学位論文要旨



No 216424
著者(漢字) 塩川,大介
著者(英字)
著者(カナ) シオカワ,ダイスケ
標題(和) 新規なDNaseI様エンドヌクレアーゼDNaseγの性状検討及びアポトーシスにおける機能解析
標題(洋) Studies on a Ca2+/Mg2+-dependent Endonuclease DNaseγ : Molecular Characterization of a Novel DNase I-like DNase and its Role in Apoptotic DNA Fragmentation
報告番号 216424
報告番号 乙16424
学位授与日 2006.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16424号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 堀越,正義
 東京大学 講師 名川,文清
 東京大学 特任助教授 程,久美子
内容要旨 要旨を表示する

アポトーシスは遺伝子によりプログラムされた細胞自死機構であり、細胞膜微絨毛の消失、アポトーシス小体形成、DNA断片化などの特徴により定義される。特にヌクレオソーム単位でのDNA断片化はアポトーシスの判定手法として広く用いられており、現在ではCAD、endonuclease G、DNaseγなどのアポトーシスエンドヌクレアーゼにより触媒されることが明らかとなっている。本論文においては、アポトーシスエンドヌクレアーゼの一つであるDNaseγの性状及びアポトーシスへの関与を明らかとした一連の研究成果について述べる。

ラット脾臓より完全精製されたDNaseγは分子量33kDaの単量体酵素であり、中性pH条件下、Ca2+/Mg2+もしくはMn2+依存的にDNA分解を触媒し、その活性はCu2+、Zn2+などの2価重金属イオンにより阻害された。精製DNaseγタンパクのN末端及び内部部分アミノ酸配列を決定、得られた情報に基づきラット、ヒト、及びマウスDNaseγcDNAを単離した。予想されるアミノ酸配列の比較により、DNaseγはDNaseIファミリーの新たなメンバーであることが明らかとなった。DNaseγ遺伝子発現には明確な組織特異性があり、ラットDNaseγmRNAは、脾臓、リンパ節、胸腺、肝臓などの組織で高レベルに検出された。グルタチオンSトランスフェラーゼ融合組み替えタンパクの解析により、DNaseγはN末端プリカーサーペプチドの切断により活性型酵素へと変換されることが示された。HeLaS3細胞に外来導入したDNaseγはアポトーシスの誘導に伴い活性化され、ヌクレオソーム単位でのDNA断片化を触媒した。以上の結果より、DNaseγはDNaseIファミリーに属する新規なアポトーシスエンドヌクレアーゼであることが示された。

DNaseIファミリーDNaseは、現在DNaseI、DNaseX、DNaseγ、DNAS1L2の四種が知られている。しかしそれらの酵素活性、機能については不明な点が多く、DNaseγにおいて見いだされたアポトーシスエンドヌクレアーゼ活性がDNaseγ特異的であるかについても不明である。これらの疑問に答えるためDNaseIファミリーDNaseそれぞれに関し、酵素性状及びアポトーシスへの関与について検討を行った。

すべてのDNaseIファミリーDNaseはCa2+/Mg2+依存性エンドヌクレアーゼであり、3'-OH/5'-P型のDNA切断を触媒した。DNaseI、DNaseX、およびDNaseγの至適pHは中性であったが、DNAS1L2の最大活性は酸性pH条件下で観察された。これら4種のDNaseは、これまでDNaseγ特異的阻害剤と考えられていたZn2+には同様の感受性を示したが、G-アクチン、オウリントリカルボン酸による活性阻害においてはそれぞれユニークな特性を示すことが明らかとなった。さらにDNaseIファミリーDNaseのアポトーシスへの関与を調べたところ、当該DNase群においてDNaseγのみがアポトーシスエンドヌクレアーゼとして機能することが明らかとなった。

DNaseγの活性化機構を理解するためクラゲ蛍光タンパクで標識した組み替えDNaseγを用いDNaseγのアポトーシスに伴う局在変化を調べた。DNaseγは通常小胞体および核膜に局在しておりアポトーシスの誘導に伴い核内へ移行することが明らかとなった。この核移行にはDNaseγに存在する2つの核移行シグナル、特にC末端塩基性領域が重要であることを見いだした。以上の結果より、DNaseγのアポトーシスに伴う活性化機構の本体は小胞体/核膜からの放出及び2つの核移行シグナルに依存した核移行であることが明らかとなった。

