシン複合体の保護に必要であることが分かった。 続いて、シュゴシンの作用機構を理解するために、Sgo1に相互作用する因子を探索した。共同研究により、Sgo1を免疫沈降するとプロテインフォスファターゼ2A (PP2A)が特異的に共沈することが分かった。そこで、PP2Aの免疫染色を行ったところ、PP2Aは分裂前期から中期にかけてSgo1と共にセントロメアに局在することが分かった。PP2Aが分裂前中期における接着の保護に必要であるかを探るため、PP2A-AをRNAiによりノックダウンした。すると、やはり分裂前中期において姉妹染色分体が早期に分離してしまうことが分かった。さらに、Sgo1、Sgo2、PP2Aの相互関係を明らかにすることを目的として、それぞれの局在依存性を調べたところ、Sgo2はPP2Aの局在に、PP2AはSgo1の局在に必要であることが分かった。これらのことから、哺乳細胞の分裂前中期においては、PP2AがSgo2依存的にセントロメアに局在し、次にSgo1をリクルートして複合体を形成し、姉妹セントロメア間の接着を保護することが分かった。染色体腕部からのコヒーシンの解離はPoloキナーゼによるコヒーシンサブユニットのリン酸化に依存していることから、Sgo1は、PP2Aのフォスファターゼ活性を利用してPoloキナーゼと拮抗的に働くことで、セントロメアのコヒーシン複合体を保護しているのかもしれない。 以上の解析から、シュゴシンは高度に保存された機能を持ち、酵母では減数分裂で、ヒトでは少なくとも体細胞分裂において姉妹セントロメア間の接着を保護していることが示された。今後は、哺乳動物の減数分裂においても同様の機能を持つか、また、Sgo1がPP2Aと協同してどのようなメカニズムでコヒーシン複合体を保護するのかを調べることが課題となるだろう。 図1: 分裂酵母の減数第一分裂および哺乳動物の体細胞分裂においてSgo1は姉妹セントロメア間の接着を保護する 減数第一分裂では、セパレースが染色体腕部のRec8を切断されることによって相同染色体が分裂するが、セントロメアのRec8はSgo1によって保護されているため、姉妹セントロメア間の接着が維持されて姉妹染色分体は分離しない。哺乳動物の体細胞分裂の分裂前中期においては、染色体腕部のコヒーシンがPoloキナーゼによってリン酸化されることで解離するが、セントロメアのコヒーシンはSgo1によって保護されているため解離せず、姉妹セントロメア間の接着が維持される。 | |
審査要旨 | 減数分裂においては、一回の染色体複製後に二回連続した染色体分配が起こり、結果として染色体数が半数化した配偶子が形成される。減数第一分裂においては、相同染色体間の接着が解除されて分配されるが、一方で姉妹染色分体は、セントロメア間の接着が維持されて分配されない。続いて起こる第二分裂になると、残された姉妹セントロメア間の接着が解除され、姉妹染色分体が分配される。第一分裂において姉妹セントロメア間の接着が維持される分子的な機構は、長年の謎であった。本論分提出者は、分裂酵母を用いた遺伝学的手法により、減数第一分裂における相同染色体の分離は、染色体接着因子コヒーシンのRec8サブユニットが染色体腕部において分解されることが引き金となって起こることを示した。さらに、第一分裂においてはセントロメアでコヒーシンが分解を受けずに残存することに着目し、第一分裂のセントロメアにはコヒーシンの保護因子が存在すると考え、この未知の保護因子を、分裂酵母における遺伝学的スクリーニングにより単離することに成功した。この新規タンパク質はシュゴシンと命名された。さらに、シュゴシンは酵母からヒトに至るあらゆる真核生物に保存されているタンパク質であることを見出し、ヒト培養細胞における解析から、ヒトのシュゴシンは体細胞分裂においても姉妹セントロメア間の接着を保護する役割をもつことを明らかにした。 第1章は、本論分のイントロダクションであり、研究の背景と目的を述べている。 第2章は、本論分において行われた実験の材料と方法について記述している。 第3章から第6章は、4つの関連したテーマにおける実験結果について記述し、各章末ではそれぞれの実験結果に対する考察を行っている。第3章では、分裂酵母を用い、減数第一分裂における相同染色体の分離がセパレースによるコヒーシンサブユニットRec8の分解によって引き起こされることを明らかにしている。 第4章では、減数第一分裂において染色体腕部ではRec8が分解され、その一方でセントロメアではRec8は分解を受けずに残存することに着目し、第一分裂においてセントロメアRec8をセパレースによる切断から保護する因子を分裂酵母における遺伝学的スクリーニングを行って探索している。その結果、新規タンパク質シュゴシン (Sgo1) を同定し、これが実際に減数第一分裂においてセントロメアでRec8を保護する因子であることを示した。また、Sgo1の局在がBub1キナーゼによって制御されていることを明らかにしている。さらに、さまざまな真核生物においてシュゴシンと相同性のあるタンパク質が存在していることを見出している。 第5章では、ヒトにおいて見出されたシュゴシン様タンパク質であるhSgo1およびhSgo2の機能的解析を行っている。hSgo1とhSgo2はいずれも体細胞分裂において発現しており、分裂前期と前中期における姉妹セントロメア間の接着の保護に必要であることを明らかにしている。このことから、シュゴシンは姉妹セントロメア間の接着を保護する保存された因子として定義された。また、hSgo1とhSgo2はその局在がヒトBub1キナーゼに制御されていることを示し、シュゴシンの機能が保存されたメカニズムによって制御されていることを明らかにした。 第6章では、シュゴシンがどのように姉妹セントロメア間の接着を保護するのか、その分子メカニズムについて解析を行っている。ヒトのHeLa細胞でhSgo1と物理的に相互作用するタンパク質を探索し、その結果、II型セリン-スレオニンプロテインフォスファターゼ(PP2A)が特異的にシュゴシンと複合体を形成することを見出した。さらに、PP2Aが体細胞分裂の分裂前期および前中期における姉妹セントロメア間の接着の保護に必要であることを示している。 第7章は、本研究のまとめと展望について述べている。 以上、本論分提出者は、新規タンパク質シュゴシンを発見することにより、減数第一分裂においてなぜ姉妹染色分体が分配されないのかという、生物学における極めて基本的かつ重要な問題に対する、初めての分子レベルでの手がかりを報告した。また、シュゴシン様のタンパク質があらゆる真核生物に存在することを見出し、分裂酵母およびヒトの培養細胞の研究により、シュゴシンが真核生物において機能的に保存された、姉妹セントロメア間の接着を保護する因子であることを明確に示した。さらに、シュゴシンがPP2Aと複合体を形成して共に機能することを見出し、シュゴシンが接着を保護する分子メカニズムの解明に向けて大きな手がかりを得た。なお、本論文の研究は、渡辺嘉典、山本正幸、宮崎洋介、川島茂裕、Silke Hauf、大杉美穂、山本雅との共同研究であるが、本論分提出者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本論分提出者の寄与が極めて大きいと判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50270 |