上述の研究成果により、DNaseγの性状及びアポトーシスエンドヌクレアーゼとしての機能が明らかとなった。しかし、DNaseγが実際どの様な細胞のどの様なアポトーシスにおいてDNA断片化を触媒するかは不明であった。

マウス筋芽細胞C2C12は筋管細胞への分化過程におけるアポトーシスの良いモデル系として広く用いられている。興味深いことに未分化C2C12細胞のアポトーシスに於いてはDNAラダー形成が観察されないが、分化誘導後に起こるアポトーシスは顕著なDNA断片化を伴うことが知られていた。しかし、この分化依存的DNA断片化のメカニズムは長らく不明であった。当該アポトーシス系に着目しさまざまなアポトーシスエンドヌクレアーゼの遺伝子発現変化を調べたところ、DNaseγが筋芽細胞分化に伴い発現誘導されることを見いだした。筋芽細胞に於けるDNA断片化の有無がDNaseγの発現レベルにより決定される可能性について調べるため、未分化C2C12細胞にDNaseγを強制発現させた後スタウロスポリン処理によりアポトーシスの誘導を行った。興味深いことにDNaseγと同じファミリーに属するCa2+/Mg2+依存性エンドヌクレアーゼであるDNaseXを導入した細胞ではDNA断片化は観察されなかったが、DNaseγを発現した細胞に於いては顕著なDNAラダーの出現が見られた。すなわちDNaseγは筋芽細胞においてアポトーシスエンドヌクレアーゼとして働くことが示された。さらに筋芽細胞の分化誘導アポトーシスに於けるDNaseγの関与を示すため、DNaseγアンチセンスRNA発現ベクターを安定導入し、内在DNaseγレベルを抑制した細胞株を樹立し、アポトーシスのDNA断片化におよぼす影響について解析を行った。コントロール細胞、DNaseγアンチセンス細胞ともに筋管細胞への分化は正常に行われたが、その過程で出現するアポトーシス細胞に於けるDNAラダーは、内在DNaseγ発現レベルの低下に伴い強く抑制された。以上の結果よりDNaseγの働く生理的局面として筋芽細胞分化に伴うアポトーシスが示された。

上述の発見により、分化過程にある細胞ではDNaseγ依存的な通常とは異なるアポトーシス経路が存在するのではないかという着想に至った。筋芽細胞分化系において明らかとなったDNaseγを介するアポトーシス経路の普遍性について明らかとするため、特に神経細胞分化に伴うのアポトーシスに着目し実験を行った。

神経細胞分化に伴うアポトーシスDNaseの発現変化をマウス神経芽細胞N1E-115を用いて検討した。細胞周期を進行する未分化細胞ではCAD発現が認められるが、静止期にある分化細胞ではCADは消失しDNaseγが発現誘導されることを見いだした。分化状態の異なる神経細胞アポトーシスに於けるCAD, DNaseγの役割を明らかとするため、それぞれの活性化をCaspase-3切断部位に変異を導入したICAD変異体、及びDNaseγアンチセンスRNA発現ベクターを用いて抑制し、アポトーシスに伴うDNA断片化に及ぼす影響を解析したところ、未分化細胞の薬剤誘導アポトーシスに於いてはCADが、分化過程に於ける自発的アポトーシスに於いてはDNaseγがそれぞれDNA断片化を触媒することが明らかとなった。さらにPC12細胞を用い同様の実験を行い、神経分化細胞のNGF除去によるアポトーシスに於いてもDNaseγがDNA断片化に必須であることを示した。

近年の研究により分化過程にある細胞はAktやNF-κBの活性化により、ミトコンドリアを経由し、caspase-9、caspase-3、そしてCADの活性化へと続くシグナル伝達経路(アポトーシス主経路)が阻害され、一時的にアポトーシス耐性を獲得することが明らかとなってきた。このアポトーシス主経路の阻害は、細胞が不安定な分化過程を乗り越えるために必須であると理解されているが、同時に多くの細胞がその分化過程においてアポトーシスにより死ぬのも事実である。本研究の成果は、アポトーシス主経路が抑制された状態にある分化中の細胞はDNaseγを経由する新規なアポトーシス経路を準備し、当該経路により分化に失敗した細胞、余剰な細胞の速やかな除去を遂行する可能性を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章はイントロダクションである。特にアポトーシスに於けるヌクレオソーム単位でのDNA断片化メカニズムについて最新の知見をレビューし、本研究による成果の当該研究分野での位置づけ、重要性について述べている。

第2章は論文提出者が発見した新規なエンドヌクレアーゼDNaseγの精製、cDNAクローニング、さらにDNaseγのアポトーシスDNaseとしての活性について述べている。本章に於いて論文提出者は、ラット脾臓よりDNaseγを完全精製、その性状及び部分アミノ酸配列を解析、得られた配列情報に基づきラット、ヒト、及びマウスDNaseγcDNAを単離した。予想されるアミノ酸配列により、DNaseγがDNaseIファミリーの新たなメンバーであることを明らかとした。さらに細胞に外来導入したDNaseγはアポトーシスの誘導に伴い活性化され、ヌクレオソーム単位でのDNA断片化を触媒することを見いだした。以上の結果により、論文提出者はDNaseγがDNaseIファミリーに属する新規なアポトーシスエンドヌクレアーゼであることを示した。本章の成果は、DNaseγを中心とする新規なアポトーシス経路の存在を示唆する点で新しく、当該研究分野に於いてインパクトのある研究であると言える。

第3章はDNaseIファミリーに於けるDNaseγの位置づけ、さらにDNaseγの活性化機構について述べている。本章に於いて論文提出者は、すべてのDNaseI様DNaseの酵素学的性状を比較検討し、それぞれの特徴を詳細に述べている。さらにDNaseI様DNaseのアポトーシスへの関与を調べ、当該DNase群においてDNaseγのみがアポトーシスエンドヌクレアーゼとして機能することを明らかとした。また、DNaseγの活性化機構の本体がアポトーシスの誘導に伴う核移行であることを示した。以上の結果はDNaseγに見いだされたアポトーシスDNase活性の特異性を示し、さらにDNaseγのアポトーシスに伴う活性化機構を明らかとした重要な研究成果であると言える。

第4章は筋芽細胞分化に伴うアポトーシスに於けるDNaseγの役割について述べている。本章に於いて論文提出者は、DNaseγが筋分化に伴い発現誘導されることを見いだし、分化過程でアポトーシスを起こした細胞に於いてDNA断片化を触媒することを示した。興味深いことに未分化筋芽細胞のアポトーシスに於いてはDNAラダー形成が観察されないが、分化誘導後に起こるアポトーシスは顕著なDNA断片化を伴うことが知られていた。本章に述べられた結果は、この分化依存的DNA断片化のメカニズムをアポトーシスDNaseの発現変化という新たな視点で解き明かした重要な研究成果であると言える。さらに内在DNaseγがアポトーシスDNaseとして働く局面を初めて明らかとした点でも新しい。

第5章は神経細胞分化に伴うアポトーシスに於けるDNaseγの役割について述べている。本章に於いて論文提出者は、神経細胞分化に伴うアポトーシスDNaseの発現変化を検討し、未分化細胞ではCAD発現が認められるが、分化細胞ではCADは消失しDNaseγが発現誘導されることを見いだした。さらに神経細胞アポトーシスに於けるCAD及びDNaseγの役割を解析し、未分化細胞のアポトーシスに於いてはCADが、分化過程に於ける自発的アポトーシス及び神経細胞のNGF除去によるアポトーシスに於いてはDNaseγがそれぞれDNA断片化を触媒することを明らかとした。以上の結果により論文提出者は、分化誘導アポトーシスに於けるDNaseγ経路の普遍性を示唆し、さらに神経細胞死に於けるCADとDNaseγの役割を示すことに成功している。特に本章が述べる細胞分化状態によるアポトーシスDNaseの使い分けと言う概念は独創的であり、今後のアポトーシス研究に於ける新たな展開へとつながる重要な研究成果であると言える。

第6章は総合討論である。本章に於いて論文提出者は自らの研究成果を総括し、得られた知見から導きだされる独自の仮説を展開、分化過程にある細胞がDNaseγ経路により分化に失敗した細胞、余剰な細胞の速やかな除去を遂行する可能性について述べている。

なお、本論文第2章は岩松明彦、田沼靖一、第3章は志鹿由香利、田沼靖一、第4章は小林隆信、田沼靖一、第5章は田沼靖一、それぞれとの共同研究であるが、本論文を構成するすべての研究は論文提出者が主体となり実験及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上に述べた論文審査の結果に基づき、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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